ウクライナ ‐ 構造改革によりさらなる経済回復を図る

2017年11月17日

ウクライナでは、重工業の産業集積地である東部での親ロシア派との紛争に伴う鉱工業生産の低下や防衛費の増大、為替レートの暴落と物価の上昇などで2014年以降、経済が低迷していた。このような中ウクライナは、欧州連合(EU)との連合協定やカナダとの自由貿易協定(FTA)締結、資源調達先の多角化など、経済面でもロシアとの距離を置きつつある。経済は2016年第1四半期に回復に転じた。今後のさらなる経済成長には構造改革が不可欠であり、改革継続のための国際通貨基金(IMF)からの融資がウクライナ経済の浮沈のカギを握る。

経済は安定、回復基調へ

ウクライナ経済は不安定要素を抱えつつも回復傾向にある。2016年の実質国内総生産(GDP)成長率は2.3%と2015年の9.8%減からV字回復し、4年ぶりのプラス成長となった。農業や食品製造業への設備投資やインフラ投資が増加したことで、特に建設部門(前年比16.3%増)と農業部門(同6.0%増)が成長に貢献した。鉱工業生産は前年比2.8%増と4年ぶりのプラスとなったが、2017年(1月~9月)は前年同期比0.3%減と再び伸び悩みを見せた。これは同年1月下旬に起こったウクライナ東部の鉄道封鎖により、東部からの石炭供給が不足し、電力生産が低下したこと、またそれにより主要産業である冶金(やきん)工業が低迷したことに起因する。

消費者物価上昇率は、2015年に前年比48.7%と高騰したが、2016年には13.9%まで落ち着きを取り戻した。通貨は2014年に変動相場制へ移行後、下落が続いていたが、2016年第1四半期に下げ止まり、以降1ドル25~27フリブニャで推移している。2017年上半期の実質GDP成長率は前年同期比2.4%と緩やかではあるが引き続き回復に向かっている。

政府は2018年の国家予算案において同年のGDP成長率を3%と予測。さらなる経済成長を達成するためには外国投資誘致が不可欠であるとして、投資環境の改善を急ぐ姿勢を見せている。IMFと欧州復興開発銀行(EBRD)は2017年の成長率を2.0%、2018年はそれぞれ3.2%、3.0%と予測している。

表1:ウクライナの基礎データ
人口(2017年1月1日)*1 4,258万人
面積 *2 60万3,500平方キロメートル
1人当たりGDP(2016年)*3 2,194米ドル
注:
いずれのデータもクリミア自治共和国とセバストポリ市を除く。
出所:
1,2:ウクライナ国家統計局
3:IMF
表2:ウクライナの主要経済指標
指標 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年
実質GDP成長率(%)*1 0.2 0.0 △6.6 △9.8 2.3
消費者物価上昇率(%)*2 0.6 △ 0.3 12.1 48.7 13.9
失業率(%)*3 7.6 7.3 9.3 9.1 9.3
貿易収支(国際収支ベース、100万米ドル)*4 △ 21,846 △ 22,128 △ 7,128 △ 3,455 △ 6,942
経常収支(国際収支ベース、100万米ドル)*5 △ 14,335 △ 16,518 △ 4,596 △ 189 △ 3,450
外貨準備高(100万米ドル)*6 24,546 20,416 7,533 13,300 15,539
対外債務残高(グロス、100万米ドル)*7 134,625 142,079 126,308 118,729 113,518
為替レート (1米ドルにつき、フリブニャ、期中平均、公定レート)*8 7.99 7.99 11.89 21.84 25.55
注:
1のデータは2013年から、2,3,4,5,7は2014年からクリミア自治共和国とセバストポリ市を除く。さらに1は2014年から、2,3は2015年から東部紛争地域も除く。
出所:
1,2,3:ウクライナ国家統計局
4,5,6,7,8:ウクライナ中央銀行

EUとの貿易関係拡大が顕著

貿易面では西側諸国との関係強化と脱ロシアの動きが顕著だ。2017年9月1日、EUとの連合協定が完全発効した(協定の主目的である「高度かつ包括的な自由貿易圏(DCFTA)」は2016年1月から暫定的に適用開始となっていた)。DCFTAにより、ウクライナは99%、EUは98%の品目の輸入関税を最長10年間で撤廃する。2016年の対EU貿易(通関ベース)は、輸出が前年比3.7%増の134億9,600万ドルで輸出全体の37.1%を占め、輸入は前年比11.8%増の171億4,100万ドルとなり、輸入全体の43.7%を占めた。2017年も引き続きEUとの貿易は増加しており、1月~8月の貿易額は輸出で前年同期比27.6%増、輸入で27.1%増となった。

カナダとのFTAも2017年8月1日より発効。カナダを北米市場の玄関として米国、メキシコへの展開を視野に入れている。原料・半製品を輸出し、カナダで加工したものを北米市場に広げたい考えだ。また、トルコとのFTAも2017年内合意に向けて調整が進むほか、イスラエルとも交渉を重ねている。さらに、2017年6月にはイランより原油の輸入を開始し、中東諸国との経済連携強化にも動いている。

一方、ウクライナ最大の貿易相手国であるロシアとの関係は大きく縮小した。2011年はウクライナの貿易額の約3割をロシアが占めていたが、2016年は約1割にまで減少した。特にこれまでロシアに大きく依存してきた資源輸入の減少が著しい。政府は2014年以降、資源調達の多様化を図り、2016年にはガスプロムからの天然ガス輸入を停止、欧州からの調達に完全に切り替えた。また、紛争に伴うウクライナ東部との鉄道経路の遮断により不足している石炭を補うべく、2017年7月に米国と石炭の輸入契約を締結。17年末までに70万トンを調達し、国有電力会社セントエネルゴの火力発電所用燃料とされる見込み。さらに政府は電力生産の安定化に向けて主要電源である原子力発電の強化に動いており、老朽化した原子炉等の刷新に向けて、国外の大手原子力関連企業との連携を進めている。

表3-1:ウクライナの主要国・地域別輸出額(通関ベース、FOB)(単位:100万ドル,%)
輸出相手国・地域 2015年 2016年
金額 金額 構成比 伸び率
ロシア 4,828 3,593 9.9 △ 25.6
エジプト 2,080 2,266 6.2 8.9
ポーランド 1,977 2,200 6.1 11.3
トルコ 2,772 2,049 5.6 △ 26.1
イタリア 1,980 1,930 5.3 △ 2.5
インド 1,444 1,903 5.2 31.8
中国 2,399 1,833 5.0 △ 23.6
ドイツ 1,329 1,424 3.9 7.1
ハンガリー 910 1,053 2.9 15.7
スペイン 1,044 1,005 2.8 △ 3.7
EU 13,015 13,496 37.1 3.7
日本 236 185 0.5 △ 21.6
総額(その他含む) 38,127 36,362 100.0 △ 4.6
注:
クリミア自治共和国とセバストポリ市、東部紛争地域を除く。
出所:
ウクライナ国家統計局
表3-2:ウクライナの主要国・地域別輸入額(通関ベース、CIF)(単位:100万ドル,%)
輸入相手国・地域 2015年 2016年
金額 金額 構成比 伸び率
ロシア 7,493 5,149 13.1 △ 31.3
中国 3,771 4,688 11.9 24.3
ドイツ 3,976 4,318 11.0 8.6
ベラルーシ 2,449 2,778 7.1 13.4
ポーランド 2,324 2,693 6.9 15.9
米国 1,481 1,688 4.3 14.0
フランス 893 1,531 3.9 71.4
イタリア 976 1,358 3.5 39.1
トルコ 852 1,099 2.8 29.0
スイス 458 984 2.5 114.8
EU 15,330 17,141 43.7 11.8
日本 382 552 1.4 44.5
総額(その他含む) 37,516 39,250 100.0 4.6
注:
クリミア自治共和国とセバストポリ市、東部紛争地域を除く。
出所:
ウクライナ国家統計局
表4-1:ウクライナの主要品目別輸出額(通関ベース、FOB)(単位:100万ドル、%)
輸出品目 2015年 2016年
金額 金額 構成比 伸び率
卑金属・同製品 9,471 8,339 22.9 △ 12.0
植物製品 7,971 8,094 22.3 1.5
動植物性油脂製品 3,300 3,963 10.9 20.1
機械・設備・電気電子製品 3,941 3,638 10.0 △ 7.7
鉱物製品 3,099 2,729 7.5 △ 11.9
調整食料品・飲料 2,468 2,450 6.7 △ 0.7
化学品 2,131 1,558 4.3 △ 26.9
輸送用機器 679 556 1.5 △ 18.1
プラスチック・ゴム製品 413 409 1.1 △ 1.0
合計(その他含む) 38,127 36,362 100.0 △ 4.6
注:
クリミア自治共和国とセバストポリ市を除く。2015年は東部紛争地域も除く。
出所:
ウクライナ国家統計局
表4-2:ウクライナの主要品目別輸入額(通関ベース、CIF)(単位:100万ドル、%)
輸入品目 2015年 2016年
金額 金額 構成比 伸び率
卑金属・同製品 2,004 2,306 5.9 15.1
植物製品 1,146 1,285 3.3 12.1
動植物性油脂製品 182 246 0.6 35.2
機械・設備・電気電子製品 6,273 7,889 20.1 25.8
鉱物製品 11,690 8,495 21.6 △ 27.3
調整食料品・飲料 1,608 1,734 4.4 7.8
化学品 5,009 5,620 14.3 12.2
輸送用機器 1,744 2,959 7.5 69.7
プラスチック・ゴム製品 2,646 2,867 7.3 8.4
合計(その他含む) 37,516 39,250 100.0 4.6
注:
クリミア自治共和国とセバストポリ市を除く。2015年は東部紛争地域も除く。
出所:
ウクライナ国家統計局

構造改革の進展が課題

経済が回復に向かい、EUを中心とした新たな経済連携が活発になる中、財政状況は苦しい。政府の喫緊の課題は、IMFからの支援を受けて取り組む経済・制度改革だ。

IMFは、2015年からウクライナに対し4年間に亘って175億ドルの拡大信用供与措置(EFF)を適用している。その条件としてIMFはウクライナ政府に対し、財政・金融、為替、企業再編・私有化、汚職対策、年金制度改革、公的サービスなど、幅広い分野で構造改革を求めている。ウクライナ政府は2016年、為替の安定維持、物価上昇率の低減、経常赤字の削減、ガス料金の値上げによるエネルギー分野の赤字削減、汚職対策専門機関の創設、公共調達の電子化などを実現した。徐々にではあるが、改革が進みつつあるといってよい。IMFは2017年4月のEFF第3回レビューで、これまでの改革内容に対し全般的に前向きな評価を下した。

しかしその一方で、国有企業の再編や私有化が不十分であること、農地市場の規制緩和、汚職対策専門の裁判所の設立、年金制度改革、医療制度改革等が未対応であると指摘し、それらに早急に取り組むようウクライナ政府に求めた。2017年9月、ダニリュク財務大臣は、「経済状況はよくなっているが、まだ不安定だ。安定した経済回復と生活水準の向上には構造改革の継続が不可欠だ」と述べ、構造改革の継続の必要性を強調した。

次回のEFF融資実行の判断材料として、IMFは年金改革と汚職対策専門の裁判所の創設を重視している。ウクライナは勤労者数と年金受給者数がほぼ同数であり、年金基金赤字と一人当たりの年金支給額の低さが欧州で突出しているため、制度構造の是正を求められている。10月11日に施行された新しい年金制度では年金支給額が引き上げられ、今後もインフレに合わせて支給額が自動的に引き上げられることとなった。IMFが求める年金支給開始年齢の引き上げは行われなかったが、最低納付期間を15年から25年に引きのばし、2018年から2028年の10年間で毎年1年ずつ最低納付期間を引き上げることで年金財政の改善を図る。一方、汚職対策に特化した裁判所の設立について、ポロシェンコ大統領は同裁判所に係る法案を早急に作成するよう指示し、年内の法案成立を目指している。ウクライナ政府が2017年内の融資実行を期待する一方、IMFは新年金制度の内容の精査をはじめ、各種改革の進展を注意深く見守る意向だ。経済を安定した成長軌道に乗せるため、ウクライナは今後もIMFと協調しながら改革を進める方針だ。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
戎 佑一郎(えびす ゆういちろう)
2012年、ジェトロ入構。関東事務所、京都事務所を経て、2017年より現職。