カナダ ‐ 米国保護主義への対応

2017年9月15日

カナダと米国との貿易上の対立が鮮明になっている。カナダ政府は、米政権・議会などの動向を見極めつつ、自国を守る効果的な対策を探っている。

予想に反して標的

2017年2月13日、トルドー首相と共同会見に臨んだトランプ大統領は、「(カナダとの北米自由貿易協定〈NAFTA〉再交渉は)微修正になる」と発言した。16年の米国の財貿易赤字(7,368億ドル)に占めるカナダの割合は1.5%(110億ドル)と小さく、8.7%(644億ドル)を占めるメキシコが再交渉の標的であるとも取れる発言は、カナダ側を安心させた。

それから2カ月で状況は一変する。トランプ大統領は、ウィスコンシン州での演説(4月18日)で、「米酪農家などにとって非常に不公平なことがカナダで起きている」「米国にとって一方的な取引だ」とカナダを公然と非難したのだ。同州は酪農が盛んな州であり、チーズの生産量が139万トンと、フランス(206万トン)、イタリア(125万トン)と肩を並べるほど。この発言は聴衆から拍手をもって迎えられた。トランプ政権が問題視するのは、農業分野における「供給管理制度」。カナダでは同制度の下、チーズなどの加工用や輸出用として使用される生乳に対して割引販売価格が適用される。米政府は、カナダ産畜産物が低価格で購入できるようになったことで米国産畜産物の売り上げが減少することを懸念しており、貿易障壁報告書でも以前から指摘している。今後はトランプ政権の意向により、圧力が強まる可能性がある。

この演説以降、カナダに対する米国の保護貿易主義的な措置が顕著になっている。例えばカナダ産の針葉樹木材の輸入について。輸入割当量などを定めた米加針葉樹協定が失効したことで、17年4月には相殺関税、6月にはアンチダンピング(AD)税の暫定発動決定によって平均約27%の関税が賦課された。同木材の価格は、同協定失効後に交渉が決裂して以降、上昇傾向にある(図)。これには、針葉樹を住宅用建材として用いる米国産業界からも反対の声が上がっている。全米住宅建築業者協会は、「製材価格は16年年初から22%上昇しており、新築戸建ての価格は3,600ドル上昇している」「ロス商務長官の『住宅価格にほとんど影響しない』との主張には同意しかねる」と関税導入を批判。米住宅業界は、損失を軽減すべく欧州や中南米からの輸入に切り替えを急ぐ。米加両政府は、協定失効後に問題解決に向けた交渉を始めたものの糸口は見えておらず、NAFTA再交渉と並行して対話を続ける予定だ。

図:米国における針葉樹木材価格指数の推移
2015年10月の針葉樹協定失効時点では、186.0。その後、針葉樹協定の終了規定に基づき、2016年10月までの1年間、米国による貿易救済措置禁止。2017年4月、米国による相殺関税の暫定発動を経て、5月には229.1まで上昇している。

出所:労働省統計局

トランプ政権は、米国の一大輸出産業である航空分野でも対立色を強める。米国商務省はカナダ航空製造大手ボンバルディアの小・中型機Cシリーズに対し、AD・相殺関税の調査を開始。申請元の米同業ボーイングは各税で80%近い関税の賦課を要求。米デルタ航空は75機以上のCシリーズ購入を決定しており、同シリーズはボーイング製品と競合しないとして、関税賦課に反対している。商務省は17年9月末までに相殺関税の暫定賦課の是非について判断を下す予定だ。

米産業界は加側の報復措置を懸念

こうした米政権の動きに対し、カナダ政府は閣僚を米国に次々と派遣している。ロイターによると、トランプ政権が発足した17年1月20日から6月23日にかけその回数は235回近くに上る。またカナダのクリスティア・フリーランド外相は、ジャレッド・クシュナー上級顧問と電話会談を通じて通商課題を議論している。クシュナー氏は、ゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長と並び、「ニューヨーク穏健派」として国際派、自由貿易主義寄りとされている。米国の政策立案の鍵を握る人物を押さえることで、保護主義が両国の利益にならないことを訴えるのが狙い。7月14日には、トルドー首相自らが全米知事会に参加。米国50州中3分の2の諸州にとって最大輸出相手国がカナダであることに言及するなど、政府一丸となって対米広報作戦を展開中だ。

他方、トルドー政権は交渉対話が決裂した場合は対抗措置も辞さない構えである。針葉樹材への関税賦課に対しては、バンクーバー港を経由する米国産石炭の輸出禁止措置の検討を表明。石炭の多くはモンタナとワイオミングの両州で産出、アジア向けに輸出されている。ワシントン州やオレゴン州などの港湾に切り替える案もあるが、石炭輸出向けのターミナル拡張計画には地元住民が反対している。ボーイングによるAD・相殺税の調査申請に対しては、同社製戦闘機18 機の購入延期を発表。フリーランド外相は、同社が関与する予定だった軍事調達全てを見直す可能性を示唆した。

カナダが取り得る対抗措置を探る上で参考となるのが、米国の食肉の原産地表示(COOL)規則を巡る争い。同規則は、米国で流通する食肉について出生・肥育・処理それぞれの段階での原産国表示を義務付けるもの。これが生きた牛や豚などの対米輸出を不当に妨げているとして、メキシコと共にWTOで提訴し、最終的に米国が敗訴した事案である。米国がWTOの最終裁定を認めてCOOL規制は取り下げられたが、当時カナダは、米国が裁定を順守しなかった場合に備え、報復リストを準備していた(表)。

表:カナダの主な対COOL規則報復リスト(2013年6月公表)(単位:100万米ドル)
品目 HSコード 対米輸入額
(2016年)
主要輸出州
牛肉(生鮮・冷蔵・冷凍) 02.01、02.02

560

コロラド
豚肉(冷凍) 02.03

369

コロラド
チーズ(その他) 0406.90

42

ウィスコンシン
リンゴ 0808.10

187

ワシントン
鶏肉(加工済) 1602.32

121

メーン
豚肉(加工済、ハム除く) 1602.49

245

オハイオ
牛肉(加工済) 1602.50

161

ウィスコンシン
チョコレート 1806.20、1806.90

460

ペンシルベニア
パスタ 19.02

231

カリフォルニア
シリアル 19.04

458

ミネソタ
パン・ペストリー・ケーキ 19.05

1112

イリノイ
ワイン 22.04

380

カリフォルニア
宝石(金属製) 71.13

300

ニューヨーク
ステンレス溶接管 7306.40.00

41

インディアナ
オフィス向け木製家具 9403.30.00

41

ミシガン

出所:カナダ政府

仮に肉類などの家畜関連製品に対する関税が引き上げられれば、米国下院の議長を務める共和党のポール・ライアン議員(当時)の選出州であるウィスコンシン州を直撃しただろう。カナダ向け家畜・同製品輸出では、同州からの輸出が全米の3割(1億5,000万米ドル)を占めているからだ。ライアン議長が懸念するのはカナダ市場へのアクセス悪化。17年4月にはロス商務長官に対し、前出の供給管理制度によって多くの酪農家がカナダへの販路を失いつつあると伝えている。NAFTA再交渉に際し、米産業界は農産品の市場アクセスについて「無害(Do No Harm)」を要求、過去のWTO敗訴から報復を懸念している。

国内法制度も焦点の一つに

両国の通商課題を取り扱う場としては、関税以外では投資家対国家の紛争解決(ISDS)手続きが挙げられる。日本の外務省によると、NAFTA加盟国の中でカナダは被提訴回数で最多(38件、16年10月時点)を記録している。その理由について、NAFTAの紛争解決パネルで仲裁人の経験もあるデイビッド・ガンツ教授(アリゾナ州立大学)は、各州の独立性が強く、対カナダ提訴案件は連邦政府より州政府の政策を巡るものが多いからだと指摘する。直近でも、風力発電事業の許認可を遅らせたとして、オンタリオ州政府が米企業から提訴されている。なお、訴訟の大半は米国籍の投資家(企業)によるもので、メキシコによる提訴は1件のみ。決着した20の訴訟案件のうち、米国が勝利したのは3件だった。

17年6月の下院公聴会では、NAFTA再交渉で取り組むべきカナダとの通商課題が複数、議員から上がるなど、表面化した米加の対立は再交渉を通じて包括的に解決される可能性がある。両国の貿易障壁が取り除かれれば、北米進出を検討する日本企業にとっても、ビジネス環境の改善につながるものと期待される。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年日本貿易振興機構(JETRO)入構。海外調査部調査企画課、欧州ロシアCIS課を経て、2015年7月より現職。