2024年のアジア大洋州におけるEVの動向国内生産が進むEV産業(インドネシア)
サプライチェーンに広がる高付加価値化の流れ

2024年10月3日

インドネシアの2024年上半期の自動車販売台数は40万8,013台となり、インドネシア自動車製造者協会(ガイキンド)が当初に掲げた年間110万台の目標到達が危ぶまれている。一方、バッテリー式電気自動車(BEV)、ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)を含む低炭素排出車(Law Carbon Emission Vehicle: LCEV)の販売は堅調に推移している。政府が2035年に年間100万台の国内生産を目標とするLCEVについては、国産化推進政策などの後押しもあり、特に中国勢を筆頭にBEVの新規生産の開始が相次いでいる。

着実に増加するLCEVの国内販売

インドネシアにおけるLCEVの普及は近年、拡大傾向にある。2021年のLCEVの国内販売台数は3,195台で自動車の販売台数に占めるシェアが0.4%に過ぎなかったのに対して、2022年は1.5%、2023年には6.9%と上昇した(表1参照)。2024年上半期(1~6月)は販売台数が3万6,713台で、自動車の販売台数に占めるシェアは9.0%まで高まっている。

日系自動車メーカーが強みを持つHVの販売台数は、2021年時点で2,475台、シェアが0.3%であったが、2024年上半期時点では2万4,770台、シェアは6.1%にまで上昇した。HVのシェア上昇の背景には、トヨタ自動車や三菱自動車といった日系自動車メーカーが2022年から現地生産を開始したことから、BEVと比べ安価なことなどがあるとみられる(2024年7月3日付地域・分析レポート参照)。BEVに目を移すと、2021年の販売台数は588台だったが、2023年の販売台数は1万7,062台へと増加した。BEVの2024年上半期の販売台数は1万1,940台で、既に2023年の販売実績の70%に達している。

表1:自動車販売台数の燃料別比率(単位:%)
燃料別 2021年 2022年 2023年 2024年
上半期
ガソリン車 77.7 76.6 73.8 71.8
ディーゼル車 22.0 21.9 19.3 19.2
LCEV 0.4 1.5 6.9 9.0

出所:ガイキンド

BEVの販売では、中国、韓国をはじめとする非日系自動車メーカーの存在感が増している。2022年から2024年上半期までのBEVの販売台数の合計の国別シェアを見ると、中国が66.7%で首位、次いで韓国(26.5%)、ドイツ(3.9%)、日本(2.6%)、フランス(0.3%)となった(表2参照)。

表2:国別BEV販売台数(2022年~2024年上半期)(単位:台、%)
国名 販売台数 割合
中国 26,231 66.7
韓国 10,423 26.5
ドイツ 1,515 3.9
日本 1,029 2.6
フランス 131 0.3
合計 39,329 100.0

出所:ガイキンド

政府がBEV販売促進の優遇策を導入

着実に販売台数が増加しているインドネシアのBEV市場において、販売促進を目的とした政府の税制優遇策が後押しする。インドネシア財務省は2024年2月、国内におけるBEVの販売奨励を目的として、付加価値税率の引き下げ(通常11%が1%に)、奢侈(しゃし)品販売税(通常15%)の免除、輸入関税の免除という3つの優遇措置を発表した(2024年3月5日付ビジネス短信参照)。付加価値税の減免を受けるための要件として、国産化率(TKDN、注)40%以上を満たす必要があり、2024年7月末時点では現代自動車(韓国)の「アイオニック5」と上汽通用五菱汽車(ウーリン、中国)の「エアEV」などが対象となる。その他にも、後述のとおりインドネシアにおけるBEVの現地生産化も進んでおり、2024年5月に現地生産を開始したNETA(中国)なども要件を満たすとされる。また、「大統領令2019年第55号」の改正令である「大統領令2023年第79号」により、一定の要件を満たしたBEVおよびBEVの部品の輸入にかかる輸入税や奢侈税を2025年末まで免除する措置も既に導入されており、間接的に消費者の購入価格を押し下げる効果があるとみられる(2023年12月25日付ビジネス短信参照)。一方、将来的な現地生産を確約することを条件に、BEVの輸入税などの免除を定めた同措置については、古くから現地生産に取り組んできた上汽通用五菱汽車は「(我々が順守してきた)規制よりも競合他社が緩やかな条件で優遇を受けられる状況は不公平である」として不満を表明している(2024年7月22日付「ビスニス」)。

伸長するBEVの国内生産

インドネシアでは2022年からBEVの本格的な現地生産が開始した(表3参照)。2022年時点では主に上汽通用五菱汽車、現代自動車のみであったが、2024年上半期時点で中国メーカー5社、韓国メーカー1社、日本メーカー1社が現地生産を行っている。

表3:メーカー別BEV生産台数(単位:台、%)(-は値なし)
国名 メーカー 2021年 2022年 2023年 2024年上半期
台数 台数 台数 台数 割合
中国 SGMW 8,422 7,423 8,633 59.2
チェリー 2,924 20.0
MG 660 4.5
SERES 135 80 0.5
DFSK 2 200 60 0.4
韓国 現代自動車 1,865 7,560 2,137 14.6
日本 三菱自動車 95 0.7
合計 10,289 15,318 14,589 100.0

出所:ガイキンド

インドネシア政府は2019年に自動車産業ロードマップで、LCEVの国内生産台数目標を120万台に設定(その後、政府目標は工業大臣規則2022年第6号により100万台に修正)したほか、同年にBEVの開発促進に関する大統領令2019年第55号を公布し、2025年までに四輪車の生産台数の20%をBEVにする方針を示している。そのほか、EV関連産業の促進やインセンティブの付与、充電インフラの整備などを規定している。さらにBEVのTKDNについても段階的に要求水準を高めており、特に2030年以降は80%以上と規定している(2023年12月25日付ビジネス短信参照)。インドネシア政府は、2060年までにカーボンニュートラル(CN)の達成を目標に掲げており、なかでも同戦略におけるエネルギーセクターの目標として「脱炭素化された電気を利用した効率的な交通機関システムや電動車の開発」に言及している。

このような政策的な後押しも背景に、2022年に現地生産を開始した現代自動車、上汽通用五菱汽車(SGMW)を皮切りに、2023年は東風小康汽車(DFSK、中国)、奇瑞汽車(チェリー、中国)、SERES、2024年にはMG、哪吒汽車(NETA)などの中国、韓国のメーカーが現地生産を開始している(表4参照)。日本は三菱自動車が2023年12月、商用車「L100EV」のCKD生産を開始した。また、この他にも、シトロエン(フランス)やビンファスト(ベトナム)が生産工場を建設しているほか、中国の大手自動車メーカーである比亜迪(BYD)も2026年初めの稼働を目標に生産工場の建設を進めている。

表4:インドネシアにおけるBEVの現地生産開始時期(主なもの)(-は項目なし)
国名 メーカー 生産開始時期 生産状況
韓国 現代自動車 2022年3月 生産開始済
中国 SGMW 2022年8月 生産開始済
中国 DFSK 2023年2月 生産開始済
中国 チェリー 2023年12月 生産開始済
中国 SERES 2023年12月 生産開始済
日本 三菱自動車 2023年12月 生産開始済
中国 MG 2024年2月 生産開始済
中国 NETA 2024年5月 生産開始済
フランス シトロエン 生産開始予定(2024年7月)
※執筆時点で未開始
インドネシア VKTRテクノロギ・モビリタス 生産開始予定(2024年9月完工予定)
中国 AION 生産開始予定(2025年初め)
ベトナム ビンファスト 生産開始予定(2025年第4四半期)
中国 BYD 生産開始予定(2026年初め)
中国 ジーリー 現地生産検討中
ドイツ BMW 現地生産検討中

出所:各種報道からジェトロ作成(2024年7月末時点)

EV用バッテリーの国内生産の動きも加速

インドネシア政府は、BEVの生産だけでなく、BEVの生産に関わるサプライチェーン全体の現地生産化を推し進めている。インドネシアは豊富な資源を抱え、特にBEVの車載電池にも使用されるニッケルの埋蔵量は世界最大を誇る。近年はウクライナ危機を背景とした資源価格の高まりにより、2024年6月末時点で51カ月連続の貿易黒字を達成している一方、以前から一次産品そのものを輸出するのではなく、自国内で付加価値を付ける必要性が政府によりうたわれている。こうした背景のもと、政府は鉱物資源の「高付加価値化」政策を推進しており、2020年に未加工の状態でのニッケル鉱石の輸出を禁止した。政府の輸出禁止政策をきっかけに、中国企業をはじめとした外資企業がインドネシアでの精錬所の建設に乗り出し、同時にニッケル・マンガン・コバルトを主成分とする電池を使用したBEV用車載電池の国産化の動きも進んでいる。

例えば、2024年7月、韓国の現代自動車とLGエナジーソリューションの合弁会社である「ヒュンダイLGインドネシア(HLI)グリーンパワー」は、リチウムイオンバッテリーセルの国内生産を開始した。バフリル・ラハダリア投資相(当時)は「鉱物の採掘から精練・精製、前駆体・カソードへの加工、バッテリーセルの生産の統合的なEVバッテリーエコシステムの構築を進める」としている。

EV普及に向けた課題

前述のとおり、インドネシアにおけるEVはBEVを中心に販売台数が増加している一方、その普及に向けた課題も指摘されている。1つ目は、BEVの販売価格だ。一般的にインドネシアにおける乗用車の売れ筋の価格帯は2億ルピア(約180万円、1ルピア=約0.009円)前後とされる。2023年に最も多く販売されたガソリン車であるホンダ(本田技研工業)の「ブリオ」は1億6,700万ルピアから2億5,300万ルピアであるほか、トヨタ自動車の「カリヤ」は1億6,700万ルピアから1億9,000万ルピア程度の価格帯に収まる。一方、BEVは、中国メーカーの車種を中心に低価格化が進んでいるものの、現地生産されている車種の価格を見ると、現代自動車の「アイオニック5」は7億1,300万ルピアから9億ルピア、上汽通用五菱汽車が販売する小型タイプのBEV「エアEV」も2億ルピアから3億ルピアと売れ筋の価格帯を上回る。

2つ目に、充電インフラの脆弱(ぜいじゃく)性が挙げられる。コンサルティング会社PwC Indonesiaがインドネシアの消費者を対象に実施したアンケート調査「Indonesia Electric Vehicle Consumer Survey 2023PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.1MB)」によれば、電気自動車(EV)の購入を躊躇(ちゅうちょ)する理由として、「充電ステーションへのアクセスが困難である」との回答が最も多かった。とりわけ、首都圏とそれ以外の地方都市を比較すると整備状況に差がある。エネルギー・鉱物資源省のデータによれば、2023年末時点でジャカルタ首都特別州には258カ所、西ジャワ州には211カ所のEV充電ステーション(SPKLU)が設置されている(表5参照)。ジャカルタ首都特別州では、2022年に施行された州知事令(第1053号)により、州営公共交通システム「トランスジャカルタ」に対して、同社が運行する1万台以上のバスを2030年までに電動バスへ切り替える義務を課した。このことも、ジャカルタ特別州内での充電ステーションの増加を後押ししていると見られる。一方で、ジャカルタ首都特別州と西ジャワ州で全体の半数を占めていることから、ジャワ島の他の州やジャワ島以外の地域でも整備が急がれる。

表5:EV充電ステーションの数(2023年末時点) (単位:台、%)(-は値なし)
州・地域名 設置数 割合
インドネシア全体 932
ジャカルタ首都特別州 258 27.7
西ジャワ州 211 22.6
東ジャワ州、バリ州、ヌサ・トゥンガラ 179 19.2
スマトラ 78 8.4
中部ジャワ州-ジョグジャカルタ特別州 74 7.9
スラウェシ、カリマンタン、マルク、パプア 65 7.0
バンテン州 46 4.9

出所:エネルギー・鉱物資源省

現在、政府が東カリマンタン州で建設を進める新首都「ヌサンタラ」でも、国内タクシー最大手のブルーバードが2023年12月、新首都で電気バスを利用した高速バス輸送(BRT)システムやEVタクシーの運行など環境に配慮した公共交通の開発に2,500億ルピア(約22億5,000万円)を投資する計画を発表している。また、日本が強みとするHVに対する優遇措置導入の有無にも業界関係者の関心が寄せられていたが、2024年8月、同措置の導入見送りが決定された。EVサプライチェーン全体にわたる国内生産の今後の行方やHV、BEVを含めたEVの販売動向などインドネシア市場の展開に引き続き注目が集まる。


注:
TKDNの概要は2023年12月27日付地域・分析レポート参照。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
大滝 泰史(おおたき やすふみ)
2014年、ジェトロ入構。総務部広報課、アムステルダム事務所、福井貿易情報センターを経て、2021~2023年に経済産業省通商政策局経済連携課に出向。CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)の英国加入プロセスなどの日本のEPA/FTA(経済連携協定/自由貿易協定)交渉および利活用促進のための業務に従事。その後、調査部国際経済課を経て、2023年12月からジャカルタ事務所で広域調査員として勤務。