世界のクリーン水素プロジェクトの現状と課題規制策定で見えてくるビジネス課題
スペインのグリーン水素(1)

2025年3月27日

グリーン水素を普及する上では、(1)化石燃料との価格ギャップ、(2)インフラ未整備、(3)需要喚起型の施策や補助金導入の遅れ、(4)許認可取得におけるスピード感不足など、幾重もの課題がある。そのため、プロジェクトの凍結や計画遅延も見られる。

その一方で、EUの規制策定は着実に進んだ。例えば、改正再エネ指令(REDIII)が2023年11月に発効した。その内容は、輸送・産業部門にて再生可能エネルギー(再エネ)由来水素の導入目標を定めるものだ。加盟国は原則として2025年5月下旬までに、国内法化を完了しなければならない(2023年9月20日付ビジネス短信参照)。さらに2024年8月には、水素インフラ・市場ルールを定めた「水素・再生可能ガスパッケージ」を施行した。同年9月には「低炭素水素」を定義する委任規則の公開協議を実施。2025年3月の採択に向けて最終調整しているところだ。このように、全体的な枠組みはおおむね完成しつつある。

特に「低炭素水素」の定義や適格要件は、グリーン水素を定義する2023年7月施行の「非バイオ由来再生可能燃料(RFNBO)」に関する委任規則とともに、水素の事業化にとっても重要なルールになる。これらの進展により、規制に伴う不確実性は晴れつつある。 本稿では、具体化するスペインのグリーン水素投資環境と、その普及・事業化にあたっての課題について解説する。

大型グリーン水素案件が動き出す

スペインは、(1)太陽光発電による電力購入契約(PPA)市場の競争力、(2)再エネ運用にたけた送電網、(3)大西洋と地中海、アフリカと欧州に挟まれた戦略的立地、 (4)充実した港湾インフラ、(5)国内8カ所の製油所などの産業用水素需要、といった強みを持つ。国際エネルギー機関(IEA)の報告によると、2030年までに水電解プロジェクトで製造する可能性のある低炭素水素のうち、欧州が25%を占める。欧州のプロジェクトで20%が集積しているのが、スペインだ。製造国としても、大陸間のトレードハブとしても有望なグリーン水素市場とされる。2024年9月に改正した最新の「国家エネルギー・気候計画(PNIEC)」では、2030年までに12ギガワット(GW)の導入を目指す。

2024年11月にスペイン水素協会(AeH2)が発表した「グリーン水素プロジェクト全国調査(スペイン語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、スペインの商用プロジェクト数は167件、投資総額は300億ユーロ(うち公的支援23億5,000万ユーロ)にのぼった。水電解能力(合計23GW)は国家導入目標のほぼ2倍、年間生産量は290万トンと現在需要の5倍に達する。

ただし、プロジェクトの7割方は、実現可能性調査(FS)段階か基本設計(FEED)段階。また、2割近くが構想段階か凍結中になっている。稼働済みは9件〔電解能力27.5メガワット(MW)〕、最終投資決定(FID)や着工決定に至ったものは6件(同55MW)と依然少ない。その背景にあるのは、拘束力のあるオフテイク(長期購入)契約が締結しにくいことだ。

現時点でFIDないし着工決定に至る案件は、石油精製などのグレー水素代替、またはアンモニアやメタノール、廃食用油、バイオマス、合成燃料を原料とし従来の化石燃料と比べてCO2排出を大幅に削減可能な持続可能な航空燃料(SAF)・合成燃料など産業用途と海上輸送の両方に対応できる派生製品を製造するプロジェクトだ(表参照)。総投資額30億ユーロ、スペイン最大のグリーン水素プロジェクト「アンダルシア・グリーン水素バレー」(2GW)を推進するエネルギー大手モエベ(旧セプサ)が、水素製造プラントの第1フェーズ(300MW)を2025年夏に着工する(2025年3月6日付ビジネス短信参照)。

日本企業も、短中期的に市場性のある水素派生製品、中長期的戦略としての海上水素回廊の構築において参画が見られる。三菱商事は、EUのコネクティング・ヨーロッパ・ファシリティー(CEF)(注1)におけるエネルギーインフラ財政支援プログラムを利用して、スペインの電力大手イベルドローラと、スペインとオランダ間の液体有機水素キャリア(LOHC)を用いたグリーン水素バリューチェーン構築を目指す。また同じイベリア半島では、三井物産がポルトガルの石油大手ガルプと合弁で、2023年秋にポルトガル・シネス港で再生可能バイオ燃料〔トラック、バス、船舶などのディーゼルエンジンの代替として利用される水素化植物油(HVO)、SAF〕の量産工場の建設に着工(2025年3月6日付ビジネス短信参照)。

「H2Med」、2035年には域内生産目標の3分の1をドイツに輸出

表で紹介した案件のうち、(1)国内の基幹パイプライン(水素バックボーン)と (2)H2Med計画(注2)は、2024年4月にEUの「共通利益プロジェクト(PCI)」認定を受けている。すなわち、CEFによる支援を受けられるようになったことになる。

H2Medプロジェクトでは2025年2月、インフラニーズについて調査した最新の結果を発表(H2med資料「Call for InterestPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.93MB)」参照)(図参照)。製造業者、需要家、トレーダー168社・528件が表明した関心のうち、約8割がスペインとポルトガルのプロジェクトになっている。黎明(れいめい)期の今は、需要側よりも供給側での関心が高い。関心表明に基づくと、(ポルトガルを含めた)イベリア半島のパイプライン輸出能力は2030年に160万トン、2035年には240万トンになる。バルセロナとマルセイユを結ぶ海底区間の輸送能力200万トンを優に超える。フランスの輸出能力も合わせると290万トン、つまりリパワーEUの2030年域内生産目標(年間1,000万トン)の3割近くの量のクリーン水素がドイツに流れ込む計算だ。最終投資決定(FID)は2027年を予定している。

図:スペインのグリーン水素生産・消費マップ

図:PDF版を見るPDFファイル(511KB)

 生産地と消費地は、水素パイプラインの敷設予定ルートに沿って分布している。基幹パイプラインは、グリーン水素生産にも最適な都市ウエルバのある南部アンダルシア州からヒホンのある北部アストゥリアス州へと縦走、そこから北部の主要港湾やバスク州を通り、アラゴン州の生産最適地域サラゴサを横断して、北東部カタルーニャ州に至る。さらに、パイプラインは地中海岸沿いの主要港湾を経由して、南東部ムルシア州のカタルヘナに至る。これらの基幹ルートは、フランスおよびポルトガルとの国際パイプラインにも接続予定である。最大の生産・消費地はアンダルシア州。また生産規模ではアラゴン州も大きい。

注1:緑色の円は生産、青色の円は消費。
注2:円のサイズ:大は年間25万トン以上、中は10~25万トン、小は3~10万トン、極小は3万トン未満。
注3:三角(▲)は貯蔵拠点を表す。
出所:エナガス資料を基にジェトロ作成

規制需要以外の市場性は未知数

スペインの水素消費量は、年間57万トン(2023年)でほぼ全量が産業用。石油精製とアンモニア製造(主に肥料向け)が95%を占める。PNIECでは、2030年の産業部門の水素需要におけるRFNBOの比率目標が約74%と、EU全体の目標42%よりも大幅に高い。短中期的には、これらの産業用水素の置き換えや、航空・船舶燃料への混合が義務付けられることで、SAF・合成燃料、アンモニアやメタノールの導入が進み、クリーン水素の需要は漸次拡大していく。

一方、鉄鋼や大型モビリティー、発電などの新分野での取り組みも徐々にみられるようになっている(表の「つかう」参照)。大型モビリティーでは、バルセロナ交通局(TMB)が2022年から水素燃料電池バスを導入(現在46台保有)。充電時間の短い水素バスは、地下鉄故障時のバックアップ輸送手段としても活用する。バレンシア港は2023年11月、水素だけを燃料とする港湾荷役機械を世界で初めて導入した。こうした新分野では、需要喚起のための政策目標や支援に期待がかかる。一方、鉄鋼では、製鉄大手アルセロール・ミタルが2024年11月、「欧州の投資環境は、直接還元鉄(DRI)生産の後押しが不十分」として、スペインを含む欧州拠点でDRIプラントの建設計画の投資決定をの保留を発表。その背景にはEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の適用開始に伴う排出量取引制度(EU ETS)での二酸化炭素(CO2)無償排出割当の段階的廃止が影響しており、先行き不透明感が出ている。

欧州水素銀行-水素支援はCAPEXからOPEXへと前進

スペイン政府は、再エネ由来水素の導入に向けてこれまでEUの復興基金(注3)から合計31億5,000万ユーロ、予算の割り当てを受けた。現在その大半が公募済みだ。現時点では、インフラに依存しない地産地消型の地域ハブ構築を優先視している。2025年2月には、水素バリューチェーンを地域別に集約し、生産、貯蔵、供給、消費の相乗効果促進を目指す水素バレー構築支援プログラム(予算12億1,400万ユーロ)の助成対象(合計2.3GW)を仮決定した。同支援では、水素バブルを引き起こさないよう、プロジェクト実現性を重視し、プロジェクト単位の電解能力を最低100MWとし、生産量の60%についてオフテイカーとの事前購入合意を得ることが要件になった。

「欧州水素銀行」(2023年3月22日付ビジネス短信参照)のオークションも今、求められる支援だ。開発者が水素製造量に応じた固定額のプレミアム(奨励金)を10年間にわたり受け取る。2024年の第1回入札結果では、助成契約に至った6件中2件がスペインの案件。入札上限価格4.5ユーロを大幅に下回る0.37~0.48ユーロ/キログラム(kg)での落札だった。これは、将来的なグリーン水素価格低下に期待が持てる結果だろう。ここでも生産量の60%にオフテイカーとの事前供給合意を求める「バブル防止条項」が参加条件となった。現在準備中の第2回入札では、スペインは国の財源から4億ユーロを上乗せし、「オークション・アズ・ア・サービス(AaaS)」の仕組みを利用。入札の選考結果を基に、予算制約から採択に至らなかった上位案件に助成できる。事業者は「グリーン水素生産は平準化コストの5~7割を電力費用が占め、電解装置の効率改善などの設備投資費用(CAPEX)低減だけではコスト削減に限界がある。欧州水素銀行は初の事業運営費用(OPEX)、つまり生産される水素量ベースの支援。長期にわたり補助金が出るので銀行の融資も受けやすくなる」と歓迎している。

グリーン水素価格は下るのか-「低炭素水素」という解決策

イベリア半島では2024年12月中旬から、イベリア半島市場再生水素価格指数「MIBGAS IBHYX外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の算出を開始した(2024年12月18日付ビジネス短信参照)。同指数のグリーン水素の生産者価格は5.8~5.9ユーロ/kgで推移し、化石燃料をベースとして作られるグレー水素の価格(排出権コスト込み)の3倍近くと依然高い。開発事業者は「グレー水素並みの価格を要求する需要家もいる。しかし、スコープ3(事業活動に関連する他社の排出)の目標達成に取り組む企業は、グリーン水素のプレミアムに支払い意思を示す。需給双方で新たな市場を作っていく歩み寄りがなければ、水素社会の構築は難しい」という。

再エネ電力価格の低下や電解槽の技術革新に期待が集まる。この点、ブルームバーグは、スペイン産グリーン水素は2030年も1kg当たり4ユーロ前半で高止まりする一方、インド産や中国産は2ユーロ台まで低下すると予測している。 このような中、2024年に中国の電解槽メーカーのハイグリーン・エナジー(8月)とエンビジョングループ(9月)が相次いでスペインでの生産計画を発表した。確かに、グリーン関連製品の中国依存脱却が叫ばれてはいる。しかし、大型プロジェクトの調達規模、開発コスト削減ニーズを考慮すると、もはや中国メーカーなしでは水素大国は実現できない、というのが、政府・業界関係者共通の見方だ。

専門家によると、電解槽の年間フル稼働時間約8,200時間に対して、太陽光発電時間はスペインでも年に2,500時間程度という。採算ベースに乗せるため電解槽を年間4,500時間以上稼働させるには、太陽光だけでなく風力とのハイブリッド発電PPAなどと組み合わせて再エネ電力供給を補完する必要がある。スペインの送電事業者レッドエレクトリカによると、2024年の電源構成の再エネ発電割合は56%で、蓄電技術が十分でない。その中で常時グリーン水素を製造することは現実的に不可能だ。しかし、RFNBO基準を満たさない電解水素でも、排出削減要件を満たせば、非再エネ由来の「低炭素水素」と認定されるため、SAFなどの製造向けに販売する道が開ける。こうした橋渡し技術としての低炭素の電解水素を収益化することでも、グリーン水素事業の採算性が向上できるという。


注1:
CEFはEUのエネルギー、交通、通信ネットワークの3分野におけるインフラプロジェクトを支援するもの。
注2:
H2Med計画についても参照は、2023年7月20日付地域・分析レポートも参照。
注3:
復興基金は元々、新型コロナウイルス危機からの復興を目的にしていた。
執筆者紹介
ジェトロ企画部総括審議役
小島 英太郎(こじま えいたろう)
1997年、ジェトロ入構。ジェトロ・ヤンゴン事務所長(2007~2011年)、ジェトロ・シンガポール事務所次長(2014~2018年)、海外調査部アジア大洋州課長(2018~2021年)などを経て現職。 編著に「ASEAN・南西アジアのビジネス環境」(ジェトロ、2014年)がある。
執筆者紹介
ジェトロ・マドリード事務所
伊藤 裕規子(いとう ゆきこ)
2007年よりジェトロ・マドリード事務所勤務。