地政学的影響を踏まえた中東・アフリカの物流動向紅海情勢悪化による物流への影響

2024年9月27日

中東・アフリカ地域には、アジアと欧州を結ぶ紅海やスエズ運河、石油海上輸送のチョークポイントであるホルムズ海峡といった、世界の物流の要衝が存在している。2023年10月に発生したハマスとイスラエルの武力衝突に端を発し、同年11月以降、イエメンの武装組織フーシ派は、紅海周辺を運航する船舶への攻撃を繰り返している。これを受け、船会社は、紅海・スエズ運河航路を回避し、南アフリカ共和国の喜望峰へ迂回する動きが拡大した。これにより、輸送日数の増加、海上運賃・保険料の上昇など、国際物流が混乱している。

本特集では、中東・北アフリカの日本企業や現地企業や物流関係者へのインタビューなどをもとに、地政学的な影響を踏まえた物流状況などについて解説する。なお、本稿では、世界の物流・サプライチェーンに影響を与えている紅海周辺における2023年11月以降の情勢変化について総括する(2024年9月17日現在)。

フーシ派による船舶攻撃と物流混乱

2023年10月7日、パレスチナ自治区のガザを実効支配するイスラム原理主義組織のハマスが、イスラエルに向けてロケット弾発射などの大規模攻撃を行った。これに対し、イスラエル国防軍は同日から軍事作戦を開始し、これまでハマス・イスラエル間の軍事衝突が続いている。

これを受け、イスラエルによるパレスチナへの攻撃を非難するイエメンの武装組織フーシ派は、バブ・エル・マンデブ海峡など紅海周辺を通過するイスラエルの船舶を標的に攻撃を行うことを宣言した。フーシ派による最初の攻撃は2023年11月19日で、インドに向かってイエメンのホデイダ沖付近を航行中だった自動車専用船「ギャラクシー・リーダー」を拿捕(だほ)した。同船舶は、英国Galaxy Maritimeから日本郵船が借り入れ、運航していた。

国際海事機関(IMO)によると、フーシ派からのミサイルやドローンによる商船への攻撃は、2023年11月(2件)から始まり、12月には14件となった(図1参照)。その後も、フーシ派は紅海を通航する商船などへの攻撃を繰り返し行っており、2024年9月に入っても続いている。この中には、攻撃が船に着弾しなかったケースや負傷者なしのケースもあるが、拿捕や沈没したケースも含まれる。

図1:フーシ派による攻撃事案の件数推移
フーシ派からのミサイルやドローンによる商船への攻撃は、2023年11月に2件、12月には14件となった。その後も継続して発生おり、2024年8月は10件、9月は9月11日時点では1件発生している。

注:2024年9月11日時点。
出所:IMO

喜望峰ルートの利用が増加

紅海ルートは国際貿易の重要な海上ルートだ。WTOによると、紅海を通過する貨物は、世界貿易の約15%に相当する。また、アジアの港と欧州や北アフリカの地中海の港を結ぶ紅海北端のエジプト政府が管理するスエズ運河は、世界貿易の約12%に相当する貨物が航行する。

一方、紅海での船舶攻撃を受けて、海運大手ドイツのハパックロイドやスイスのMSC、デンマークのマースク、フランスのCMA CGM、台湾のエバーグリーン、英国石油大手BPなどは紅海を通る経路を回避し、南アフリカ共和国の喜望峰回りなどへのルート変更を発表した。なお、中国などアジア系の海運会社は、紅海ルートを使うケースもあるという。

実際の通過船舶数を見ると、紅海ルート利用は大幅に減少し、喜望峰ルート利用は大幅に増加した。IMFと英国オックスフォード大学が共同で開発し、衛星からの情報を基に船舶データを提供する「ポートウォッチ(PortWatch)」のデータ(2024年8月時点)によると、スエズ運河を通航する船舶数は、月間平均2,200~2,300隻で推移していたが、2023年12月以降に急減し、2024年2月以降の6カ月間は1,000隻前後と、いずれも半数以下に減少している。一方、喜望峰を経由する船舶は2023年半ば以降急増しており、2024年2~7月の6カ月間の平均は月間2,530隻と、前年同期の平均(1,422隻)から8割近く増加している(図2参照)。

図2:スエズ運河および喜望峰を通航する船舶数推移(月次)
2019年1月~2024年8月
国際コンテナ航路上の主要な4つのチェックポイント((1)スエズ運河、(2)バブ・エル・マンデブ海峡、(3)喜望峰、(4)パナマ運河)を通過する船舶の数を、それぞれ2019年1月~2024年7月までの月次の推移で、4本の折れ線グラフで表示。(1)および(2)を通過する船舶数は2019年1~6月の1,500~2,000隻前後から、2,000年半ば以降は2,000~2,500隻の範囲へ、段階的に右肩上がりで増加。他方、2023年11月を境に急激に下降し、2024年3~7月は(1)が1000隻前後、(2)が800隻前後まで低下。(3)の喜望峰を通過する船舶数は、2019年以降、1,500隻前後で長期的に推移していたが、2023年11月を境に急増。2024年1月には2,000隻を超え、3月には2,500隻、5月には2,600隻を上回った。(4)のパナマ運河は、2019~2023年10月ごろまで1,000隻を少し上回る水準で推移していたが、2023年11~12月には平均800隻以下、2024年2月には700隻以下まで低下し、その後7月にかけて800隻前後へ回復。

注:各チェックポイントを通航する船舶数の日次データを月別に足し上げて集計。
出所:PortWatch(IMF and University of Oxford, Port Monitor)から作成

輸送日数が増加、輸送費は上昇

紅海ルート回避の動きは、世界の海上輸送価格に影響を及ぼしている。アジアと欧州の北部・地中海をつなぐ航路において、リードタイムの延長や、喜望峰ルートの需要増加により消費される燃料や輸送日数の増加によって運賃が高止まりしたほか、海上保険料の上昇などによる輸送コストの増加が発生した。

海上コンテナ運賃については、アジア発の欧州向け路線や北米向け路線が2023年12月以降に急騰。2024年前半にはいったん下降傾向を示したものの、5月に入って再び上昇に転じた(図3参照)。英国に本社を置く国際海運調査・コンサルタント会社ドゥルーリー(Drewry)が提供するワールドコンテナ指数によると、上海からオランダ・ロッテルダム向け、イタリア・ジェノバ向けの40フィートコンテナ輸送費は、2024年5月前半時点ではいずれも3,000ドル台だったが、6月後半に7,000ドルを超え、7月第3週(7月18日発表)にはそれぞれ8,267ドル、7,727ドルとなり、2024年に入ってからの最高値を記録した。一方で、8月には下落傾向となり、9月第1~2週には、アジア発欧州向け、米国向けの主要路線がいずれも急な下降を見せた。

なお、海上コンテナ運賃上昇の背景には、紅海情勢に加えて、パナマ運河における2023年8月以降の運航予約枠の削減措置の影響もあった。パナマでの降雨量不足に起因する措置であったが、2024年8月時点ではこの影響は緩和されつつある。その他、欧米主要市場での需要増加、コンテナ需給の逼迫などの影響もあるという。状況が日々変化するため、輸送費の動向について、最新情報を確認する必要がある。

図3:主要航路におけるコンテナ輸送費の推移
上海発の4つの国際コンテナ航路((1)ロッテルダム向け、(2)ジェノバ向け、(3)ロサンゼルス向け、(4)ニューヨーク向け)の40フィート輸送価格を、それぞれ折れ線グラフで表示。期間は2023年1月~2024年8月第2週まで。週次データで推移を表示。(1)については、2023年1~5月までは1500~2000ドル前後、6~7月は1300~1500ドル前後、8月は1600~1800ドル前後で推移。9月後半から10月は1,000ドル前後まで低下した後、11月後半より上昇。2024年1月に4,000ドルを突破、5月にかけていったん低下するも、6月以降再び上昇に転じ、6,000ドル台、7,000ドルを突破。7月には一気に8,000ドルを超える水準まで上昇。(2)~(4)の航路も概ね同様の動き。いずれも7月第3~4週にピークに達し、8月に入りやや低下。(4)ニューヨーク向けについては7月第3週に9,600ドルと1万ドルに迫るも、8月第2週に9,000ドルを下回る水準へ低下。

注:40フィートコンテナの輸送費。
出所:Drewry, Spot freight rates by major routeから作成 (2024年9月17日データ取得)

物流企業は陸路での代替ルートも模索

紅海ルートの代替経路として、陸路での代替輸送を検討する動きがある。ヤマトホールディングスは2024年5月1日から、東南アジア~欧州間をトラックと鉄道でつなぐ国際複合一貫輸送サービスの提供を開始した。同サービスでは、東南アジア~中国間をグループ会社であるオーバーランド・トータル・ロジスティクス・サービス(本社:マレーシア)のトラック輸送網、中国~欧州間をパートナー企業の鉄道輸送を利用することで、喜望峰ルートの海上輸送より短期間での陸路輸送が可能だとしている。加えて、郵船ロジスティクスも同年6月7日からベトナム~欧州間の国際鉄道輸送サービスの提供を開始した。同社は、ベトナム~中国間を結ぶ定期貨物列車「中越班列」と、中国と欧州を結ぶ「中欧班列」を利用することで、喜望峰ルートと比較して18日程度のリードタイム短縮を可能にすることが期待できるとしている。国際物流会社でも、陸路などで代替輸送サービスを提供する動きもある。

また、日系物流会社によると、サウジアラビアにおいては、紅海沿いのジッダ港に運ぶ貨物などは、代替として紅海を通らないダンマン港などでの荷揚げも行われるケースもあるという(2024年8月30日付ビジネス短信参照)。

そのほか、国際航空運送協会(IATA)によると、2024年上半期の世界の航空貨物量は前年同期比13.4%増となり、紅海情勢により航空貨物の需要が増加したという。なお、在トルコ物流企業へのヒアリングでも、フーシ派による攻撃が発生した直後の一時期は、航空輸送が増えたとの声もある(図4参照)。

図4:紅海と喜望峰ルート
世界の主要貨物ルートと主要な海峡などを地図で示す。アジアから欧州向けの紅海ルートと喜望峰周りのルートのほか、エジプトのスエズ運河、イエメンのバブ・エル・マンデブ海峡などを示す。

注:航路は一部。簡略化したイメージで掲載。
出所:海運会社ウェブサイト、各種報道、WTOなどからジェトロ作成

ガザにおける停戦合意に注目

フーシ派による商船への攻撃に対処するため、米国のロイド・オースティン国防長官は2023年12月18日、米国や英国などで構成される多国間安全保障イニシアチブ「繁栄の守護者作戦」の創設を発表した。同作戦は、紅海やアデン湾での共同パトロールやフーシ派の拠点への攻撃を通じて、紅海海運の安全確保を目指している。

一方、フーシ派による紅海での船舶攻撃は継続している。さらに、フーシ派はイスラエルによるガザ地区への攻撃を非難しており、2024年7月19日および、9月15日にもイスラエル国土を直接攻撃している。

今後の状況については、ガザ地区での停戦合意に注目が集まる。停戦合意に至らなければ、紅海などでの船舶の攻撃が続く可能性が高い。

停戦について、国連安全保障理事会でガザ停戦協定案支持の決議が2024年6月10日に採択されたほか、米国、カタール、エジプトなどが停戦合意の仲介を行っている。しかし、2024年9月時点では合意に至っていない。なお、世界保健機関(WHO)などが主導し、8月から9月にかけてガザ地域を地区ごとに分けて、子供向けポリオワクチン接種のための戦闘の一時休止が行われた。ガザでは民間人に大きな被害が出ていることから、国際的にイスラエルへの批判が強まるほか、イスラエル国内でも人質解放や停戦合意を求める大規模なデモやゼネストが起こっている。

このほか、状況を読み解くためには、地域全体の動きについても注目する必要がある。イエメンのフーシ派は親イラン組織としても知られており、緊張関係にあるイスラエルとイランの関係についても特に留意が必要だ。2024年4月にはシリアのダマスカスでのイラン大使館領事部への爆撃、7月にはイラン国内でのハマス政治局長の殺害などの事件が発生した。イランはこれらの事件についてイスラエルが行ったと主張し、4月には大量の無人機やミサイルでイスラエルに対し報復攻撃を行った。

地政学的な影響を引き続き注視

近年、中東・北アフリカでは、経済成長や人口増加もあり、海上貨物取扱量は増加傾向であった。また、2023年の日本から中東向けの自動車輸出が過去最高となった。日本企業にとっても重要な市場として注目が集まる。一方、地域情勢の悪化もあり、今後、国際貿易や中東でのビジネスをするにあたっては、中東の地政学的な影響について、引き続き注視する必要がある。

前述のとおり、海上貨物は喜望峰周りの迂回ルートのほか、陸送や空輸など代替ルートなどを使うケースもある。

また、イスラエルとハマスの衝突に関する詳細および最新の情報については、ジェトロ短信特集「イスラエルとハマスの衝突に関する動き、各国の反応」を参照。

国際物流に関する詳細および最新の情報については、「国際物流の混乱と企業の対応状況」を参照。

執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課 リサーチマネージャー
久保田 夏帆(くぼた かほ)
2018年、ジェトロ入構。サービス産業部サービス産業課、サービス産業部商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部ECビジネス課、ジェトロ北海道を経て2022年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課 課長代理
井澤 壌士(いざわ じょうじ)
2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課、ジェトロ北海道、ジェトロ・カイロ事務所を経て、現職。中東・アフリカ地域の調査・情報提供を担当。