地政学的影響を踏まえた中東・アフリカの物流動向物流の要衝ジブラルタル海峡で急成長するタンジェMED港(モロッコ)
2024年10月15日
モロッコ北端、ジブラルタル海峡を隔てスペインが望める地に立地しているのがタンジェMED港だ。この地域は大西洋から常に風が吹き、風力発電の風車がモロッコ、スペイン双方で稼働している。海峡の幅は約14キロ、地中海と大西洋を結ぶ重要水路として毎日、貨物船やフェリーなどが行き交う。狭い海峡に面して、モロッコ側にスペイン領セウタとメリリャがある。一方、スペイン側には軍事要塞の面影を今に残す英国領ジブラルタルがあり、2階建ての赤いロンドンバスが走る。物流・交通の要衝として、古くはイベリア半島イスラム教徒のアフリカ大陸への移動ルートでもあり、地中海の複雑な歴史が感じられるエリアだ。
夏のバカンス期間中には、大勢の欧州在住のモロッコ系市民がフェリーを使って故郷に帰ってくる。この時期、街や高速道路ではフランスやスペイン、イタリア、オランダ、ベルギー、ドイツなど様々な国のナンバーをつけた車が目につくようになる。バカンス期間中、数十万台が往来し、190万人が海路でモロッコに入国している(運輸・ロジスティック省)。なお、地理的な近さから、モロッコはアフリカから欧州(スペイン)への不法入国のルートの1つとなっており、モロッコとスペイン当局が連携して取り締まりを行う。2024年9月15日には、SNSを使って集まった大勢のアフリカ系若者がスペイン領セウタへの侵入を試み、モロッコ警備当局に阻止される事件が発生している。
国際貿易港と工業団地の一体運営で急成長
タンジェMED港の整備は2003年に始まり、3つの港湾施設であるタンジェMED1および2、そして旅客貨物港で構成され、敷地面積は1,000ヘクタール(ha)だ。同港を運営するTMSA(Tanger Med SA)は、物流管理、工業団地、施設管理の3グループで構成されている。
港に近接する関連工業団地として、(1)タンジェ・フリーゾーン、(2)タンジェ・オートモティブ・シティ、(3)テトアン海岸、(4)ルノー・タンジェメッド、(5)テトアンパーク、(6)フニデク経済活動ゾーンの6エリアがある。フリートレードゾーンに指定されている施設の出入りは制限されている。(2)のタンジェ・オートモティブ・シティには、日系自動車部品製造も拠点を構えている。中国系EV(電気自動車)用バッテリー関連部品製造の計画発表が相次ぐ工業団地「モハメッド6世タンジェ・テック・シティ」も、当該エリアに立地し、施設運営に中国交通建設(CCCC)が関与している模様だ。
英国ロイズ・リスト(2023年版)によると、2022年時点でのタンジェMED港の貨物取扱量は760万TEU(20フィートコンテナ換算)でアフリカ、地中海エリアではトップ(世界順位は24位、東京港は42位)、前年比5.9%増となった。国別港湾貨物取扱量(2022年、UNCTAD)でも、モロッコの実績は2010年比で3倍弱の増加を示し、アフリカ地域ではエジプト、南アフリカ共和国を抑えトップの位置にある。なお、同港の物流管理を担当するTMPA(Tanger Med Port Authority)によると、2023年のコンテナ取扱量が860万本を超え、前年比13.4%増と好調だったようだ。目標の数値を4年前倒しで達成したという。
また、世界コンテナ港効率評価2023(CPPI2023、世界銀行)において世界4位で、中国・上海洋山深水港、オマーン・サラーラ港、コロンビア・カルタヘナ港に次ぐ。現場を訪れると、無人のガントリークレーンがずらっと並び壮観だ。
日本~モロッコ間の船舶輸送日数は大幅増加
NXモロッコ(NIPPON EXPRESS MOROCCO S.A.R.L. AU ) は、2022年に現地法人化され、現在、タンジェとカサブランカに拠点を持つ。また、2019年にタンジェMEDに倉庫〔3,500平方メートル(平方メートル)〕を設置、2021年にはタンジェ・オートモティブ・シティ内に特定顧客専用の物流倉庫(1万7,000平方メートル)を運営している。NX GROUPのアフリカ拠点はケニア(ナイロビ)とモロッコの2カ所だ。
同社によると、日本とモロッコの航空輸送リードタイムは、成田空港発で中東経由による国内デリバリー完了の所要日数は約13~15日、航空便+欧州空港(バルセロナ、パリ)経由のトラック&フェリー利用の場合も同じ約13~15日となっている。
なお、トラック&フェリーによる欧州向け物流所要日数は、タンジェMED港、スペイン・アルヘシラス港経由で、バルセロナは約6日、フランクフルトは約15日、プラハは約18日などとなっている。
一方、海上輸送については、新型コロナ禍では米国西海岸などで世界的にコンテナ物流が滞りその影響で遅延が発生した。現在は解消されつつあるものの、今度は中東地域情勢の不安定化により、スエズ運河経由の通常利用ができなくなったあおりを受け、南アの喜望峰経由にルート変更を余儀なくされた。所要日数は増加し、遅延も恒常的に発生している模様だ。関連コストは上昇しており、料金引き上げもされている。現時点で日本からタンジェ港へのコンテナ輸送所要日数(中国・上海など経由)は約40日から約60~70日に増加している。なお、アジア発モロッコ向け貨物では、トラブル回避のため、部品調達先の変更検討や航空機を使った緊急輸送を行うケースもあるという。
同社は、当地ではタンジェやカサブランカなどにフリートレードゾーンがあり、関税や付加価値税(VAT)免除などコストや管理面での省力化がメリット、と話す。このほか、非居住者在庫保管も認められており、国外企業の利用が可能となっている。また、国内の他のフリートレードゾーン内工場への保税輸送も可能だ。国内市場向けに出荷される製品は、最終工場から出荷される際に通関を行うことになる。
国内産業の発展が港の拡大を後押し
前述のTMPAによると、自動車輸出は2023年に前年比21%増の58万台に達した。その多くは欧州市場向けで、タンジェやカサブランカのルノー工場からダチアブランド(注)車両などが34万台(2023年)、またケニトラのステランティス工場からプジョーやシトロエンブランドが18万台(同年)輸出されている。モロッコは数年来、アフリカ地域における自動車生産台数が南アに次ぐ2位だ。
また、地中海と大西洋の結節点という特異なロケーションを利用して、タンジェ港を近隣物流ハブに位置付ける動きがある。例えば、フランスのスポーツ用品大手のデカトロンは、アフリカ地域向けの物流拠点を開設し、西アフリカ諸国やトルコ、南米など各国の店舗に製品の配送を行っている。
相次いで投資計画を発表する中国系EVバッテリー製造関連メーカーは、投資決定のポイントとして、モロッコが欧州や米国とFTA(自由貿易協定)を締結していることを挙げる。
モロッコは2000年代に入り、立憲君主制による政治の安定、各種インフラ整備などの効果で外資を呼び込み、欧州の製造物流ネットワークに組み込まれるようになってきた。政府が産業育成で注力するEVを含む自動車・同部品、航空機部品や農業・同加工品、繊維など労働集約的製造分野での投資・生産の一層の拡大は、タンジェMED港の国際的地位向上、発展をさらに押し上げることになるだろう。
- 注:
- DACIA、 ルーマニアの自動車メーカーでフランスのルノーグループ傘下。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ラバト事務所長
本田 雅英 (ほんだ まさひで) - 1988年、ジェトロ入構。総務部、企画部、ジェトロ福井、ジェトロ静岡などで勤務。海外はハンガリーに3度赴任。ジェトロ鳥取を経て2021年7月から現職。