欧州議会、TTIP交渉に関する欧州委への勧告を採択-ISDS条項をめぐる主要会派の利害を調整-

(EU、米国)

ブリュッセル事務所

2015年07月13日

 欧州議会は7月8日、米国との包括的な貿易投資協定(TTIP)交渉に関する欧州委員会への勧告を賛成多数で採択した。同勧告は6月10日にも同議会に付議されていたが、マルティン・シュルツ議長の判断で採決が延期されていた。この背景には、投資家対国家の紛争解決(ISDS)条項をめぐる議会主要会派の立場の相違があったとみられる。今回の勧告採択を後ろ盾として、欧州委は7月13~17日にブリュッセルで開催予定の第10回TTIP交渉に臨むことになる。

ISDS条項に対しEU側は不信感>

 欧州議会は78日、TTIP交渉に関する欧州委への勧告を賛成436対反対241(欠席:32)で採択したと発表した。EU20137月に米国とTTIP交渉を開始したが、この勧告決議案には、欧州議会のTTIP交渉に対する明確な立場を欧州委に示す狙いがあった。欧州議会の国際貿易委員会(委員長:ベルント・ランゲ議員)が201519日に同勧告作成のための作業文書を公表、5月採択を念頭に協議が進められていたが、欧州議会の主要会派内で見解の相違が顕著となり、暗礁に乗り上げかけていた。

 

 この見解の相違の背景には、TTIP交渉の争点の1つであるISDS条項について、EU加盟国あるいはEU域内の市民団体からの根強い警戒感があった。ISDS条項は、投資家が自らの権益を守るため、投資対象権益を所管する国・地域の政府との間に発生した商事紛争の解決を直接、第三者仲裁機関に付託する(政府に損害賠償を求める)権利を認める条項で、多くの投資協定に盛り込まれている。しかし、ISDS条項があることにより、米国などのグローバル企業を中心に損害賠償目当ての訴訟が頻発するとの見方もあり、ドイツなどからTTIPISDS条項を盛り込むことについて「慎重論」も出ていた。EU理事会(閣僚理事会)が2014109日に公表したTTIP交渉マンデート(2013617日付)の中でも、「ISDS条項については、EUの利益に合致し、満足できる解決が図られることを前提に考慮する」と明記されている。

 

 欧州議会のシュルツ議長〔「社会・民主主義進歩連盟グループ(SD、中道左派)」、ドイツ選出〕は主要会派と協議を続けたが、各会派から多数の条項修正要請が出されたため、610日に採決を見送っていた。なお、この異例の議長裁定について、「欧州保守改革グループ(ECR、保守系)」のエマ・マクラーキン議員は「議会は採決に臨む準備ができていた。シュルツ議長は社会主義グループ(左派)としての体面を保つために採決を見送っただけだ」と批判した。

 

<米国型ISDSではない公選仲裁にこだわり>

 その後、議会では国際貿易委員会のランゲ委員長(SD所属、ドイツ選出)を中心に主要会派との意見調整を進め、今回の採決に至った。ランゲ委員長は今回の勧告の狙いを「欧州委に締結してほしいと、われわれが望む通商協定の在り方を示すため」と語った。また、今回の勧告採択の発表文も冒頭で、「TTIPEU域内企業に米国へのマーケットアクセスを開くものでなければならないが、同時にEU基準を崩すものであってはならない」とくぎを刺した上で、「投資家対国家の紛争を解決するための新たなシステムでは、公選仲裁人がチェック機能と透明性の原則の下に仲裁を図り、(古い)ISDSの下での民間仲裁に置き換わる」と明言した。ただ、新システムといっても、米国型の民間仲裁機関任せのISDSではない、「公選仲裁(公的に任命された独立専門仲裁人による仲裁)」という点に強いこだわりを示しただけで、具体的な紛争解決手続きが明らかにされたわけではない。

 

 また、発表文では今後の交渉の狙いとして、「米国における交通サービス、航空サービス事業への外国資本参画に対する規制撤廃」「米国・通信サービス市場へのEU企業のアクセス改善」「米国の全てのレベルの政府機関における公共調達市場の開放」を挙げた一方、「EUの消費者情報保護の徹底」「公共サービス(公益事業など)の交渉からの除外」「EUの地理的表示制度の保護」などにもあらためて言及した。このほか、「(米国と)基準を共有できる分野では相互認証を通じて、これまでの煩雑な行政手続きが解消されるが、(欧州と)米国基準との隔たりが大きい分野については、全く議論ができていない。例えば、化学物質の認可、遺伝子組み換え作物(GMO)、肉牛分野でのホルモン剤使用、クローンや内分泌かく乱物質などについて」との言及もあり、今後もEUと米国との協議が続きそうだ。

 

 欧州委のセシリア・マルムストロム委員(通商担当)は勧告を受けて78日、「今日、欧州議会はTTIP交渉を継続するため、先を見据えた政治的指針を強く示した。これが今後数ヵ月の私の優先課題だ」と語った。

 

 なお、第10TTIP交渉は71317日の日程で、ブリュッセルで開催される予定になっている。

 

(前田篤穂)

(EU、米国)

ビジネス短信 33af7c72086346fc