ロシアと西側諸国間に軍事的緊張生じる恐れ-2016年のCIS地域のリスク環境-

(ロシア、中央アジア)

欧州ロシアCIS課

2016年02月24日

 ジェトロは2月2日、コントロール・リスクス・グループと共催で、2016年の世界におけるリスク環境に関するセミナーを東京で開催した。同社の専門家がCIS地域のリスク環境を解説し、ロシアと西側諸国間の軍事的緊張関係が生じる恐れがあり、原油価格の下落によってロシア経済は困難な状況が続くとの見方を示した。また、中央アジアでは政治的安定が保たれるが、次の指導者への移行が課題となる一方、経済的には中国の存在感が高まっているとした。

<ロシアは米国とNATOを脅威と位置付け>

 世界各地で企業向けリスクコンサルティングを行うコントロール・リスクス・グループのグローバル・リサーチ担当で、同社モスクワ事務所の駐在経験もあるチャールズ・ヘッカー氏が、CIS地域における2016年のリスク環境を次のとおり解説した。

 

 2016年のロシアに関する着目点の1つに、同国の外交政策が挙げられる。今後の外交政策を占うには、プーチン大統領の発言や行動に加え、2015年末にプーチン大統領が発表した「国家安全保障戦略」(20151231日付大統領令第683号)が参考になる。プーチン大統領は同戦略で外交方針を明確化しており、世界の中でロシアの地政学的な役割を拡大させようとしている。

 

 同戦略では、米国とNATOが脅威と位置付けられたと考えられる。これまでもロシア軍機がトルコ領空を侵犯したとされる事件が起こっているが、今後もロシアと西側の間で潜水艦や艦船、空軍による「いたちごっこ」が起き、ロシアがNATO領域を脅かし、緊張状態が生じる可能性がある。それでも、ロシア軍がバルト3国に侵攻するような踏み込んだ軍事行動は取らないだろう。シリア空爆もエスカレートさせることはなく、和平に向けた活動に注力していく。ロシア軍機を撃墜したトルコに対しての経済制裁を維持するが、軍事行動を取ることはない。

 

 ウクライナ情勢をめぐる西側諸国による対ロシア制裁では、解除の可能性についての話し合いが既に行われているようだが、ミンスク2(ウクライナ東部での紛争解決に向けた関係国間での和平合意)の履行にかかっている。ロシアも和平交渉の担当者として政府高官を送り込んでおり、重視している姿勢をみせている。ウクライナに目を転じると、政治経済情勢が悪化し、ポロシェンコ大統領の支持率は、20144月の政権崩壊前のヤヌコビッチ大統領よりも低くなった。EUはシリア難民流入問題への対応に追われ、ウクライナに対する関心が薄れている。

 

 西側諸国の対ロシア制裁は、民間企業、国有企業、政府関係者、その他個人が主な対象だ。解除があるとすれば、まず民間企業や個人向け制裁が対象となるだろう。それでも、クリミア地域を対象とした制裁は解除されない。経済への影響の観点でいうと、制裁解除よりも原油価格が上昇するほうが影響が大きい。ロシア経済が大きく落ち込んだのは、201411月以降の原油価格急落からだ。

 

<労働者の不満や社会的不安が増大>

 ロシア経済は、ソ連崩壊後20年余りにわたってエネルギー資源依存状態が続き、経済の多様化や汚職の撲滅が実現できていない。ロシアでは賃金未払いのほか、トラックの道路通行料導入に抗議する運転手のデモ活動など、労働者の不満や社会的不安が高まりつつある。ロシアは世界銀行などによる投資環境ランキングで順位を上げ、汚職に関する国際比較でも改善しているのは良いニュースだが、経済を立て直すには多くの問題が残る。原油価格下落により連邦予算の見直しを余儀なくされているが、軍事費や国内治安費、医療関連の歳出削減は困難だ。

 

<中央アジアでの経済的な存在感は低下>

 中央アジアでは、政治的安定性と継続性が見込める。2015年にはカザフスタンとウズベキスタンで現職大統領が再選された。キルギスでも議会選挙があり、政権支持派が第1党となった。カザフスタンでは議会選挙が当初予定の2017年から20163月に前倒しされるが、政権与党が支配的地位を固めるだろう。ただ、中央アジアはいずれの国でも人に依存しており、次の指導者への移行が課題となる。継承者の育成が重要だ。

 

 「イラクとシャームのイスラム国(ISIS)」などイスラム過激派勢力が中東やアフガニスタンから流入し、勢力を拡大させる恐れが指摘されているが、問題が過大評価されている。中央アジアでは、この問題はコントロールできる水準にある。それよりも、組織犯罪やアフガニスタンから麻薬流入に関する問題がより大きいだろう。

 

 ロシアは中央アジアにおいて安全保障上の地位を再構築しようとしている。中国が中央アジアで特に経済力による存在感を高めており、ロシアの存在感は小さくなっている。ロシアは今、中央アジアの資源部門に投資する資金がなく、中央アジアから出稼ぎ労働者を引き付ける魅力もない。ロシア経済の低迷や通貨ルーブル安により、ロシアから中央アジアへの仕送り額が少なくなっている。

 

 中国の習近平政権が提唱する「一帯一路」構想は、中央アジアの中国および欧州へのアクセスを容易にさせ、経済的な潜在力を高め、多様化にもつながる。中央アジアはこれを歓迎している。

 

(浅元薫哉)

(ロシア、中央アジア)

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