エルドアン大統領が非常事態を宣言-軍の一部によるクーデター未遂を受けて-

(トルコ)

イスタンブール発

2016年07月25日

 エルドアン大統領は7月20日夜、軍の一部によるクーデター未遂事件を受けて、3ヵ月間の非常事態を宣言した。トルコ国会は21日、非常事態宣言の可否について審議し、同大統領の与党・公正発展党(AKP)などの賛成多数で承認した。宣言の目的は民主主義を守り、「テロに関係した者たち全てを排除する」こととされているが、宣言が出される直前に格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)がトルコ国債を格下げするなど、経済への深刻な影響が懸念されている。

25,000人の国家公務員が失職し行政まひの可能性も>

 715日夜半、1980年以来となる軍事クーデターが起きた。首都アンカラやイスタンブールに展開した反乱部隊は、翌朝までにほぼ制圧され、未遂に終わった。エルドアン大統領は「軍の中の『パラレル(深層)国家』勢力がこの背信的蜂起を起こした。その代償は大きい」と述べ、軍だけでなく司法、行政における反対派の一掃を始めている。

 

 エルドアン大統領が言う「パラレル国家」とは、「ギュレン派」といわれるイスラム教団が軍部、司法、政府内に築き上げたとされる非合法勢力のことを指す。同勢力は当初はエルドアン政権と協力関係にあったが、2013年ごろから対立し始め、同年12月の大統領・閣僚の息子らが絡む汚職疑惑で対立が表面化し、2014年以降、エルドアン政権はギュレン派の経済基盤となる教育・メディア関連企業に対する圧力を強めていた(2014年3月10記事参照)。今回のクーデター未遂事件について、ギュレン派の指導者である米国在住のフェトフッラーフ・ギュレン師は関与を否定しているが、同大統領は首謀者と名指ししている。

 

 今回のクーデターが実際にギュレン派主導のものだったかは明らかではないが、ギュレン派と目される軍の幹部が関わっていたことは間違いないとされる。8月の人事異動でエルドアン大統領に解任・逮捕に追い込まれることを危惧した将官クラスの暴走だったともいわれている。いずれにせよ、第1軍総司令官が大統領を支持したことでクーデター計画はくじけたものとなり、大統領および要人の確保もできず、発生してから数時間後には失敗が明らかになった。

 

 エルドアン大統領率いるAKP政権は、クーデター制圧後に大規模な粛清を開始し、これまでに軍関係者、公務員、裁判官、検事、教師や大学教授、メディア関係者ら45,0005万人を拘束するか解任、もしくは停職にした。エルドアン政権はこれを好機とし、権力基盤をさらに強化しようともくろんでいるようだが、省庁などの国家公務員だけでも25,000人規模が職を追われることで、行政がまひする可能性もある。日系を含む外資企業からは、行政の質の低下や、人脈の喪失が招く混乱を懸念する声が出始めている。

 

<予断許さぬ国内経済への影響度合い>

 エルドアン大統領は、自らが国民により選ばれた大統領であることを強調し、「その決定が自由と人権を制限するものではなく、国家の民主主義、法治国家、国民の権利と自由に対する脅威を排除するために、必要な対策を最も効果的かつ迅速に行う」と発表している。トルコ国内でのエルドアン支持者の熱狂ぶりに対する欧米からの反応は冷ややかで、「法の支配」の順守を求めるなど、エルドアン政権の暴走に懸念を示す見方が多い。

 

 今回の事件発生を受けて、格付け会社ムーディーズは8月のレビューでのトルコ国債の格付け引き下げの可能性を示唆し、SP720日に、トルコの外貨建て長期国債の格付けを投機的水準にある「BB+」から「BB」に、自国通貨リラ建ての長期国債の格付けも投資適格の「BBB-」から投機的水準の「BB+」にそれぞれ格下げした。予想以上に速い反応をみせたSPは、今後、政治の分断が進み、投資環境や成長が損なわれる可能性を指摘している。

 

 金融市場では一連の混乱を受けて、リラが20159月以来の最安値圏に下落したが、717日にトルコ中央銀行が民間金融機関に無制限の資金供給を行う方針を発表したことや、クーデターの事態収拾が予想以上に速く進んだことなどから、暴落とはならなかった。しかし、株価指数BIST10071521日に12%下落し、リラ建て国債の利回りも8.8%上昇するなど国内経済は不安定になっており、今後の情勢は予断を許さない。

 

 ただ、721日時点では、トルコ国内のビジネス街はほぼ平常化している。日系企業も不安を抱えるものの、トルコへの出張を自粛、禁止すること以上の動きはみられない。

 

(中島敏博)

(トルコ)

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