変化するアジア・大洋州の消費市場現地日本料理店に聞くパキスタンの日本食ビジネス機会

2025年3月25日

近年、パキスタンの消費者は、健康的なライフスタイルを目指す傾向が増した。従来、国内で流通するあらゆる食品は、鮮魚など一部を除きハラル認証を受けている必要があり、定められたと畜方法や衛生基準のもとで管理されてきたが、より鮮度や味に対するこだわりが高まっている。このような潮流の中で、日本食を志向する消費者が増えているとの声も聞かれる。パキスタンは人口2億4,000万人のうち、35~40%が中間層(注)とされている。この割合は約1億人に相当することから、この中間層が日本食のターゲットとなりうるとすれば、大市場として捉えられる。そこで本レポートでは、カラチ市内の複数の日本食レストランへのインタビュー(2025年3月ヒアリング)を通じて、日本食の可能性について考察する。

SNS上での人気広まる寿司バー

パキスタン国内では、SNS上で寿司(すし)をはじめとする日本料理が人気コンテンツとして取り上げられる機会が増えている。従前より典型的なパキスタン料理を提供してきた飲食店でさえ、日本食人気にあやかろうと寿司バーを設置して、集客に努めるようになった。

日本食レストランNORIは、2024年8月にカラチ市内にオープンした約50座席を有する中規模の家族経営のレストランだ。オーナー兼シェフのタヒール氏は、国内で日本食に対する関心が高まっていることをヒントに、カラチの中心街にビュッフェスタイルの寿司バーNORIを開店した。開店以来、店内は常に満席状態を保ち、顧客の70%はリピーター、1人あたりの平均単価は約2,500円から3,500円だという。


寿司カウンターの様子(同社提供)

タヒール氏は、味と鮮度にこだわり、毎日、新鮮な食材を仕入れて使用している。また、顧客のテイストに合わせたメニュー開発に取り組んでおり、料理の味付けも、パキスタン人の味覚に合わせて調整されるものと、日本食の元来のテイストを保ったものの両方を用意し、細かく調整している。なお、全ての食材はハラル認証を受けているほか、コメ、醤油(しょうゆ)、わさび、漬物(ガリショウガ)、箸などの小物類は、信頼できる地元のサプライヤーを通じて調達している。


カナッペ風にアレンジされた寿司(同社提供)

タヒール氏は、パキスタン人が日本食を志向するトレンドは一過性のものではなく、確実に長期的なものになるだろうとみている。中間層の家族連れや学生グループのほか、企業のミーティングなどでも同店が活用される機会も増えてきたためだ。同氏は、パキスタン外食産業への日本企業の参入について、「地元市場に精通した地元のパートナーとジョイントベンチャーを組むことが重要」とした。

日本食がステータス文化に

カラチ市内の高級ホテル、アヴァリホテルは、最上階に日本料理レストランFUJIYAMAを擁する。1986年の同ホテル開業以来、同店は本格的な日本料理を提供してきた。市内でも、最も高価なレストランとして位置づけられ、1人あたり単価は約4,200円だ。レストランでは毎週末(金土日の3日間)にFUJIYAMA祭と呼ばれるイベントを開催し、約5,300円で食べ放題の日本料理ビュッフェを提供している。店内は70の座席数を誇り、毎日3シフトで営業しているが、週末は予約で満席となることもある。顧客層は、営業時間帯により異なり、ランチタイムは2人から5人のグループのビジネスパーソン、ディナータイムは一家そろって訪れるケースが多い。

同店で食料調達マネージャーを務めるカーン氏は、パキスタンに進出する多国籍企業や在外公館が公式会議や夕食会において好んで日本食を選択する傾向にあるといった新たなニーズについて触れ、「国内では、日本食を食すことが一種のステータスと捉えられている」と述べた。また、料理長のカルロス氏によると、同店のメニューは6カ月ごとに変更されるが、パキスタンの顧客はスパイシーな味付けを好むため、彼らの味覚に合わせたフュージョンを取り入れつつ、本格的な日本料理を提供しているという。


左から料理長のカルロス氏と食材調達マネージャーのカーン氏(ジェトロ撮影)

高まる日本食人気により、日本料理店の競争が激化

パキスタン全土で最も有名な日本料理店と言われるSAKURAは、首都イスラマバードと商都カラチのほか、ラホールにも姉妹店を持つ。カラチ店は約180の座席を有し、ランチは1回、ディナーでは2回のシフトで営業している。週末には満席になるが、平日でも家族連れやビジネス関係者で満席に近い状況が続く。実際に、進出日系企業の駐在員も各種会合やネットワーキングで同店を選択することが多い。ビジネス関係で利用する顧客の1人あたり平均単価は、家族グループよりも常に高く約6,900円、家族では1人当たり4,600円程度だ。

料理長のジュン氏によれば、同店で使用する水産品は料理長自身が海辺の漁場を訪れ、新鮮な海産物を買い付けているほか、調味料や海苔(のり)、うどんやそば、てんぷら粉などの材料は全て日本から輸入し、本格的な日本の味を作り出すことにこだわっているという。一方で、現地顧客の味覚に合わせたフュージョン料理にも積極的に取り組んでおり、顧客の要望に応じて味付けの調整を行っている。

また、ジュン氏は「同店の顧客数は過去10年間でほぼ倍増しており、日本食人気は高まる一方だ。また、カラチ市内の日本食レストランは2008年には2~3軒ほどであったが、現在では15軒ほどとなっており、日本料理店同士の競争は激しくなっている。それぞれ独自性と本格的な日本料理の味を追求しており、日本食材や料理器具の需要が増えている状況だ。日本食材が国内で入手できるようになれば、ますます多くの顧客が日本食レストランを好む傾向が広がる」と述べた。


料理長のジュン氏(ジェトロ撮影)

今回のインタビューを通じて、パキスタンにおける日本料理店や日本食分野は、大きく拡大していることがわかった。また、パキスタンの1人当たりGDP(世界銀行による算出)は1,365.3ドルで低所得に分類されるが、中間層以上の消費者はより高い生活水準を目指していることがうかがえた。パキスタンで販売される新車の9割は日本車が占めており、もともと日本の製品やブランドに対する信頼は高い。日本料理に対するイメージも高品質、健康的といったポジティブなもので、相応の支出は受け入れられている状況であり、同分野におけるビジネス機会拡大が期待される。


注:
パキスタン中央銀行(SBP)の定義では、1日あたり10~40ドルの収入を得ている層を指す。
執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所長
糸長 真知(いとなが まさとも)
1994年、ジェトロ入構。国際交流部、ジェトロ・シドニー事務所、ジェトロ・コロンボ事務所を経て、2024年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所
サーディア・マンズール
2002年、ジェトロ入構。ジェトロ・カラチ事務所での総務・経理担当を経て、現在、同事務所にて調査・事業(ビジネス開発)を率いる。