海外発トレンドレポート

中国における認知症ケアの現状と課題(シリーズ2)
(中国・大連発)

2023年11月30日

1.サマリー

現在、中国には1,507万人の認知症患者と3,000万人を超える軽度認知障害者(MCI:Mild Cognitive Impairment)がいるとされており、認知症ケアの需要が高まっている。一方で、認知症の予防・治療やケアに関する体系が確立されておらず、専門のケア施設やスタッフも不足している。認知症に対する理解も広がっておらず、患者の多くは自宅で介護を受けており、家族の大きな負担となっている。専門的かつ手の届く価格でのサービスの提供が求められている。

2.市場の概況

中国老齢協会の統計データ(2021年)によると、中国の60歳以上の高齢者のうち、1,507万人が認知症とされる。その内訳を見ると、アルツハイマー型が983万人、脳血管性が392万人、その他が132万人となっている。中国の認知症患者の数は今後も増え続け、2030年には2,220万人、2050年には2,898万人に達すると予想されている(図1)。

図1 中国の認知症患者数の推移

中国の認知症患者数の推移 2021年1,507万人 2030年2,220万人(予測)、2050年2,898万人(予測)。

出所:中国老齢協会「認知症高齢者介護サービス需要の急成長」(2021年5月発表)

需要が急増する一方で、中国政府の認知症対策や認知症ケアをめぐる産業の整備は始まったばかりであり、専門性の高いケアサービスやスタッフ不足の課題が浮上している。

医学雑誌「ランセット(The Lancet)」(2022年12月号)に掲載された研究報告によると、中国の軽度認知障害者(MCI)は3,800~7,700万人である(注1)。これは認知症の前段階で、高いリスクを有する層が存在することを意味している。認知症の専門ケアに対する潜在需要は大きいといえる。

3.認知症関連政策

中国政府は2017年から認知症の予防・治療制度の確立に注力しており、関連法律・法規を公布している。上海市など一部の地域では社区と呼ばれるコミュニティ主導による高齢者の認知障害に関する啓発啓蒙活動、早期介入、認知症家庭へのサポート提供などに取り組んでいる。これまでに公布された認知症関連の主な政策は以下の通り(表)。

表 中国の認知症関連政策
政策名 公布部門 公布時期 概要
認知症病床設置のための作業方案(試行) 上海市民政局、財政局 2018年4月 上海市戸籍の認知症高齢者の介護負担を軽減し、高齢者施設の認知症介護能力を向上させる。
健康中国行動(2019-2030年) 国家衛生健康委員会 2019年7月 医療機関のメンタルヘルス関連のサービス提供力を向上させ、鬱病、認知症、自閉症などの心理的・行動的問題や一般的な精神障害のスクリーニング及び対応力の強化を図る。
アルツハイマー病の予防と介入の核心情報 国家衛生健康委員会 2019年9月 社会全体の認知症予防に対する意識を高め、知識水準を向上させることで認知症の発症率を低下させる。
認知症の予防・治療のための特別サービスの作業方案検討 国家衛生健康委員会 2020年9月 認知症の発生を予防・減少させ、家庭の幸福度の向上や、社会における認知症予防・治療に関する特別サービスの実施を促す。
「第14次5カ年計画」健康老齢化計画 国家衛生健康委員、教育部 、財政部など 2022年2月 高齢者の健康意識に関する教育や、高齢期の心理ケアプログラムの実施により、認知症の予防及びケア水準を向上させる。
認知症の予防・治療促進アクションに関する通知(2023-2025) 国家衛生健康委員会 2023年5月 認知症の発生を予防し、健康的な高齢化を促進させる。
高齢者施設における認知障ケア専門エリアの設置とサービス要求 上海市民政局 2023年4月 上海市の高齢者施設における認知症ケア専門エリアの設置とサービス向上を目指す。
認知症友好社区建設指南 上海市民政局 2023年9月 上海市の公共スペースと養老施設に認知症友好コミュニティを設置し、認知症患者とその家庭にフレンドリーな雰囲気とサポート提供に取り組む。

4.上海市における先行事例

認知症ケアは、高齢者関連サービスにおける喫緊の課題の1つだが、現状を踏まえると、それに対する社会的サポート体制が整備されているとは言い難い。そのような中、上海市は中国のなかでも高齢化が深刻な都市の1つで、認知症ケア関連の政策や実施の面で他地域に先駆けて取り組んでいる。

上海市は、2018年から認知症ケアサービスの実施に着手している。広範囲でのスクリーニング調査のほか、高齢者施設での認知症専門エリアの設置、認知症友好社区(コミュニティ)の設置など、サービス体系の整備も比較的進んでいる。長寧区の虹橋街道を例に挙げると、コミュニティにおける認知症家庭サポートセンター(社区認知症家庭支持中心)を設置し、高齢者を対象にした認知機能テスト、リハビリサポート、認知症介護スタッフ研修などのサービスを提供している。

さらに2023年には市内の約700ヶ所の高齢者施設(約160ヶ所の認知症ケア実施施設を含む)への調査結果(注2)を基に、「高齢者施設における認知症ケア専門エリアの設置及びサービス要求」(2023年8月1日から施行)、「認知症友好社区建設指南」(2024年1月1日から施行)を制定し、既存の取組の規範化を図っている。

5.市場のニーズ

人民日報の「アルツハイマー病患者診療の現状調査報告」(2020年12月に調査実施)によると、都市部と農村部のアルツハイマー病を患っている高齢者とその家族への調査では、高齢者施設への入居を希望する人の割合は、それぞれ51.8%と40.4%だった(注3)。しかし、施設の高額な入居費、施設内での専門的なケアの欠如、不慣れな環境に対する患者の拒絶感などが主要な課題のため、在宅介護の割合が63%と高い割合を占めているのが実状である。

また、上海尽美長者服務中心(上海尽美高齢者サービスセンター)が2020年に認知症の高齢者がいる上海市の100世帯に対して実施した調査(「認知障害家庭社区需要白書」)によると、その家族が抱えている最も大きな課題は、認知症の高齢者に対する社会的活動のケア、記憶力の介助、日常活動の支援などだった(図2)。

図2.上海市における認知症の高齢者のいる家族が抱えている課題

上海市における認知障の高齢者のいる家族が抱えている課題 社交71%、記憶力67%、日常活動63%、無意識の自傷行為62%、視力/聴力53%、住居50%、親戚・友人関係50%、虐待/無視 50%、心理的不安48%、精神状態46%、行為40%、飲酒40%、失禁40%、ケアサービス情報35%

出所:上海尽美長者服務中心「認知障害家庭社区需要白書」(2020年5月公表)

6.認知症ケアに取り組む主な施設

認知症患者のケアや治療を行う主な施設は、高齢者施設、介護院(注4)、医療機関の3つに分けられる。以下は上海市の状況である。

(1)高齢者施設

上海市の高齢者施設の多くは、コロナなどの影響もあり、依然として認知症ケアの対応が進んでいないのが現状である。認知症の症状が深刻化した患者については、家族に転院治療を促し、症状が改善してから戻ってくることを勧めている。上海市の介護保険の適用施設と認可された施設では、介護保険が使用可能である。

(2)介護院

医療施設として登録されている介護院では各地の二級/三級医療機関と提携し、日常的な治療や薬の処方などを行っている。一部の施設では、軽度から中度の認知症患者を受け入れている。通常は医療保険が適用可能である。

(3)医療機関

主に精神保健センター、精神病院、高齢者リハビリ専門病院などで、中度から重度の認知症の患者を受け入れている。向精神薬の処方のほか、より専門的な治療やケアが可能。医療保険が適用可能である。

7.日本企業の参入時の注意点

現在、中国では認知症ケアの専門施設や人材が不足していることから、関連サービスを提供する日本企業にとって、専門施設の運営やスタッフ育成などの商機が存在する。一方で、以下のような課題にも留意する必要がある。

(1)認知症に対する考え方の違い

中国では一般的に、認知症とは誰もが歳を重ねると患うものと考えられており、外部の専門サービスに目を向ける人が少ない。重度となり、家族の手に負えなくなって初めて施設を探すケースが多いのが実状だ。

(2)高額な認知症ケア費用

認知症ケアを専門とする施設では一般的に利用費が高めに設定されている。月間利用費が1万元(約20万円、1元=約20円)を超えているところもあり、高額な費用が入居者の増加を妨げる主要な要因となっている。

(3)施設に求めるケアの相違

日本では認知症患者にアットホームな住環境を提供し、患者の人格や感情にも配慮しながら、日常のアクティビティなどを通して、自ら生活できるように支援する施設が多い。一方で、中国の介護サービス利用者の家族の大半は、多額の利用費を支払っている分、施設側にすべて世話してもらうべきと認識する人が多い。従って、日本のやり方にこだわらず、現地の文化や生活習慣などに合わせて適時現地化する姿勢が重要となる。

(注1)
The Lancet, “Prevalence, risk factors, and management of dementia and mild cognitive impairment in adults aged 60 years or older in China: a cross-sectional study”,2022年12月外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
(注2)
上海市人民政府外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
(注3)
人民日報、健康時報、中国老年保健協会アルツハイマー分会「アルツハイマー病患者診療の現状調査報告」。PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.6B)
本調査は2020年に全国の認知症患者2,038名及び農村部の医師109名を対象に実施したもの。
(注4)
中国語は「護理院」で、長期の寝たきり患者、慢性病患者、要介護高齢者などを対象とした病院。

作成
ジェトロ・大連事務所
レポートの利用についての注意・免責事項
本レポートは、日本貿易振興機構(ジェトロ)大連事務所が委託先キャストグローバルコンサルティング株式会社に作成委託し、2023年11月に入手した情報に基づき作成したものです。掲載した情報は作成委託先の判断によるものですが、一般的な情報・解釈がこのとおりであることを保証するものではありません。本レポートはあくまでも参考情報の提供を目的としており、提供した情報の正確性、完全性、目的適合性、最新性及び有用性の確認は、読者の責任と判断で行うものとし、ジェトロおよびキャストグローバルコンサルティングは一切の責任を負いません。これは、たとえジェトロおよびキャストグローバルコンサルティングが係る損害の可能性を知らされていても同様とします。

アンケートにご協力ください

ジェトロでは、皆様の海外ビジネス展開のご参考とするべく、各国のニーズ・トレンド情報を収集しています。今後の参考のため、以下のアンケートへご協力頂けましたら幸いです。

お問い合わせ

本レポートに関するお問い合わせは以下のフォームよりお願いします。
担当:海外展開支援部戦略企画課(個別支援班)