地政学的影響を踏まえた中東・アフリカの物流動向サウジアラビアとUAEが期待するIMEC諸国との通商関係強化

2024年11月8日

2023年9月のG20サミットで発表されたインド・中東・欧州経済回廊(IMEC)構想には、湾岸諸国からサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)が参加する。両国のIMEC主要参加国との通商関係を整理すると、両国の輸出拡大に向けた狙いが浮かび上がる。

IMEC構想とは

2023年9月にインドで開催されたG20サミットでIMEC構想が発表され、イタリア、インド、EU、サウジアラビア、ドイツ、フランス、米国、UAEが覚書に署名した(インド政府プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。同構想は、前年6月にドイツで開催されたG7サミットで発表されたグローバルインフラ投資パートナーシップ(PGII、注1)の一部に位置付けられるもので、南アジアから中東、欧州までを鉄道や港湾で結ぶことを目的とする多国間プロジェクトだ(2022年6月28日付ビジネス短信参照)。プロジェクトは、インドから湾岸地域までを結ぶ東部回廊と、湾岸地域と欧州を結ぶ北部回廊で構成される。

同プロジェクトに湾岸協力会議(GCC)諸国からは、サウジアラビアとUAEが参加することが発表された。両国は前月のBRICSサミットでともに加盟資格を得るなど、中東地域のパワーハウスとしての存在感を高めてきた(2023年8月25日付ビジネス短信参照)。両政府は、従来の原油依存型経済から脱却すべく、産業多角化を軸とする経済成長戦略を重視する点で共通している。その手段として、全方位外交を展開し、輸出促進、外国企業誘致を推進している点でも特徴をともにする。IMEC構想は、目標実現に向けて周辺国とのコネクティビティーを強化したい両国にとって、魅力的な計画だといえる。

サウジアラビア、UAEのインド向け輸出は増加傾向

IMEC主要国・地域間との貿易関係をみると、サウジアラビア、UAE両国の狙いをより明確に認めることができる。IMEC主要国・地域間の輸出動向について、新型コロナウイルス禍前の2019年から各国の最新統計がそろう2022年までの変化率をみると、いずれの国・地域も全世界向けで増加を記録した(表1)。金額でみると、サウジアラビアは2億6,152万ドルから57.2%増の4億1,118万ドル、UAEは3億1,594万ドルから63.2%増の5億1,562万ドルを記録した。IMEC主要国・地域向けでは、サウジアラビア、UAEはインド向け輸出の増加率がそれぞれ71.1%、77. 7%と最も高い。

表1:IMEC主要国・地域の国・地域向け輸出額の変化率(2019~2022年) (単位:%)(△はマイナス値、-は値なし)
国・地域名 インド UAE サウジアラビア ヨルダン イスラエル EU27 中国 世界
インド 6.0 70.0 74.6 110.3 55.6 △ 12.7 40.0
UAE 77.7 16.0 313.6 全増 74.5 196.1 63.2
サウジアラビア 71.1 36.5 32.9 0.0 60.3 44.0 57.2
ヨルダン 157.2 △ 6.3 44.7 32.1 158.0 30.9 53.7
イスラエル 68.6 279,438.2 全減 △ 31.8 45.8 4.7 24.1
EU27 18.5 12.0 14.9 14.6 33.3 8.0 22.8
中国 58.4 61.2 59.1 55.2 71.4 53.4 43.8
世界 53.0 56.9 31.6 41.5 40.7 35.0 31.4 33.0

注:縦列が輸出国、輸出ベース、世界、UAE(一部)、サウジアラビア(一部)のみ輸入データを利用。
出所:ITC Trade Mapから作成

同期間の各相手国・地域向けシェアの変化をみると、サウジアラビア、UAE両国とも、インド向けが上昇した(表2)。特にサウジアラビアは、インド向けで10.3%から11.2%と大きく伸ばした。同国は国家改革戦略「ビジョン2030」で、非石油製品の輸出額を非石油部門GDP額の5割に増やすことを掲げているが、2023年末時点での目標達成率は66%にとどまっており、輸出拡大は喫緊の課題だ(2024年5月9日付ビジネス短信参照)。市場規模の大きいインド向け輸出の増加への期待は高く、サウジアラビアは2022年11月に発表されたGCCとインドとの自由貿易協定(FTA)の交渉再開を主導するなど、ここ数年にかけてインド向け輸出拡大に強い関心を示してきた。輸出拡大を促すIMEC構想への期待は高くて当然といえる。同国のサレハ・ビン・ナセル・アール・ジャセル運輸相も2024年10月にリヤドで開催された「グローバル・ロジスティクス・フォーラム(GLF24)」で、「物流部門は観光や貿易、産業などさまざまな分野にまたがるプロジェクトが『ビジョン2030』の目標を実現するのに極めて重要」と発言したばかりだ(2024年10月17日付ビジネス短信参照)。

また、UAEはサウジアラビアにも増して貿易拡大に熱心だ。同国は2022年2月、GCCに先駆けてインドとの包括的経済連携協定(CEPA)を締結した(2022年2月24日付ビジネス短信参照)。締結以前から同国のインド向け輸出シェアは増加を続けており、今後さらに伸びが期待される。UAEは現在、103カ国との間でCEPA締結を目指している。2024年9月には日本との交渉も開始したばかりだ(2024年9月19日付ビジネス短信参照)。

表2:IMEC主要国・地域の国・地域向け輸出シェアの変化(2019~2022年)(単位:%)
国・地域名 インド UAE サウジアラビア ヨルダン イスラエル EU27 中国 世界
インド 6.9
(9.1)
2.2
(1.8)
0.4
(0.3)
1.7
(1.1)
16.2
(14.6)
3.3
(5.3)
100.0
UAE 10.4
(9.6)
2.3
(3.3)
0.4
(0.2)
0.4 (-) 2.9
(2.7)
8.8
(4.9)
100.0
サウジアラビア 11.2
(10.3)
2.3
(2.6)
1.0
(1.2)
‐ (-) 11.4
(11.2)
19.0
(20.7)
100.0
ヨルダン 14.1
(8.4)
2.6
(4.3)
9.5
(10.1)
1.1
(1.3)
5.1
(3.0)
2.1
(2.5)
100.0
イスラエル 4.6
(3.4)
0.9
(0.0)
‐ (0.0) 0.1
(0.2)
24.8
(21.1)
6.4
(7.6)
100.0
EU27 0.7
(0.7)
0.5
(0.6)
0.5
(0.5)
0.1
(0.1)
0.4
(0.4)
3.4
(3.9)
100.0
中国 3.3
(3.0)
1.5
(1.3)
1.1
(1.0)
0.2
(0.1)
0.5
(0.4)
15.7
(14.7)
100.0
世界 2.9
(2.5)
1.7
(1.4)
0.7
(0.8)
0.1
(0.1)
0.4
(0.4)
28.6
(28.2)
10.7
(10.8)
100.0

注:縦列が輸出国、数値は上段が2022年、括弧つき下段が2019年、世界、UAE(一部)、サウジアラビア(一部)のみ輸入データを利用
出所:ITC Trade Mapから作成

サウジアラビア、UAEのインド向け輸出品目は多様化

次に、サウジアラビアとUAEのインド向け輸出を品目別に概観する。

サウジアラビアの主要輸出品目(2022年)をインド側の輸入統計(注2)でみると、最大輸出品目は鉱物性燃料など(HSコード第27類)で、肥料(同31類)、有機化学品(同29類)が続いた(表3)。鉱物性燃料などを除くと、サウジアラビア政府が掲げる付加価値の高い工業製品が多くを占める。2019年からの伸び率では、航空宇宙機・同部品(同88類)と無機化学品・貴金属など(同28類)が高い。航空宇宙機・同部品の内訳は、飛行機その他の航空機(HS8802項)のみで構成される。

表3:サウジアラビアのインド向け主要輸出産品(単位:1,000ドル、%)(△はマイナス値)
HSコード 品目 2019年 2022年 変化率
27 鉱物性燃料など 23,168,044 37,720,942 62.8
31 肥料 1,028,420 2,455,961 138.8
29 有機化学品 838,874 1,721,229 105.2
39 プラスチック・同製品 616,776 1,241,940 101.4
28 無機化学品・貴金属など 207,944 898,520 332.1
76 アルミニウム・同製品 203,776 431,460 111.7
38 その他化学品 150,610 358,868 138.3
88 航空宇宙機・同部品 23,529 313,433 1232.1
74 銅・同製品 112,751 243,937 116.4
71 真珠、貴石、半貴石など 295,992 202,221 △ 31.7
全品目(その他品目含む) 27,000,125 46,188,427 71.1

注:サウジアラビアは鉱物性燃料など(HSコード第27類)のデータの一部を公表していないため輸入国側データを利用。
出所:ITC Trade Mapから作成

UAEの主要輸出品目(2022年)を同じくインド側の輸入統計でみると、UAEのインド向け主要輸出品目では、鉱物性燃料など(HSコード第27類)、真珠、貴石、半貴石など(同71類)、プラスチック・同製品(同39類)が上位に並んだ(表4)。その他、航空宇宙機・同部品(同88類)、船舶(同89類)、電気機器・同部品(同85類)など、サウジアラビアに比べてより付加価値の高い品目が目立つ。

また、2019年比の伸び率では、サウジアラビア同様、航空宇宙機・同部品の高さが目立った。内訳は、飛行機その他の航空機(HS8802項)および同部品(HS8807項)など、幅広い品目で構成されている。CEPAによって品目の一部が関税削減・撤廃されたことが増加に影響したとする報道もあり、今後さらなる伸びが期待される。

表4:UAEのインド向け主要輸出産品(単位:1,000ドル、%)
HSコード 品目 2019年 2022年 変化率
27 鉱物性燃料など 14,854,090 28,252,394 90.2
71 真珠、貴石、半貴石など 8,739,728 14,775,377 69.1
39 プラスチック・同製品 839,469 1,534,267 82.8
88 航空宇宙機・同部品 11,659 1,377,336 11713.5
89 船舶 633,122 1,033,969 63.3
72 鉄鋼 615,852 1,007,707 63,6
25 塩、硫黄、土石類など 617,455 921,237 49.2
85 電気機器・同部品 270,571 835,358 208.7
31 肥料 306,389 597,189 94.9
76 アルミニウム・同製品 310,873 537,151 72.8
全品目(その他品目含む) 30,308,879 53,851,377 77.7

注:UAEは鉱物性燃料など(HSコード第27類)のデータの一部を公表していないため輸入国側データを利用。
出所:ITC Trade Mapから作成

一方、IMECが実現すると、価格競争力に優れたインドなど周辺国の産品の自国への参入を促し得るため、国内産業育成の観点ではもろ刃のつるぎといえる。例えば、インドのサウジアラビア向け輸出品目では、鉱物性燃料など、有機化学品、穀物、UAE向け輸出品目では、鉱物性燃料など、真珠・貴石・貴金属、電気機器・同部品がそれぞれ上位を構成しており、両国が育成を進める産業と一部重なる。もっとも、この点について、IMEC構想発表後の両国の経済界やメディアの反応はおおむねポジティブで、批判的な声は聞かれない。リヤド商工会議所幹部の1人は「総合的に見て、メリットがデメリットを上回るとの評価が多い」と理由を指摘する。

両政府とも計画実現に向け始動

G20サミット後の2023年10月、イスラエルではパレスチナ自治区ガザ地区の紛争が勃発し、IMEC構想は出ばなをくじかれるかたちとなった。それでも、両国とも構想を推進する姿勢に特に変化は見受けられない。

サウジアラビアは2023年11月28日の閣議で、IMECの基本原則をまとめた覚書(MoU)を承認した。その後、2024年4月29日にリヤドで開催された世界経済フォーラム特別会合で、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子兼首相が「サウジアラビアの中継地としての役割、技術、貿易面での世界的な重要性は、IMECなどの新たな経済統合イニシアチブによって推進され高まるだろう」(2024年4月29日付サウジアラビア国営通信外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)と発言し、IMEC構想を重視する姿勢を明確にした。世界の著名な政府・民間関係者が集う国際会議でのムハンマド皇太子の発言は重く、サウジアラビア国内の関連インフラプロジェクトなどが今後具体化に向けて推進される可能性は高いと言える。

UAE政府はプロジェクト実現に向け、より具体的な動きをみせている。2024年2月13日、インド政府との間で「IMEC計画の権限付与と運営のための協力に関する政府間枠組み協定(IGFA)」を締結し、東部回廊の実現に向けた2国間協議を積極的に推進している。締結後の同年5月中旬には、インドの閣僚級代表団がUAEを訪問し、IGFAに基づく第1回会合を開催した。

また、同国のムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン大統領は2024年9月の米国訪問時に、ジョー・バイデン大統領とIMECの進捗について意見を交わした。両首脳は、同構想が経済成長を生み出し、新たな投資のインセンティブを与え、効率性を高め、コストを削減し、経済の一体性を高め、雇用を創出し、温室効果ガス(GHG)排出を削減し、アジア、欧州、中東の変革的統合を可能にすることを再確認した。

他の回廊構想との共存の可能性

最後に、中東地域の他の回廊構想との関係に触れる。IMEC構想が持ち上がる前から、サウジアラビアとUAEはともに、中国政府が進める「一帯一路」にも参加している。両者の関係をみると、「一帯一路」が目指すドバイのジュベル・アリ港から海路で紅海、スエズ運河を経て欧州へ抜けるルートと、ジュベル・アリ港から鉄道でアラビア半島を横切り、サウジアラビア、ヨルダン、イスラエルを経て、欧州へと通じるIMECは、事業者に複数の選択肢を与える意味で、相互補完関係にあるといえる。実際、サウジアラビアのハーリド・ビン・アブドゥルアジーズ・アール・ファーレフ投資相はIMEC構想について、「(一帯一路の原型である)シルクロードやスパイスロードと同様(の意味をもつ)」と、両者に同等の評価をしている。

他方、IMEC構想はインドとの貿易拡大に加えて、中東諸国の欧州諸国との貿易拡大を促す。エネルギー安全保障に課題を抱えるEU諸国側にとっても、水素やアンモニアなど新たな燃料とその加工品の安定供給へとつながるIMEC構想への期待は高い。その際に競合するのが、中東から欧州への物流回廊として計画されているイラク開発道路計画構想だ。2024年4月22日にイラクのムハンマド・シヤーウ・スーダーニ首相とトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領立ち合いの下、トルコ、イラク、カタール、UAEの4カ国の運輸相が「イラン開発道路計画」協力覚書に署名した(2024年4月24日付ビジネス短信参照)。同計画は、イラクのグランド・ファウ港からトルコを経由して欧州に抜けるため、コンセプトとして競合する部分が多く、PGII資金獲得の面でも競合する。

UAEは上述した協力覚書への署名に先立ち、同計画にも関与してきた。首都アブダビのアブダビ港湾公社(AD Ports Group)は覚書発表前の4月5日に、合弁パートナーのイラク港湾公社(GCPI)と予備契約を既に締結。合弁会社はイラク東部のグランド・ファウ港とその経済地帯の開発を担う。今回の契約は、両者間で2021年9月に締結した覚書に基づくものだ。グランド・ファウ港は将来的に国内最大規模の港湾施設となることが期待されており、同国の経済復興上、役割が大きいプロジェクトだ。

一方、サウジアラビアは1990年からの湾岸戦争後、隣国イランとの関係やイスラム教宗派の違いなどを理由に、イラクと距離を置いた関係を続け、2020年に北部国境をようやく開放したばかりだ。今後、中東地域の互恵的な関係づくりをしていく上で、サウジアラビア政府の同プロジェクトへの関与が注目される。

図:IMECとイラク開発道路計画
IMECのルートは、UAEドバイのジュベル・アリ港から陸路でサウジアラビア国境に接するグワイファト、サウジアラビア国内のハラド、リヤド、ヨルダン国境に接するハディーサ、ヨルダン内陸を通り、イスラエルのハイファ港を経て海路で欧州へつながる。イラン開発道路のルートは、UAEドバイのジュベル・アリ港から海路でカタール、イラクのグランド・ファウ港まで、その後陸路でバスラ、バグダッドを経てトルコ、欧州へつながる。

出所:各社ウェブサイトを基にジェトロ作成


注1:
主に開発途上国に対するインフラ支援の枠組みで、総額6,000億ドル規模。詳細は2024年6月17日付ビジネス短信参照
注2:
サウジアラビアとUAEは鉱物性燃料など(HSコード第27類)の輸出相手国別データの一部を公表していないため、輸出総額以外は輸入国側の輸入データを利用。
執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所長
秋山 士郎(あきやま しろう)
1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・アビジャン事務所長、日欧産業協力センター・ブリュッセル事務所代表、対日投資部対日投資課(調査・政策提言担当)、海外調査部欧州課、国際経済課、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長(調査担当)、海外調査部米州課長、海外調査企画課長などを経て2021年11月から現職。