特集:世界の貿易自由化の新潮流 包摂的貿易に向け強まる国際機関の連携

2017年10月16日

WTO加盟国数や世界貿易に占めるシェアで見て、より多くの途上国が世界貿易に組み込まれるようになった。WTOでは、途上国が貿易から恩恵を受けるためのさまざまな取り組みが進展しており、世界貿易への途上国の包摂は、制度的にも実態としても比較的順調に進んでいる。一方ここ数年、先進国においても、貿易の恩恵から取り残される層が国内に一定程度存在することがクローズアップされている。貿易を制限する保護主義で対抗することなく、これらの層を世界貿易に包摂するには、職業訓練・再就職支援といった適切な国内政策が必要となる。貿易政策を所管するWTOだけでは解決が難しい問題で、WTO、IMF、ILOといった国際機関の連携の重要性が高まっている。

着実に進展する途上国の包摂

制度的にも実態としても、より多くの国が世界貿易に組み込まれるようになってきている。1948年のGATT発足時の加盟国数はわずか18カ国であったが、2016年末のWTO加盟国数は164カ国・地域まで膨らんでおり、WTOは世界のほとんどの国をカバーする多国間貿易体制となっている。途上国の加盟国数も同期間に、8カ国から126カ国にまで増加した。全加盟国の4分の3強が途上国となっている計算だ(注1)。世界に現在47ある後発開発途上国(LDC)についても、既に36カ国がWTOに加盟済みである。

世界貿易(名目輸出金額)に占める途上国のシェアも着実に増加している(図)。同シェアは1990年の19.3%から2016年には38.6%となった。中国のシェア増加(1.9%から13.5%へ)が顕著だが、中国・LDC以外の途上国のシェアも16.8%から24.2%へと拡大した。LDCのシェアも0.6%から0.9%へと、依然シェアは小さいものの増加傾向にある。

図:世界貿易(名目輸出金額)に占める先進国・途上国のシェアの推移
世界貿易(名目輸出金額)に占める先進国、途上国のシェアの推移。単位は%。 1990年、2000年、2010年、2016年の順にシェアを示すと、先進国のシェアは80.7%, 74.9%, 62.2%, 61.4%と減少していく。一方、途上国は、19.3%, 25.0%, 37.8%, 38.6%と増加していく。途上国の内訳を見ると、中国が1.9%, 3.9%, 10.4%, 13.5%、LDCが0.6%, 0.5%, 1.0%, 0.9%, それ以外の途上国が16.8%, 20.6%, 26.4%, 24.2%となる。

注:先進国、途上国の定義はIMFの「世界経済見通し」(2017年4月)に基づく。グラフ中の数値は途上国のシェアを表す。
資料:IMF, "Direction of Trade Statistics" (2017年8月29日ウェブサイト版)から作成

GATT/WTO体制では、古くから、途上国を世界貿易に包摂する必要性が認識されてきた。そして、途上国がGATT/WTO加盟から恩恵を受けるためには、先進国とは異なる発展段階にある途上国に特別な配慮が必要であると考えられてきた。この認識は、GATT発足時から存在するGATT協定第18条、1965年に追加されたGATT協定第4部「貿易と開発」(第36-38条)、1979年のGATT総会で決定されたいわゆる「授権条項」(途上国に一層有利な待遇を与えるという内容)などに反映されている。1970年代以降、先進各国は途上国からの輸入に対する関税を他の国より低くする一般特恵関税(GSP)を導入したが、GSPのように途上国に他の国と異なる待遇を与える条項は「特別かつ異なる待遇(S&D)」条項と呼ばれ、現在WTO協定の中に145のS&D条項が含まれている(注2)。

1995年のWTO発足後初となるラウンド交渉は、「ドーハ・開発・アジェンダ(DDA)」と名付けられ、途上国への配慮が前面に押し出されたものとなった。途上国に対し、協定順守義務の緩和や経過措置期間延長を認め、技術支援や協定履行能力の向上(キャパシティー・ビルディング)を実施すること、S&D条項を強化することなどの方針が決定された。キャパシティー・ビルディングについては、2005年に「貿易のための援助(AfT)」が発足し、途上国の輸出能力や貿易関連インフラの向上に向けた支援が行われることとなった。また、LDCからの輸入に対しては原則、関税無税、数量制限なしとする(2005年)、サービス分野におけるLDC向け優遇措置の運用化(2013年)など、近年特にLDC向け優遇措置について進展が見られる。このように、WTOでは2000年代以降、途上国、特にLDCが貿易から恩恵を得られるようにするための取り組みが着実に進んでいる。

先進国の一部労働者の包摂が近年課題に

世界貿易への途上国の包摂が比較的順調に進む一方で、ここ数年、各国内に貿易の恩恵から取り残される層が一定程度存在することが、特に先進国で問題になっている。経済学の理論は古くから、貿易によって国内に勝者と敗者が生じうることを予測してきた(注3)。しかし、実際には、1980年代まで貿易が先進国の労働者の賃金や所得格差などに与える影響はほとんど観察されなかった(注4)。この背景には、当時、先進国における途上国からの輸入規模が小さかったことがある。

ところが、1990年代以降、「世界の工場」としての中国の発展・WTO加盟(2001年)などを背景に、中国など途上国からの輸入が急拡大した。先進国の輸入に占める途上国のシェアは1990年に20.0%(うち中国は2.7%)であったのが、2015年には39.7%(うち中国は15.4%)にまで拡大した(注5)。この結果、最近になって、中国など途上国からの輸入の拡大が、先進国の労働者の雇用や賃金に負の影響をもたらしているとの研究が相次いで発表されている(表1)。

これらのほとんどの研究が、米国マサチューセッツ工科大学のオーター教授らが2013年に発表した論文(表1のAutor, Dorn, and Hanson (2013))に触発されたものだ。同研究は、1990-2007年の米国の製造業雇用減少の4分の1は中国からの輸入拡大によって説明できると主張した。また多くの研究が、転職が困難な低スキル・低賃金労働者ほど、途上国からの輸入拡大によって負の影響を受ける傾向にあることを見いだしている。

一方、中国等途上国との貿易が必ずしも、先進国にマイナスの影響を与えるわけではない。例えば、日本では中国からの輸入増加が製造業雇用の「増加」につながったとの研究がある。欧州では中国からの輸入増加は企業の技術水準向上を促した。更に、途上国からの輸入拡大の影響だけでなく、途上国向け「輸出」の拡大が自国の雇用や賃金にもたらすプラスの影響も考慮する必要がある(ドイツやブラジルの事例)。また、途上国からの輸入が先進国の一部労働者に与える負の影響が無視できなくなっているのは事実であるが、先進国で近年拡大しつつある所得格差の主要因は、貿易などグローバリゼーションではなく、技術進歩であるというのが、経済学者の一般的見方となっている(注7)。

表1:中国など途上国からの輸入増加が労働市場に与える影響:最近の研究例

主にマイナスの効果を見出した研究
対象国 対象期間 主な結果 論文
米国 1990-2007年 中国からの輸入競争にさらされた地域ほど、失業率や社会保障給付が増加、労働参加率や賃金が低下する。中国からの輸入増加は、製造業雇用減少の1/4を説明。 Autor, Dorn, and Hanson (2013)
1999-2011年 中国からの輸入増加により、米国の総雇用は200-240万人減少。輸入が増加した産業と、その川上の産業では雇用が減少したが、川下産業の雇用には影響なし。 Acemoglu, Autor, Dorn, Hanson, and Price (2016)
スペイン 1997-2011年 中国からの輸入増加によって、失業確率が上昇(特に低・中間スキル労働者)。製造業賃金には影響なし。 Donoso, Martín, and Minondo (2015)
ノルウェー 1996-2007年 中国からの輸入増加によって、製造業雇用が約10%減少。賃金には影響なし。 Balsvik, Jensen, and Salvanes (2015)
英国 2000-2007年 中国からの輸入競争にさらされた労働者ほど雇用されていない期間が長く、賃金が低下。低賃金労働者ほど負の影響大。 Pessoa (2016)
チリ 1990-2000年 中国からの輸入競争にさらされた製造業企業ほど、雇用増加率や存続確率が低い。企業の労働者のスキル、資本装備率、生産性、輸出確率には影響なし。 Álvarez and Claro (2009)
一部プラスの効果を見出した研究
対象国 対象期間 主な結果 論文
欧州
12カ国
1996-2007年 中国からの輸入増加は、雇用(特に技術水準の低い企業の雇用)と低スキル労働者のシェアを減少させたが、輸入競争にさらされる企業ほど技術水準が向上。また、雇用の配分が技術水準の低い企業から高い企業へシフト。合計で、中国からの輸入増加は2000-07年の欧州12カ国の技術進歩の14%を説明。 Bloom, Draca, and Van Reenen (2016)
ドイツ 1988–2008年 「東側」(中国と東欧、特に東欧)からの輸入競争にさらされた地域ほど、雇用が減少。一方、「東側」(特に東欧)向け輸出が増加した地域では雇用が増加し、差し引きすると、「東側」との貿易拡大は、ドイツに44.2万人の雇用創出、製造業の維持をもたらした。 Dauth, Findeisen, and Suedekum (2014)
日本 1995-2007年 中国からの輸入競争(特に中間財輸入との競争)にさらされた地域ほど、製造業雇用割合が増加。 Taniguchi (2017)
ブラジル 2000-2010年 中国からの輸入競争にさらされた地域ほど、製造業賃金の上昇率が低い(雇用には影響なし)。一方、中国向け一次産品輸出が増加した地域では製造業賃金の上昇率が高い。 Costa, Garred, and Pessoa (2016)
注:
論文のタイトル、掲載誌など詳細は注6を参照。表中、「欧州12カ国」は、オーストリア、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、スイス、英国を指す。プラスの効果には、途上国向け「輸出」によるプラス効果を含む。
資料:
各論文から作成

高まる国際機関連携の重要性

これまで見てきたように、「包摂的貿易」の概念は、途上国の包摂に重点を置くものから、先進国も含めた各国内の全ての労働者が貿易から恩恵を得られる世界を目指すものへと、近年、変化している。では、各国内で貿易の恩恵から取り残された労働者をどう包摂していくのか。この点については、途上国の包摂とは異なり、WTOの場で講じられた具体策はまだ少ない(注8)。これには、表1で見たように、貿易によって不利益を被る労働者が想定以上に多く存在していることが、ごく最近の研究でようやく明らかになったことが影響しているだろう。また、貿易が一国全体にもたらす便益を国民全員が享受するには、何らかの国内政策によって、勝者から敗者へ貿易の果実の一部を移転することが必要となる。しかし、これは基本的には国内政策の問題であり、各国間の貿易ルールについて議論するWTOで対策を考えるのには限界があるといえる。

表2:最近のWTOとその他国際機関との共同報告書の事例
共同研究機関 報告書タイトル(仮訳、発行年)
ILO
  • Trade and Employment: Challenges for Policy Research (「貿易と雇用:政策研究への課題」、2007年)
  • Globalization and Informal Jobs in Developing Countries (「グローバリゼーションと途上国のインフォーマル雇用」、2008年)
  • Making Globalization Socially Sustainable (「グローバリゼーションを社会的に持続可能なものとする」、2011年)
  • Investing in Skills for Inclusive Trade (「包摂的貿易のための技能投資」、2017年)
ILO, OECD, World Bank
  • Seizing the Benefits of Trade for Employment and Growth (「雇用と成長のための貿易の便益を捕らえる」、2010年)
OECD
  • Aid for Trade at A Glance(「一目でわかる『貿易のための援助』」、2007, 09, 11, 13, 15, 17年)
World Bank
  • The Role of Trade in Ending Poverty (「貧困撲滅に対する貿易の役割」、2015年)
IMF, World Bank
  • Making Trade an Engine of Growth for All(「貿易を全ての人の成長の原動力とする」、2017年)

資料:各国際機関ウェブサイトより作成

このため、WTOは近年、各国の国内政策に影響をもつ他の国際機関と連携を強め、共同研究報告書を相次いで発表している(表2)。特に、貿易と雇用の関係については、2000年代後半からILOと一緒に共同報告書を複数発表している。最近では、一部の欧米諸国における「内向き政策」への支持拡大、保護主義の高まりに対し警鐘を鳴らすため、2017年4月に IMFや 世界銀行と共同で報告書を発表した。報告書のタイトルは、”Making Trade an Engine of Growth for All外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます” (「貿易を全ての人の成長の原動力とする」)。先進国でみられる雇用喪失の主要因は貿易ではなく技術進歩だと主張した上で、貿易が一部の労働者に負の影響をもたらしている事実を認めた。しかし、その問題に対しては、貿易制限で対処するのではなく、各国が労働政策(職業訓練や再就職支援、賃金保障、失業保険など)、教育政策、住宅政策、起業促進のための金融政策、マクロの景気浮揚策などを通じて、貿易によって職を失った労働者の再就職を促進するべきだと提言した。包摂的貿易を実現するためにスキルへの投資が重要なことは、2017年7月に発行されたILOとの共同報告書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでも主張されている。

各国の国内政策についてWTOの場で議論する余地は限られており、引き続き、WTOとその他の国際機関との連携が重要となるだろう。また、途上国との貿易からプラスの効果を得ている日本やドイツの事例をより詳しく分析することで、貿易からより多くの人が便益を得るためには、何が重要なのか具体的に明らかにしていく作業が今後、必要とされる。


注1:
WTOで「途上国」に分類されるかは、加盟国の自己申告に基づく(ただし、他の加盟国がその判断にチャレンジ可能)ため、本稿ではIMFの2017年4月の「世界経済見通し」の定義外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに基づき途上国数をカウントした。なお、WTOにおけるLDCの定義は国際連合の定義PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(122KB) に基づく。
注2:
2016年9月発行のWTO文書(WT/COMTD/W/219)による。これらのS&D条項については箭内彰子(2007)「『特別かつ異なる待遇』の機能とその変化―WTO協定における開発途上国優遇措置-」(今泉慎也編『国際ルール形成と開発途上国―グローバル化する経済法制改革』ジェトロ・アジア経済研究所)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが詳しい。
注3:
例えば、ヘクシャー・オーリン・モデルにおける「ストルパー・サミュエルソン定理」(1941年)からは、貿易によって先進国(途上国)では高スキル労働者の賃金が上昇し(低下し)、低スキル労働者の賃金が低下(上昇)することが予想される。
注4:
貿易が先進国の労働者の賃金や所得格差に与える影響についてのこれまでの議論については、Autor, David H., David Dorn, and Gordon H. Hanson (2016) “The China Shock: Learning from Labor-Market Adjustment to Large Changes in Trade.” Annual Review of Economics, 8: 205-240外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます が詳しい。
注5:
2017年版「ジェトロ世界貿易投資報告」p.56 図表II-10参照。
注6:
表1の論文詳細は以下のとおり。
  • Acemoglu, Daron, David Autor, David Dorn, Gordon H. Hanson, and Brendan Price (2016) “Import Competition and the Great US Employment Sag of the 2000s.” Journal of Labor Economics, 34(S1): S141-S198.
  • Álvarez, Roberto, and Sebastián Claro (2009) “David Versus Goliath: The Impact of Chinese Competition on Developing Countries.” World Development, 37(3): 560-571.
  • Autor, David H., David Dorn, and Gordon H. Hanson (2013) “The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States.” American Economic Review, 103(6): 2121-2168.
  • Balsvik, Ragnhild, Sissel Jensen, Kjell G. Salvanes (2015) “Made in China, Sold in Norway: Local Labor Market Effects of an Import Shock.” Journal of Public Economics, 127: 137-144.
  • Bloom, Nicholas, Mirko Draca, and John Van Reenen (2016) “Trade Induced Technical Change? The Impact of Chinese Imports on Innovation, IT and Productivity.” Review of Economic Studies, 83(1): 87-117.
  • Costa, Francisco, Jason Garred, and João Paulo Pessoa (2016) “Winners and Losers from a Commodities-for-Manufactures Trade Boom.” Journal of International Economics, 102: 50-69.
  • Dauth, Wolfgang, Sebastian Findeisen, and Jens Suedekum (2014) “The Rise of the East and the Far East: German Labor Markets and Trade Integration.” Journal of European Economic Association, 12(6): 1643–1675.
  • Donoso Vicente, Víctor Martín, and Asier Minondo (2015) “Does Competition from China Raise the Probability of Becoming Unemployed? An Analysis Using Spanish Workers’ Micro-data.” Social Indicators Research, 120: 373–394.
  • Pessoa, João Paulo (2016) “International Competition and Labor Market Adjustment.” CEP Discussion Paper, No 1411.
  • Taniguchi, Mina (2017) “The Effect of an Increase in Imports from China on Local Labor Markets in Japan.” Unpublished paper, June 2017. 
注7:
2017年版「ジェトロ世界貿易投資報告」p.57参照。
注8:
ただ、2017年2月に発効した貿易円滑化協定は、中小企業の参入を促す効果が期待されており、各国内のより多くの企業・労働者の包摂に貢献する施策だといえる(WTOのWorld Trade Report 2016外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照)。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
明日山 陽子(あすやま ようこ)
2001年、ジェトロ入構。ジェトロ経済分析部国際経済課(2001-2006年)、アジア経済研究所・海外派遣員(米国、2006-2008年)、アジア経済研究所・新領域研究センター、同・開発研究センター(2008-2017年)を経て現職。