特集:女性の経済エンパワーメント日本の化粧品ブランドがけん引するスパ市場(ルーマニア)

2018年3月7日

健康ニーズに応えるビジネス市場は世界中で拡大している。その重要な鍵を握るのは、健康や美容分野に関心の高い女性の購買力だ。この傾向は、欧州で最も所得が低い国の一つであるルーマニアにおいても例外ではない。

ルーマニアNo.1スパは日本ブランド

ルーマニアの首都ブカレスト市内から空港方面におよそ12km向かった先の森の中に、プール、テニスコート、ゴルフ場、スポーツジムなどを備えた一大複合施設ステジャリイ・カントリークラブ(Stejarii Country Club)がある。2013年12月、同施設のオープンとほぼ同時に誕生したのが、資生堂スパ(Shiseido Spa)だ。ルーマニアのスパ市場の変遷と今後の可能性について、スパ・マネジャーのソリン・バシラチェ氏と、顧客関係・販売マネジャーのミラベラ・カリン氏に話を聞いた(2018年2月20日)。

スパとは、健康と美の維持・回復・増進を目的として、温泉・水浴をベースに、くつろぎと癒やしの環境とさまざまな施術や療法などを総合的に提供する施設を指す(注1)。資生堂スパは、資生堂ブランドのみを扱うスパとしては、世界最大規模を誇り、中・東欧では唯一の資生堂スパだ。製品や施術の手順などは、全て資生堂の方針に従っている。ルーマニアで初めて、国際基準を満たすスパとして、欧州スパ協会の「Europe SPA Day Spa」認定を受けたほか、操業間もない2014年にはルーマニアのナンバーワンスパの称号である「Spa of the Year」を受賞した。


日本人女性によってデザインされた内装には、桜の絵や漁網を模した飾りなど、
日本的要素が多数取り入れられている(Shiseido Spa at Stejarii Country Club 提供)

客層は、ルーマニア人と外国人駐在員・旅行者がそれぞれ半分ずつ、男女比は女性客が約6割だ。ルーマニアのスパ協会デスプレ・スパ(DespreSpa)によれば、国内のスパ市場は女性顧客が85%(注2)を占める。資生堂スパの男性顧客比率が国内市場に比べて高いのは、ステジャリイ・カントリークラブ会員に男性の方が多いことが理由となっている。


各トリートメントルームには、「りんどう」など、日本の花の名前が付けられている
(Shiseido Spa at Stejarii Country Club 提供)

ルーマニアのスパ・スキンケア市場の開拓に苦労

宿泊客による一定の需要が見込めるホテルスパとは異なり、デースパ(注3)である同スパは、施設自体の認知度を上げる必要があった。その意味で、世界的に知られた「SHISEIDO」の名前はスパの宣伝にも大きく貢献した。

ただ、スパのコンセプトが市場に浸透するのには時間がかかった。例えば、スパがマッサージのように単体のサービスだけでなく、コースの施術と足湯や入浴などがセットになった「一連のパッケージ体験」であることを顧客に理解してもらう必要があった。マネジャー両氏は、「4年間の営業を通じ、ルーマニア国内でのスパの認知度は確実に高まった」と話す。開店当時は平均して1日当たり5名程度だった顧客数は、現在は30名程にまで増加し、予約はほぼ埋まるようになった。

加えて、スキンケアに対する意識向上も必要だった。資生堂スパでは、スキンケア製品の店舗販売をしている。しかし、当初は顧客に対し、スキンケアの重要性や手順から教える必要があった。これは、アジアと欧州の市場では化粧品市場の構造が大きく異なることが関係している。日本やアジアではスキンケアが最重要視されており、日本では化粧品市場の半分近くをスキンケア製品が占める(図1)。一方で、欧州では26%だ(図2)。代わりに、欧州では香水市場が約16%を占め、2%とされる日本よりも割合が大きい。つまり、スキンケアになじみのある日本と比べると、欧州においてスキンケアへの意識は高くない。そのため、製品の使い方や手順を説明するイベントを開催するなどして、人々のスキンケア意識を高める必要があった。

  図1:日本の化粧品市場(製品別シェア、2006年)
2007年の調査結果では、2006年の日本の化粧品市場の製品別シェアはスキンケア(44%)、トイレタリー(14%)、ヘアケア(19%)、フレグランス(2%)、メイク用品(20%)だった。
出所:
Global Insight "A study of the European cosmetics industry (2007)"  を基に作成
  図2:EU28ヵ国の化粧品市場(製品別シェア、2016年)
2017年の調査結果では、2016年のEU28カ国の化粧品市場の製品別シェアはスキンケア(26%)、トイレタリー(25%)、ヘアケア(19%)、フレグランス(16%)、メイク用品(14%)だった。
出所:
Cosmetics Europe "Socio-economic development & environmental sustainability – the European cosmetics industry’s contribution 2017" を基に作成

ルーマニアにおけるスパ市場の可能性

一般的に、スパは富裕層をターゲットにしたビジネスだ。一方で、ルーマニアの平均手取り賃金は約7万6,000円(2017年12月時点)と、欧州でも最も低い国の一つだ。しかし、バシラチェ氏によれば、ルーマニアのスパ市場は、年に10%の勢いで伸びている。また、現在ルーマニアのスパ市場の顧客数は20万人程度だが、潜在顧客数は500~700万人とも見積もられていると話す。そこで鍵となるのが、国外からの顧客獲得だ。

実は、ルーマニアは温泉資源が豊富な国だ。ローマ帝国時代にさかのぼる温泉の歴史を持ち、欧州における源泉の実に3分の1以上がルーマニアに位置しているとされる(注4)。また、黒海沿岸のコンスタンツァ付近では、美肌・アンチエイジング効果が高いとされる良質な泥を使ったパックも人気だ。しかし、ルーマニアのこうしたスパ関連産業に対する国際的な認知度は低い。隣国のハンガリーが国外から温泉目当ての旅行客を集めているのとは対照的だ。バシラチェ氏は、「ルーマニアのスパ産業全体の認知度を高めたい」と意気込む。

マネジャー両氏は、今後の目標を二つ掲げる。一つ目が、「国内No.1スパの座を維持し続けること」だ。そのためには、サービスの質を維持し続ける必要がある。しかし、低下する失業率により、優秀な人材確保は年々厳しくなっている。同社は、担当省庁に対し、スパ認証に関するガイドラインを提供することも検討している。その一例は、現在は決まりがないセラピストの要件として、キネシオロジー(運動治療)の学位を必須にすることだ。二つ目の目標は、「国際レベルで認知度を上げること」だ。そのために、国際的な賞を毎年獲得し続けることを目指している。空港に近い立地を生かし、海外からの旅行客も呼び込みたい構えだ。


スパ・マネジャーのソリン・バシラチェ氏(左)と、顧客関係・販売マネジャーのミラベラ・カリン氏(右)
(Shiseido Spa at Stejarii Country Club 提供)

注1:
日本スパ振興協会
注2:
DespreSpa, Studiu de piata SPA 2015
注3:
主に宿泊施設を持たないスパ。都市を中心とした日帰り可能なスパで主にストレスケア、エステティックメニューを提供する施設(日本スパ振興協会)。
注4:
飲料泉も含む。
執筆者紹介
ジェトロ・ブカレスト事務所
藤川 ともみ(ふじかわ ともみ)
2015年、ジェトロ入構。海外調査部・海外調査計画課(2015~2017年)を経て現職。