中南米におけるEV生産販売戦略ハイブリッド車が主流の電動自動車市場(アルゼンチン)

2025年1月15日

アルゼンチンにおける電動自動車(EV)の販売市場は拡大しつつあるが、全自動車販売台数に占める割合はごくわずかだ。中でも、2024年上半期の全新車販売(登録)台数に占める電気自動車(BEV)の割合は0.2%に過ぎない。自動車生産においてアルゼンチンは、「内燃機関のラストパラダイス」と自動車部品メーカーの関係者が言うほど、BEVの生産に向けた動きは、表立ってはみられない。アルゼンチンでは将来的に、販売、生産ともにハイブリッド車(HEV)が主流となりそうだ。本稿では、アルゼンチンにおけるEV市場の現状について概観する。

2024年上半期のEVの国内販売動向

アルゼンチン自動車販売代理店協会(ACARA)によると、2024年上半期のEV、すなわち、ハイブリッド車(HEV)、マイルドハイブリッド車(MHEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、EVの新車販売(登録)台数は、前年同期比32.7%増の6,169台だった。2024年上半期の新車登録台数(速報値、トラック・バスを除く)が17万3,079台だったため、その3.6%を占めるに過ぎない。それでも、EVの新車販売台数は徐々に増えており、2018年の516台から2023年には9,553台まで増加した。2024年は7月までの累計で7,608台となっており、過去最高となる可能性もある(図1参照)。

図1:電動自動車の新車販売(登録)台数の推移
2018年は516台、2019年は2,365台、2020年は1,527台、2021年は5,903台、2022年は7,918台、2023年は9,553台、2024年の7月までの累計は7,608台。

出所:アルゼンチン自動車販売代理店協会(ACARA)

2024年上半期のEVの新車販売台数を種類別にみると、HEVが全体の86.1%を占めている。次いで、MHEVが7.2%、BEVが5.1%、PHEVが1.5%となっている(図2参照)。ブランド別では、EVの新車販売台数の80.1%をトヨタが占めている。車名別でみると、トヨタのカローラクロス・ハイブリッド、カローラ・ハイブリッドだけでEV新車販売台数全体の79.8%を占めている(表参照)。

図2:種類別新車販売シェア
HEVが86.1%、MHEVが7.2%、BEVが5.1%、PHEVが1.5%。

出所:図1に同じ

表:電動自動車の車名別販売(登録)台数(△はマイナス値、-は値なし)
順位 ブランド 車名 種類 2023年
上半期
2023年
年計
2024年
上半期
シェア 前年
同期比
伸び率
1 トヨタ カローラクロス HEV 2,255 4,509 3,086 50.0 36.9
2 トヨタ カローラ HEV 1,322 2,696 1,835 29.7 38.8
3 フォード マーベリック HEV 58 403 189 3.1 225.9
4 メルセデス・ベンツ GLC 300 MHEV 38 73 139 2.3 265.8
5 ルノー クウィッド BEV 102 1.7 n.a.
6 コラディール ティート BEV 101 213 72 1.2 △ 28.7
7 アウディ Q5 MHEV 87 123 67 1.1 △ 23.0
8 フォード F-150 HEV 2 5 58 0.9 2,800.0
9 フォード クーガ HEV 19 106 56 0.9 194.7
10 ルノー メガーヌ BEV 1 52 0.8 n.a.
合計 4,648 9,553 6,169 100.0 32.7

出所:図1に同じ

メルコスール域外産の完成自動車には35%の高関税が設定されているため、無関税で輸入できるブラジルで生産されているカローラクロス、カローラのHEVが大きな販売シェアを占めている。2022年6月まではHEV、BEVなど環境対応車のメルコスール域外からの低関税輸入枠が存在したが、その後は更新されることなく現在に至っている。

2023年、2024年上半期のEVの新車販売台数のいずれをみても、アルゼンチンにおいて中国製BEVは、現時点では存在感がほとんどない。新車販売台数をみると、江蘇天美汽車(Skywell)が2023年に1台、2024年上半期に4台、北京汽車集団(BAIC)が2024年上半期に1台にとどまる。EV大手の比亜迪(BYD)が準備を進めているブラジルの新生産拠点が完成すれば、アルゼンチンのEV市場における中国車の存在感が高まる可能性はある。

2024年上半期時点のEVの国内登録状況

ACARAによると、2024年上半期時点で、国内で登録されているEVは約3万6,400台で、その89%をHEVが占めている。ブランド別でみると、HEVで圧倒的なシェアを握るのがトヨタで、登録されているHEVの90%を占める。MHEVはアウディ、PHEVはステランティス傘下のDSオートモビルズが最大シェアを占めるが、登録台数は微々たるものだ。BEVに目を向けると、地場資本のコラディールのシェアが最も大きい。

また、ACARAによると、EVの登録台数の地理的分布は、首都ブエノスアイレスが圧倒的に多い。そのほかでは国内の主要都市である、ラ・プラタ、ネウケン、サン・フアン、メンドサ、リオ・グランデ、サンタ・フェ、リオ・ネグロなどに加え、チュブット、サン・ルイスといったEVに対して何らかの税制優遇措置を導入している都市において登録台数が多い。

地場資本の小規模事業者がEVを国内生産

2024年12月現在、国内で生産されているEVは、地場資本の小規模な製造業者に限定されている。そのうちの1社は、サン・ルイス州に拠点を置く先述のコラディールで、国内のBEVの販売台数シェアは最も大きい。1995年創業の同社は、電子機器製造を祖業としており、2020年にEVの製造に参入した。同社が製造・販売するマイクロカーのティート(TITO)は最高時速65キロ、最高航続距離300キロとなっている。同社のほかにセロ・エレクトリックもマイクロカーの生産を行っているが、販売台数は1桁に過ぎない。

ミレイ政権は新技術を用いた自動車生産を奨励

2023年12月に発足したミレイ政権では、フェルナンデス前政権下で策定された国家戦略や計画は見直しの対象となっている。現時点でハビエル・ミレイ大統領が推進すると明らかにしている産業分野は、大型投資奨励制度(RIGI)の対象としている林業、観光業、インフラ、鉱業、テクノロジー、製鉄、エネルギー、石油・ガス、そのほかに国民に向けた演説などで言及した人工知能(AI)と原子力だ。RIGIは、ミレイ政権が直接投資を拡大するための切り札の1つとして導入した投資優遇措置で、2億ドル以上の大型投資を伴うプロジェクトを対象に、税制、関税、外国為替に関する優遇措置を投資家に付与する。自動車産業については、RIGIのテクノロジー分野の中に「新しいモータリゼーション技術によるモビリティ」が含まれており、HEVやBEVといったEVなどの環境対応車に関連する投資についてはRIGIの対象になるとみられる。

2024年9月にステランティスが3億8,500万ドル、ルノーが3億5,000万ドルの投資を行うと発表したが、アルゼンチン政府の発表によれば、2024年12月現在、RIGIの適用は申請していない。ただ、ルノーは、汎用性の高いルノー・グループ・モジュラー・プラットフォーム(RGMP)で小型ピックアップトラックを生産するとしており、将来的に同社がハイブリッドモデルを生産する可能性を報じるメディアもある。

将来的にハイブリッド車が主流か

アルゼンチンでは現在、トラック・バスを含めて完成車メーカー10社があり、内燃機関を搭載したバンやピックアップトラックなど商用車を中心に生産している。アルゼンチンは国土が広大で、EVを本格的に普及させるには充電スタンドの整備が不可欠だが、こうした設備は大都市圏に限られている。

他方、ピックアップトラックの主要なユーザーの1つであるアルゼンチンの鉱山会社に聞くと、将来的には二酸化炭素(CO2)の排出量を減らした「グリーン銅」の生産を念頭に、鉱山の開発現場で使用するピックアップトラックにもHEVなどの電動自動車を取り入れたいとの声も聞かれる。アルゼンチンでは、BEVではなくHEVが主流となりそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ・ブエノスアイレス事務所
西澤 裕介(にしざわ ゆうすけ)
2000年、ジェトロ入構。ジェトロ静岡、経済分析部日本経済情報課、ジェトロ・サンホセ事務所、ジェトロ・メキシコ事務所、海外調査部米州課、ジェトロ沖縄事務所長などを経て現職。