地政学的影響を踏まえた中東・アフリカの物流動向鉄道など未整備も、陸路物流に長期的には期待余地(中東)

2024年10月28日

中東には、数多くのチョークポイントがある。例えば、スエズ運河やホルムズ海峡などだ。このため、中東情勢悪化や海上輸送にトラブルがあった際、鉄道などの陸上輸送が検討材料になる。ただし当地には、鉄道インフラが未整備な国が多い。また、鉄道の国際接続も限定的だ。さらにその補完手段として、自動車貨物輸送についても押さえておきたい。

本稿では、当地域内での鉄道貨物輸送などを追う。あわせて道路整備の現状などについても軽く触れる。アジアと中東・欧州間の陸上輸送や代替ルートの可能性などについては、本特集「地政学的影響を踏まえた中東・アフリカの物流動向」の記事を参照。

中東の鉄道貨物輸送規模は、まだ大きくない

まず初めに、世界各地域の鉄道貨物輸送量を見る。国際鉄道連合(UIC)によると、アジア大洋州・中東が3兆8,112億トンキロ(注1)で、シェア39%(表1参照)。これほどを占めるのは、面積が広いこともあるだろう。同じく面積が広いロシアも、1カ国だけでシェア27%に及ぶ。もっともアフリカは、面積が広くても、シェア1%と小さい。アジア大洋州・中東のうち中東だけに絞ると、世界シェア約1%(大半がイラン)だった。

中東での地域情勢悪化に伴い、スエズ運河やホルムズ海峡が通れなくなった際の代替ルートとして、陸上輸送への関心が高まっている。しかし中東での鉄道整備は、いまだ進んでいない状況だ。

表1:世界地域別の鉄道距離と貨物輸送量
国・地域 鉄道貨物輸送量
(100万トンキロ)
鉄道貨物輸送量
シェア
鉄道距離
(km)
鉄道距離
シェア
アジア大洋州・中東 3,811,221 39% 293,967 32%
米州 2,868,932 29% 223,399 24%
ロシア 2,638,555 27% 85,520 9%
欧州(注2) 379,677 4% 253,091 28%
アフリカ 116,716 1% 59,506 7%
世界 9,813,101 100% 915,473 100%

注1:データは、各国の最新統計発表にもとづく。
注2:出所統計の地域分類に基づき、欧州にはトルコを含む。
出所:国際鉄道連合(UIC)「Railway Statistics Synopsis 2024」

中東では、多くの国・地域で鉄道インフラが未整備だ。そのため、鉄道による貿易量も少ない。国際鉄道連合(UIC)は、鉄道によって中東から輸出される重量を、5,000万トン以下と推定している。一方で、中東からの総輸出重量は16億6,100万トン(2020年時点の実績)。ちなみに、このうち石油とガスだけで10億9,700万トンを占める。輸送手段としては、船やパイプラインが多い。

また、国内輸送や貿易で鉄道輸送が不可欠な国もある。トルコやイランがその一例だ。両国では、内陸部から港湾などへ、建設資材、鉄、化学製品などを陸路で輸送する。トルコではギリシャを通じて欧州と、イランではアジア諸国と、鉄道で接続している。

国別の特徴を読み解く

中東の国別に鉄道貨物輸送量を見ると、イランが最大。これに、トルコ、UAE、イスラエルが続く。

ただし、多くの国で統計が更新されていない。この理由としては、不安定な政治・治安情勢を指摘できるだろう。例えば2010年代には、中東・北アフリカ地域で「アラブの春」が巻き起こった。そのほかにも、「イスラム国」がイラクやシリアに攻撃を仕掛けたことなどもあった。

主要国の状況は、次のとおり。

イラン

国土面積が広く、製造業に関する貨物も多い。そのため、鉄道貨物輸送量が2022年時点で、302億トンキロに及ぶ(表2参照)。

取り扱いも伸び、2000年比で約2.1倍だ。ただし、イランは米国による経済制裁もあり、日本企業にとってもビジネス活動が難しい。

トルコ

実績が大きい背景には、イランと同様、製造業が活発なことがあるだろう。

ただし、2000年や2010年と比べ、2023年の実績は横ばいにとどまる。貨物量が停滞してきたわけではない。港湾の貨物取扱量を見ると、2010年から2022年までに2.2倍に伸びた。また、世界の港湾ごとの貨物取扱量100位にトルコの4港が入ることからも、海上貨物量は伸びが顕著なことがわかる。

シリア

2010年時点では、UAEやイスラエル以上に鉄道貨物輸送量が多いとされていた。統計を公表しないため、現時点での実績は不明だ。

その理由の1つには、争いなどでインフラが破壊されたことがある。その整備のためには、政治の安定や治安の改善が必要だろう。

サウジアラビア

シリアと異なり、情勢は落ち着いている。しかし、2010年まで公表していた鉄道貨物統計が更新されていない(これらの点では、ヨルダンも同様)。

ただし世界銀行によると、サウジアラビアは、鉄道の「運行距離」についてはデータを不定期に更新している。2010年時点で1,412キロだったところ、2018年には2,939キロ。約2倍に伸びた。このことから、実際には貨物輸送量も増えている可能性が高い。

UAE

UAEは国土が狭く、鉄道距離も短い。しかし、特に海上輸送を基軸に地域の貿易ハブとなっているため、貨物輸送量は多い。実際、港湾貨物取扱量は日本と同程度に及ぶ。

中でも貨物取り扱いが多いのが、ドバイだ。そのため、海路・陸路・空路を接続することで、中東の貿易ハブ・ビジネスハブとしての機能拡大を目指す動きがある。ドバイのジュベル・アリ港と隣接するフリーゾーンを運営するDPワールドの取り組みは、その一例だ(2024年6月10日付地域・分析レポート参照)。

表2:中東の国別鉄道貨物輸送量(100万トンキロ)
国・地域 2000年
鉄道貨物輸送量
2010年
鉄道貨物輸送量
最新年
鉄道貨物輸送量
最新統計
公表年
イラン 14,179 21,779 30,249 2022
トルコ(注) 9,895 11,462 10,488 2023
アラブ首長国連邦(UAE) na na 1,380 2021
イスラエル 1,172 1,062 992 2022
シリア 1,568 2,206 na na
サウジアラビア 822 1,852 na na
ヨルダン 575 344 na na
イラク 867 249 na na

注:出所統計の地域分類で、トルコは欧州に含まれる。
出所:国際鉄道連合(UIC)「Railway Statistics Synopsis 2024」、世界銀行

鉄道の運行距離を見ると、アジア大洋州・中東全体で29万キロ。世界シェア32%を占める(表3参照)。中東はアジア大洋州・中東の10%に満たず、世界シェアでは3%に満たない。国別にはトルコ、イランの順だ。両国とも面積が広いほか、内陸部に人口が多い。そのため、内陸部への輸送が欠かせない。

表3:中東の国別鉄道距離(-は値なし)
国・地域 鉄道会社 鉄道距離
(km)
統計公表年 参考:面積
(100平方km)
参考:人口
(万人)
参考:人口密度
(人/平方km)
トルコ(注) TCDD Infra 、TCDD Transport 11,417 2023 7,854 8,500 108.2
イラン Islamic Republic of Iran Railways(RAI) 9,556 2022 17,452 8,860 50.7
イスラエル Israel Railways 2,192 2022 221 960 433.1
ヨルダン Aqaba Railway Corporation (ARC) 、
Jordan-Hejaz Railway Corporation (JHR)
1,596 ARC:2021
JHR:2018
893 1,130 126.4
アラブ首長国連邦(UAE) ETIHAD RAIL 279 2021 836 940 112.9
サウジアラビア Saudi Railway Company(SAR) na 2022 21,497 3,640 16.9
アジア大洋州・中東 293,967
世界 915,473

注:出所統計の地域分類で、トルコは欧州に含まれる。
出所:国際鉄道連合(UIC)「Railway Statistics Synopsis 2024」

長期的には鉄道輸送増の可能性も

中東では現状、鉄道による貿易量が限定的だ。しかし今後は、増加する可能性もある。

国際鉄道連合(UIC)は2023年、「Middle East Railway Vision 2050」を発表した。同報告書によると、中東の地域内貿易は、2021年時点で約2億500万トンだった。それが2050年までに、(1)リスクシナリオでも3億5,500万トンに増加。(2)楽観シナリオでは、実に6億5,000万トンに達する可能性がある。中東諸国と域外の貿易量も同様だ。2021年の14億7,700万トンから、(1) リスクシナリオでも21億2,800万トン、(2) 楽観シナリオで39億7,200万トンに増加する予想になっている。さらに、欧州とアジア間の輸送で中東を通過する貨物量も、増える見込みだ。

鉄道輸送の課題としては、(1)地域情勢の悪化、(2)鉄道などのインフラ未整備、(3)線路・車両規格の未整備・不統一、(4)国境税関手続きの遅延などがある。確かに、2050年でも輸送の中心は海上貨物だろう。しかし、中東域内では人口が増加し、それに伴い貿易需要が増える。長期的には、中東の鉄道貨物輸送も増える見込みだ。

欧州鉄道産業連盟によると、世界の鉄道産業市場規模(列車運行・保守、車両、レール敷設などを含む)は、2019年~2021年の年平均で1,765億ユーロだった。それが、2025年~2027年の年平均で2,106億ユーロに拡大するという(19%増)。特に中東・アフリカ地域では、同期間で58億ユーロから88億ユーロに増加するとした(約50%増)。

このようにインフラ整備や投資が進むと、将来的にはアジアと欧州間の海上貨物の代替ルートとして機能する可能性がある。

道路距離はイラン、サウジアラビアなどで長い

鉄道サービスが低品質な国や、港湾と内陸部主要都市の輸送距離が短い場合などは、道路で貨物輸送することが多いだろう。また、オマーン、イエメン、バーレーン、クウェートなどで、そもそも鉄道敷設がない。なお、オマーンでは、鉄道を建設しUAEと接続する計画が進んでいる(2024年4月30日付ビジネス短信参照)。

中東で最も道路延長が長いのは、やはり面積の広いイラン。22万3,485キロに及び、多くが舗装済みだ(表4参照)。2位のサウジアラビアが22万1,372キロで、高速道路は地域最長。以下、道路距離ではイエメン、シリア、トルコの順になる。ただし、イエメンでは大半が未舗装。なお、統計の公表年が古い国が混在していることには、要注意だ。

表4:中東諸国の道路、舗装道路、未舗装の距離(キロ:km)(-は値なし)
国名 道路距離 舗装道路 未舗装 統計公表年
イラン 223,485 195,618 27,867 2016年
サウジアラビア 221,372 47,529
うち高速道路:3,891
173,843 2006年
イエメン 71,300 6,200 65,100 2005年
シリア 69,873 63,060 6,813 2010年
トルコ 68,526 24,082
うち高速道路:2,159
43,251 2018年
オマーン 60,230 29,685
うち高速道路:1,943
30,545 2012年
イラク 58,592 2021年
レバノン 21,705 2017年
イスラエル 20,391 20,391
うち高速道路:449
2011年
ヨルダン 7,203 7,203 2011年
カタール 7,039 2016年
クウェート 5,749 4,887 862 2018年
バーレーン 4,122 3,392 730 2010年
アラブ首長国連邦 4,080 4,080
うち高速道路:253
2008年

出所:CIA(ザ・ワールド・ファクトブック)2024年9月閲覧

中東での自動車輸送には、日本のトラックも利用される。日本から中東に向けた自動車輸出は増加傾向にある。2023年は1兆8,918億円(前年比32.5%増)、約70万台で過去最高を記録した。特にサウジアラビアは、日本からの国別輸出額で世界5位、5,957億円(前年比39.7%増)。また、UAEは同7位、5,120億円(30.4%増)だった(2024年7月8日付地域・分析レポート「中東での自動車販売・生産、日本からの輸出動向」参照)。

日系企業もインフラ分野を有望視

これまで見て来たように、中東で鉄道輸送規模は大きくない。また、当地には各種の地政学的なリスクがあり、政治情勢に留意が必要だ。一方で、人口が多く、経済成長を見込める国もある。インフラ整備が進むと、貨物量も増加すると見て良い。途上国向けに国際機関が援助するインフラ案件もある。また、湾岸諸国ではオイルマネーを背景に、インフラの整備を進めている。

経済成長率の高い国や長期的に人口増加が見込める国では、貨物量が増加する可能性が高い。概観すると、次のとおり。

  • 経済成長
    2023年から2025年まで見通すと、イランやトルコなどで安定した高成長を期待できる。
    2025年に石油増産を見込める産油国でも、同様だ。例えばサウジアラビアで6.0%、イラク5.3%の成長が予測されている。
  • 長期的な人口推移
    30年後の2054年まで、イランとトルコが中東で人口1位と2位を維持すると見られる。
    また2024年~2054年の人口増加率では、イラクの64.0%増、オマーン55.3%増、ヨルダン46.8%増、などが目立つ。 湾岸産油国では、出稼ぎ労働者や移民流入が増加傾向を維持するだろう。その結果、サウジアラビアの人口は46.3%増、UAE45.8%増の見込みになっている。

調査レポート「2023年度 海外進出日系企業実態調査(中東編)」(注2)にも、「鉄道、港湾、道路、空港などなど、インフラ関連が有望」と言った旨の回答があった。他方でビジネスを進めるにあたっては、イランの米国制裁の影響や各国の治安情勢の悪化などリスクに注視し、事業的に有望な国や分野を見定める必要がある。

なおアフリカには、エジプトやモロッコなど、中東と経済的結びつきの強い国がある。そうした国を含む当該地域の物流動向については、2024年8月19日付地域・分析レポート「アフリカの人口急増と物流・貿易動向」を参照。


注1:
トンキロは、1トンの貨物を1キロ(km)輸送することを意味する単位。輸送重量と距離を掛け合わせて計上する。
注2:
「海外進出日系企業実態調査」では、各地進出済みの日系企業を対象にしている。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課 課長代理
井澤 壌士(いざわ じょうじ)
2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課、ジェトロ北海道、ジェトロ・カイロ事務所を経て、現職。中東・アフリカ地域の調査・情報提供を担当。