中堅・中小、サステナビリティ対応で海外に挑む捨てられるはずの抹茶をお香にアップサイクルし海外へ(日本)
2024年11月5日
京都・宇治の名物といえば、抹茶が有名だが、その製造過程で廃棄される茶葉があることはあまり知られていない。インセンスキッチン(INCENSE KITCHEN)は、廃棄予定の茶葉を使ったお香を用いた地域振興に加え、海外輸出にも取り組んでいる。同社の後藤恭子代表に話を聞いた(2024年9月3日までに取材)。
地元宇治市で大人から子供まで楽しめるお香作り体験を
後藤代表はもともと、「地元宇治に観光客の立ち寄れる場所を作りたい」という思いがあった。新型コロナ禍以前は、世界遺産にも認定されている歴史的建造物や抹茶を目当てに多くの観光客が宇治を訪れていたが、大人は楽しめても子供が楽しめるものは少ないと感じていた。そこで、地元宇治の産品である抹茶と、後藤代表の趣味であったお香を掛け合わせて、(子供でも楽しめそうな)お香作り体験をできないか、と考えるようになった。
廃棄抹茶をアップサイクル
商品開発に着手したのは2018年。抹茶について調べると、製造過程で廃棄される抹茶が発生することを知る。宇治抹茶の茶葉は毎年5月ごろ手摘みで収穫され、蒸した後、半年ほど寝かせて乾燥させる。乾燥させた茶葉は、石臼(いしうす)の機械で挽(ひ)いて完成となる。抹茶の粒子の大きさは、数ミクロンと細かく、人間の指紋の溝に入るくらい小さい。このように細かく軽い粒子の抹茶は、臼場内の空気中に浮遊する量も多く、室内を清潔に保つための空気清浄装置のフィルターには多くの抹茶が溜(た)まり、通常はそのまま捨てられてしまう。しかし、これらの茶葉の品質・香りは、抹茶として販売されているものとほとんど変わらない。後藤代表はこの廃棄される抹茶に着目した。
とはいえ、同代表はそれまで製茶の関係者とは接点が全くなかった。そのため、同社を応援してくれる地元の協力者に力を借り、なんとか宇治の製茶工場と接点を持つことができた。そして、同代表のアイデアに賛同してくれる製茶工場や生産農家から、廃棄抹茶をなんとか譲り受けてもらい、お香の材料とすることができた。そのうち、同代表の活動を聞きつけ、廃棄抹茶を提供してくれる他の製茶工場や生産農家も現れるようになった。
新品の抹茶ではなく、従来はそのまま廃棄されるはずだった抹茶をアップサイクルしている点で、フードロス削減にも貢献しており、国内外から「素晴らしい取り組み」「なかなか思いつかない良いアイデア」と評価が高い。
また、お香というと、細長い棒状のものを想像することが多いが、同社のお香「いとをかし香」は、お茶菓子のようにコロンとして、動物、縁起物などの形をかたどってあり、見た目も楽しめる点が特徴だ。季節に合わせた商品が販売されるほか、お香作り体験専用の木型もあるなど、バリエーションは豊富である。そして「いとをかし香」のもう1つの特徴は、「燃やすのではなく温めるお香」であることだ。一般的なお香と異なり、「いとをかし香」のお香の原料には抹茶が含まれている。その抹茶を燃やすとお茶の良い香りよりも、焦げた香りの方が強く出るため、直接火を付けて燃焼させるのではなく、お香を乗せた板を温めることで、香らせている。焦がさずに間接的にお香に火を通すために最適な香炉も、同社が苦労して開発した。そして、「いとをかし香」のお香の1粒1粒は、中まで火が通りやすく、香りが出やすいよう、厚みを出さず小ぶりにしている。
そして、「いとをかし香」の楽しみ方はそれだけではない。香りがなくなった後も形は残るため、そのまま室内に飾ってインテリアとして使用することもできる。アロマオイルを垂らすアロマストーンとして再利用することもできる。このように繰り返し使うことができる点も、同商品がSDGs(持続可能な開発目標)に貢献すると評価される所以(ゆえん)だ。
宇治に貢献するために海外ビジネスへ挑戦
後藤代表がお香づくり体験を事業としてスタートさせたのは、2020年4月。新型コロナの世界的流行の影響があり、宇治には観光客の姿を見かけなくなった。そこで、健康面とその美味(おい)しさから外国人に人気が高い抹茶を原料に含み、見た目も和文化に通じるかわいらしい「いとをかし香」を海外に輸出することで、同商品をきっかけに宇治を知ってもらい、外国人にもっと宇治を訪れてもらおうと考えた。
2022年からは、ジェトロの新輸出大国コンソーシアム事業を活用し、海外展開計画の立案を始めた。2024年1月には、メゾン・エ・オブジェに初出展。メゾン・エ・オブジェはフランスで年に2回開催される国際展示会で、「インテリア界のパリ・コレ」とも言われる。後藤代表は、「同展示会に出展してみて、抹茶の評判が高いことが改めて分かった。さらに京都というブランドの人気が根強い。来場者に日本のどこから来たのか尋ねられた際、最初は『宇治』と回答していたが、来場者は『宇治』を知らないことに気づき、途中から『京都』と答えるようにすると、反応がとても良かった。『宇治』はまだ浸透していないかもしれないが、『京都』、『抹茶』は、国外の人にも深く浸透していることを感じた」と、世界的なお茶ブームが追い風となっている、と話す。また、メゾン・エ・オブジェに出展した際に出会ったフランスの雑貨店オーナーからは、「サステナブルな取り組みをしている企業としか取引をしない」という声も聞かれたそうで、同代表は「今後、サステナブルな取り組みは(輸出において)必須となっていくのではないか」と考えている。
もともとサステナブルな取り組みを意識して始めた事業ではないが、宇治やお茶について調べていくうちに、お茶の生産者にも自社にもメリットがある、廃棄抹茶の有効活用につながった。米国で販売された「いとをかし香」を見て、実際に宇治を訪れて同社のお香作りを体験しに来た観光客もいたということで、後藤代表が当初目標としていた、「宇治を訪れる観光客が立ち寄れる場所」にとどまらず、今では同体験をすることが「宇治を訪れる目的の1つ」となったといえよう。
同代表は今後も、廃棄抹茶のアップサイクルと観光という2つの面から、宇治への貢献に取り組み続ける。
- 執筆者紹介
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ジェトロ大分
山本 菜摘(やまもと なつみ) - 2021年、ジェトロ入構。企画部海外事務所運営課を経て、2023年10月から現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ企画部企画課 課長代理
古川 祐(ふるかわ たすく) - 2002年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(欧州班)、ジェトロ愛媛、ジェトロ・ブカレスト事務所長、中小企業庁海外展開支援室(出向)、海外調査部国際経済課などを経て現職。共著「欧州経済の基礎知識」(ジェトロ)、共著「FTAの基礎と実践」(白水社)。
- 執筆者紹介
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ジェトロ京都 所長代理
村田 菜美(むらた なみ) -
2006年、電子部品メーカーに入社。2015年、ジェトロ入構。
市場開拓・展示事業部(現:海外展開支援部)で日本企業のフロンティア地域等における販路開拓に従事。2022年11月から現職。