アジア太平洋地域の広域FTAに高い関心−国際シンポジウム「アジアの成長戦略としてのFTA」(1)−

(世界)

海外調査部

2013年02月21日

ジェトロと国際経済交流財団(JEF)は2月4日、東京で「アジアの成長戦略としてのFTA」と題するシンポジウムを共催した。注目が高まるアジア太平洋地域での広域自由貿易協定(FTA)の現状や展望について、内外の専門家が議論を展開した。セッションごとに、3回に分けて報告する。

<RCEP、日中韓FTAの交渉開始で注目集める広域FTA>
東アジアでは2012年11月、東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)の交渉開始が宣言され、さらに日本、中国、韓国の3ヵ国間でのFTA(日中韓FTA)についても交渉入りが表明されるなど、広域でのFTA構想が本格的に動き出している。また広域FTAとしては、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の交渉が2010年3月以降既に15回の交渉会合を重ねており、日本の動向にも関心が集まっている。今回のシンポジウムでは「アジア太平洋地域における2国間あるいは地域FTAの現状」、「アジアのFTAを取り巻く政治経済環境の変化」、「アジア太平洋地域FTAの将来的展望」という3つのセッションが設けられ、研究者、政府関係者、民間シンクタンクなどアジア太平洋地域の主要11ヵ国・地域および機関の専門家が議論を交わした。

冒頭、主催者を代表して畠山襄JEF会長が、このシンポジウムは、アジア太平洋地域のFTA推進のため、2003年から開始したもので、各国・地域のシンクタンクなどを輪番で共催者としてきた。日本の貿易赤字が2011年、12年と続く中、日本企業がどのようにすればより一層輸出を拡大できるかが課題となっており、FTAの積極的な推進が必要だ、と本シンポジウムのテーマの重要性を指摘した。

続いて、佐々木伸彦経済産業審議官が、日本を中心とした最近の通商上の議題について、FTA、APEC、WTO、新政権の課題という4つの観点から基調講演を行った。要点は以下のとおり。

まずFTA/経済連携協定(EPA)について日本は現在、交渉開始を宣言した日中韓FTAとRCEPに加え、2013年中に首脳間での交渉開始を目指す日本・EU間のEPA/経済統合協定(EIA)、交渉参加に向けて事前の協議を行っているTPPという4つの広域FTAについて準備作業などを進めている。どれをとっても難しいものを同時に進めていくという困難なかじ取りを求められるが、世界の主要国間でFTA締結を進める流れが続く以上、日本としてもFTA政策を進めていくことが不可避だ。

APECは近年、貿易投資の自由化においてその役割が高まっている。例えば、2012年のロシアAPEC会合では、環境関連の物品(HSコード6桁ベースで)54品目の関税を2015年までに5%以下とすることに合意した。WTOで自由化合意が難しくなっている中で、関税分野で合意に達したこと自体、画期的な成果といえる。

そのWTOは、ラウンドとしての包括合意の達成が困難になる中、進捗が期待できる分野を先行して進める方向にかじを切りつつある。2013年12月には、インドネシアで第9回閣僚会合が予定されている。合意の可能性がある分野として、貿易円滑化、情報技術協定(ITA)に基づくIT品目の関税撤廃を拡大する交渉、などが挙げられる。

最後に、安倍新政権は、これまで機動的な財政運営と大胆な金融政策の2つについては既に方向性を示し、市場もこれに反応している。こうした政府の施策が呼び水となって、民間サイドに需給の好循環を作り出していくことが重要だ。そのために政府としては、夏までに成長戦略を示せるよう全力を挙げている。

<東アジアでの広域FTAの役割を重視する声相次ぐ>
第1セッションでは、「アジア太平洋地域における2国間あるいは地域FTAの現状」をテーマに、まず5人のパネリストが現状認識を示した。

東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)の西村英俊事務総長は、RCEP交渉を2015年までにまとめることが、ASEAN経済共同体(AEC)を完成させるための優先課題の1つだとの認識を示した。その上でASEAN+1のFTAだけでは東アジアの生産ネットワークの強化に不十分であり、RCEPはルール面においても、自由化面においても、既存のASEAN+1FTAを実質的に発展させたものでなければならないと指摘した。

インドネシアのプラセティア・ムルヤ経営大学院のジスマン・シマンジュンタク経営学教授は、各国がFTA政策を進めてきた結果、従来型の「自由化」の効果に対しては、格差の広がりなど課題が明らかになりつつあり、東アジアの中でも疑問の声が少なくないと指摘。自由化の面だけでなく、カンボジア、ミャンマーといった途上国にとって魅力的な開発の側面を含むイノベーティブな統合がこの地域に必要だと述べた。

三菱電機の日下一正顧問は、海外投資をしている企業の方が、日本国内においても投資や雇用の確保が多いというデータに言及し、アジアの成長をいかに取り込むかが日本のビジネス上の課題だと指摘した。また従来のFTAは関税引き下げといった国境措置が主要な要素だったが、今後のFTA/EPAでは国境措置を超えた内容がますます重要になるとし、例として中小企業にとっては取引コストを低下させるという課題を挙げた。その上でビジネス界にとってはスピードが重要として、早期の成果に期待を示した。

マレーシア国際貿易産業省多角的貿易政策交渉局のジャヤセナ・ジャヤシリ局長は、セッションで唯一政府の官僚としての立場からTPP、RCEPについて言及した。同氏によると、TPPではルール分野では知的財産権、国有企業、労働、環境などが難しい交渉だが、より難しいのは関税引き下げやサービスの規制緩和といったマーケットアクセス交渉だと指摘。RCEPについては、最初の段階でASEAN+6の全てがテーブルについたことが大きいと評価し、TPPとRCEPがしばしば比較されることについては、両者は補完的な関係にあり、対立関係にはないと強調した。

最後に、ビクトリア大学ウェリントン校のゲイリー・ホーク名誉教授は、アカデミックの立場から経済統合に対する見方を述べた。国際経済は、中間財貿易の重要性の高まりや、国際生産ネットワークの重要性の拡大など近年、さまざまな変化を経験していると発言。その意味で、経済統合も、どこかの段階で完結ということではなく、進化していくものだという。そして今後も複数国間協定が経済的なガバナンスの中心をなし、WTOは監視的な役割、というすみ分けになるだろうと展望した。

<RCEPとTPPは補完的な関係>
続くパネルディスカッションでは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院のアンドリュー・エレック主任研究員をモデレーターに、聴衆からの質問に対して議論が行われた。

まずシンガポール国際問題研究所のハンク・リム上席研究員が、TPPとRCEPという2つの広域FTAが将来的に合流する可能性という問題を提起した。これに対しては、複数のパネリストが、2つの広域FTAが現状では補完的な関係にあるという見方を示した。西村事務総長は、TPPがマーケットの拡大に主眼を置いているのに対し、RCEPは高度な生産ネットワークの形成によって地域の発展を目指すという点に特徴があり、ともに将来的なAPECワイドのFTA構想に資するものだと述べた。

また、ジャヤシリ局長は、マレーシアの交渉官としてTPP交渉に直接関与しているということもあり、同氏に対してはTPP交渉の現状についての質問が集中した。例えば、例外のない関税自由化というTPPの原則は現在も揺らいでいないか、と畠山JEF会長がただした。ジャヤシリ局長は、今のところ除外を公にしている交渉国はなく、包括的な自由化という原則は貫かれていると回答した。

そのほか、早稲田大学の浦田秀次郎教授は、ASEANの国々でTPP交渉に入っている国と入っていない国があるが、両者の間で問題が生じるということはないか、と質問した。これに対しては、TPP交渉国であるマレーシアのジャヤシリ局長、非交渉国であるインドネシアのジスマン教授ともに、対立はなく、ASEAN各国が自由に対外関係を構築できると強調した。

セッションの最後に、モデレーターのエレック研究員は、議論を総括して「本セッションを通じ、アジアにおける経済統合は広範な内容を含み、その中にはかなり繊細な問題も含まれるということが確認された。その文脈においては、アジアにおける『FTA』という概念の独自の意味をより掘り下げていく必要がある。またアジア太平洋での経済統合が目指す方向性、ゴールについても考えていく必要がある」と午後に続くセッションへの問題提起を行った。

(安田啓)

(世界)

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