2024年のアジア大洋州におけるEVの動向ビンファストが年間3万台超のEVを納車、中国EVメーカーも参入(ベトナム)

2024年10月3日

ベトナムにおいて、2023年の自動車販売台数40万台前後のうち、バッテリー式電気自動車(BEV)の販売(納車)台数は3万台強と推測される。そのほとんどは、地場複合企業ビングループ傘下のビンファストが国内で生産した車両だ。ビンファストは2021年末のBEV販売(納車)開始以降、2年半の間にタクシー事業を開始したほか、充電ステーションを全国63省・市全てに設置するなど、独自にサービスやインフラ拡充を進めている。

さらに、ベトナムの電気自動車(EV)市場に中国の自動車大手が参入し始めている。比亜迪(BYD)は2024年7月から販売を開始し、さらに複数社が生産や販売を予定する。日系自動車メーカーのハイブリッド車(HEV)の販売拡大も進むなど、さまざまな動きが出ている。

本レポートでは、ベトナムEV市場に焦点を当て、直近の販売・生産動向や、充電ステーションなどのインフラ状況を解説する。

地場ビンファストは2023年に3万台超を納車

まずは、国内生産のBEVの生産・販売(納車)状況をみていきたい。ビンファストは2021年12月、ベトナムで初めてのEV販売を開始した。2022年7月にガソリン車の受注を停止し、EVに経営資源を集中させ、2024年7月時点で6モデルのBEVを販売している。同社は2017年の創業以来、赤字を計上し続けているが、資産額50億ドル以上とされるビングループ創業者兼会長でビンファスト社長を兼務するファム・ニャット・ブオン氏の豊富な資金力を基盤に、関連事業を含めて100億ドル以上の積極的な投資を実行している。ブオン氏は、資金が尽きるまで事業に取り組む強い意向を示している(ニャンザン紙2024年6月14日)。

ビンファストの2024年1~6月の全世界での納車台数は、前年同期比92%増の2万1,747台(同社公表)。2024年の納車目標を、2023年比の2.3倍に相当する8万台に設定し、市場の成長に合わせた生産・販売基盤強化を進めていく計画だ。

ただし、ベトナム国内の個人による購入状況は不明だ。同社の発表データは「納車」のみであり、国内販売実績などの詳細を公表していない。当地メディアは、同社の2023年の全世界での納車台数(3万4,855台)から、国内納車台数を約3万2,000台前後と推計するが、その多くはビングループ傘下のタクシー会社GSM(グリーン・スマート・モビリティー)向けとしている。GSMは、サインSM(Xanh SM)というブランドでタクシー事業を行う。ブオン氏が2023年に設立し、ビンファストから自動車3万台と電動バイク20万台を購入する契約を締結した(2023年3月30日付ビジネス短信参照)。同社は、ハノイ市やホーチミン市をはじめとする国内主要都市で事業を拡大している。タクシー事業での主な使用モデルは、ビンファストの「VF e34」や「VF5」などのクロスオーバー車だ。


ハノイ市内で充電中のサインSMのタクシー。モデルは「VF e34」(ジェトロ撮影)

個人向けには、2024年8月1日から納車を始めたミニSUV(スポーツ用多目的車)「VF3」で開拓を目指す。寸法は全長3,190ミリメートル(mm)、全幅1,679mm、全高1,652mm。バッテリーを除く車両価格は2億4,000万ドン(約141万6,000円、1円=約0.0059ドン)で、バッテリー付きは3億2,200万ドンだ。これまで同社のモデルで最も安価だったSUV「VF5」のほぼ半額にあたる。同社の発表によれば、5月13日から3日間限定の特別価格で予約注文を受け付けたところ、2万7,000件を超える予約があり、少なくとも2万台を2024年内に納車予定という。現地メディアは、ガソリンバイクからVF3に買い換えを検討する消費者の声を伝えており、都市部を中心とした需要の拡大が期待される。


2024年8月に納車が始まったビンファストの最新モデル・VF3(ジェトロ撮影)

ビンファストに続く現地生産の動きは限定的

ビンファスト以外に、ベトナムでの具体的なEV生産計画を公表している企業は2社ある。ヒュンダイ・タインコン・ベトナム(HTV、韓国の現代自動車と地場のタインコングループの合弁会社)と、地場のTMTモーターズだ。2023年に、それぞれベトナムでのBEV生産・販売を発表した(2023年8月9日付ビジネス短信参照)が、両社のその後の情報公開を見る限り、進捗は限定的だ。HTVは、2024年7月時点では、生産・販売を発表した「アイオニック5(IONIQ 5)」のベトナムでの納車状況、他国への輸出状況を公表していない。TMTモーターズは、中国・上汽通用五菱汽車(SGMW)の「五菱・宏光ミニEV」をベトナム国内で製造し、2023年6月末に発売した。2億ドン前半からという比較的安価な価格設定だったが、2023年の販売台数は591台で、当初目標の1割ほどにとどまった。小型EVとして現地メディアが比較対象に挙げる、後発のビンファスト「VF3」は2万7,000件余りの予約を受け付けており、販売台数では大きく逆転されそうだ。

ベトナム政府は、2040年に内燃機関車の国内生産と輸入を停止する野心的な目標を掲げる。一方、現状のEV推進政策は、EV購入時の特別消費税と自動車登録料の減免措置に限られ、自動車メーカー向けの生産設備やインフラ整備などを補助する具体的な政策はない(2023年4月25日付地域・分析レポート「ベトナム自動車産業は市場拡大に期待、EVや裾野政策は手探り続く」参照)。EVシフトを推進するには、購入時のメリットだけではなく、生産サイドやインフラへの支援が不可欠で、EVを生産するメリットを見いだせるだけの環境が整わないと、ビンファストに続いて積極的な投資をする企業の参入は現れにくそうだ。

中国EVが販売参入、競争激化

輸入BEVの販売状況をみると、2022~2023年は、都市部の富裕層にターゲットを絞った販売が多くみられた。BMW、アウディ、メルセデス・ベンツなどのドイツの自動車メーカーが相次いで参入し、販売価格が30億~50億ドン台の高級車の販売を展開した。2024年は、中国のEV大手が相次いでベトナム市場への参入を表明している。ガソリン車が9割を占めるベトナムの自動車市場で、EVがどれだけのシェアを獲得していくか、注目を集める。

中国のEV最大手BYDは、7月18日にベトナムでBEVの販売を開始した。販売モデルは、小型ハッチバックの「ドルフィン(Dolphin)」、SUVの「アットー3(ATTO 3)」、セダンの「シール(Seal)」の3モデルで、価格はドルフィンが6億5,900万ドン、アットー3が7億6,600万ドンから、シールが11億1,900万ドンからとなっている。アットー3の価格は、ボディのサイズが近いビンファストのVF6やVF7とほぼ同等だ。


ハノイ市東部のBYDショールームに展示される「シール(Seal)」(ジェトロ撮影)

BYDショールーム敷地内に設置された120kWの急速充電器(ジェトロ撮影)

在ハノイのBYD関係者によれば、現在の車両は中国から輸入しているが、将来的には、関税がかからないタイの新工場(注)からの輸入に切り替え、収益拡大を図る計画だという。また、今のところベトナム北部で車両を購入するのは、バクニン省、フート省、ハイズオン省などに進出する中国企業が主であるが、海外でBYDの車に乗った経験があるベトナム人の個人購入者も少数ながらみられるようだ。同関係者は、「ベトナムでは、中国企業の製品を避ける傾向があるが、先行するビンファストの事業展開により、EVは生活に定着しつつあるので、2~3年かけて市場を開拓したい」と期待を寄せる。BYDは2024年7月18日時点で国内に36の販売代理店があり、2024年内に50店、2025年までに70店まで拡大する計画だ。

そのほか、現地メディアは、広汽埃安(AION)と奇瑞汽車(チェリーオート)が輸入車を2024年内に販売開始する、と報じている。AIONはBEVを3モデル販売する予定で、チェリーオートはBEV、プラグインハイブリッド車(PHEV)、ガソリン車の計4モデルを販売する予定だ。さらにチェリーオートは、不動産開発などを行う地場企業ゲレシムコグループとの合弁で、北部タイビン省に自動車工場の建設も計画中だ。2024年7~9月に着工し、2026年1~3月に第1期の完工を予定する。

2024年上半期(1~6月)の完成車(ガソリン車を含む)の輸入台数をみると、中国からの輸入は前年同期比2.5倍に達する(表1参照)。ガソリン車も含む統計のため単純な比較はできないが、他国と比べ突出した伸び率であることから、販売やプロモーションのため、中国で製造したEVの輸入を進めている可能性がある。

表1:各国からの完成車輸入台数の推移(単位:台、%)(△はマイナス値)
国・地域名 2021年 2022年 2023年 2023年
1~6月
2024年
1~6月
前年同期比
インドネシア 44,250 72,671 42,676 25,977 32,797 26.3
タイ 80,903 72,003 53,942 32,373 23,736 △ 26.7
中国 22,595 17,333 11,002 5,845 14,729 152.0
日本 3,175 2,408 3,436 1,837 1,377 △ 25.0
米国 1,628 2,462 2,429 1,679 430 △ 74.4
合計 159,879 173,740 118,942 70,924 74,585 5.2

注:合計はその他の国・地域も含む。
出所:ベトナム税関総局

ハイブリッド車の販売はトヨタが先導

ビンファストや中国系メーカーがBEVを中心に攻勢をかける一方、日系自動車メーカーのトヨタ、スズキ、ホンダは、ハイブリッド車(HEV)の販売拡大に取り組む。ベトナム自動車工業会(VAMA)によると、2024年1~6月のVAMA加盟企業による乗用車販売台数8万6,615台のうち、HEV販売台数は3,448台で、そのほとんどが日系メーカーの車両だった(表2参照)。

表2:主要メーカー別の乗用車・ハイブリッド車(HEV)販売台数(2024年1~6月)(単位:台)(-は記載なし)
メーカー名 販売
台数
うちHEV 販売するHEVのモデル(ボディタイプ)
トヨタ 21,762 1,682 イノーバクロス(MPV)、カローラクロス(SUV)、ヤリスクロス(MPV)、カムリ(セダン)、カローラ(セダン)、アルファード(MPV)
スズキ 3,344 1,181 エルティガ(MPV)
ホンダ 10,481 535 CR-V(SUV)
タコ・起亜(注1) 14,007 50 ニューソレント(SUV)
合計(注2) 86,615 3,448

注1:プラグインハイブリッド車(PHEV)も含む。
注2:その他のVAMA加盟企業を含む乗用車の販売台数。VAMA公表外(ヒュンダイ・タインコン、ビンファスト)の販売台数は含まれない。
出所:ベトナム自動車工業会(VAMA)を基にジェトロ作成

VAMAによるHEVの販売実績の公表は2024年1月から始まったため、前年との比較はできないが、メーカー別ではトヨタが1,682台で販売台数の半数近くを占めた。モデル別では、スズキの7人乗りMPV(多目的車)「エルティガ」が1,181台、トヨタの7人乗りMPV「イノーバクロス」が899台だった。HEVの販売拡大に最も注力するトヨタは、2024年7月時点で6モデルを展開する。最初にHEVを発売した2020年8月から2024年6月までの4年弱の累計販売台数は1万台に達したと推計される。

2024年6月には、トヨタとタクシー大手アイン・ズオン・ベトナム(ビナサン)が戦略的提携を発表し、ビナサンはベトナムのタクシー会社として初めてHEVを導入することになった。2024年に806台、2025年までに計2,000台のHEVを購入する予定だ。ビナサンによれば、従来のガソリン車と比較して燃料消費を最大50%抑えることができ、充電の時間や場所を考慮せず効率的に操業できる点が、HEV導入の決め手になったという。

ビンファストは充電ステーションを全63省・市に設置

EVの普及にとって重要な課題である充電インフラの整備は、ビンファストが先んじて取り組みを進めており、他社が追従する構図だ。ビンファストは2023年までに、独自で全国63省・市すべてに充電ステーションを設置した。高速道路や国道沿いなど主要な道路をカバーするほか、自社グループの商業施設や住宅なども立地として活用したものとみられる。充電規格は欧州と同じで、交流(AC)がタイプ2、直流(DC)がCCS2だ。充電ステーションは、最大11キロワット(kW)のAC充電器、150kWのDC急速充電器、300kWの超急速充電器など7タイプを展開しており、各ステーションの住所や営業状況、設置される充電器の種類はウェブサイトで検索できる。筆者が2024年夏に首都ハノイ市から車で5時間の山岳地域・ラオカイ省に行った際には、サインSMのタクシーが早朝のラオカイ駅前や、観光地サパの夜の街中を走行していた。ウェブサイト上で稼働中の同省内のステーションは、2024年7月現在、約20カ所確認できた。充電インフラの普及に伴い、サービスが地方にも広がりつつある状況と言えそうだ。

また、2024年3月には、ビングループのブオン氏がV-グリーン(V-Green Global Charging Station Development Company)の設立を発表した。同社は、充電ステーションの保守・運用を行うと同時に、今後2年でさらに10兆ドンを投じ、充電ステーションのシステム構築などを行う計画だ。V-グリーン設立時のビングループの発表によると、ビンファスト以外の車両の設備利用受け入れは最低でも5年後とみられ、当面は自社車両に限定したサービス提供を続けることで普及を後押しする。このため、充電規格にかかわらず、ビンファスト以外のEVメーカーは、別途、充電ソリューションを検討する必要がある。BYDは、充電インフラについて、欧州や韓国の各メーカーやそのディーラー、EVワンなどサードパーティで充電ステーションを展開する地場企業などとの連携を進める計画だ。

他方、ビンファストも、外資企業やスタートアップとの連携により、新規事業や新技術の開発を推進している。たとえば、中国系のEV用バッテリーメーカーのゴーションとの合弁事業で中部ハティン省のバッテリー工場建設に着手しており、ドイツの半導体大手インフィニオンから半導体コンポ―ネントの技術サポートの提供を受け、新技術の開発に取り組んでいる。日本企業との協業では、ルネサスから自動車向け各種半導体や車載用アプリケーション開発サポートの提供を受け、丸紅とは使用済みバッテリーの二次利用などの事業創出で提携する。また、2023年には、ジェトロや経済産業省などが開催したイベントに登壇し、使用済みバッテリーの再生に関する事業提案をスタートアップなどから募集した(2023年9月4日付ビジネス短信参照)。ソリューションの導入などを積極的に模索する姿勢が、スピード感のある事業展開を実現する要因の1つといえそうだ。

ビンファストは充電インフラの囲い込みを行い、生産・販売も含めた事業強化を図るが、現状のベトナムの自動車市場はガソリン車が大半を占める。脱炭素のコンセンサスがあるものの、政府の方針が不透明で、EV市場が順調に拡大していくかどうか、予断を許さない。そのような状況の中で、政策の方向性やその実現可能性、各社の動向などを注視しながら、事業機会を模索する必要がある。


注:
BYDのタイ工場は2024年7月に完成した(2024年7月8日付ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所 ディレクター
萩原 遼太朗(はぎわら りょうたろう)
2012年、ジェトロ入構。サービス産業部、ジェトロ三重、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、対日投資部プロジェクト・マネージャー(J-Bridge班)を経て現職。