特集:世界の貿易自由化の新潮流電子商取引に関する貿易ルール構築

2017年10月16日

電子商取引(EC)は国際取引の新形態として存在感を示す一方、自由な企業活動と規制・個人情報保護との相克といった論点も顕在化している。それを背景に、先進国・途上国を問わずECルールへの関心は高まってきた。主要なFTAやWTOでの論点を追う。

国際ビジネスへ参入を後押しする手段として

電子商取引(EC)は、新たな越境取引のツールとしてのみならず、世界貿易を拡大させる要素としても関心を集めている。APECでは、「デジタル時代における零細・中小企業の競争力・イノベーションの強化」の観点から、2017年5月の貿易大臣会合で、中小企業の世界貿易への参加を促すためにECがもたらす機会の重要性を確認。またG20でも、同7月のサミットの首脳宣言で、「情報の自由な流通の支持」と「ECに関するWTO等の国際議論への建設的な関与」を明記するなど、国際社会において重要なテーマと位置付けられる。

表1:主要国のEC市場(B2C)規模と関連指標(100万ドル、%)
国・地域 B2C取引額 EC関連指標
2016年 2020年
(予測)
平均伸び率(2016年から2020年) インターネット利用率
(2015年)
クレジットカード保有率
(2014年)
物流パフォーマンス指標
(2016年)
中国 366,078 650,210 15.4 50.3 15.8 3.66
米国 312,064 533,514 14.3 74.5 60.1 3.99
英国 73,456 106,720 9.8 92.0 61.7 4.07
日本 72,577 104,400 9.5 91.1 66.1 3.97
ドイツ 44,094 70,068 12.3 87.6 45.8 4.23
フランス 35,769 51,205 9.4 84.7 44.1 3.90
インド 21,648 81,633 39.4 26.0 4.2 3.42
ロシア 11,494 20,096 15.0 70.1 21.0 2.57
ブラジル 10,369 16,481 12.3 59.1 32.0 3.09
メキシコ 4,563 11,505 26.0 57.4 17.8 3.11
アルゼンチン 4,505 15,321 35.8 69.4 26.6 2.96
インドネシア 2,652 5,417 19.5 22.0 1.6 2.98
タイ 1,505 2,488 13.4 39.3 5.7 3.26
南アフリカ共和国 543 1,174 21.3 51.9 13.5 3.78
ナイジェリア 195 689 37.2 47.4 2.8 2.63
注:
1.取引額はEuromonitor Internationalによる推計値。推計値は、端末を問わずインターネット上で行われたB2Cの消費財(輸送機器を除く)の取引を示す。なお、食料品や雑貨などの宅配サービス、店舗支払い・受け取りによる取引は含まない。
2.物流パフォーマンス指標は、税関業務の効率性、物流インフラの質、輸送の適時性など六つの基準に基づき世界銀行が1~5の範囲で算出。
資料:
"Passport" (Euromonitor International) 、UNCTAD、世界銀行から作成

ECの市場規模は、インターネットへのアクセス数増加やスマートフォンなど新たな媒体の普及に伴い急速に拡大している。UNCTADは、2015年の世界の企業対消費者取引(B2C)EC市場規模を2.9兆ドルと試算する。これは、同年の英国のGDPに匹敵する規模である。中国が世界最大の市場で、今後も2020年までに年平均15.4%の成長が予測される(表1)。特に途上国では、現時点では高くないインターネット比率や、主要決済手段であるクレジットカードの保有率、物流の質などが向上する余地があるため、今後の環境整備にともない先進国以上に市場が拡大すると考えられる。

企業がECに従事する利点として第一に、幅広い顧客層への販売が容易に行えることがある。インターネット上の商品情報と受発注の環境が整えばECは成立するため、拠点設立や代理店との提携などのプロセスが省略でき、中小企業にとっても市場開拓がしやすい。第二に、市場調査や広告の効率化がある。購入履歴に基づく消費者の行動パターン等の情報を活用すれば、より効果的な広告が可能となる。ジェトロのアンケート調査によると、回答企業の半数弱(46.9%)がECを利用中、ないし利用検討中であることが分かった。中でも中小企業で利用を検討中の比率が高く、EC経由で海外販売を行う層は厚みを増す見込みである。

EC拡大を阻む問題点と国際ルールの必要性

ECには中小企業を含めた幅広い企業の海外ビジネス参入を後押しする効果があるが、その過程で問題となるのがECに関連した各種の規制である。例えば、データ・ローカリゼーション(データそのものや、データを保存するサーバーなどを国内に設置するよう義務付ける規制)、小売業に対する外資参入規制、個人情報の移送を制限する規制、不透明または複雑な規則、などが例として挙がる(「2017年版ジェトロ世界貿易投資報告総論編第3章第1節(2)」93~94ページ参照)。中でもデータ・ローカリゼーションは、自由なデータ移転を阻害することにつながり、さらにサーバー設置の初期コストが発生することから、低コストで海外の消費者にアクセスできるというECの利点を損なうと指摘される。世界の企業475社を対象とした米ベンチャー・キャピタル、フィフス・エラの調査によると、世界の投資家のうち67%がデータ・ローカリゼーションを問題視している。また、欧州国際政治研究所(ECIPE)によれば、世界のデータ・ローカリゼーションも含めたデータ移転に関連する規制は、2016年末時点で83件に上る。

他にも、企業活動と個人情報保護とのバランスも論点となる。ECの利点として先に、消費者情報を活用した効果的な広告を挙げたが、こうした情報が規制対象となる場合がある。中でもEUは、個人情報を中心とするデータの移転には厳格で、2018年5月に施行される「EU一般データ保護規則」は、個人情報を原則として域外に持ち出さないよう義務付けている。

EC拡大の観点からは、データ・ローカリゼーションや個人情報の移転制限などの規制は少ないほうが望ましい。データの取り扱いは、各国政府の方針や安全保障との関係もあり横並びで対応を統一できない面はあるが、不当に厳しい規制は企業に過剰な対応を迫る恐れがある。各国事情とのバランスを取りながらも、規制低減に向けた議論を進めることが重要である。

FTAのECルールが先行

規制軽減のための指針が求められる一方、国際的なルール作りは進んでいない。例えばWTOでは、1998年の「グローバルな電子商取引に関する閣僚宣言」とそれに基づく作業計画採択以降、理事会ごとにECに関する対話が行われた。ただ、関税不賦課のモラトリアム(電子的送信に関税を課さないとの慣行を一定期間継続する約束をすること)を除き、ECに関する確立したルールがない状態が今日まで続いている。

そこで、ECへの関心が高い一部の国は、FTAの中に電子商取引章を置くようになった。章の目的は、不要な障壁の低減、消費者の信頼性向上、規制や政策に関する情報共有、などである。例えばAPECが2007年に公表した電子商取引章モデルは、以降のFTAでも参考とされている(表2)。2016年末時点でECに関する規定を持つFTAは57に上る。

表2:FTA別の電子商取引ルール

APECおよび米国〇は規定あり、×は規定なしを示す
ルール APEC電子商取引
モデル章
(2007年9月公表)
米国・韓国FTA
(2012年3月発効)
TPP
(2016年2月署名)
デジタル・プロダクトの定義(EU・カナダのみ「電子商取引」の定義) なし
(章がカバーする「電子商取引」の定義を条文で明示することを提案)
デジタル式に符号化され、商業的販売または流通のために生産され、および電子的に送信できるもの。金融商品は含まない。 デジタル式に符号化され、商業的販売または流通のために生産され、および電子的に送信できるもの。金融商品は含まない。
電子的送信に対する関税不賦課
デジタル・プロダクトの無差別待遇
ECを規律する国内法に関する規定
(国際基準に従った国内法の維持を義務付け)
×
(国際基準に従った国内法の維持を義務付け)
オンライン消費者の保護
個人情報の保護
電子署名と電子認証の認定
貿易実務に関する文書の電子化
国境を越える情報(個人情報含む)の移転 ×
コンピューター関連設備の設置要求の禁止 × ×
ソースコードの開示要求の禁止 × ×
協力 ×
EUおよびその他〇は規定あり、×は規定なしを示す
ルール EU・カナダ
(2017年9月暫定適用)
日本・EU(※(1))
(2017年7月大枠合意)
太平洋同盟
(2016年5月発効)
デジタル・プロダクトの定義(EU・カナダのみ「電子商取引」の定義) 単独または他の情報通信技術と組み合わせて、電気通信を介して行われる商取引。 電子的手段による取引に影響を与えうる措置全般に章の規定が適用されることを確認。ただし、賭博、放送、視聴覚、公証、法的代理サービスは対象外。 電子的に送信できるもの。金融商品は含まない。
電子的送信に対する関税不賦課
デジタル・プロダクトの無差別待遇 × × ×
ECを規律する国内法に関する規定
(具体的義務は定めず)

(具体的義務は定めず)

(具体的義務は定めず規制の回避のみ規定)
オンライン消費者の保護
個人情報の保護
電子署名と電子認証の認定
貿易実務に関する文書の電子化 × ×
国境を越える情報(個人情報含む)の移転 × ×
(発効後3年内に議論)
×
(将来の交渉に言及)
コンピューター関連設備の設置要求の禁止 × × ×
ソースコードの開示要求の禁止 × ×
協力
注:
1. 日EU・EPAはいまだ正式合意に至っていないため、EU側が大枠合意時点で公表した暫定テキストに基づき表記。最終的な条文の内容は別の形になる可能性もある。
2. 努力義務にとどまる場合も「○」とした。
資料:
各FTA条文および欧州委員会資料から作成

特に米国はルール導入に積極的で、2000年代以降ほぼすべてのFTAに電子商取引章を置く。米国のFTAは、関税不賦課や無差別待遇という従来の国際貿易上のルールをECにも導入した上で、WTOプラスのルールも定めてきた。ECに関する規定を持つ世界のFTAの8割以上は米国またはそのFTA相手国が締結した協定であり、米国型のECルールが広く普及している。中でもTPPの電子商取引章は現在のところ最も包括的であると評価される。TPPが新設したルールとして、電子的手段による国境を越えた情報の移転許可、コンピューター関連設備の国内設置要求の禁止、ソフトウエアのソースコード開示要求の禁止、が挙がる。報道によると、2017年9月に行われたTPP11カ国の交渉では、知的財産分野など一部条文の凍結を確認したとされる。その時点では、電子商取引章は凍結対象であるとの情報は報じられておらず、今後の交渉次第では12カ国での合意時のままの形で残る可能性もある。同年8月から再交渉に入ったNAFTAでも、EC分野ではTPPを基とした条文が原案とされている。

また、途上国の協定である太平洋同盟も、TPPの経験から、電子商取引に関する基本的な規定をほぼすべて備えている。2017年2月のAPEC第2回高級実務者会合でメキシコの政府関係者は、TPPや太平洋同盟の電子商取引章が同国のFTAのひな形になると発言しており、一部途上国にも米国型のルールが浸透していることが分かる。

他方EUのFTAでは、2017年9月に暫定適用を開始したカナダとのFTA(CETA)を除き、独立の電子商取引章が置かれた協定はない。ECはサービス貿易の規律で網羅できるというのがEUの立場であるため、サービス章の中でECを扱うことが多いためだ。2017年7月に大枠合意した日本とのFTAでも、EU側の公表資料ではECはサービス・投資章の一部で扱われ、規定の詳細さも米国のFTAに及ばない。特にEUは情報の越境移転に消極的であることから、電子商取引に関するテキスト案によれば、同項目は協定発効後一定期間内に再度議論するものとされており、少なくとも締結時には約束しないとみられる。

再び盛り上がるWTOでの議論

今後も、ECの共通ルールをFTAで進展させる試みは続くだろう。ただ、FTAによるルール形成では、欧米間の見解相違からも分かるように、各国間で異なる規律が併存する恐れもある。ルール間の違いがビジネスの障壁とならないようルールの調和も求められ、ここにWTOのような多国間枠組みが果たせる役割は大きい。特に昨今は、国際社会でグローバル化の流れから取り残される層が発生しないよう、マルチの枠組みによる包摂的な多国間貿易ルールの意義と効果が再認識されている。その観点からECも、より多くの人の貿易への参入を可能とするツールの一つとして言及される。

具体的には、2015年のWTO第10回閣僚会議で「新たな課題」の必要性が主張されたのを受け、2016年7月にECルール策定に向けた横断的議論が始まった。従来は電子コンテンツの分類に応じて、物品貿易理事会、サービス貿易理事会、TRIPS理事会、貿易と開発委員会で分断されていた議論を、横断的に進める取り組みである。ルール作りに向けて、「発展のための電子商取引の友グループ」をはじめ先進国、途上国を問わず20を超える提案が提出された(表3)。米国や日本は、TPPにも組み込んだ新たな規律も国際ルールに含めるよう求めている。EUは、データの越境移転など議論を呼びそうなテーマは避け、消費者保護やスパムメール対策など、取り組みやすい議題を取り上げるよう主張した。中国は、物品の貿易円滑化に関連したECを主軸に、国際取引の拡充とインフラ整備に関する規範作りを、他の途上国も開発支援の切り口からECを論じるよう提案している。ただ、ECのような新たな課題に取り組むことへの一部途上国の反発から、2017年中に方向性が決まる可能性は低く、議論は2018年以降にずれ込むとの見方が多い。

ECの国際ルールは今まさに発展途上にあり、最も動きが活発な分野のひとつである。ルール形成はFTAが先んじていたが、それを主導した米国で、NAFTA再交渉を除きしばらく新たな協定発効が見通せない中、FTA先行の流れはしばらく停滞しそうである。その間WTOでは、途上国を含め多くの国・地域が、包摂的な貿易を実現する手段としてのECに関心を高めている。今後は、EC拡大のメリットに対するWTO加盟国全体の理解を深めながら、2016年から活発化してきた分野横断的な取り組みを維持し、EC拡大の基盤となるルールを作っていくことが期待される。

表3:ECに関するWTOでの動き
文書・主体 概要
1998年作業計画 WTO機構上の4つの枠組みで電子商取引の論点(以下、例示)を検証する。
物品貿易理事会
  • 電子商取引上の市場アクセスの論点整理(関税、関税評価、関税分類など)
  • 電子商取引に関する規格
サービス貿易理事会
  • サービス分野で扱うべき範囲の整理(サービス・モード上の分類を含む)
  • 最恵国待遇
知的財産権の貿易関連の側面(TRIPS)理事会
  • 著作権や商標の保護およびその執行
  • 新しい技術へのアクセス
貿易と開発委員会
  • 電子商取引の途上国、とりわけ中小企業への影響
  • 途上国企業の参入における課題
ナイロビ閣僚宣言に基づく一般理事会レビュー
  • 加盟国の多くは1998年作業計画に基づく作業の継続を望んでいる
  • 「発展のための電子商取引の友」の取り組みを認識
  • 第11回閣僚会議に向けた進展を望む加盟国がある一方で、ドーハアジェンダを優先すべきとの意見もある
  • WTOにおけるいかなる交渉もコンセンサスによって決定される
代表的な国・グループ提案 発展のための電子商取引の友グループ〔注〕
  • 途上国、中小零細企業が参加しやすい枠組みの整備により、デジタル貿易における格差を是正すべき
  • 1998年作業計画の範囲は限定されており、第11回閣僚会議において、WTOにおいて取り組むべき電子商取引の課題、交渉範囲を明確化する
南アフリカ、カンボジア、インドネシア、ベトナムなどのグループ
  • 電子商取引における貿易円滑化
  • 途上国/先進国間の電子商取引インフラ格差の是正
  • 決済手段へのアクセス機会の改善
  • オンラインセキュリティーの向上
中国
  • 越境電子商取引を円滑化する健全な貿易政策環境の構築
  • 越境電子商取引に関する規制枠組みの透明性向上
  • 越境電子商取引のインフラ、技術的要件の改善
日本
  • 電子的送信に関する関税不賦課、事業実施のための国境を越えるデータ移送の許可、サーバー等の現地化要求やソースコードの開示要求禁止等を提案
EU
  • 個人情報保護、スパムメール、電子署名、電子契約に関する議論を提案
  • 特にオンライン消費者の保護につながる措置の導入に関心
注:
アルゼンチン、チリ、コロンビア、コスタリカ、ケニア、メキシコ、ナイジェリア、パキスタン、スリランカ、ウルグアイの10カ国。
資料:
WTO、各種報道から作成
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
山﨑 伊都子(やまざき いつこ)
2006年、ジェトロ入構。経済分析部、公益社団法人日本経済研究センター出向を経て、2012年4月より現職。共著『メイド・イン・チャイナへの欧米流対抗策』、『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)など。