TPPとRCEPの相互補完関係の構築がカギ−国際シンポジウム「アジアの成長戦略としてのFTA」(3)−

(世界)

海外調査部

2013年02月25日

ジェトロと国際経済交流財団(JEF)共催シンポジウム「アジアの成長戦略としてのFTA」の第3セッションでは、「アジア太平洋地域FTAの将来的展望」と題し、東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)と環太平洋パートナーシップ(TPP)の将来的な相互補完関係や、交渉への参加機会の公平性、関連する主要国のスタンスなどに焦点が当てられた。3回シリーズの最終回。

<RCEPとTPPの双方に意義>
本セッションのモデレーターを務めた畠山襄JEF会長から、(1)資源エネルギー、食品の安定供給を保障する道が自由貿易協定(FTA)で確保できないか、(2)貿易改革において国境の概念をどう再定義するのか、(3)RCEPなどアジア太平洋地域におけるFTAへの加入機会の公平性、の3点が議論の焦点として提示された。

続いて、各パネリストがプレゼンテーションを行った。中国社会科学院・国際問題研究学部の張蘊嶺主任は、2008年の世界的な金融危機以降、東アジアで生産したものを米国が消費するという成長モデルが崩れたと指摘し、新たなモデルの再編の必要性を説いた。そこで重要なのがアジア域内の需要拡大で、それを促す枠組みとして米国主導のTPPとASEAN主導のRCEPの存在を挙げた。東アジアの発展には両者の相互補完関係が望ましいが、どのように両者を統合して新たな枠組みとするかはまだ議論が進んでいないと現状を分析した。中国は必ずしもTPPに参加することにはメリットを感じないだろうし、米国のRCEP参加についても同様だと説明。最も重要な点は東アジアが開放的であり続けることと、中国が東アジアの将来に向けてどのような役割を担うかだと述べた。

韓国貿易投資研究院のチョルス・キム会長は、2012年に、メキシコとカナダのTPP交渉参加や中韓、日中韓FTAの交渉開始合意、RCEPの交渉立ち上げなどがあり、アジア太平洋の通商政策において重要な年となったと指摘。2013年はこれらが勢いを得て進んでいくとの見通しを示した。中でもTPPは、野心的な目標を掲げており、アジア太平洋での通商交渉のペースセッターとなっていると分析。ただし、各国の利害が対立して議論が進まない場合、野心の低下や合意の兆しがみえない分野を除くといった可能性も出てくると予測した。他方、RCEPは経済効果への期待感が低い分、柔軟性があり、東アジアの経済統合に関するさまざまな枠組みの対立を収めた点に意義があると評価した。両者は将来的に相互補完関係になることが望ましく、2014〜15年ころをめどに、両者の統合、もしくは新たな枠組みの創設があり得ると展望を語った。

また中韓FTAについては、両国間に大きな政治問題がないため、比較的早い時期に妥結され、日中韓FTAのたたき台となる可能性があると述べた。日中韓FTAの交渉開始合意に関しては、政治的な懸案を抱える中で経済関係を発展させようとするもので、意義が大きいと評価した。

<求められる変化への柔軟な対応が肝心>
ニュージーランドのマーク・シンクレア駐日大使は、元TPP首席交渉官の経験を踏まえて、今後のFTAの展望と課題について説明した。グローバルサプライチェーンの地理的分断が新たな通商トレンドを生み出しており、アジア太平洋地域が産業連携の牽引役となっていると指摘。各国政府のトレンドには、(1)いくつかの交渉を1つにまとめる「集中(Convergence)」、(2)TPPやRCEPなどにみられる「地域主義(Regionalization)」、(3)一部のFTAでWTOより高い関税撤廃を実現しているように「質の向上(Quality)」といった特徴がみられると分析した。今後の課題としては、a.交渉の関心事項が関税撤廃から規制・ルールの整合性に移っているように、何が重要なアジェンダかをスコーピングすること、b.協定を一括受諾して終わりではなく、「生きた協定」として市場の新たな動きに対応できるかということ、c.国際的な経済連携が国内に恩恵をもたらす点を国内の利害関係者に説明し、野心と政治のマネジメントを行うこと、とまとめた。

シンガポール国際問題研究所(SIIA)のハンク・リム氏は、TPPとRCEPが概念的に集約する可能性はあるが、2015年までに両者間で最低限の合意ができなければ、ASEAN経済に影響があり得るとした。それぞれの評価について、TPPは硬直的で柔軟性がないが、RCEPはそれを提供できるとした。米国の姿勢については、TPPのみならず、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)も重視する姿勢に修正すべきだと表明。そしてアジア太平洋地域のFTAの展望に関しては、政治・安全保障の力点を下げること、ASEANが一丸となって取り組むこと、そして日中韓FTAが成功することが重要だと述べた。

台湾経済研究所(TIER)中華台北APEC研究センターのミニヨン・マンジュン・チャン執行長は、地域統合によって得られる利便性や現在世界経済で起きている現象、今後の成長モデルなどにつき、多くの視点を提示した。地域統合については、EUの経験が将来のアジア太平洋地域の統合の参考となり、EUは2013年の前半に米国とのFTAに関する議論を再燃させると見通しを述べた。APECの成長に関しては、均衡の取れた成長、製造業とサービス業の均衡、国内への利益の公平な分配、革新的成長、製造業のデジタル化、サイバースペースの安全保障、規制の統一、持続可能な成長といったテーマが重要になると語った。著しく変化する現在の世界経済の下では、古い秩序を捨てて、新しいモデルへシフトしないと成長は見込めないと指摘した。最後に、日本のリーダーシップが、台湾が地域経済の枠組みに参加することを後押しするよう期待すると述べた。

在日米国大使館のカート・トン首席公使は、米国の通商政策がしばしば誤解されているとし、次のように見解を示した。

米国はFTAを、自由貿易を実現し、雇用を創出するための重要なツールと捉えている。WTO交渉が膠着(こうちゃく)する中、複数国間の枠組みの価値は上がっている。過去には政治目的のFTAもあったが、現在、米国を動かしているのは商業的な動機だ。そこに機会があるなら有機的、柔軟に入っていく。

今後、アジア太平洋地域は米国の成長に最も重要となるが、現在締結済みのFTAのうち、同地域が関係するのは3件のみだ。米国は開放的である一方、FTAに高い水準を求めるためだ。相手国のみならず米国にも利益をもたらすことを説得できないと、交渉を進められない。

しかし、2011年のAPEC主催やASEAN諸国との関係強化など、米国は同地域へ積極的にアプローチをしている。その際、米国が重視する原則として、アジア地域が「開放的(Open)」で、「自由(Free)」で、「透明(Transparent)」で、「公平(Fair)」であることを挙げた。これはオバマ大統領、クリントン前国務長官が構築したもので、ケリー新国務長官も引き継いでいくだろう。

<各国の立場に対しさまざまな質問>
聴衆からは、TPPを中心に、各国の交渉スタンスに関する質問が多数寄せられた。まず、経済統合が複雑化している現状においてなぜTPPを選択するのかとの問いに対して、シンクレア大使は、市場アクセスといったデリケートな問題は、経済の開放性に対する参加国政府の決意の強さを測る重要な試金石だと説明した。トン首席公使は、拘束力のない協定で十分な場合もあるが、難しい貿易問題に関しては、両者が一定レベルの確実性を望み、拘束力ある協定を必要とする問題もあると述べた。その際には、ベストプラクティスの導入が効果的だと指摘した。

この発言に対し、中国が欧米のベストプラクティスに従っていたなら、今日の発展はなく、米国主導のTPPをベストプラクティスとする風潮に疑問が示された。これに対しシンクレア大使は、「ベストプラクティス」は、一定の基準を他国に押し付けるものではなく、グローバルな貿易ルールに確実性と公平性をもたらすものだと答えた。トン首席公使は、中国の経済発展の一因は、貿易と投資のルールを途上国および先進国を含めた国々に近い方向へシフトさせた結果だと示唆した。

畠山JEF会長からは、米国が砂糖をTPP交渉に乗せていないといわれているのは事実かとの問いがあった。これに対しトン首席公使は、砂糖はもちろんテーブルに載っている。私自身はTPP交渉の場にいないので米国の特定な品目についてコメントはしないが、米国のFTA交渉のアプローチというのは、全てをテーブルに載せ、交渉の過程で扱いを決定するものだ、と回答した。

また、中国は香港のRCEP参加を認めたが、台湾に対しても同様に認めるかとの質問もあった。これに対して張主任は、個人的な見解として、香港は既に中国の一部だが、台湾については中国との間で信頼構築に向けた取り組みの最中で、2つのケースは異なると述べ、政治的問題が消え純粋に経済的な問題になれば、対応は容易になるだろうとの見方を示した。

韓国がTPPへの立場を明確にしていないことへの問いに対し、キム会長は、同氏の知る限り、韓国政府はTPPについてまだ立場を決めておらず、いわば関心を持った傍観者で、もし日本がTPP交渉への参加を決めれば、韓国の参加を促すだろうし、逆もまた然(しか)りだろうとの見解を述べた。

TPPへの参加によって、日本の公的な健康保険制度の崩壊につながるのではないか、シェールガスを優先的に輸入できるようになるかとの問いについて、シンクレア大使は、自身の経験から、TPP参加国間で基本的な医療政策や医療保険を交渉に乗せる意図は全く感じられなかったと答えた。トン首席公使は、シェールガスおよびエネルギー輸出に関して、米国のFTAパートナーに対しては手続きが比較的簡素化されるだろうと述べた。

セッションの最後に石毛博行ジェトロ理事長は、本シンポジウムで率直な意見交換が行われる中で、米国や中国のFTA交渉の立場に関する理解が進んだことに触れ、今後もこうした努力を続けていく必要性を示唆した。そして、この日の議論が、今後のアジア太平洋地域における経済統合の議論に資することを祈念すると述べ、閉会のあいさつとした。

(磯部真一)

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