海外発トレンドレポート

シンガポールにおける医療機器市場の概要(シリーズ1)
(シンガポール発)

2024年2月16日

1.エグゼクティブサマリー

シンガポールは人口約592万人(2023年6月末)※1と大きな国ではないものの、ASEANの中で最も高齢化が進んでいることや、一人当たりGDPが高く、高付加価値商品が受け入れられやすい環境があることにより、医療環境が整っている。また、高い医療レベルを求め、特に外科手術(美容整形を含む)に関しては、各国から富裕層が治療を受けるためシンガポールを訪れており、医療機器市場参入を目指す企業にとって、魅力を有する市場であると考えられる。本レポートでは、3回にわたりシンガポールの医療機器市場の実態を紹介する。

2.市場概要・トレンド・ニーズ

シンガポール保健省によると、2018年に220億シンガポールドルであったシンガポールの国民医療費は、2030年には590億シンガポールドルに増加する可能性がある※2。医療費増加にはいくつかの要因があり、第一に人口の高齢化が挙げられる。高齢の患者は併存疾患や合併症が多く、より多くの診察、投薬、処置を必要とし、入院期間も長くなる傾向がある。第二に医学の進歩により、もっと新しく、高価な治療法が利用できるようになることが挙げられる。シンガポールは一人当たりGDPが高く、新しい治療法を選択できる国内の患者が一定数いる他、特に医療レベルが高いことから、医療観光目的で他のアジア諸国より多くの人が訪れ、新しい治療法や医療機器が受け入れられやすい文化にある。また、人件費は医療費の60%を占めており、人件費の増加も医療費全体の増加に繋がる※3

また、シンガポール政府は、アジアの医療技術市場が成長している(年平均成長率8%)ことを受け、医療技術市場をビジネスチャンスの一つととらえている。経済開発庁(Economic Development Board)が注力する14産業の一つであり、積極的な投資促進や産業育成が行われている※4。このような政策背景のもと、シンガポールでは医療技術の需要が高まっている。

以下では、シンガポールにおける医療需要の3つの主要な要因について述べる。

a)社会の高齢化(シンガポール人によるニーズ)
シンガポールはASEANの中で最も高齢者(65歳以上)率が高い国の一つであり、今後更なる高齢化が見込まれている。世界銀行によると、シンガポールはASEANを代表する6カ国(シンガポール、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン、ベトナム)の中で、タイに次いで2番目に高齢化率が高く、2022年の65歳以上人口は約15%であり、2035年には約26%に達すると予測されている(図表1参照)。

図表1:ASEAN主要6カ国における高齢化率(65歳以上人口の割合)

2022実績はタイ:15.2%、シンガポール:15.1%、ベトナム:9.1%、マレーシア:7.5%、インドネシア:6.9%、フィリピン:5.4%、(参考)日本:29.9%。2035 予測はタイ:24.7%、シンガポール:26.4%、ベトナム:13.9%、マレーシア:11.4%、インドネシア:10.5%、フィリピン:7.9%、(参考)日本:32.8%。

出所:世界銀行(実績)、United Nations 「World Population Prospects 2022」(予測)

b)高い一人当たりGDP(購買力)
Credit Suisse Global Wealth Report 2022によると、シンガポールは世界で11番目に豊かな国である。2022年のシンガポールの一人当たりGDPは82,808米ドルと日本(33,815米ドル)の2.5倍近くあり、ASEANを代表する6カ国の一人当たりGDPの中でも飛びぬけて高くなっている(図表2参照)。

図表2:ASEAN主要6カ国における一人当たりGDP

2022実績はシンガポール:82,808米ドル、マレーシア:11,972米ドル、タイ:6,909米ドル、インドネシア:4,788米ドル、ベトナム:4,164米ドル、フィリピン:3,499米ドル、(参考)日本:33,815米ドル、(参考)世界:12,647米ドル。

出所:世界銀行

c)医療観光の目的地(外国人によるニーズ)
シンガポールはアジア地域のヘルスケア及び医療の中心地と考えられており、国際病院認証支援機構(JCI)に認定された病院及び医療施設を13もつ。また、デューク大学、医療情報管理システム学会、JCIといった国際的な医療・研究機関もシンガポールに進出している。このような背景により、シンガポールはアジア地域各国より医療観光の目的地となっている。アジア人のみならず、米国人への調査がもとになっているInternational Healthcare Research Centerによる医療観光指標においても、シンガポールはカナダについで世界二位となっており、特に医療施設とサービスの質の項目において首位となっている※5。2019年現在、50万人以上の外国人が、質の高い医療サービスを求めてシンガポールを訪れており、特に美容整形を含む外科手術やガン治療の目的地として選ばれている。

3.輸出入状況

シンガポールは高度な医療や新しい医療機器の消費地であると同時に、多様な医療技術製品を世界市場向けに生産する重要な製造拠点でもある※6。また、輸出入コストの低さから国際貿易において競争力があり、貿易ハブとしても利用される。特に周辺諸国に関しては、シンガポールで受け入れられた新技術や新製品であれば受け入れられやすい傾向があり、貿易ハブとしての立ち位置と合わせて、シンガポールを足掛かりに周辺諸国に展開するという戦略が考えられる。

4.関連規制、規格・認証、カテゴリー等

a)保健科学庁による医療機器のリスク分類と認証制度※7 ※8

シンガポールでは、医療製品法(Health Products Act :HPA)および2010年医療製品(医療機器)規則(Health Products (Medical Devices) Regulations 2010)に基づいて医療機器を規制している。

シンガポールの医療機器は、保健科学庁(Health Sciences Authority :HSA)によって、A~Dの4つのリスクレベルに分類されている。クラスAが最も低リスク、クラスDが最も高リスクであることを表す。リスクレベルは下記を含む複数の基準によって分類されている。

  • 医療機器が身体に接触する期間
  • 侵襲性の程度
  • 医療機器が患者に医薬品またはエネルギーを供給するかどうか
  • 患者に生物学的影響を及ぼすことを意図しているかどうか
  • 局所的効果か全身的効果か(例:従来の縫合糸か吸収性縫合糸か)

なお、上記のうち2つ以上の基準を満たす場合、その医療機器には該当する中で最も高いリスクレベルが割り当てられる。

医療機器を製造、輸入、供給する企業は、事前に販売業者免許を取得することが義務付けられている。また、すべての医療機器は、クラスAの低リスク医療機器、またはHSAが承認した特定の条件下での医療機器を除き、シンガポールにて供給される前にHSAへの登録が必要となる。許認可プロセスの詳細に関しては、ジェトロ発行の「ASEAN 医療機器指令の概要と各国の対応状況向調査」※9に記載されている。

b)医療機器カテゴリー

医療機器は、前述した接触期間、侵襲性の程度、使用される診療科など様々な切り口で分類することができる。本レポートでは、大きく「診療科横断で利用するもの」と「特定診療科固有で利用するもの」に分類し、主に「診療科横断で利用するもの」について取り扱う。また、さらに「診療科横断で利用するもの」を備品と消耗品に分類し、第2回レポートでは備品、第3回レポートでは消耗品について、シンガポールにおける医療機器の流通実態を紹介する。

図表4.医療機器カテゴリー
大項目 中項目 小項目 商品例
診療科横断で利用するもの 備品 診断機器 X線機器及びフィルム等アクセサリー、CT、MRI、超音波、心電計、聴診器、血圧計、パルスオキシメーター等
外科手術器具 縫合針、持針器、鉗子、鈎、ピンセット、剪刃、開創器、鋭匙、等
消耗品 創傷ケア用品 ガーゼ、脱脂綿、包帯、ドレッシング材等
その他消耗品 各種チューブ、注射器、注射針等
消毒剤、手術用手袋等
特定診療科固有で利用するもの 整形外科、耳鼻科、眼科、歯科、泌尿器科等 人工関節、補聴器、歯科用ドリル、透析機器等

5.市場構造・主な流通ルート(輸入/国内生産からエンドユーザーまで)

医療機器をシンガポールに輸出するためのプロセスは、大きく(1)日本から商品を輸出する、(2)シンガポールで輸入手続きを行う、(3)バイヤーや最終顧客に商品を届ける、の3つのプロセスに分けることができる。本レポートでは、シンガポール国内での市場構造を解説し、販売プロセスにおける留意点を述べる。

a)市場構造

医療機器の最終顧客はB2BとB2Cに分けられる。消耗品や体温計等の小型診断機器に関しては薬局等でB2Cでの販売がされているが、医療機器の多くはB2Bでの販売がメインとなる。例えば、CTやMRI等の大型の診断機器や外科手術器具等は病院が最終顧客となる。また、ステント、インプラント等、最終顧客が患者ではあるものの、製品の選択が病院によってされる製品もある。

B2Bでの販売先は、国立総合病院、私立総合病院、一般開業医、専門医、歯科医院、薬局等が挙げられる。

(1)国立総合病院への販売

国立病院においては、一般的な医療機器に関しては共同調達制度を担う公的機関であるALPS Healthcareを通じた調達が行われ、それに該当しない医療機器に関してはRequest for proposal(RFP)による入札形式での調達が行われる。RFP方式に関しては、将来的にはALPSに統合する意向があるが、現在はNational Healthcare Group(NHG)、National University Health System(NUHS)の病院ではそれぞれの調達方式が取られているなど、病院によって異なっている※10

ALPS及び各入札制度に参加するのは主に医療機器の販売代理店となっているため、各メーカーは販売代理店を通じて販売を行う流れとなる。

※10
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(2)私立総合病院、一般開業医等への販売

私立総合病院や一般開業医へ販売する場合、多くの医療機器は一般的に販売代理店を通して販売されている。大型の診断機器の場合は大手MNC(多国籍企業)が直接病院に対して営業を行うが、大手MNCであっても小型の製品や専門性の高い製品に関しては販売代理店を通じて営業することが多い。

シンガポールにおける国立総合病院、私立総合病院の数は以下のとおりである(図表5参照)。

図表5:シンガポール国内の総合病院数(2022年)※11
区分 国立 私立 NPO法人
急性期病院 10 1 8
精神科病院 1
地域病院 5 4

上記で述べたとおり、多くの医療機器の場合、各メーカーは販売代理店への営業を中心に行うこととなる。販売代理店へのアプローチ方法は主に電話やメールとなる。一部の国ではメーカーとバイヤーを繋ぐマッチングイベントを開催しており、シンガポールの販売代理店が招待されることもあるが、シンガポールにおける主流は、特にコロナ流行以降、主にオンラインでのマッチングとなっている。

シンガポールにおいて、医療機器を取り扱う主な販売代理店は以下のとおりである(図表6参照)。

図表6:シンガポール国内の主な販売代理店の例凡例:● 注力、〇 取り扱い有り、― 取扱無し
企業名 取扱商品
診断機器 外科手術器具 消耗品 診療科固有の機器
Pharmaforte Singapore外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
Ziwell Medical外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
Easmed Singapore外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
Pharmex Healthcare外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
DanMedik Singapore外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
b)販売プロセスにおける留意点

医療機器の販売に関しては、HSAによる規制を遵守することが必須となる。リスクレベルのクラス分類を含めた規制は、数ヶ月ごとにアップデートがあるなど変更されやすいことから、現地の専門家や販売代理店とパートナーを組むことが推奨される。また、販売代理店の中には製品登録のみのサービスを行う企業もあるため活用できる。製品登録を行うには、シンガポールにて適合性評価を受けるが、米国FDA認証、CEマークの取得、厚生労働省の許認可等を有する場合や、海外販売実績等によっては簡易申請ルートの適応が可能となる。

なお、国立病院に関しては、使用できる製品に関する独自の基準が設けられていることに留意が必要である。特に、IT/AI関連製品はサイバーセキュリティ対策関連の厳しい基準がある。

また、市場規模に関しても留意が必要である。販売代理店によれば、シンガポールは周辺諸国と比べても人口に比例して市場規模は著しく小さく、大口の顧客は政府の共同購入以外にはほとんど存在しない。共同購入制度により価格が抑えられていることや、輸入や流通を促進するような企業向けの政府支援策が無いことから、GDPは高いものの医療機器の価格競争はかなり厳しくなっている。

規制は年々厳しくなっており市場規模も小さいが、シンガポールは他のASEAN各国と比較すると製品登録が容易であること、また、特にASEAN医療機器指令 (AMDD)導入などもあり、シンガポールで登録が済んでいると他のASEAN各国での登録のハードルが下がることから、ASEANへの輸出を考える企業にとって、シンガポールは入口となる国と言える。


作成
ジェトロ・シンガポール事務所
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本レポートは、日本貿易振興機構(ジェトロ)シンガポール事務所が委託先Nomura Research Institute Singapore Pte. Ltd.(NRISG)に作成委託し、2023年12月に入手した情報に基づき作成したものです。掲載した情報は作成委託先の判断によるものですが、一般的な情報・解釈がこのとおりであることを保証するものではありません。本レポートはあくまでも参考情報の提供を目的としており、提供した情報の正確性、完全性、目的適合性、最新性及び有用性の確認は、読者の責任と判断で行うものとし、ジェトロおよびNRISGは一切の責任を負いません。これは、たとえジェトロおよびNRISGが係る損害の可能性を知らされていても同様とします。

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