アフリカでのビジネス事例AIで安全なお産をサポートするフェムテック系スタートアップの挑戦
2025年1月21日
発展途上国地域では社会課題が複雑化しており、民間資金の動員やビジネスを通した社会課題解決への期待が高まっている。特に、先端技術やテクノロジーを活用して社会課題に取り組むビジネスやスタートアップには期待値が高く、各国政府や国際機関もスタートアップの誘致や育成に力を入れている。
アフリカが抱える社会課題の1つが、周産期死亡率(後述)の高さだ。人口急増で出産件数も多くなる一方で、施設の医療水準の低さ・医療従事者の不足はもちろん、低い教育レベルにより、医学的知識・スキル不足による医療の質の低さなどから「妊娠」「出産」に関する死亡率の高さは依然として高いままだ。
本稿では、フェムテック(FemTech)の概要を述べたうえで、妊娠・出産に関する医療データ解析AI(人工知能)を搭載したソフトウェアを開発する日本のスタートアップのアフリカでの取り組みについて紹介する。
フェムテックと日本の状況
生理や妊娠・出産、更年期など、女性特有の健康課題をテクノロジーで解決するサービスや製品のことを指すのがフェムテック(FemTech)だ。Female(女性)とTechnology(テクノロジー)を掛け合わせた造語で、日本でも生理周期や排卵周期を予測するスマホアプリなどが知られている。
日本では、2020~2021年にかけてフェムテックへ参入する事業者が増え、「フェムテック元年」と呼ばれ、少しずつ製品やサービスが多様化してきている。一方で、モバイル決済などで一気に市場が成長したフィンテックなどと比較すると、フェムテックの国内市場は黎明(れいめい)期にある印象は強い。世界では、世界経済フォーラムによると、2022年第3四半期の時点でフェムテックカテゴリの投資額は160億ドルに達し、2027年までに約1兆2,000億ドル規模になると推定されている。
フェムテックの特徴と国・地域による違い
日本の経済産業省は、2021年に発表した「働き方、暮らし方の変化の在り方が将来の日本経済に与える効果と課題に関する調査(1.42MB)」の報告書で、フェムテックを女性のライフステージに沿った健康課題分野に応じて6つの分野に整理している。6つの分野とは、月経、妊娠・不妊、産後ケア、更年期、婦人科系疾患、セクシャルウェルネス(注1)で、それぞれの課題に応じてフェムテック製品やサービスにも特徴があるとしている。
同じ健康課題でも、国や地域によって特徴が異なる。妊娠や出産においては、妊産婦死亡率と新生児死亡率から算出する周産期死亡率が重要な指標となるが、日本は周産期死亡率が世界トップレベルに低い国として知られている。妊娠・出産するにあたり、赤ちゃんが元気に生まれてきて、母子ともに元気であることは当たり前だと感じる人も多い。そのため日本では、「安全に妊娠し、出産することができる」ことを前提に、不妊治療に取り組むカップルをサポートするサービスや、妊娠可能期間を予測するデバイスの販売など、主に妊娠するまでの過程に製品・サービスの主眼が置かれている。しかし、アフリカでは未だに「安全に妊娠し、出産する」ことが当たり前でなく、何よりの課題である。
世界保健機関(WHO)によると、2022年の妊産婦死亡率(妊産婦死亡数/出生数10万あたり)の世界平均は223.5だったのに対し、アフリカ(注2)平均は531.5だった。2022年の新生児死亡率(新生児死亡数/出生数1,000あたり)のアフリカ平均は26.3で、世界平均の17.3を上回った。人口増加が著しい反面、周産期の死亡率の高さはアフリカの重要な課題だ。上記にもある通り、アフリカの設備の医療水準は低く、人手も少なければ、その医療者の教育水準・スキルも低い場合が多い。もちろん、妊娠や出産に関わる場合も該当する。
日本では、女性が抱える健康課題によって女性のウェルビーイングが阻害され、フェムテックによってそれらの課題を解決しウェルビーイングを実現しようと考える潮流があるが、アフリカを含む途上国では、女性が抱える健康課題はより生命や女性の権利に直結した課題なのが特徴だ。
アフリカでフェムテックに取り組むスタートアップ
スパイカー(Spiker)は、2020年に創業したばかりのフェムテック系のスタートアップで、妊娠・出産時に利用する胎児心音のデータをAIで解析するソフトウェアを開発している。日本とルワンダの首都キガリに拠点を置き、日本・インド・ルワンダの多国籍のエンジニアがソフトウェアの開発に取り組んでいる。
通常、出産時には「分娩監視装置」と呼ばれる胎児心拍数と子宮伸縮の状態を観測する装置が用いられ、観測されたデータを図示するのが「胎児心拍陣痛図(Cardiotocogram:CTG)」だ。日本では、医師や助産師などの医療従事者がこのCTGの波形を読み取って胎児の健康状態を確認し、胎児機能不全に陥っている可能性をアセスメントすることで、胎児と妊婦の命を守り、安全な妊娠・出産へとつながっている。
同社で分娩トレーニング担当助産師および海外事業部マネージャーを務める千葉木の実氏によると(取材日:2024年11月5日、追加情報提供日:2025年1月14日)、同社が開発しているのはこのCTGグラフをAIで解析し、解析した胎児波形レベルをリアルタイムで表示する中央監視ソフトウェアだ。AIがリアルタイムでCTGデータを解析し、リスクの状態を色で示す仕組みになっており、一定のレベルまでリスクが高くなるとアラートが発せられる。こうすることで、CTGグラフを判読する医学的知識や経験値が少なくても、胎児とお産の状態を把握することができる。また、アフリカのように人手不足により胎児の状態を常時監視する人手が足りない状況でも、アラートにより胎児心音の異常を早期発見することで、より迅速な対応が可能になる。
千葉氏の話では、日本や欧米など、先進国では看護師や医師など医療従事者がCTGグラフを判読するための教育や訓練を十分に受け、医学的専門知識と経験値を既に持っているため、AIで自動解析するソフトウェアの必要性を訴える声は少ないという。つまり、CTGグラフを判読する医学的知識を持つ医療従事者が不足している、または経験値が少ない医療従事者が多く、1人の医療従事者が数多くの患者を診なければならない、アフリカのように過酷な医療環境下に置かれている途上国・新興国の方がよりマーケットになる、とのことだった。
創業以降、同社は自己資金や補助金などを活用し製品開発やアフリカ現地での治験、医学的な効果検証などを進めてきたが、販売開始に向けて2023年7月に第三者割当増資によって8,300万円の資金調達を実施した。その後、日本での医療機器認証の取得や、ケニアでの医療機器販売登録を完了し、販売を開始した。そのほか、ルワンダでも治験が終了している。千葉氏によると、現在アフリカでは特にケニアに注力しており、実証トレーニング・販売活動を活発化させている。
分娩監視装置は、妊娠・出産に関する医学的専門知識を持った人手が不足している地域だけではなく、もちろん人口の多い地域にも需要がある。なぜなら、人口が多いということはそれだけ出産の件数も多いためだ。そうした背景などを踏まえ、同社は、アフリカ最大の人口を誇るナイジェリアを次の進出地として検討している。その一環として活用したのが、ジェトロがジャパンパビリオンを出展したラゴス国際見本市(2024年11月8日付ビジネス短信参照)だ。千葉氏は、この機会に合わせて、ラゴス市内の国立・私立病院の産科病棟を視察して回った。病院関係者には使用している医療機器(CTG)を見せてほしいと尋ねた際、セキュリティの良さが病院によってまちまちだったほか、病院に入るまでのプロトコルが長いなど様々であった。対応も、快く施設を見せてくれる病院もあったが、門前払いの病院もあったそうだ。また、千葉氏は病院側の事情について「ナイジェリアは人口が多い分、お産も多く需要はあるが、ケニアやルワンダと比較して病院側が製品導入のコストを賄えるか厳しい部分もあると感じた。しかし、積極的に導入したいという病院も見つかり、販路を探していきたい。」と話した。
こうした難しさに直面しつつも、同社はナイジェリア現地で積極的に病院関係者とアポイントメントを取り、病院視察を重ねていた点が印象的だ。千葉氏は「先進国が寄付して終わりの時代はもう終わりにしなければならない。ビジネスベースの、持続可能な形で自社製品を展開していく」と方針を語った。新進気鋭のフェムテック系スタートアップの今後に期待が高まる。
- 注1:
- WHOの定義によると、「セクシュアリティに関連する身体的、感情的、精神的、社会的幸福の状態」のこと。
- 注2:
- WHOの地域区分における「アフリカ」とは、アフリカ大陸諸国からモロッコ、チュニジア、リビア、エジプト、スーダン、ソマリアを除く。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課
坂根 咲花(さかね さきか) - 2024年、ジェトロ入構。中東アフリカ課で主にアフリカ関係の調査を担当。