世界のクリーン水素プロジェクトの現状と課題港湾荷役機械などの燃料転換や発電プロジェクトが始動(米国)

2024年10月28日

米国のジョー・バイデン政権は環境政策を重視し、次世代の脱炭素エネルギーとして重要な水素の活用に向けても、インフラ削減法(IRA)やインフラ投資雇用法(IIJA)などを活用して、積極的に支援している。カリフォルニア州など環境保護に積極的な州では、州独自の目標・規制やイニシアチブも存在する。水素関連技術、特に水素を利活用する技術を持つ日系企業は、米国で水素の商業利用を視野に入れた実証プロジェクトを展開しつつあるが、商業規模の投資を決断した企業もある。米国における日本の技術を活用した水素プロジェクトの動向と、商業化に向けた課題について報告する。

連邦政府の支援に加え、州政府の政策も後押し

米国のバイデン大統領は、気候変動対策に積極的で、温室効果ガス(GHG)排出削減のために、クリーン水素(注1)の活用を見込む。水素の調達では、サプライチェーン強靭(きょうじん)化の観点から、輸入に頼らず、米国内での生産を強化する戦略を取る。2023年6月に公表した「国家クリーン水素戦略とロードマップ」の中で、クリーン水素の年間生産を2030年までに1,000万トン、2040年までに2,000万トン、2050年までに5,000万トンへ拡大する目標を掲げている。クリーン水素の米国内での生産能力強化を目指し、2030~2035年には「全ての生産経路で、強靭で持続可能な国内サプライチェーンを確保し、輸入からの自立を可能にする」ことを水素戦略で掲げている。目標達成の手段として活用されているのが、2022年8月に成立したインフレ削減法(IRA)に基づく、クリーン水素製造に関する税額控除(水素1キログラム当たり0.6~3ドル)と、インフラ投資雇用法(IIJA)に基づく、クリーン水素の研究・開発・実証と、クリーン水素ハブ(H2Hub)の拠点整備に向けた補助金だ。

IRAに基づく税額控除は、水素の米国内での製造を支援する目的で、水素製造時のGHGのライフサイクル排出量に応じ、製造された水素1キログラム当たり0.6~3ドルの範囲で付与される。2023年12月に公表された規則案(2024年1月4日付ビジネス短信参照)によると、2033年までに建設が開始されるプロジェクトに対して、水素製造施設が稼働した日から10年間利用可能だ。ただし、税額控除を受けるには、新たにクリーンな発電設備を同一地域に設置する必要があるなど、要件が厳し過ぎるという批判が業界から出ている。

IIJAに基づく補助金では、国内で7拠点の水素ハブを選定し、合計で70億ドルの補助を行う。2023年10月の発表によると、中部大西洋岸水素ハブ(MACH2)、アパラチア地域水素ハブ(ARCH2)、カリフォルニア水素ハブ(ARCHES)、メキシコ湾岸水素ハブ(HyVelocity Hydrogen Hub)、ハートランド水素ハブ(Heartland Hydrogen Hub)、中西部水素ハブ(MachH2)、パシフィック・ノースウエスト水素ハブ(PNW H2)の7拠点(2023年10月16日付ビジネス短信参照)。水素の生産だけでなく、利活用の拡大に向けたプロジェクト(発電、輸送、港湾荷役、鉄鋼やガラス製造などの工業プロセスなど)にも補助が出る。

さらに、州政府のイニシアチブによる政策も、米国での水素プロジェクトの展開を後押しする。米国内で最も環境保護政策を積極的に推し進める州の1つのカリフォルニア州は、前述のIIJAに基づく補助金の支給対象となる水素ハブ(ARCHES)の開発を進めるほか、州独自の目標として、州内で販売する全ての新車(乗用車、小型トラックなど)について、2035年までにゼロエミッション車(ZEV、注2)にすることを義務付ける知事令が発令されている。中型・大型トラックについても、ガソリンや軽油を燃料とする車種の販売を2036年までに終了する方針だ(2023年11月29日付地域・分析レポート参照)。小型車両のZEV化に向けては、バッテリー式電気自動車(BEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)の購入・買い替え促進に向けた補助政策を展開しているが、大型車両については、バッテリーの大型化による重量規制の問題や航続距離の問題から、BEV化が困難と言われており、カギを握るのが水素燃料電池車(FCV)の導入など、水素の活用だ。

港湾が水素利活用のハブに

カリフォルニア州にあるロサンゼルス(LA)港とロングビーチ(LB)港は、サンペドロ湾大気浄化対策計画(San Pedro Bay Ports Clean Air Action Plan:CAAP)の下、港湾荷役機械を2030年までに、ドレージトラック(注3)を2035年までに、それぞれゼロエミッション化することを目指している。荷役機械とドレージトラックは双方とも、現状ではディーゼル内燃機関を利用しており、そこから排出される排ガスの中に含まれる粒子状物質(PM)ががんやぜんそくなどの肺疾患を引き起こす問題が以前から指摘されていた。LA・LB両港の環境対策強化に向けた動きに商機を見いだしたのが、燃料電池(FC)の技術を持つトヨタグループだ。

トヨタグループの総合商社の豊田通商は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の水素社会構築技術開発事業の補助金を受け、港湾荷役機械とドレージトラックの動力源の水素燃料電池化(FC化)と、港湾に特化した地産地消型クリーン水素モデルの実装実証事業を展開している。LA・LB両港ではこれまでに、フォークリフトなど小型機械の電動化(BEV化)は進められてきたが、ガントリークレーン、トップハンドラー(移動式のコンテナ輸送機)などの大型機械は、連続16時間に及ぶ稼働時間や充電インフラの制約などの課題があり、BEV化の障壁が高かった。大型荷役機械としては、ガントリークレーン、トップハンドラー、ラバータイヤ式門型クレーン(Rubber Tired Gantry crane:RTG)、ヤードトラック(注4)の4種類が挙げられるが、ガントリークレーンは既に地上給電による電動化が実現しており、残りの3種類の大型荷役機械が今後の脱炭素化の対象となる。特にこれら3種類の機械は、港湾荷役機械のLA・LB両港内の排気ガス排出量の9割以上を占めるため、脱炭素化が急務となっている。これらの機械を電動化する場合は、1メガワット(MW)級、もしくはそれ以上の巨大なバッテリーが必要になり、充電時間が稼働時間以上に長くなり、機械の充電に巨大な充電インフラが必要になってピーク電力需要を押し上げるなどの障壁がある。他方、FC化した場合、既にトヨタの乗用車「MIRAI」で実用化されているFCが活用でき、搭載するバッテリー容量の少量化が可能になる。また、FC充填(じゅうてん)車を用いれば、ディーゼル給油車同様に、港湾内での大掛かりなインフラは不要である。さらにバッテリー充電に比べて短時間で燃料が供給でき、1日1回の水素充填で、ディーゼル同様、港湾機材の1日16時間の連続運転が可能になる。

実証事業のフェーズ1は2023年1月から実証運用開始、LA港フェニックス・ターミナルのトップハンドラー1機を改造して、ディーゼルエンジンによる駆動系統をFC化し、同トップハンドラーへの水素供給は水素ステーションではなく、移動式差圧充填車(Mobile Refueler)を用いた(注5)。

フェーズ1の運用実証結果を受け、2024年からフェーズ2の実装実証をLA港の郵船ターミナルで開始した。フェーズ2では、三井E&S社が日本で製造した燃料電池を動力源としたRTGをロサンゼルス港に運び、フェーズ1同様に移動式差圧充填車を用いてRTGに水素を充填、商用運転を開始した。フェーズ2では、RTGに加え、トップハンドラー1機とヤードトラック2台もFC化、ドレージトラック2台のFC化も計画している。また、これらの機材に供給する水素を製造する設備プラントも設置する。同プラントでは天然ガスの水蒸気メタン改質(SMR)により水素を製造するが、豊田通商は豊田通商アメリカ(TAI)を通じて、カリフォルニア州マーセドで家畜ふん尿由来再生可能天然ガス(RNG)の製造・販売を行うマーセド・パイプライン(Merced Pipeline、注6)に2021年4月に出資しており、同社がパイプラインに注入するRNGと再エネクレジットでオフセットするかたちで、「クリーン水素」(注7)を製造する。

LA・LB両港には13のターミナルがあり、合計で3,000を超える荷役機械が動いている。TAIによると、これらの50%をFC化した場合、1日当たり36トンの水素需要が生まれる。仮に100%までFC化すると、同72トンに達する。現在、カリフォルニア州では約1万6,000台の燃料電池車(FCV)が走行しているが、2030年には6万台に増えると見込まれる。6万台のFCV向けの水素需要でも州全体で1日当たり42トンであることと比べると、港の水素需要の大きさが分かる。なお、港に乗り入れるドレージトラックまで含めると、1日当たり180トン(50%FC化)の水素がドレージトラックだけのために必要になる。

ドレージトラックのFC化は、トヨタ自動車が豊田通商と連携して進めている。LA・LB両港には約1万3,000台のヘビーデューティートラック(HDT)が乗り入れており、この動力源をディーゼルエンジンからFCにすることにより、大きな脱炭素化が期待される。乗り入れているトラックは車両総重量(GVW)が15トンを超えるクラス8と呼ばれるトラックで、バッテリー式電気自動車(BEV)では荷主が満足する脱炭素ソリューションが提供できない。米国の規制上、車両総重量(GVW)を8万ポンド(3万6,288キログラム)に抑える必要があり、バッテリーが大型化して重くなるBEVでは、フルコンテナを運べないのである。従って、このクラスの商用車の脱炭素化に向けた切り札は、FCVとなる。トヨタは米国のトラック製造パッカー(Paccar)と提携し、ケンワース(Kenworth)ブランドのHDTの駆動システムにトヨタのFCシステムを提供している。2021年に10台のトラックを試作。2025年末から2026年初めまでに商用販売実現を目指す。燃料電池はケンタッキー州の工場で開発・生産、パッカー社のワシントン州の工場で車両を製造する予定。

トヨタは、米系フューエル・セル・エナジー(FuelCell Energy)社と提携し、LB港で、水素をオンサイトで製造する施設のトライジェン(Tri-Gen)を2023年12月から稼働させている。同施設では、溶融炭酸塩型燃料電池(Molten-carbonate fuel cells, MCFC)という燃料電池2基を用いて、水素から電気〔1.4メガワット(MW)×2基=2.8MW〕と水を作っている。1日当たりの水素生産量は約1.2トンで、FCVの「MIRAI」を200台以上満タンにするのに必要な充填量に相当する。水素ステーションを通じて「MIRAI」に供給するほか、港湾オペレーションに使用するHDTなど、他の燃料電池車両にも供給している。2基の燃料電池で発電した電力のうち、施設内で利用する0.5MW分を除く2.3MWは隣接するToyota Logistic Service(TLS)のオフィス電力として活用しているほか、一部は系統を通じて売電している。生成された1日当たり1,400ガロン(約5,300リットル)の水は、同港から販売店に配送する車両の洗車作業に使用している。原料は、異なる場所で精製してパイプラインに注入したバイオガス由来の再生可能天然ガス(RNG)で、CO2をオフセットし、グリーン水素として生産している。


ロングビーチ港のTLSに隣接するTri-Gen(ジェトロ撮影)

燃料電池の定置型電源としての販売も検討

北米トヨタ自動車(TMNA)は米国のコーラー(Kohler)と提携し、定置型の小型燃料電池の商用販売を検討している。「MIRAI」の24台分の燃料電池に相当し、コンテナ1個で1MWの発電能力となる。BEVへの電力供給のほか、病院や工場のバックアップ電源などの用途に用いられる。また、TMNAが内製開発し、「MIRAI」24台分の燃料電池を使った1MW発電機を米国国立再生可能エネルギー研究所(NREL)に提供し、グリーンエナジーを用いたマイクログリッド評価を実施している。

ホンダも、米国で同様のビジネスを検討している。ホンダはFCVから水素のビジネスをスタート。1998年からFCVの試作を開始し、FCX(2002年)、FCX Clarity(2008年)、Clarity Fuel Cell(2016年)、GMと共同開発した最新世代FCを搭載したCR-V e:FCEV(2024年)と進化させていった。最新世代の燃料電池はゼネラルモーターズ(GM)との合弁会社のあるミシガン州の工場で製造されている。車両(CR-V)については、オハイオのホンダ工場で組み立てている。FCのコストは従来の3分の1、耐久性は倍になった。さらにその先の燃料電池の開発にも着手しており、そのモデルではコストをさらに2分の1以下、耐久性を倍以上に拡大することを目指す。GMと共同開発した最新世代のFCは、1個当たり80キロワット(kW)のFCを複数つないで容量を増やすことができるため、これを用いて定置型電源として外部へ商用販売することを検討している。スイッチをオンにするとすぐ使えるメリットを生かし、バックアップ電源として用いる。主な市場はデータセンターだ。FCの活用が見込まれるその他の分野としては、建設機械や大型トラック・バスなどがある。

「鶏が先か、卵が先か」、コスト低減に向けた大きな課題

米国では、日系企業が関与するかたちで、水素活用の実証が続くが、商業化に向けた課題は依然として大きい。脱炭素化に向けた水素利活用の最大の課題は、水素調達コストの高さにある。カリフォルニア州では、産業ガスとしての水素ガス供給をエア・プロダクツ(米国)、エア・リキード(フランス)、リンデ(ドイツ)の大手3社がほぼ寡占しており、主要顧客の製油所などを最優先し、小規模な需要家をあまり相手にしていない。小規模需要家に対する販売価格は高くなる傾向にあり、同州の産業ガス会社の一般的な水素販売価格は1キログラム当たり30ドルを超える。また、同州では水素ステーションへの水素供給が滞ることもあり、FCV普及の障害にもなっている。

港湾の荷役機械に用いられるディーゼルの価格は1ガロン(約3.8リットル)約3.5ドル(注8)だ。TAIによると、水素とディーゼルとの熱量、エネルギー効率の違いを考慮すれば、港湾機械にもよるが、水素価格が1キログラム当たり約7~10ドルぐらいの価格であれば、ディーゼルと同等のコストパフォーマンスになる。しかし、現状では3倍ぐらい高額になっており、コスト面では競争力がない。高い調達コストや産業ガス会社による供給制限の問題を回避するため、豊田通商やトヨタはオンサイトで水素を製造する施設を自らのイニシアチブで建設している。

米国エネルギー省(DOE)の2024年5月6日付レポート(注9)によると、現時点のグリーン水素(注10)の生産コストは1キログラム5~7ドル、ブルー水素(注11)は同1.3~1.6ドルだが、将来的な目標としては1ドルを目指している。生産コストに輸送や充填のためのコストを加味した価格は、現状では1キログラム12~16ドルだが、大規模生産が実現し、水素の生産コストが1キログラム1.5ドル程度まで下がり、水素ステーションの規模が大型化して利用率が高まった場合のコストを同5~8ドルと推定している。ただし、大規模利活用に向けた目標値は4ドルに設定している。大型トラック(HDT)用の燃料電池システムの価格については、現状では発電能力1kW当たり300ドルだが、大規模生産が実現すれば1kW160~200kWまで下がるとみている。ただし、DOEの目標値は同80ドルで、技術革新などによるコスト低減が求められる。

表:米国エネルギー省(DOE)が推定する水素関連コストと同目標(単位:ドル,ドル/kW)(-は値なし)
項目 現状
(小規模生産)
見通し
(大規模生産)
目標
生産コスト(グリーン水素) 5.0~7.0 1.0
生産コスト(ブルー水素) 1.3~1.6 1.0
生産+輸送+充填コスト 12~16 5~8 4
大型車両用燃料電池価格 300 160~200 80

注:グリーン水素は再生可能エネルギーを活用した水の電気分解により生産した水素、ブルー水素は天然ガスの水蒸気改質(SMR)により水素を精製するが、その際に発生するCO2を回収して生産された水素。燃料電池の価格は、275kWの発電能力を持つ燃料電池で耐久時間を2万5,000時間と仮定、発電能力(kW)単位で単価を計算したもの。
出所:米国エネルギー省(DOE)資料から作成

クリーン水素を利活用するプロジェクトを計画する事業者にとっては、安価な水素が調達できないと、プロジェクトの商業化が困難だ。他方、水素を作る事業者にとっては、生産コスト低減に向けた大規模生産を実現するには、水素を大量に購入するオフテイカーが必要となる。また、クリーン水素プロジェクトの場合、再生可能エネルギー資源に恵まれ、水素の大規模生産に適した地域が必ずしも、水素を大規模に消費する地域ではないことがあり、消費地からかなり離れていることも多い。その場合、水素の輸送や貯蔵が必要となるが、可燃性の気体であるが故の安全対策や、輸送効率を上げるための圧縮、液化などに要するコストも考慮する必要がある。クリーン水素開発プロジェクトが最終投資決定(FID)に至るためには、「鶏が先か、卵が先か」の難題を回避し、市場メカニズムでは解決できない部分を補う政府の政策や公的な支援が不可欠となる。

米国では連邦政府のIIJAやIRAによる補助金や税額控除、環境対策に重点を置く州政府のイニシアチブなどが導入されており、米国は他国に比べて公的支援が少ない国ではない。しかし、それでもクリーン水素の商用化には不十分であるとの指摘は多い。また、連邦政府による支援は使い勝手が悪いという見解も聞かれる。連邦政府のインセンティブを使うと、一部の技術情報も含め、政府に対するさまざまな情報開示が必要になり、この情報開示をためらう企業が多い。また、連邦政府のインセンティブの中には、労働組合を組織する要件、ファイナンスを当局に監督されるといった要件があるとされており、これらの要件を受け入れられない企業もある。

現状では、市場メカニズムを補う公的支援や、CSRを重視する企業方針に依存するかたちで、事業化が進むだろう。LA・LB港の脱炭素化に向けたプロジェクトでは、ターミナルオペレーターが水素を活用した荷役機械を購入する際に、カリフォルニア州の水素ハブ(ARCHES)に基づく補助が出る可能性があり、機材を供給する日系企業が間接的に裨益(ひえき)する可能性はある。また、TAIによると、スポーツ用品大手のNikeは、港湾ターミナルの利用に際し、ゼロエミッションに向けた取り組みを要件にしているため、そのための一時的なコストアップを吸収することも検討しているという。企業の社会的責任(CSR)や環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する多国籍企業が、GHG排出のスコープ3(注12)の削減を視野に入れ、コスト的に高くても、脱炭素に資するプロジェクトや製品、サービスにあえて資金を投じることがある。

大規模需要創出につながる発電プロジェクト始動

大規模なクリーン水素の需要を生み出す発電分野の水素利活用プロジェクトが動き出している。三菱重工(注13)は2020年3月、米国ユタ州のインターマウンテン電力(IPA)から水素だきガスタービン・コンバインドサイクル発電設備(GTCC)を受注した。2025年に水素混焼率(体積比による混合比率)30%で運転を開始し、2045年までに水素100%での運転を目指す。三菱重工が開発を進めてきた最新型のガスタービンおよび蒸気タービン各2基を供給するだけでなく、20年間の長期保守契約も締結した。水素混焼発電の実証を行っている三菱重工の高砂水素パークでは、IPAに供給するものと同型の最新鋭ガスタービンを用い、水素燃料30%の混焼運転に2023年11月に成功しており、今後50%の実証運転を実現させる計画だ。

IPAで水素混焼発電のために使用する水素は、三菱重工の米国現地法人の三菱パワーアメリカが、岩塩空洞の開発・運営会社のシェプロンU.S.A.社傘下のマグナム・デベロップメント社と共同で進めるアドバンスド・クリーン・エナジー・ストレージ・プロジェクトから供給される。このプロジェクトは、IPAのGTCC発電所に隣接する岩塩坑に、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを利用した水の電気分解により取り出した水素などを貯蔵して、発電をはじめとするエネルギー生産に活用する事業。1日当たり最大100トンのグリーン水素を製造し、それぞれ5,500トン以上〔発電電力量150ギガワット時(GWh)規模〕の貯蔵能力を持つ2つの巨大な岩塩空洞にグリーン水素を貯蔵する。これにより、余剰の再生可能エネルギーを水素として蓄え、必要なときに送電網に電気として戻すことで、コストを抑えて再生可能エネルギーを無駄なく活用することができる。同プロジェクトには、米国エネルギー省(DOE)から2022年6月に5億440万ドルの融資保証が提供されている。再生可能エネルギープロジェクトがDOEプログラムの対象となるのは、約10年ぶりのこととなる(2022年6月14日付三菱重工プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

天然ガスだきガスタービンから水素だきガスタービンへの転換のためには、タービン全体の改造は必要なく、燃焼器の交換と燃料供給システムの追加で対応が可能だ。本体は流用できるため、改造範囲が最小限であることが特徴だ。三菱重工は既に米国ジョージア州のジョージア・パワーが運営するマクドノフ・アトキンソン発電所の既存のGTCCを用いて、水素20%超の混焼比率による発電実証を2022年に実現している。2025年にIPAの最新型GTCCの混焼運転が実現すれば、将来的に同タイプのGTCCを使用する他国の発電所での水素混焼プロジェクトにもつながる。

三菱重工によると、大型火力発電の水素使用量(水素専焼時)は、500MW級のGTCC発電所1カ所でFCV約200万台分に相当する。水素を大量に消費する発電プロジェクトは、大規模な需要に牽引されたクリーン水素の大規模生産プロジェクトの実現可能性を高め、水素調達コスト低減の好循環を生み出すと期待される。


注1:
米国エネルギー省(DOE)が「クリーン水素」として支援する水素の定義は、「1キログラムの水素生産に対して、生産現場で生成された二酸化炭素(CO2)換算で2キログラム以下の炭素強度で生成された水素」とされ、原料の種類はいとわないとされている。例えば、CO2の回収・貯留(CCS)を活用したブルー水素(天然ガスからの水素生成)はこの定義内にあり、クリーン水素として扱われる。
注2:
ZEVには、バッテリー式電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池電気自動車(FCEV)が含まれる。
注3:
コンテナで輸送されてきた貨物をコンテナごと陸送するトラック。
注4:
貨物ヤード敷地内、あるいは周辺で、コンテナを輸送するために使用される車両。ヤードトラクター、ターミナルトラクターとも呼ばれる。
注5:
荷役機械への水素供給のために、水素ステーションの建設ではなく、移動式充填(じゅうてん)車を使う背景としては、港の中にはできるだけコンテナを置きたい、水素ステーションは場所を取るために作りたくないというターミナルオペレーターの意向がある。
注6:
同社は州内15社の牧畜業者と提携し、家畜ふん尿から発生するバイオガスを大気放出前に収集して、メタンガスに精製し、既存の天然ガスのパイプラインを介して、RNGとして供給している。
注7:
IIJAでは、1キログラムの水素の製造に発生する温室効果ガス(GHG)のCO2換算での排出が2キログラム以下の場合は、「クリーン水素」とみなす。別の場所で生産したRNGとのオフセットも考慮される。
注8:
LA・LB港各ターミナルのディーゼル調達平均価格(TAIによるヒヤリング調査)。
注9:
US DOE, Hydrogen Program Annual Merit Review (AMR) Plenary Remarks, May 6, 2024
注10:
再生可能エネルギーを用いた、水の電気分解により生産した水素。
注11:
天然ガスの水蒸気改質(SMR)により水素を精製するが、その際に発生するCO2を回収して生産された水素。
注12:
サプライチェーン、輸送、製品の使用、廃棄など、組織によって直接所有または管理されていない発生源による、事業運営に起因するGHG排出量のカテゴリー。
注13:
当時は三菱日立パワーシステムズ(MHPS)。2020年9月に三菱重工の100%子会社となり、三菱パワーに社名変更。2021年10月に三菱パワーも三菱重工に統合された。
執筆者紹介
ジェトロ調査部主任調査研究員
中畑 貴雄(なかはた たかお)
1998年、ジェトロ入構。貿易開発部、海外調査部中南米課、ジェトロ・メキシコ事務所、海外調査部米州課を経て、2018年3月からジェトロ・メキシコ事務所次長、2021年3月からジェトロ・メキシコ事務所長、2024年5月から現職。単著『メキシコ経済の基礎知識』、共著『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』『FTAガイドブック2014』など。