地政学的影響を踏まえた中東・アフリカの物流動向GCC諸国などで貿易投資は活発も、不確実性へのリスク管理策を要検討
2024年11月14日
中東地域では2024年10月下旬時点において、紅海情勢の悪化に伴い、物流の混乱が見られた(2024年9月27日付地域・分析レポート参照)。一方で、中東の貿易や投資は今後も増加する見通しであり、日本から中東向けは紅海を通らず輸送可能な国も多い。中でも湾岸協力会議(GCC)諸国、特にサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、カタールでは、カントリーリスクが相対的に低く、治安も落ち着いている。ただし、そのような国でもビジネスにあたってのリスク管理は重要だ。
本稿では、中東の貿易の状況および、ビジネスにあたっての支援策について述べる。特に、物流の混乱や地域情勢悪化など不確実性が高まる中、中東地域におけるビジネスの継続、新たなビジネスにあたってのリスク管理について、日本貿易保険(NEXI)へのヒアリング(2024年10月25日)も踏まえて詳しく解説する。
物流に懸念も、貿易は増加見込み
紅海情勢悪化により、物流の混乱などへの懸念があるが、中東や世界の海上輸送や貿易は増加するとの予測だ。国連貿易開発会議(UNCTAD)の2024年10月22日付報告書によると、世界の海上貿易は2023年に前年比2.4%増加の123億トン、2024年も2%成長し、2029年まで年平均2.4%成長する見込みだ(2024年10月23日付ビジネス短信参照)。
また、WTOの2024年10月10日付報告書によると、世界の2024年の財貿易量(輸出入平均)は前年比2.7%増との予測であり、中東(注)において輸出量は前年比4.7%増、輸入量は9.0%増との予測だ(2024年10月23日付ビジネス短信参照)。
日本と中東の貿易を見ても、2024年上半期は前年同期から増加している。2024年上半期の日本からの輸出額は前年同期比11.1%増の1兆8,304億円、中東からの輸入額は2.4%増の6兆5,546億円となった(2024年7月19日付ビジネス短信参照)。中東向け輸出額では輸送用機器が全体の54.7%を占め、中東からの輸入額では鉱物性燃料が95.5%を占めた。特にUAEへの輸出額が前年同期比29.6%増の8,311億円、同国からの輸入額は同16.3%増の2兆8,211億円と大幅な伸びを示した。
海外ビジネスの各種支援策も
前述のとおり、中東は日本との貿易が増えているほか、経済産業省によると、日本の原油輸入量の2024年8月の中東依存度は94.8%であり重要な地域だ。一方、元来、中東を含むグローバルサウスの国々では、先進国と比べて日本企業がビジネスをするにあたっての課題も多い。このため、経済産業省、外務省、国際協力銀行(JBIC)、国際協力機構(JICA)、ジェトロなど日本政府や政府系機関も日本企業の海外展開に関して各種支援を提供している。無論、民間の保険会社、金融機関、コンサルタント企業などのサービスを使うことも重要であるが、リスク対応の観点で政府機関ならではの支援もある。同地域でのビジネス展開に関しては、これらの支援策を積極的に活用すべきであろう。中東やアフリカを含むグローバルサウスにおける日本企業の海外展開に関する支援ツールは「【ウェビナー】グローバルサウス進出支援ツール説明会」を参照。
貿易保険のサービス
同地域との貿易に取り組む企業のリスク管理においては、NEXIの貿易保険のサービスの利用を検討できる。NEXIは、企業の貿易などの対外取引において生じる、民間保険ではカバーできないリスクをカバーしている。イラン、イラク、イスラエルのほか、アフリカなど、民間企業で保険を引き受けることが難しい国での事業においても、保険付保可能な場合がある。また、同社の担当者によると、政府系の企業として、各国政府のデフォルト(債務不履行)や海外送金不能などの懸念が発生した際には、現地日本大使館経由で現地中央銀行などに交渉することが可能な場合もある。なお、紅海情勢悪化など既に発生しているリスクについては、保険を付保することはできない場合がある他、各国の状況や取引先企業の状況に応じて、対応不可となる場合がある。
NEXIの保険では、カントリーリスクに該当する「非常危険」と輸出契約など相手方からの債権回収不能に該当する「信用危険」のカバーが可能であり、このうち「非常危険」をカバーする保険では、以下の事象のリスクヘッジが可能である。
- 為替取引制限・禁止、輸入制限・禁止
- 戦争、内乱、革命
- 支払国に起因する外貨送金遅延
- 制裁的な高関税、テロ行為
- 国連または仕向け国以外の国の経済制裁
- 収用、契約当事者の責めによらない事態など
同社の保険の取引形態や仕組みについては「保険商品」ページを、保険商品および保険料については「商品パンフレット・重要事項説明書」を参照。貿易代金回収に関するサービス例は以下のとおり
また、2023年度のNEXIの保険引き受け実績額で9位がサウジアラビア、10位がUAEだ。日本企業の両国でのビジネスの際に積極的に使われていることがうかがえる。同社が提供する主要な保険商品は以下の通り。保険引き受けに当たっては、特に大型の取引については個別に審査を受ける必要がある。
輸出にかかる保険
- 輸出保険:日本の輸出者が外国に貨物を輸出、仲介貿易、建設工事など技術提供する場合に、船積み不能および代金回収不能によるリスクをカバーする。
(主な商品)
- 貿易一般保険:貨物の輸出ができなかった場合、代金を回収できなかった場合などの損失をカバー。
- 中小企業者・農林水産業輸出代金保険:手続きの簡素化、迅速な保険金支払いなどの対応。
融資にかかる保険
(主な商品)
- 貿易代金貸付保険:日本から貨物などを輸出する取引において、その外国輸入者に対し購入資金を民間銀行などが貸し付ける場合の「融資」に対する保険。
- 海外事業貸付保険:日本企業による出資や重要資源の引き取りといった日本企業の関与がある海外事業などへの「融資」に対する保険。特に、海外での資源開発や電力を含めたインフラ開発プロジェクトなどで活用されている。
2024年開始の新たな保険商品
NEXIでは地政学リスクが高まる中、以下の新たな商品の提供を開始。
- 信用状確認保険:取引相手国の信用状発行銀行から代金を回収できない際に損失を補填(ほてん)。
- 前払い購入保険:日本への裨益(ひえき)が認められる第三国向けの前払い仲介貿易も対象。貨物が引き渡されず、前払い金が返還されなかった際に損失を補填。
- スワップ取引保険:貿易代金貸付保険または海外事業貸付保険が付保されている融資契約に係る金利スワップの損失を補填。
投資に関する支援も
投資に関して見ると、世界各国から中東への投資件数は2021~2023年の合計が2017~2019年と比べて84.4%増と大幅な伸びを示した(2024年10月21日付地域・分析レポート参照)。一方、日本から中東への投資件数は同期間で3.8%減となった。日本からの投資は減少しているが、世界からの投資が増え、同地域の人口増加や経済成長の予測もあり、投資機会の拡大が見込まれる。一方で、リスクや課題もあるため、現地ビジネスに関して、前述の支援機関による事前調査や実証事業に関する補助・支援の活用が検討できる(申し込み締め切りや対象国などの条件あり)。
投資にかかる保険
- 海外投資保険:日本企業による海外向け出資(株式取得、再投資、配当金など)や、外国の不動産・権益などの取得を対象とし、上述の非常危険による損失をカバーする。具体的な事例は次の通り。
参考:中東やアフリカにおける活用事例および保険金支払い事例
出所:NEXIウェブサイト
カントリーリスクが低くビジネスに取り組みやすい国も
カントリーリスクを見ると、中東・北アフリカをひとくくりにできず、各国で状況が大きく異なる。NEXIの保険の引き受け方針ページ「国カテゴリー表」では、2024年10月時点でサウジアラビア、UAE、クウェート、カタールは「C」のカテゴリーであり、中国やマレーシアなどと同水準だ(表参照)。国カテゴリーはAからHまでの8段階に分類され、Aが最もリスクが低く、Hはリスクが最も高い。カントリーリスクが高い国ほど非常危険の保険料は高くなり、保険付保できない国もある。海外ビジネスにおいては、特にリスクヘッジを検討して対応することが重要だ。
分類 | 対象国 |
---|---|
A | (参考)シンガポール |
B | (参考)韓国 |
C | サウジアラビア、クウェート、カタール、UAE、(参考)中国 |
D | イスラエル、モロッコ、(参考) インド |
E | オマーン、(参考)ベトナム |
F | ヨルダン、トルコ、アルジェリア、(参考) バングラデシュ |
G | バーレーン、(参考)カンボジア |
H | イラン、イラク、シリア、レバノン、イエメン、チュニジア、リビア、スーダン、(参考)ラオス |
注:Aが最もリスクが低く、Hが最も高い。
出所:NEXI、最新情報は同社「国カテゴリー表」参照
中東でのビジネスの際には最新情報を収集することが重要
中東地域で不確実性が高まる中で、現地でのビジネスや出張にあたっては、地政学的なリスクなどを勘案し、最新の情報を入手することが肝要だ。
出張の際には、外務省の渡航安全情報の確認が必要だ。なお、中東諸国の中では、GCC6カ国の治安リスクは比較的低い。2024年11月上旬時点ではUAEやオマーン、カタールなどは危険情報が出ていない(レベル0)。また、サウジアラビアやバーレーン、クウェート、モロッコ、ヨルダンでは「レベル1:十分注意」であり、比較的安全だ。その他、主要都市ではイスタンブール(トルコ)と、カイロ(エジプト)もレベル1の注意喚起にとどまる。
- 外務省渡航安全ホームページ「国・地域別情報」
ジェトロでは、イスラエルと周辺国の政治情勢、紅海情勢悪化の影響を含む世界的な物流・貨物の動きについて特集を組んでいるため、リスク管理の際には参照されたい。
- ビジネス短信特集「イスラエルとハマスの衝突に関する動き、各国の反応」
- ビジネス短信特集「国際物流の混乱と企業の対応状況」
中東地域・国別の情報については、ジェトロ「中東情報ページ」を参照
- 注:
- WTOや財務省貿易統計の定義では、イラン、イラク、バーレーン、サウジアラビア、クウェート、カタール、オマーン、イスラエル、ヨルダン、シリア、レバノン、アラブ首長国連邦(UAE)、イエメン、ヨルダン川西岸とガザの14カ国・地域を指す。トルコを含まない。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課 課長代理
井澤 壌士(いざわ じょうじ) - 2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課、ジェトロ北海道、ジェトロ・カイロ事務所を経て、現職。中東・アフリカ地域の調査・情報提供を担当。