経済は回復基調、新たなビジネスチャンスも
世界主要国・地域の最新経済動向セミナー報告 ロシア

2018年2月26日

世界最大の広大な国土を持つロシア。欧州・旧ソ連地域最大の都市であるモスクワ、第3位の人口規模(注1)であるサンクトペテルブルクをはじめとする百万都市がウラル山脈の西側を中心に並び、大規模市場を形成している。2015年、2016年と減速傾向だった経済は2017年以降、回復傾向にある。ビジネス上の課題は依然として残りつつも、ロシアでは市場回復とともに新たなビジネス機会が生まれつつある。

制裁前から始まっていた景気低迷

ロシア経済は経済制裁前から減速傾向だった。その理由は、ロシア経済を支えた内需(投資と消費)が落ち込んだためだ(図1)。リーマン・ショック後のロシア経済のV字回復を支えたのはウラジオストクでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)開催(2012年)やソチ五輪(2014年)などの公共投資を背景にした建設投資(総資本形成)だった。それも2013年ごろには一段落し、内需をけん引するのは消費(最終消費支出)のみとなっていた。一見すると、ロシア経済の低迷は欧米の対ロ経済制裁や原油価格の下落があった2014年から始まったように思えるが、実は経済制裁前から経済をけん引するエンジンがなくなっていたのが実情だった。

図1:ロシアの実質GDP成長率と寄与度の推移
ロシア経済は経済制裁前から減速傾向だった。その理由は、ロシア経済を支えた内需(投資と消費)が落ち込んだため。リーマンショック後のロシア経済のV字回復を支えたのはウラジオストクでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)開催(2012年)やソチ五輪(2014年)などの公共投資を背景にした建設投資(総資本形成)。2013年ごろにはそれも一段落し、内需をけん引するのは消費(最終消費支出)のみとなっていた。
注:
最終消費支出は消費、総資本形成は投資を表す。統計上の開差はグラフから除外。2014年以降、研究開発結果、軍事システムを計上。
出所:
連邦国家統計局

2014年以降消費が大きく冷え込んだ理由は、2014年2月にロシアがクリミア半島を併合したことに対する米国や欧州連合(EU)などの対ロ経済制裁、同年9月以降の原油価格の大幅な下落によるルーブルの暴落とそれに伴う輸入インフレ高進が要因である。これらの背景から、2015年の実質国内総生産(GDP)成長率はマイナス2.8%、2016年もマイナス0.2%にとどまった。

ロシアの税収は半分強が石油・天然ガスに依存するため、ロシア経済は石油など資源の国際価格に大きく影響を受ける。2014年の石油天然ガス収入は歳入の半分、原油価格が低下した2016年でも3分の1はエネルギー資源関連が占める。他方、外貨準備高は約4,200億ドルと、経済が落ち込む前の2014年の水準まで回復している。これは輸入の約2年分に相当することから、デフォルトの心配はないとみてよい。

ロシアの財政状況は基本的に赤字である。これまでは赤字を「準備基金」で穴埋めしてきたが、2017年末にはこれが枯渇した。2018年以降は「国民福祉基金」を赤字補てんの財源にする見通しである(注2)ほか、国債の発行もありうる。また、基金の減少に伴い歳出もカットされている。

所得回復で消費に明るさ

他方、2017年に入り経済は顕著な回復傾向を見せ始めた。四半期ごとの成長率はプラスに転じ、第3四半期の実質GDP成長率は前年同期比1.8%(速報値)となった。原油価格は2016年以降回復基調に入り、2016年末には主要産油間で減産が合意されたことから、油価も安定している。

内需の観点で見ると、インフレ率や金利の低下が明るい材料だ。消費者物価は、2015年初めには前年同月比17~18%(食品は20%程度)まで上がったが、2017年11月には前年同月比2.7%とソ連崩壊後最低となった。中央銀行の主要政策金利(キーレート)は、2014年末の17%から2017年末には7.75%まで下がった。消費者物価はすでに政策金利よりも低くなっており、一層の金利引き下げも取りざたされている。

消費回復の要因は所得の回復だ。実質賃金は2016年半ばごろからプラスに転じた。賃金がプラスに転じて1年近くたつことから、消費者心理も徐々に明るくなっている。2017年3月ごろから小売売上高も前年同月比プラスとなっている。

消費の回復を象徴するのが自動車販売台数だ。ロシアの自動車販売のピークは2009年の294万台で、当時は欧州の自動車大国・ドイツに追い付けという勢いだった。しかしその後販売台数は急落し、2016年は143万と半分以下にまで落ちた。物価上昇のなか賃金が上がらず、買い替えの余裕がなくなったためだ。2017年はようやく販売台数が上向き、同年3月に前年同月比プラスに転じて以降、順調に回復している。5月以降は毎月、前年同月比で15%以上の伸びと好調だ。

変わる消費傾向 ‐ ウーバーやネット注文など新サービスも普及

経済危機を経験したロシアの消費者は、これまでとは違った消費傾向を見せつつある。物価が上がるが所得が上がらない時期を経験したことから、近年は必要なものを必要なだけ、低価格で買う「節約モード」が広がっている。海外旅行でなく国内旅行、外食をやめる、車の買い替えを引き延ばし、リンゴをキロ単位で買っていたのを小分けで買うなどの行動がみられるようになった。2000年代のロシアでは、目新しいもの、なかなか手に入らない高級品ばかりでなく、とにかく置けば売れるという時代が長く続いた。その意味では、ロシアでも消費者の意識の変化に合わせ、ニーズを的確に捉えたマーケティングが求められる時代になったといえる。

その中でも、工夫次第で売り上げを伸ばす企業はある。消費者の嗜好(しこう)に合わせた商品展開、売り方をする外食、小売り、ファストファッションなどである。日本企業の例では、ユニクロはモスクワ、サンクトペテルブルク合わせて20店舗を運営。100万都市を中心にその他に地方としての展開も図っている。また、電子商取引(EC)が急拡大しているのも最近の特徴だ。アリババなどで購入した商品が大量に航空便で運ばれ、空港での処理能力が限界に近くなっているともいわれている。

その他の新サービスでは、都市部を中心にウーバーや地場資本のヤンデクス・タクシーなどのスマートフォンのアプリによる配車サービス、スーパーやピザ店によるネット注文・宅配サービスなどが普及している。地下鉄やバスは非接触型ICカードによる乗車賃支払いシステムとなっている。

外食でも、ロシア経済の低迷に伴う消費マインドの変化により、ファストフードがシェアを拡大する傾向がみられる。日本食にしても、ロシアで一般的なカリフォルニア巻きなどのスシ・ロールだけでは消費者を引き付けられなくなっており、他店との差別化、顧客を引き付ける工夫が必要になっている。その中でファストフード、ストリートフードなどに注目が集まっている。サンクトペテルブルクでは、ロシア人がたこ焼きやたい焼きの店を開店する事例も出ている。また既存のレストランでも、そのような新たな食材をメニューに取り込みたいという関心が出てきている。この点でも、日本とのパートナーシップの可能性が出ている。


野村モスクワ事務所長の講演

宮川サンクトペテルブルク事務所長の講演

継続する対ロ経済制裁。米国は制裁強化

米国、EUなどによる対ロ経済制裁は現在も継続している。制裁の主な柱は貿易制限と資本市場へのアクセスへの禁止である。貿易制限では、軍需関連技術とエネルギー資源開発技術、特に大深度や極北、シェールオイル・ガス開発など、難易度の高い技術の輸出を禁止している。言い換えれば、それ以外の品目の通常の貿易は可能ということだ。資本市場へのアクセス禁止については、制裁対象となる金融機関やエネルギー資源採掘会社向けの長期の融資が禁止されている(前者は14日、後者は60日を超えるものが対象)。

2017年8月に米国が制裁を強化したが、そのポイントは、貿易制限の対象範囲が「世界全域で」となった点だ。それ以前はロシア国内の案件に対しての制限だったが、8月以降は制裁対象企業がロシア国外で行う事業に対する取引も対象となった。ただし、ロシアからエネルギー資源を輸出するためのパイプライン敷設禁止は米国の同盟国との調整が必要となっており、調整がつかなければ発動されないことになっている。

これらの制裁措置の評価については意見が分かれる。ただし、制裁が長く続けば状況は変わってこよう。ロシアが有する原油などの採掘技術はまだ欧米諸国に比べ遅れており、新規開発ができないと産出量や輸出量が減少してくる。また景気が良くなってくると資金調達需要にも影響が出ることから、ロシアは制裁解除に期待している部分もある。

ロシアは輸入代替で対抗

ロシアは米国、EUの制裁措置に向けた対抗措置を打ち出している。例えば、制裁国からの農産品輸入禁止がそれだ。欧州方面に代わり調達先を中東などに多角化したこと、また国内での農業の振興による輸入代替などで、輸入禁止にした産品の需要はかなりの部分が賄えている。また、それらの需要を満たすため、国内の農業が発展している状況だ。

不況のただなかにある2015年、年次教書の中でプーチン大統領は、(1)原油価格が100ドルに戻ることはない、(2)制裁がすぐに解除されることはない、(3)この状況が長期化する前提でものを考えなければならない、と指摘した。そのうえで、工業、農業、中小企業分野での効率化と成長の加速をしていかなければならないとした。そのために輸入代替の促進と国内産業の育成が必要というわけだ。またルーブル切り下げで競争力が生まれたことから、輸出振興にも着手している。

しかし、輸入代替が必ずしもロシアの景気全体に貢献しているとばかりは言えない。景気が落ち着いて第4四半期のGDPがプラスに転じた2016年、再び年次教書でプーチン大統領は輸入代替について述べた。その内容は、景気停滞の主因は投資不足、技術力不足、専門人材不足など国内に起因するものであり、制裁など外的要因ではないというものだった。また、輸入代替で国内農産品生産が伸びているが、それに安住することなく、消費者のニーズを意識し品質向上を図っていかなければならないとも強調した。

ビジネス環境の改善で外資誘致・技術導入を図る

輸入代替といっても、ロシア国内ですべてが賄える例ばかりではないため、ロシア政府は外資誘致や技術の導入を図っている。そのためにビジネス環境の改善を進め、資源頼みから脱却し、国内で付加価値を付けそれを輸出できる国を目指すとの目標を掲げている。

投資環境の改善については、ロシアは世界銀行の「Doing Business」ランキングをベンチマークとしている。ロシアは2011年の123位から、2018年版では35位まで急上昇、日本の次につけるまでになった。ただ、内訳をみると建設許可や貿易などの項目では100位台のところもある。ロシア政府もこれは認識しており、今後の制度改善が進んでいくものと考えられる。

「Doing Business」の調査対象地はロシアではモスクワとサンクトペテルブルクだが、それ以外の地方の投資環境改善にも取り組んでいる。2015年にサンクトペテルブルク国際経済フォーラムで、ロシア政府は国内ビジネス環境ランキングを初めて発表した。このランキングは各地方の首長にとってある種の成績表のようなものであり、これで地方政府の競争を促進している。各地方の首長の関心は高い。これは、連邦政府のイニシアチブでビジネス環境改善に関する地方間の競争を促していることを示すものだ。

現地日系企業は景気回復を実感

ロシア経済の回復やビジネス環境の改善は、ロシアで活動する日系企業も実感している。ジェトロとジャパンクラブ(在モスクワ)が定期的に実施する日系企業景況感調査によると、在モスクワ、サンクトペテルブルクの日系企業のDI(注3)は、2017年2月に3年ぶりのプラスとなり、現地日本企業が市場の回復を実感していることが浮き彫りになった。6月時点の調査ではやや下がったが、2月時点の期待よりも低かったということであり、9月の時点では再び上昇に転じた(図2)。

図2:自社の景況DIと2ヵ月後の景況見通しDIの推移
在モスクワ・ジャパンクラブとジェトロが共同で実施した日系企業景況感(DI)調査では、2017年2月時点の調査で焼く3年ぶりに景況感がプラスに転じた。現地日本企業が市場の回復を実感していることが浮き彫りになった。
出所:
ジェトロ「在ロシア日系企業景況感調査」(2017年9月)

現地に行き、現地を見て、ロシア企業と会うことが大事

景況感調査では併せて、日露経済協力関係の進展が各社のビジネスにどのように影響しているかも聞いた。その中で特徴的だったのは、「社内外関係者のロシア事業に対する見方の転換」が生じているとの回答が4割に上ったことだ。政府要人などの交流加速化に伴い企業トップもロシアを訪れる、あるいはロシア企業との交流の機会が多くなったことがその背景にあるとみられる。実際に現地を見てロシア企業と会うことで、ロシアに対するマイナスのイメージが変わり、ビジネスに対して積極的になってきていることがうかがえる。


注1:
周辺部(都市圏)の人口は含まない都市人口。またボスポラス海峡をはさみ欧州側とアジア側に分かれるイスタンブールを含まない。
注2:
準備基金、国民福祉基金ともロシアの石油・天然ガス採掘・輸出収入の一部を原資として組成されるソブリン・ファンド。財政赤字の補てん、年金基金などの安定運用のために使用される。
注3:
景気動向指数:ディフュージョン・インデックス(Diffusion Index)の略。「有効回答数」から「不明・該当なし」を引いた数字を分母とし、「良い」(または「上昇」、「不足」、「改善」)と回答した企業の比率から、「悪い」(または「下降」、「過大」、「悪化」)と回答した企業の比率を差し引いた数値。

ジェトロは2017年12月6日、東京でロシア・中央アジア最新経済動向セミナーを開催した。セミナーではジェトロのロシアおよびウズベキスタンの海外事務所長が、経済の現状と日本企業にとってのビジネスの可能性について講演した。本稿は、そのうちロシア部分を本部海外調査部で取りまとめたものである。

取りまとめ

ジェトロ海外調査部主幹
梅津 哲也(うめつ てつや)

講演者紹介

ジェトロ・モスクワ事務所長
野村 邦宏(のむら くにひろ)

1999年、ジェトロ入構。ジェトロ・ジャカルタ事務所次長、本部経理課長、ジェトロ九州・沖縄地域統括センター長兼ジェトロ福岡所長などを経て2015年3月より現職。

ジェトロ・サンクトペテルブルク事務所長
宮川 嵩浩(みやがわ たかひろ)

2005年ジェトロ入構。総務部、在外企業支援・知的財産部、ジェトロ・モスクワ事務所勤務を経て2014年6月より現職。