特集:トランプ政権の1年を振り返る環境エネルギー分野で進む規制緩和
緩和へ向けての手続き、政策の経済合理性に課題も

2018年1月31日

トランプ政権の環境・エネルギー政策の基本は、歴代政権が掲げてきた「エネルギーの自立」をさらに進め「エネルギーの支配」を目指すこと、このため米国のエネルギー開発を阻害してきたオバマ前政権による規制を除去すること、さらに米国のエネルギーを世界に輸出することにより国内に雇用を創出していくことだ。しかし規制緩和実現に向けて法律の手続き、政策の経済合理性など課題も多い。

エネルギーの支配を目指す

政権発足後の2017年3月28日、トランプ大統領は「エネルギーの自立、経済成長促進のための大統領令」に署名し、エネルギー開発の障壁となる規制撤回と地球温暖化対策の見直しを明確化した。「米国第一エネルギー計画(An America First Energy Plan)」のもと署名されたこの大統領令は、クリーンかつ安全なエネルギー開発を推進すると同時に、エネルギー自給体制の確立と経済成長や雇用促進を目指すもの。環境規制の緩和を前提に石炭を含む国内の化石燃料、原子力、自然エネルギー開発を促進し、手頃で信頼性の高い電力供給を実現することなどを最優先課題に位置付けている。

さらにトランプ大統領は、2017年6月29日エネルギー省で行われた「米国のエネルギーを束縛から解き放つ(Unleashing American Energy)」イベントで演説を行い、米国が有する無限に近いエネルギー資源を活用し、歴代政権が掲げてしてきた「エネルギーの自立」を一層進め「エネルギーの支配」を目指すこと、過去8年間、米国のエネルギー開発を阻害してきた前政権の規制を除去しインフラ開発を進めること、米国のエネルギーを世界に輸出することにより、国内に雇用を創出していくと共に、米国の友好国、パートナー国、同盟国のエネルギー安全保障を確保すると表明した。

政権発足から今日まで1年が経過し、規制緩和の動きが徐々に具体化している。詳細は別表に示した通りである。最大の目玉はパリ協定からの離脱とクリーンパワープラン(CPP)撤回であるが、ともに法律や行政手続きの制約があり、すぐに実現というわけにはいかない。

立ちはだかる法律や行政手続きの壁

(1)パリ協定からの離脱表明

トランプ米大統領は2017年6月1日、地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定から離脱すると発表した。大統領は、パリ協定により米国は温暖化対策で巨額の支出を迫られる一方で、協定にとどまる場合、米国は2025年までに製造業部門で44万人、全体で270万人の雇用を奪われ、2040年までに国内総生産(GDP)で3兆ドル失うと述べた。

大統領は、オバマ前政権が議会の承認を得ずに行政権限で進めてきたパリ協定を大統領選挙期間中から批判してきた。そもそも条約や協定は、合衆国憲法により大統領が交渉してまとめたものを連邦議会上院の3分の2以上の同意があって批准される。こうした手続きをとらずに締結されるのが大統領権限による「行政協定」である。しかし、その場合でも(1)上下両院それぞれ過半数の同意、(2)既に存在する法律や規則で認められた内容、(3)停戦協定など軍の最高司令官としての大統領の専管事項、のいずれかであることが必要である。しかも議会の意向を尊重することが前提であるというのが司法の判断だ。パリ協定締結の際、民主党は上下両院で多数を占めていないため、オバマ前政権はパリ協定がCPPなど既存の規則で実現可能であり、前述(2)に相当するとして大統領の行政権限で締結した。議会多数党である共和党の同意を得ていない。

パリ協定は2016年11月4日に発効しているため、米国は協定第28条1項により、2019年11月4日まで協定脱退を他の締約国に通告できない。また、協定第28条2項で、協定離脱が有効となるのは通告から1年後となっており、米国の離脱が実現するのは早くて2020年11月4日、すなわち次回の米国大統領選挙の翌日となる。

ただし協定第28条3項により、米国がパリ協定の基となっている国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)から脱退すれば、パリ協定からの即時離脱は可能だが、現政権はUNFCCCにはとどまるとみられている。これはUNFCCCを米国議会が可決した1992年はジョージ・ブッシュ(父)共和党政権であり、UNFCCC離脱はパリ協定離脱よりも政治的ハードルが高いとみられるからだ。

(2)クリーンパワープラン(CPP)廃止へ

スコット・プルイット環境保護庁(EPA)長官は2017年10月10日、クリーンパワープラン(CPP)を廃止し、それに代わる新たな規制の策定を行うと表明した。オバマ前政権は2015年10月、民主党が少数の連邦議会の中で、ここでも法改正を行わず既存の大気浄化法第111条(d)の汚染物質発生源に対する規制の下で実施可能としてCPPを発表し、各州に対して発電方法の見直しとCO2排出削減に関する州ごとの計画(State Plan)を提出するよう求めた。

これに対して米国内の27州政府と業界団体は、CPPの施行は連邦政府の権限を逸脱するとして連邦裁判所に行政訴訟を起こした。連邦最高裁は2016年2月、訴訟が結審するまでCPPの執行を一時停止することを命じ、現在に至っている。2018年にも予定されている下級審での判決がCPPの違法性を認めなかった場合、原告は最高裁へ上告するとみられるが、保守派判事が多い現在の最高裁では州政府などの主張が認められる可能性は高い。

CPPの見直しについて、トランプ政権には司法の最終判断を待つ選択肢もあったが、それを待たずにCPPの撤廃に向け乗り出した。プルイットEPA長官は「EPAの法的権限を逸脱し、州に電源構成の変更を強制したオバマ前政権の誤りを正すことに注力する」と述べた。

プルイット長官は10月10日、CPPに代わる新たな規制を策定する提案を行う規則制定案告示(NPRM:Notice of Proposed Rulemaking)を行った。NPRMではCPP撤廃による環境・健康・経済効果が分析され、CPP撤廃により2030年までに計330億ドルを節約できると結論付けている。プルイット長官は、EPAに与えられた法的な権限を順守するとともに、新規則によって影響を受けるあらゆる利害関係者の意見を聴取することで、適切かつ慎重に代替案を策定していくとしている。背景にはCPPの一方的廃止だけとすると環境保護団体からの行政訴訟が噴出する可能性もあるためとみられている。

石炭復興策は経済合理的なのか

2017年3月の「エネルギーの自立、経済成長促進のための大統領令」署名に先立ち、トランプ大統領は石炭労働者を前に「われわれの政権は石炭との戦争(the war on coal)に終止符を打つ」と述べた。しかし、シェールガス革命により米国のエネルギー需給構造が大きく変化し、価格競争力を失った石炭業界はすでに衰退しはじめている状況だ。CPPを撤廃しても、石炭の国内需要の拡大や雇用創出といった「石炭復興」が可能になるとはいえない。

米国エネルギー情報局(EIA)の「年次エネルギー見通し2017」によると、CPPが実施されないとしても、石炭産出量と発電部門における石炭の消費量は、ともに減少基調が多少緩やかになる程度であり、2008年のピーク時の水準には戻らないとみている。

「米国の天然ガス価格は足元で100万BTU(英国熱量単位)当たり2ドル台前半。トランプ大統領が石炭産業の復興を声高に唱えても、発電所での石炭コストが同4ドルを超えると誰も石炭を掘らないし、米国炭を引き取る国もなくなる」(在米日系商社)との声もある。

トランプ大統領の政策は、パイプライン建設の促進、メタン規制を含む環境規制の緩和、連邦所有地の開発規制の緩和・撤廃を中核としているが、これはそのまま石油・天然ガス開発を一層促進することつながり、同じ化石燃料である石炭産業にとっては不利となる。化石燃料政策間の不一致、経済合理性を欠いた政策では産炭地に雇用は戻ってこない。

表:オバマ前政権とトランプ政権の環境・エネルギー政策比較
政策 オバマ前政権 トランプ政権
気候変動対策 2015年に国連に提出した目標として、米国の温暖化効果ガス 排出量を 2025 年までに 2005年比で 26~28%削減。パリ協定批准(2016年9月)
「緑の気候基金(CGF)」全体の1/3にあたる30億ドル拠出を表明、うち1/3を国連に拠出済み。
地球温暖化への人為的関与を疑問視。パリ協定から離脱表明(2017年6月)
「緑の気候基金」米国拠出予定の残り2/3を国連ではなく、米国内の水や環境インフラに投資すると表明。
発電所排出ガス規制 既設火力発電所向けのクリーンパワープラン(CPP)を発表(2015年8月)。火力発電所のCO₂排出量を2030年までに2005年比32%削減させることを目標に掲げた。 CPP撤回と新たな規制策定にむけ立法手続きを開始。(2017年10月)
メタン排出削減策 石油・天然ガス供給部門からのメタン排出を 2025年までに 2012年比で40~45%削減することを目標に。 EPAはメタン排出基準の見直し作業のため、前政権が策定した規制の2年間の執行停止を宣言(2017年6月)。しかし環境保護団体からの行政訴訟を受けて、連邦控訴裁判所は同年7月、EPAは既に公布済み規則の執行停止権限は持たないと判断。このためEPAはメタン排出規制の新規定を検討中。
自動車燃費基準(CAFE 基準) 政権1期目の2011年に2025年までの企業平均燃費基準(CAFE基準)を設定し、メーカーごとの企業平均値の順守を義務付け。規制強化によるコスト増を懸念する自動車業界との妥協で2018年までに中間レビューを行うことになったが、オバマ政権末期にEPAは中間レビューを打ち切り、さらに2025年式の乗用車・小型トラックの平均燃費を平均で36マイル/ガロンへ引き上げ。 自動車業界団体が、CAFE基準を緩和するよう陳情を行っており、トランプ政権は、CAFE基準を見直す可能性がある。打ち切られていた中間レビューを当初予定の2018までに再開する旨トランプ大統領はデトロイトで表明(2017年3月15日)
(ただしCAFE基準は1978年に設定されて以降、州政府による規制とも絡み合い、米国内全体での燃費基準引き下げは容易ではないとみられている)
石油・天然ガス開発 メキシコ湾でのBPの原油流出事故を受けて、連邦大陸棚の94%で石油・天然ガスの採掘を禁止。
アラスカ州における連邦政府所有の土地・海域を石油・天然ガスの掘削禁止区 域に指定。2016年12月に、1953年の法律(Continental Outer Shelf Lands Act)に基づき、チュクチ海、ボーフォート海など北極圏の一部における掘削を恒久的に禁止。
前政権が開発を禁止してきたオフショアの連邦所有地におけるエネルギー開発を開放する方針。このため、連邦大陸棚の90%超を採掘業者へリース可能とする法案を内務省が準備中。
原油輸出 シェール革命による国内の石油・ガス生産量の大幅増加、また原油価格が一時30ドルを割り込んだことを受けて、1975年から続いていた原油禁輸を2015年12月に解除。 原油輸出の方針は継続
LNG輸出 1938年天然ガス法で天然ガスおよびLNGの輸出を規制してきたが、シェールガス生産拡大を受けて、2011年にLNG輸出を認可。2015年からFTA非締結国向け輸出も個別審査のもと認可が始まる。 ロシアへの天然ガス依存を懸念するウクライナ、ポーランド、ハンガリー、バルト3国などに、米国産LNGの輸出が依存軽減に貢献することをPR(2017年7月ポーランドでのThree Sea Initiative首脳会合)。日本、韓国、中国、インドなどに対して、米国産LNG輸出を2国間協議のアジェンダに。
石炭政策 気候変動緩和と 大気汚染防止の観点から石炭規制を強化。政権末期の 2016年12 月に内務省(DOI)が、水源保護を目的として、水源に悪影響を及ぼす場所での石炭採掘を許可しない規制を制定。石炭採掘のための連邦保有地の新規リース契約に対し、DOI長官権限でモラトリアム を制定。 2017年に議会が水源保護を目的とした石炭採掘規制を取り消す法案を可決し、大統領が署名。
水源規制(WOTUS) 水質浄化法のもとで保護される水源の範囲を拡大するため2015年に水源規制(WOTUS)を導入。これにより、石炭企業に炭鉱近くの水源の水質検査、採掘後の水源の原状回復を義務づけ。 WOTUS見直しのための大統領令に署名(2017年2月28日)
インフラ整備 キーストーンXLパイプラインの建設を許可する法案に大統領は拒否権発動。政権末期にダコタ・アクセスパイプライン建設を禁止。 キーストーンXLパイプライン、ダコタ・アクセスパイプライン建設を推進(2017年1月24日付け大統領覚書)。
プライオリティの高いインフラプロジェクトに対する環境影響評価の迅速化を行う(同日大統領令)。
原子力開発 2010年1月の一般教書演説で原子力発電所の新設を、「クリーンエネルギー雇用」の一環として推進する姿勢を示す。原子力発電所の新設に対する融資保証等の支援、小型モジュール(SMR)等の新型炉の研究開発に対する支援が中心。 2017年6月トランプ大統領はエネルギー演説で、ゼロ・エミッションである原子力セクターを復活させ、拡大するために米国の原子力政策の包括的レビューを行うと表明。一方、エネルギー省の原子力関連の技術開発予算は大幅削減。
使用済み核燃料対策 使用済み燃料をそのまま高レベル放射性廃棄物として最終処分するため、ブッシュ政権は2002年にネバダ州ユッカマウンテンに最終処分施設建設を決定したが、同州の強い反対を受け、オバマ政権は計画を中止。 エネルギー省のペリー長官は、オバマ政権時に断念したユッカマウンテン・プロジェクトを再開する可能性について言及。
再生可能エネルギー 連邦レベルの再生可能エネルギー支援策である太陽光発電へのPTC(生産減税)と風力発電へのITC(投資減税)の5年間延長が米議会で承認(2016年12月) トランプ政権でもPTC,ITCは継続
出所:
ホワイトハウス、エネルギー省、環境保護庁などの発表、各種報道をもとに筆者作成
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課 アドバイザー
木村 誠(きむら まこと)
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所産業協力部長、ジェトロ・ロンドン事務所次長(調査・広報担当)、ジェトロ・ヒューストン事務所長などを経て2013年4月より現職。