海外発トレンドレポート

中国における介護人材の育成状況と課題(シリーズ4)
(中国・大連発)

2023年11月30日

1.サマリー

中国における介護人材育成の市場は未だ発展段階といえる。日本などと比べ、介護の専門知識、技能、制度の面でも遅れを取っている。また、介護人材の確保難・定着難が多数の施設の共通課題となっている。重労働の割に低い待遇と低い社会的地位が主な原因であり、現場での介護の主要な担い手は農村部や都市部の比較的貧しい家庭の40~50歳代の低学歴の中年女性だ。介護人材に対する教育研修・資格制度の未整備も課題の一つだ。介護人材育成における豊富な知識と経験を有する日本企業にとって、商機はあるが、課題にも留意する必要がある。

2.市場の概況

中国国家衛生健康委員会によると、中国では4,500万人超の高齢者が機能喪失・認知障害を抱えている(注1)。一方で、2020年末時点における介護人材の数は約32万2,000人にとどまる。介護人材不足が深刻と言える。

介護人材の不足を補うべく、行政機関である中国教育部は、大学における「高齢者サービス及び管理」といった専攻の整備と若手介護人材の育成規模の拡大を図っており、若年層に対して介護業界への就業を促している。2020年には「高齢者サービス及び管理」専攻を設けている大学の数が278校に増加。2014年比で214校増加しているが、多くが学生の募集に苦労しているのが実態だ(図1)。

図1 中国における「高齢者サービス及び管理」専攻を設けている大学数の推移(2014-2020年)

中国における「高齢者サービス及び管理」専攻を設けている大学数の推移(2014-2020年):2014年64校、2015年112校、2016年145校、2017年173校、2018年185校、2019年221校、2020年278校。成長率 :2015年75%、2016年29.5%、2017年19.3%、2018年6.9%、2019年19.5%、2020年25.8%。

出所:中央人民広播電台老年之声「楽享時光」番組における養老観察話題専訪(2020年9月)

3.介護人材育成の関連政策

中国政府は近年、介護人材の育成を促進すべく、相次いで関連政策を公布している。主な政策としては、大学における若手介護人材の育成規模の拡大、介護施設の現職の院長やヘルパー向けの研修の実施、研修を通した介護職の社会的地位の向上、要介護者の家族向けの研修などがある(表)。

表 介護人材の育成に関する主な政策
政策名 公布部門 公布時期 概要
高齢者ケア市場の全面的自由化によるサービスの質の向上に関する若干意見 国務院弁公庁 2016年12月 高齢者ケア人材の資質を向上させるべく、高齢者ケア人材の教育訓練を職業訓練及び雇用促進の重要な要素と位置づける。
教育による社会サービス産業の発展支援、及び不足人材の育成・研修の質向上の意見 教育部 2019年10月 海外における関連分野の職業基準や、カリキュラム基準、技術基準を積極的に導入し、中国の国情及び実情に照らし合わせて、現地に合った育成・研修基準、方案、専門課程、教材を開発する。
高齢者施設のサービス品質確保のための特別措置業務に関する通知 民政部、衛健委、市場監管局など 2020年4月 高齢者ケア人材の専門技能向上のための措置を講じ、介護スタッフや施設長、高齢者関連の公共事業従事者に対する研修・訓練を実施。
上海市の養老産業発展促進に関する若干意見 上海市人民政府弁公庁 2020年5月 外資独資、中外合併養老企業の上海での発展をサポート、国際的な先進サービスモデルを積極的に導入。より多くの高等教育機関及び職業訓練校が高齢者サービス学科を開設することを奨励。高齢者サービス企業と関連職業訓練校との連携を通して、各種技能研修を実施し、高齢者介護の技能レベルを持続的に向上させる。
北京市高齢者ケア人材育成研修実施弁法 北京市民政局、財政局、衛健委など 2020年11月 高齢者ケア人材の専門化と職業化を推進し、高齢者ケア人材の全体的な質向上を目指す。
上海市高齢者介護サービスの高品質発展促進実施方案 上海市人民政府弁公庁 2022年2月 上海市の人材招聘の重点支援範囲として高齢者産業をリストアップ。条件を満たす高齢者サービス従事者に対して補助金を交付。
医療・ケア連携型発展の更なる発展の指導意見 衛健委、発改委、教育部など 2022年7月 医療・保健サービスや高齢者ケアの人材育成を急ぎ、大学での学習と施設での実地研修を組み合わせて人材育成の道筋をさらに拡大する。
基本的高齢者ケアシステムの構築に関する意見 中共中央弁公庁、国務院弁公庁 2023年5月 要介護者の家族に対する介護研修を政府の高齢者ケア関連投資項目に盛り込み、その職業訓練への参加を奨励して補助金を交付する。

4.市場のニーズ

中国での介護人材の需要は、2023年に600万人程度と推測れるなか、現状は40万人以下にとどまっており、介護人材の募集や育成の需要は高いといえる。

一方、介護人材の増加を妨げる要因として賃金の低さが挙げられる。高齢者介護の仕事は重労働の割に待遇があまりよくなく、社会的地位も低いと認識されているため、自然に人が集まる業種ではない。特に若い世代は高齢者の世話をする仕事を敬遠しており、親も子供の就労に賛同しない傾向が強い。また、ここ数年は所得水準が高い地域で高給や昇進を保障する高級介護施設が増えているため、介護人材がそれらの都市に集中する傾向がある。とりわけ若手人材がそうである。

さらに、体系化された教育研修や資格制度が整備されていないため、専門知識を身につけた人材も少ない。多くの地方政府は、介護施設の従業員や在宅介護の従事者向けに介護教育セミナーなどを無料で開催しているが、従業員教育に消極的になっている施設が比較的多い。教育を通じて従業員がスキルアップすると、より高い待遇を求めて転職するケースが少なくないためだ。

5.介護人材の育成ルート

中国で介護人材の育成に取り組んでいる機関は、高齢者関連協会、大学・専門学校、家事代行企業、民営教育研修機関、資格取得専門学校などがある。

(1)高齢者関連協会

主に各地域の高齢者関連協会が、定期的または不定期で介護人材を研修している。ただし、研修の内容が多岐にわたる一方で、期間が短いために体系的に学ぶことは難しい。

(2)大学・専門学校

介護を専門的に教育する機関。基本は全日制で授業時間も多いが、理論面での教育が中心で、現場で通用する実技取得に欠けるところも多い。

(3)家事代行企業

高齢者ケアをサービスに加える家事代行企業も出始めている。しかしその多くは、派遣スタッフに速やかに業務に就くことを目的としており、簡単な身の回りのケアのみに研修内容が限られているケースが多い。

(4)民営教育研修機関

自社の教育研修施設でスタッフや関係者を教育研修している。比較的体系的なカリキュラムを用意しており、研修期間も長め。

(5)資格取得専門学校

ヘルパー、看護婦、リハビリ士などの資格取得を目的とした専門学校(塾)がメイン。ヘルパー向けの研修内容は比較的基礎内容が中心で、時間も短く、学費も低め。

6.日本企業の参入時の注意点

介護分野で豊富な知識と経験を有している日本企業の中国での介護人材育成分野における提携モデルとしては、人材育成プログラムやノウハウの提供のほか、講師の派遣などが考えられる。一方で、以下のような課題にも注意が必要である。

(1)介護人材の資質

介護現場の主な担い手は農村部や都市部の比較的貧しい家庭の中年女性がメインで、小中学校卒など教育水準が低い傾向が強く、現場のヘルパー向けの教育研修には一定の困難が予想される。

(2)買い手の発掘

多くの高齢者施設ではコスト面を考慮し、ベテランスタッフが新人を現場で指導する方式が採られていることが多い。サービス内容の改善に取り組む施設では研修を外部の第三者機関に委託するケースがあるが、まだ主流にはなっていない。人材育成を求める買い手(介護施設など)がどこにあるのか、その買い手の求める水準と日本企業のコストが合致するのか、などを具体的に検討し、慎重に参入するのが望ましい。


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本レポートは、日本貿易振興機構(ジェトロ)大連事務所が委託先キャストグローバルコンサルティング株式会社に作成委託し、2023年11月に入手した情報に基づき作成したものです。掲載した情報は作成委託先の判断によるものですが、一般的な情報・解釈がこのとおりであることを保証するものではありません。本レポートはあくまでも参考情報の提供を目的としており、提供した情報の正確性、完全性、目的適合性、最新性及び有用性の確認は、読者の責任と判断で行うものとし、ジェトロおよびキャストグローバルコンサルティングは一切の責任を負いません。これは、たとえジェトロおよびキャストグローバルコンサルティングが係る損害の可能性を知らされていても同様とします。

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