分断と協調-岐路に立つ国際ビジネス対中関係が深化、米国の警戒に配慮する微妙な立場に(メキシコ)

2024年9月9日

メキシコと中国の経済関係が緊密化している。従来、中国はメキシコの製造業にとって電子部品や機械設備・金型などの重要な調達先で、輸入相手国としては常に上位に位置してきた。しかし、ここ数年は輸入品目が多様化する傾向にある。さらに、2020年以降、中国企業の製造業のメキシコ進出が目立つようになった。北東部を中心に、中国企業の対米輸出製造拠点としてメキシコの活用が進んでいる。

この動きに対し、メキシコを経由して中国製品が米国市場に流入することを警戒する声が、米国の連邦政府や上下院議員、産業界などから上がるようになった。そのため、メキシコ政府も米国の意向にある程度配慮する必要が出ている。特に、2026年には米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を見直し予定だ。その中で、電気自動車(EV)やEV用バッテリー、半導体など戦略品目を中心に、中国製品を排除する方向で協定が改定される可能性もある。

自動車などのメキシコ向け輸出が急増

中国の通関統計によると、2023年の中国の対メキシコ輸出額は、818億6,500万ドルに達した(前年比5.7%増)。米国や日本、韓国など、多くの輸出先上位国・地域で軒並み減少したのとは対照的だ。輸出先として第11位、国・地域別構成比は10年前の1.3%から2.4%まで拡大した。過去10年間の年平均伸び率は10.9%。上位15カ国ではベトナム(11.3%)に次ぐ高い伸び率を示している(表1参照)。

表1:中国の仕向け国・地域別輸出額 (単位:100万ドル,%)(△はマイナス値)
国・地域名 2013年 2021年 2022年 2023年 伸び率(注)
金額 構成比 金額 金額 金額 構成比 前年比 年平均
米国 368,349 16.7 567,157 581,565 506,021 14.8 △ 13.0 3.2
香港 384,877 17.4 346,473 302,338 278,665 8.1 △ 7.8 △ 3.2
日本 149,912 6.8 164,626 173,096 158,091 4.6 △ 8.7 0.5
韓国 91,174 4.1 145,931 164,078 150,960 4.4 △ 8.0 5.2
ベトナム 48,598 2.2 136,186 147,635 141,872 4.1 △ 3.9 11.3
インド 48,446 2.2 96,367 118,769 118,632 3.5 △ 0.1 9.4
ロシア 49,608 2.2 67,197 76,265 111,443 3.3 46.1 8.4
ドイツ 67,349 3.0 114,101 116,212 101,098 3.0 △ 13.0 4.1
オランダ 60,318 2.7 101,454 117,680 100,682 2.9 △ 14.4 5.3
マレーシア 45,934 2.1 76,404 95,120 89,981 2.6 △ 5.4 7.0
メキシコ 28,970 1.3 66,924 77,460 81,865 2.4 5.7 10.9
シンガポール 45,611 2.1 54,070 82,005 79,562 2.3 △ 3.0 5.7
英国 50,939 2.3 85,410 81,594 78,854 2.3 △ 3.4 4.5
タイ 32,734 1.5 68,229 78,804 76,876 2.2 △ 2.5 8.9
オーストラリア 37,556 1.7 65,494 78,983 75,483 2.2 △ 4.4 7.2
その他 700,287 31.7 1,159,999 1,312,904 1,272,093 37.2 △ 3.1 6.2
全世界 2,210,662 100.0 3,316,022 3,604,507 3,422,176 100.0 △ 5.1 4.5

注:伸び率は前年比が2023年の対2022年比。年平均は過去10年間の年平均伸び率。
出所:World Trade Atlas

2023年に中国の対メキシコ輸出額の伸びが著しかった主な品目(注1)には、排気量1リットル(L)超1.5L以下のガソリン乗用車(54.19%増)、(2)テレビ(38.0%増)、(3)バス・トラック用新品タイヤ(29.1%増)、(4)リチウムイオンバッテリー(47.1%増)、(5)石油精製品(軽質油、約2.8倍)、(6)小型ガソリン・トラック(41.2%増)、(7)排気量1.5L超3L以下のガソリン乗用車(約2.1倍)、(8)プロセッサーおよびコントローラー(集積回路、28.7%増)、(9)プラスチック・ゴム成形用金型(36.8%増)、(10)バッテリー式電気自動車(BEV、約4.9倍)、(11)プレス用金型・ダイス・同部品(77.2%増)、(12)方向性電磁鋼板(35.5%増)、(13)排気量1L以下のガソリン乗用車(78.2%増)、(14)石油精製品(約4.6倍)、(15)その他の鉄鋼製構造物(53.1%増)、(16)金属製家具(49.5%増)、(17)自動車用ラジエーター(35.1%増)、(18)運動用・ジム用機器(38.2%増)、(19)トレーラーヘッド(約4.1倍)、(20)フォークリフト(約2.7倍)などがある。

メキシコにとって中国は、製造業で用いられる電子部品や機械設備、金型、工具、繊維、化学品などについては、以前から重要な調達先だ。2003年以降、米国に次ぐ第2位の輸入相手国になった。しかし近年は、プレゼンスが従来高くなかった品目の輸入も増えている。

例えば、メキシコの自動車販売市場で中国製自動車が目立つようになった。特に2022年以降は、ブラジル、米国、インド、日本などを上回っている。国立統計地理情報院(INEGI)によると、2023年の中国製自動車の販売台数は26万5,882台。実に前年比45.9%増だった。これに伴い、輸入車販売全体に占める構成比も伸びた(29.4%)。ブラジル(13.3%)、米国(11.8%)、インド(9.3%)、日本(9.1%)のシェアを大きく上回ったかたちだ(表2参照)。この背景には、米国系メーカーなどによる輸入・生産体制の変化がある(注2)。この流れに加え、MG(上海汽車傘下)、長安汽車(Changan)、北京汽車(BAIC)、江鈴汽車(JMC)、奇瑞汽車(Chery)など中国系メーカーが当地販売を本格化したことが、中国からの輸入急増の要因だ。

なお、完成車輸入以外の動きもある。中国の江淮汽車(JAC)がメキシコでセミノックダウン生産した自動車は2022年、前年比99.4%増を記録した(1万6,357台)。2023年も引き続き好調で、同28.8%増(2万1,067台)だった。

表2:メキシコの原産国別自動車(新車)輸入(単位:台,%)(△はマイナス値)
原産国 2021年 2022年 2023年
台数 台数 台数 構成比 伸び率
中国 79,810 182,253 265,882 29.4 45.9
ブラジル 80,460 99,075 120,727 13.3 21.9
米国 84,530 101,863 107,028 11.8 5.1
インド 104,604 67,279 84,262 9.3 25.2
日本 97,678 75,547 82,263 9.1 8.9
タイ 43,676 56,909 59,399 6.6 4.4
インドネシア 19,728 28,726 33,064 3.7 15.1
ドイツ 19,830 24,368 26,968 3.0 10.7
スペイン 25,576 13,920 25,785 2.8 85.2
カナダ 13,703 15,831 23,183 2.6 46.4
韓国 22,085 12,624 15,985 1.8 26.6
英国 10,085 7,924 9,539 1.1 20.4
アルゼンチン 10,384 11,696 9,522 1.1 △ 18.6
チェコ 5,905 9,692 9,238 1.0 △ 4.7
コロンビア 7,990 8,679 7,392 0.8 △ 14.8
フランス 4,500 4,200 6,201 0.7 47.6
ハンガリー 7,506 6,447 3,641 0.4 △ 43.5
ベルギー 1,586 2,685 3,389 0.4 26.2
スロバキア 1,935 1,110 2,002 0.2 80.4
ポーランド 356 718 1,904 0.2 165.2
スウェーデン 1,677 1,248 1,753 0.2 40.5
イタリア 1,480 1,780 1,582 0.2 △ 11.1
トルコ 1,034 2,294 1,572 0.2 △ 31.5
その他 1,327 1,147 1,653 0.2 44.1
合計 647,445 738,103 905,587 100.0 22.7

2023年の中国製自動車販売台数を企業別にみると、(1) GM、(2) MGモーター、(3)奇瑞汽車、(4)モーターネーション、(5)フォードと続いた(表3参照、注3)。(1)は、アベオなど中国で生産している小型車の輸入が多い。また(4)は、長安汽車、北京汽車、江鈴汽車の自動車を輸入販売している。

2024年(1~7月)も中国車の販売は伸びている。もっとも、中国ブランド同士のシェアの奪い合いも目立ってきた。そのため、(2) MGモーター(前年同期比3.8%減)、(3)奇瑞汽車(同25.9%減)などが、中国ブランドとして市場参入後初めて減少した。

さらに2024年に入ると、起亜(韓国)とボルボ(スウェーデン)が中国からの自動車輸入を開始した。そのほか、長城汽車も当地市場に新たに参入。また、モーターネーションが新たに東風小康汽車(DFSK)と賽力斯集団(Seres)の取り扱いを開始している。

表3:メキシコの企業別中国製自動車輸入販売(単位:台,%)(△はマイナス値、-は値なし)
企業名 2022年
1-12月
2023年
1-12月
2023年
1-7月
2024年
1-7月
台数 台数 構成比 伸び率 台数 台数 伸び率
GM 107,772 138,735 52.2 28.7 73,650 75,853 3.0
MGモーター 48,112 60,128 22.6 25.0 30,316 29,152 △ 3.8
奇瑞汽車(Chery) 8,670 38,484 14.5 343.9 22,403 16,604 △ 25.9
階層レベル2の項目Chireyブランド 7,669 27,155 10.2 254.1 15,916 12,803 △ 19.6
階層レベル2の項目Omodaブランド 1,001 11,329 4.3 1,031.8 6,487 3,801 △ 41.4
フォード 2,033 12,313 4.6 505.7 6,463 7,387 14.3
モーターネーション 5,847 8,460 3.2 184.8 4,885 5,361 9.7
階層レベル2の項目長安汽車(Changan) 5,180 7,312 2.8 41.2 4,470 3,590 △ 19.7
階層レベル2の項目江鈴汽車(JMC) 583 1,004 0.4 72.2 390 947 142.8
階層レベル2の項目北京汽車(BAIC) 84 144 0.1 71.4 25 512 1,948.0
階層レベル2の項目東風小康汽車(DFSK) 0 0 0.0 0 307
階層レベル2の項目賽力斯集団(Seres) 0 0 0.0 0 5
ステランティス 9,119 7,516 2.8 △ 17.6 4,457 3,861 △ 13.4
BMW 238 136 0.1 △ 42.9 67 72 7.5
プジョー 462 102 0.0 △ 77.9 7 273 3,800.0
ルノー 0 8 0.0 0 276
起亜自動車 0 0 0.0 0 14,987
長城汽車(Great Wall) 0 0 0.0 0 7,811
ボルボ 0 0 0.0 0 2,223
合計 182,253 265,882 100.0 45.9 142,248 163,860 15.2

注:大型バス・トラックを除く。
出所:国立統計地理情報院(INEGI)

北東部を中心に中国の投資が活性化

2001年の中国のWTO加盟以降、中国はメキシコにとって重要な輸入相手国になった。しかし、投資国としての中国のプレゼンスは、それほど高くなかった。

転機になったのは、2018年7月以降、米国が1974年通商法301条に基づく対中追加関税(301条関税)を課してからだ。最高で25%に及ぶ追加関税を回避する目的で、中国企業が当地に製造投資する動きが多くみられるようになった。この動きは新型コロナ禍以降、とりわけ顕著だ。

もっとも中国からの直接投資は、第三国の拠点を経由して行われることが多いとみられる。メキシコの対内直接投資統計では、直接出資した企業の国籍を基準に作成される。すなわち、第三国を経由した投資は当該第三国からの出資として計上される。そのため、中国からの対内直接投資額は統計上、あまり表れない。事実、2023年時点でも1億5,900万ドルと小さい(全体の0.4%、注4/フロー額、以下同様)。それでも、伸びは確認できる。2020~2023年(新型コロナ禍以降)の中国からの対内直接投資は年平均で2億8,000万ドル。2010~2019年平均(8,400万ドル)の3.3倍だった。

州政府の発表や報道などを通じた投資計画(第三国経由の投資も含む)の発表では、中国系企業の投資が目立つ。このことは、デロイト・メキシコが2023年3月に発表したレポート(注5)にも表れている。当該レポートは、外資系企業のニアショアリング(生産拠点を消費地の近隣国に移転すること)のコンセプトに基づいて2021~2022年に発表のあった投資計画53件を報道などからリストアップし、分析した結果だ。業種別にみると、自動車産業が最多で22件、家具6件、電気機器5件、電子機器4件、家電3件などとなっている。出資国・地域では、中国が19件で最多、米国8件、日本とドイツそれぞれ6件、台湾4件、イタリア3件と続く。中国系企業の業種は雑多だ(自動車産業5件、家具4件、電気機器3件、家電と建設機械それぞれ2件ずつ)。

中国系企業による投資計画の発表は、その後も相次いだ。メキシコ経済省の資料によると、2023年に発表された外資系企業すべての投資計画は378件、金額合計で約1,107憶ドルだった。そのうち、中国系企業の投資額(第三国経由含む)が131億9,000万ドルに達した。米国に次ぐ第2位で、12%を中国の投資計画が占めたことになる。2024年も、2月末までに合計15億8,550万ドルの中国企業の投資計画が発表されている。その後については、具体的な数字が発表されていない。しかし、民間投資計画(2024年1~7月期)について経済省が発表した資料(注6)で、中国を「メキシコへの直接投資額上位10カ国以外で対メキシコ投資に強い関心を示す国」として挙げた(フランスやポルトガルとあわせて紹介された)。

2021年以降に進出した具体的例としては、(1)浙江銀輪機械(Yinlun/自動車部品製造)、(2)蕪湖伯特利汽車安全系統(Bethel Automotive Safety Systems/同)、(3)上海龍達プラスチック科技(Longda Plastics/同)、(4)中信ダイカスタル(Citic Dicastal/同)、(5)ハイセンス(海信集団/家電)、(6)クーカ・ホーム(Kuka Home/家具)、(7)臨工機械集団(LGMG/建設機械)などがある。

メキシコ進出済みの日系企業は、大半が自動車産業分野だ。ジェトロが2024年2月に実施した進出日系企業へのヒアリングによると、「自社製品の競合相手として中国企業が台頭している」と認識している日系企業は、現時点で多くない。すなわち、日系自動車サプライチェーンに中国系企業が大きく入り込んでいるわけではなさそうだ。しかし、ニアショアリングの追い風で外資系企業の進出や生産拡張が続く中、「人材確保難の問題が顕在化し、中国系企業との間で人材獲得競争が起きている」旨、指摘する企業は多い(注7)。

米国でメキシコ経由の中国製品流入に警戒感

中国企業の対米輸出向け製造を視野に入れたメキシコ進出は今後も続くと考えられる。その一方で、中国企業によるEVのメキシコでの組み立てには、米国の政府や議会議員、業界団体などが目を光らせている。米国下院に設置された「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会(中国特別委員会)」は2023年11月、中国メーカーのEVが第三国を経由して米国に流入にすることに懸念を示す文書を米国通商代表部(USTR)宛てに発出した。また米国共和党の大統領候補のドナルド・トランプ氏は2024年3月、中国企業がメキシコで製造した自動車に100%の関税を課すと発言。民主党のジョー・バイデン政権も2024年5月、USTRに対して、1974年通商法301条に基づく対中追加関税(301条関税)の関税率を引き上げるよう指示した。鉄鋼・アルミニウム、半導体、EV、バッテリー、重要鉱物、太陽電池、船舶対陸上(STS)クレーン、医療製品などの戦略分野が、その対象になる。メキシコを経由した中国製品、米国市場への流入には、今後も厳しい監視の目が向けられるだろう。

米国政府が特に警戒するのがEVだ。この分野で当地製造を検討しているとされているのは、奇瑞汽車(Chery)、長城汽車(GWM)、比亜迪汽車(BYD)などだ。また車載用EVバッテリーについても、最大手の国寧徳時代新能源科技(CATL)が製造投資を検討していると報じられている。もっとも、報道後の具体的な動きは乏しい。とは言え、州政府関係者へのヒアリングによると、こうした企業は複数州でフィージビリティー調査(F/S)を進めているようだ。当面の構えとしては、メキシコ国内市場を狙うとみられる。その背景には、(1)米国内の対中警戒感や、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の厳格な原産地規則があるとみられる。

米国政府の圧力を受け、メキシコ政府も一定の対策を取らざるを得なくなっている。メキシコ政府は2023年8月15日、鉄鋼、アルミニウム、繊維、衣類、履物など392品目の一般関税率〔最恵国(MFN)待遇〕を、翌日から一時的に引き上げた(2025年7月末期限)。その目的としては、(1)世界的な鉄鋼の過剰生産が続いていることや、(2)新型コロナ禍で打撃を受けて回復しきれていない繊維・履物などの国内産業を保護することを挙げた。対象品目が最も多いのは、鉄鋼(HS72類)・同製品(HS73類)で、合計201品目。当該201品目については、関税率を25%まで引き上げている(2023年8月18日付ビジネス短信参照)。

この背景には、米国の議会・政府の圧力があるとみられている。米国鉄鋼議員連盟のエリック・A・クロフォード会長とフランク・J・ムルバン副会長は同年5月10日、ジーナ・レモンド米国商務長官とキャサリン・タイ米国通商代表部(USTR)代表に書簡を送付。「メキシコからの鉄鋼輸入の急増は鉄鋼・アルミ232条の国別除外に関する2019年の合意に違反している」「第三国からメキシコを経由した迂回輸入もみられる」などと指摘した上で、米国政府にメキシコ政府との早急な協議を要請した。これを受けて、USTRのジェイミー・ホワイト次席代表は8月10日、首都ワシントンでメキシコ経済省のアレハンドロ・エンシナス通商担当次官と会談。メキシコ政府に対策を促していた(USTRプレスリリース2023年8月10日付)。

メキシコ政府の対応は、さらに続く。2024年4月22日には、鉄鋼など544品目のMFN税率を翌日から一時的に引き上げた(2026年4月22日期限)。対象品目が最多なのはやはり、鉄鋼(HS72類)と同製品(HS73類)、合計226品目だった。226品目の関税率は最大で50%、平均で25~35%に上った(2024年4月25日付ビジネス短信参照)。

なおこれに先立っても、米国の動きがあった。米国政府は4月17日、中国の不公正な慣行から米国の鉄鋼と造船業界を保護するための新たな施策を発表していたのだ。その中には、メキシコから米国に輸入される鉄鋼・アルミに関し、「中国などによる関税回避を防止するためのメキシコとの協力」が盛り込まれた(2024年4月18日付ビジネス短信参照)。

USMCA見直しに影響する可能性も

2026年にはUSMCAの見直しを控えている。

この見直しプロセスは、USMCA第34.7条の規定を根拠にする。旧・北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉に当たり、当時のトランプ政権が新協定に有効期限を設けようとしたことに起因する。当初は、いわゆるサンセット条項を導入する目論見だった(5年の期限内に米国とメキシコ、カナダ3カ国が合意しない場合、協定が失効)。しかし交渉過程で、有効期限を16年に延長。さらに6年ごとの「ジョイントレビュー」を盛り込み、同レビューで3カ国が協定延長で合意した場合、そこから16年協定が延長される仕組みに変わった(注8)。

ジョイントレビュー会合では、各締約国が新たに提案を出し合うことができる(注9)。その際、米国から、中国からの迂回輸入の防止に向けて対策を強化する内容が盛り込まれる可能性がある。現時点で報じられる限り、具体的には(1) USMCAの特恵関税を享受するための原産地規則を強化すること、(2)中国企業がメキシコで生産した製品に限って特恵関税を否認すること、などが検討材料になるかもしれない。

しかし、USMCAの内容をそのような方向で改定するのは、(1)、(2)とも技術的に非常に困難とみられる。

(1)

原産地規則強化

自動車や鉄鋼などの分野で、USMCAの原産地規定は既に国際的にみて類を見ないほど厳格になっている。これ以上厳格化すると、事業者が特恵関税の利用をあきらめ、域内調達にこだわらずグローバルな観点から自由に競争力のある材料を調達する方向に進みかねない。米国のMFN税率がそれほど高くないためだ。実際、USMCAをあえて利用せず、MFN関税を支払って自由なサプライチェーンを構築している完成車メーカーが既に現存する。原産地規則の過度な厳格化は、域内調達推進の観点から逆効果になりかねない。
原産地に関しては、中国製品を多用した産品に特恵関税を適用することに懸念する指摘が根強い。この観点からすると、中国原産分だけを除けば良いということにはなる。しかし、自由貿易協定(FTA)で工業製品の原産性を判断する場合、加工工程基準(注10)を用いた場合を除き、使用材料が原産か非原産かが影響することになる。この際、非原産材料の中から中国製材料だけを差別することは、非常に難しい。WTOルール整合性の観点からも、大いに問題にされそうだ。

(2)

中国企業によるメキシコ生産品の排除

中国企業がメキシコで生産した製品に対して特恵関税の適用を禁止する案も、WTOルールとの整合性が問われる。
加えて、どのような基準の下で「中国企業」と判断するのかが難しい。メキシコの国内法(商事会社法)上、法に準拠して設立された法人は、外資系だったとしても立派なメキシコ企業だ。
中国企業の資本参加を判断基準にする場合、第三国を経由した間接出資をどう考えるのかも難題だ。また、何%以上の資本参加があると中国企業とみなすのかなど、新たに基準を設定することも必要になる。

メキシコにとって米国は、最重要の貿易相手国だ。それだけに、メキシコ政府も米国側の懸念に配慮して発言するようになっている。

これは、ロヘリオ・ラミレス・デ・ラ・オ大蔵公債相(注11)の発言からも読み取ることができる。同相は7月20日、USMCAに関連してサンルイスポトシ市で開催したイベントで、「中国からの輸入に依存する現状を打破するため、北米地域は消費量よりも多くを生産する必要がある」と語った。「米国と中国の間で、通商上や地政学的な緊張が増す中で、メキシコも自らの役割や仕事を遂行する。(過去に他国に移転した)産業を自国に回帰させる」とし、投資を誘致して国内生産を拡大する考えを示した。また、「メキシコも独自の見直しを行う必要がある。中国からの輸入は1,190億ドルに達する一方、対中輸出は110億ドルしかない」と、対中貿易赤字を問題視した。

ただし、このような保護主義的な考えに疑問を呈する声もある。イベロアメリカ大学のパブロ・コトラー経済学部教授は、大蔵公債相の発言を「米国にすり寄った保護主義的な演説」と批判した。教授としても、USMCAのルールを順守して定められた域内調達を満たすことや、国内産業をダンピングから保護する必要性は認めている。しかし、中国の部材が組み込まれた最終製品の価格を上昇させないよう、政府は配慮する必要があると主張した。また、中国との間で貿易赤字があるのは事実ながら、違法な貿易慣行を反映した結果とは必ずしも言えないとも指摘した。むしろ、対中輸入の多くが輸出製品に用いられる部品や原材料になっている現状を認識すべきという。「貿易赤字を不当なものと決めつけることは、米国のトランプ前大統領を思い起こさせる」とも述べ、経済政策を決める際に地政学が優先される情勢下で貿易赤字を問題視した発言は「危険」と、警鐘を鳴らした(「レフォルマ」紙2024年8月12日付)。


注1:
関税分類(HS)コード6桁レベルで輸出額が多い上位100品目を抽出し、伸び率を調べた。
注2:
ゼネラルモーターズ(GM)などは、国内市場向けに、中国、韓国、インドなどアジアから小型車を輸入するようになった。
なお、そうした企業のメキシコ工場では、米国市場で販売の主流になるスポーツ用多目的車(SUV)やピックアップトラックに生産を集約するようになっている。
注3:
中国最大のバッテリー電気自動車(BEV)メーカー、比亜迪汽車(BYD)は2023年からメキシコでEVの販売を開始済み。ただし、国立統計地理情報院(INEGI)に販売台数を届け出ていないため、表3に計上していない。
なお、米系EV専業メーカーのテスラも同様に、INEGIに販売台数を届け出ていない。
注4:
メキシコ経済省外国投資局発表データ(2024年3月31日時点確認分)。
注5:
Deloitte México (Galaz, Yamazaki, Ruiz Urquiza, S.C.)「Nearshoring en México, Marzo 2023」。
注6:
Secretaría de Economía「Anuncios Públicos de Inversión, 31 de julio de 2024」。
注7:
中国系企業の進出は従来、北東部国境州への進出が多かった(米国市場を視野に入れた結果と考えられる)。しかしここ数年は、中央高原バヒオ地域の工業団地でも、中国系企業の工場建設が目立つようになっている。日系企業が集積するグアナファト州やアグアスカリエンテス州などでも同様だ。
注8:
仮に1カ国でも延長に合意しなかった場合、その後毎年レビュー会合を開催。16年経過するまでに3カ国で合意できると、同時点から16年間協定が延長されることになっている。
注9:
協定第34.7条2項によると、会合の少なくとも1カ月前までに議題として提出する必要がある。
注10:
北米域内で特定の加工工程(例えば「化学反応」など)が行われた場合に、原産品と認める基準。この際、材料の原産性は問われない。
なお、この基準は化学品などに用いることが多い。
注11:
ラミレス・デ・ラ・オ氏は、2024年10月1日に発足するクラウディア・シェインバウム次期政権でも、大蔵公債相の続投が決まっている
執筆者紹介
ジェトロ調査部主任調査研究員
中畑 貴雄(なかはた たかお)
1998年、ジェトロ入構。貿易開発部、海外調査部中南米課、ジェトロ・メキシコ事務所、海外調査部米州課を経て、2018年3月からジェトロ・メキシコ事務所次長、2021年3月からジェトロ・メキシコ事務所長、2024年5月から現職。単著『メキシコ経済の基礎知識』、共著『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』『FTAガイドブック2014』など。