分断と協調-岐路に立つ国際ビジネス新領域に広がるサステナビリティ情報開示に備えを(世界)

2024年9月5日

直近の脱炭素や人権尊重など持続可能性(以下、サステナビリティ)に関連した世界の債券投資の伸びは、鈍化している。鈍化の要因には、世界経済の不確実性の高まり、金利上昇、グリーンウォッシュ(実態を伴わない環境訴求)への監視強化、欧米諸国を中心とした政治動向などが影響している。他方、企業はサステナビリティ推進に向け、政府、株主、金融機関、取引先、消費者などあらゆるステークホルダーからの圧力にさらされている。各方面から社会的な責任を果たすことが求められ、それを示すための情報開示への要求も高まっている。国際的な基準の適用が始まろうとする中、情報開示の対象領域を拡大する動きも見られる。本レポートでは、サステナビリティ関連投資の現状、情報開示に関する動きを概観する。

増勢弱まるサステナビリティ関連投資

「国連責任投資原則(PRI)」は。機関投資家に対し、投資先企業の持続可能性を考慮した責任ある投資行動を促す指針だ。PRIへの署名機関は、2020年ごろから急速に増加し、2023年には5,000社を超えた。2023年3月時点の日本の署名機関数は123機関に上る。国・地域別では、米国が1,076機関と首位で、英国およびアイルランド(858機関)、フランス(407機関)が続く。各国・地域における企業のサステナビリティ関連情報開示の義務化や欧米の金融当局が投資会社などによるグリーンウォッシュへの監視を強める中、主要な情報開示先の1つである投資家に対しても、より適切な投資判断が求められていくものと予想される。

他方、サステナビリティ関連の債券投資は、足元で伸び悩んでいるのが実情だ。気候債券イニシアチブ(Climate Bonds Initiative)によると、2023年のGSS(グリーン、ソーシャル、サステナビリティ〔注1〕)債券投資額は、8,488億ドルとなった(図参照)。世界的な金融引き締めが響いた前年(8,312億ドル)からは2.1%増加したが、過去最高額を記録した2021年(1兆41億ドル)と比較すると15.5%減となった。2023年のGSS債券投資のうち、グリーン債券が5,877億ドルと約7割を占めた。グリーン債券は前年比15.3%増と好調に伸び、2021年の5,939億ドルに迫った。対して、ソーシャル債券は7.0%減(1,533億ドル)、サステナビリティ債券は31.2%減(1,078億ドル)と全体の投資額を押し下げた。サステナビリティ債券の大幅な減少について、気候債券イニシアチブは「米国など一部市場で情報開示基準などの制度の明確化を待ったことで、発行が遅れた」ことが要因としている。

今後の債券投資の見通しでは、投資額を押し上げるプラス要因として、世界銀行やEUによる債券の発行計画、主要国・地域での利下げに伴う景気見通しの改善などが挙げられる。これに対して、マイナス要因としては、(1)世界経済の先行きの不透明感が目立つ中での投資意欲低下の可能性、(2)欧米主要国における選挙の結果に伴うサステナビリティ関連の政策転換への懸念、などが考えられる。

図:世界のGSS債券投資額の推移
世界のグリーン債券投資額は、2017年が1,600億ドル、2018年が1,729億ドル、2019年が2,744億ドル、2020年が3,054億ドル、2021年が5,939億ドル、2022年が5,096億ドル、2023年が5,877億ドル。ソーシャル債券投資額は、2017年が93億ドル、2018年が151億ドル、2019年が154億ドル、2020年が2,383億ドル、2021年が2,117億ドル、2022年が1,649億ドル、2023年が1,533億ドル。サステナビリティ債券投資額は、2017年が202億ドル、2018年が394億ドル、2019年が680億ドル、2020年が1,690億ドル、2021年が1,985億ドル、2022年が1,567億ドル、2023年が1,078億ドル。グリーン、ソーシャル、サステナビリティを合わせた世界のGSS債券投資額の前年比伸び率は、2017年が102.5%増、2018年が20.0%増、2019年が57.3%増、2020年gあ99.2%増、2021年が40.9%増、2022年が17.2%減、2023年が2.1%増。

注:サステナビリティは環境課題および社会的課題の双方に取り組む事業に要する資金を調達するために発効される債券。
出所:気候債券イニシアチブ

サステナビリティ関連情報開示の国際基準導入進む

企業に対するサステナビリティ関連情報開示の要請は、国際的な統一基準の策定や各国・地域での制度化を通じて、ますます強まっている。2023年6月には国際サステナビリティ基準審議会(ISSB、注2)が、国際的なサステナビリティ開示基準としてIFRS S1号(全般的要求事項)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(979KB) およびS2号(気候関連開示)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(962KB) を公表した。同基準では、2017年に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD、注3)が公表した「TCFD宣言」における推奨開示事項である「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」をベースとした開示を行うことを定めている。また、開示対象となる温室効果ガス(GHG)排出量には、GHGプロトコルが定めるスコープ1からスコープ3(注4)までの全てが含まれ、企業のサプライチェーン全体から発生する排出量の把握と開示が必要となる。同基準は、2024年1月1日以降に開示する年次報告期間から適用が可能となった。

ISSBによる基準の採用は各国・地域の判断に委ねられているが、2024年5月時点で21カ国・地域で導入を決定または検討している(表1参照)。ISSBによる基準をそのまま採用する国・地域がある一方で、EUや日本、中国など同基準と整合性を有する独自の基準を開発している国・地域もあり、導入の方策はさまざまだ。

表1:ISSB基準の導入を決定・検討中の国・地域
地域名 国・地域名
米州 ボリビア、ブラジル、カナダ、コスタリカ
アジア・オセアニア オーストラリア、バングラデシュ、中国、香港、日本、マレーシア、パキスタン、フィリピン、
シンガポール、韓国、スリランカ、台湾
欧州 EU、英国
中東・アフリカ ケニア、ナイジェリア、トルコ

注1:2024年5月28日時点。
注2:ISSB基準に依拠した国内基準を導入・導入検討している国・地域を含む。
出所:IFRS財団(2024年6月4日確認)

新領域に広がる情報開示ニーズ

ISSBは、2024年4月、新たにリスクおよび機会に関する開示を行うべきアジェンダとして、「生物多様性、生態系および生態系サービス」と「人的資本」の2分野を選定した。ISSBのエマニュエル・ファベール議長は、「生物多様性、生態系および生態系サービス、人的資本に関する情報開示に対しての投資家のニーズが著しく、また増大している」として、開示領域の拡大要求が高まっていることを指摘した。なお、現状ではIFRS S2号において、「淡水へのアクセスの低減、生物多様性の喪失、森林破壊および気候関連の社会的インパクトなどの明示されていない気候関連事項については、企業が一般目的財務報告書の利用者にとって重要性があると判断する場合には要求される」と記載がある。IFRS S2号では、飲料製造会社を例に挙げている。

ISSBのみならず、情報開示範囲は気候変動を起点に他領域への広がりを見せている。特に関心が高まっている領域の1つに、自然資本、生物多様性といった自然関連がある。気候変動に関してはパリ協定において国際的な目標として「1.5度目標(注5)」に合意しているのに対して、自然関連では「自然と共生する世界」を2050年のビジョンに据えた「昆明・モントリオール生物多様性枠組み外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(注6)において目標設定がされている。同枠組みは、2022年12月に採択され、2030年までの世界の短期目標として「生物多様性への脅威を減らす」「人々のニーズを満たす」「ツールと解決策」の3つの柱の下、23のグローバルターゲットが掲げられている。

自然関連の情報開示の動き

自然関連の情報開示に関する主なイニシアチブとしては、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)がある。TNFDは、昆明・モントリオール生物多様性枠組みの目標に沿って、TCFDとISSBに整合する形で、2023年9月に自然関連の財務情報について4つの柱と14の開示推奨項目を示した「TNFD提言外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を公表した(表2参照)。また、提言のほかにも、TNFDを始める際の手順や考慮事項を定めたものや開示を裏付けるための指標などをまとめた追加ガイダンス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを提供している。TNFDには、2024年6月30日時点で416社・機関が賛同しており、うち日本は114社・機関と最も多い。賛同企業・機関は、2024会計年度または2025会計年度までに、年次企業報告書においてTNFD提言に沿った開示を開始することを約束している。TNFDへの賛同企業・機関は、2024年1月時点では320社・機関であり、およそ半年で3割増えている。また、約1割にあたる42社が農林水産や食品・飲料に関連した企業であり、自然資本を活用したビジネスを行っている企業・機関が賛同している傾向があり、関心が高まっていることが分かる。

表2:TNFDの開示提言
4つの柱 開示提言
ガバナンス
  1. 自然関連の依存、インパクト、リスクと機会に関する取締役会の監督について説明する。
  2. 自然関連の依存、インパクト、リスクと機会の評価と管理における経営者の役割について説明する。
  3. 自然関連の依存、インパクト、リスクと機会に対する組織の評価と対応において、先住民族、地域社会、影響を受けるステークホルダー、その他のステークホルダーに関する組織の人権方針とエンゲージメント活動、および取締役会と経営陣による監督について説明する。
戦略
  1. 組織が特定した自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を短期、中期、長期ごとに説明する。
  2. 自然関連の依存、インパクト、リスクと機会が、組織のビジネスモデル、バリューチェーン、戦略、財務計画に与えたインパクト、および移行計画や分析について説明する。
  3. 自然関連のリスクと機会に対する組織の戦略のレジリエンスについて、さまざまなシナリオを考慮して説明する。
  4. 組織の直接操業において、および可能な場合は上流と下流のバリューチェーンにおいて、優先地域に関する基準を満たす資産および(または)活動がある地域を開示する。
リスクとインパクトの管理
  1. (i).直接操業における自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を特定し、評価し、優先順位付けするための組織のプロセスを説明する。
    (ii).上流と下流のバリューチェーンにおける自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を特定し、評価し、優先順位付けするための組織のプロセスを説明する。
  2. 自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を管理するための組織のプロセスを説明する。
  3. 自然関連リスクの特定、評価、管理のプロセスが、組織全体のリスク管理にどのように組み込まれているかについて説明する。
測定指標とターゲット
  1. 組織が戦略およびリスク管理プロセスに沿って、需要な自然関連リスクと機会を評価し、管理するために使用している測定指標を開示する。
  2. 自然に対する依存とインパクトを評価し、管理するために組織が使用している測定指標を開示する。
  3. 組織が自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を管理するために使用しているターゲットと目標、それらと照合した組織のパフォーマンスを記載する。

出所:TNFD提言(2023年9月)

TNFD以外にも非営利団体の国際イニシアチブにおける自然関連の情報開示の枠組みが整備されてきている。例えば、英国の非営利団体が運営する情報開示イニシアチブであるCDPは、企業に対して送付する質問書の中に、2024年から新たに生物多様性に関する質問を追加した。また、科学的根拠に基づいたGHG排出削減目標を設定するSBT(Science-based Targets)イニシアチブでは、自然資本版として「SBTs for nature」が開発され、2023年5月にガイダンスが公表されている。

国・地域レベルでは、EUにおいて2023年6月29日に発効した森林破壊防止のためのデューディリジェンスの義務化に関する規則(欧州森林破壊防止規則、EUDR)が注目される(2023年6月13日付2024年3月27日付ビジネス短信参照)。同規則は、牛(肉、皮)、カカオ豆(チョコレートを含む)、コーヒー豆、パーム油、大豆(大豆油を含む)、木材(燃料用木材、丸太、製材品、家具など)、ゴム(天然ゴム、タイヤなどのゴム製品)の7品目が対象。気候変動対策と生物多様性の保護を目的として、EU域内で販売またはEUから輸出する全ての事業者、貿易業者に対して、対象品目が森林破壊によって開発された農地で生産されていないこと(森林破壊フリー)を確認するデューディリジェンスの実施と報告を義務付ける(注7)。デューディリジェンス義務に違反した事業者に対しては、各加盟国が別途規定する罰則が科せられるため、該当する場合は早期の対応が必要となる。

サステナビリティに関連した情報開示へのニーズは、気候変動にとどまらず、新しい領域へ拡大している。今回取り上げた自然資本や生物多様性は、国際的なイニシアチブの取り組みも進む領域の1つだ。例えば、農産品や水産品の加工品、水資源を活用した製品といった自然由来の原料や環境に関連している場合には、今後、情報開示やデューディリジェンスの実施などが義務化される可能性も考えられる。自主的な取り組みへの参加など、規制に先んじて取り組める対策の検討や情報収集など、「転ばぬ先の杖(つえ)」の準備が重要だろう。


注1:
サステナビリティ債券とは、環境問題および社会課題の両方に関連する事業に要する資金を調達する手段として発行される債券。
注2:
国際財務報告基準(IFRS)財団が2021年3月に設立。
注3:
企業の気候関連情報開示の進捗に関する監視を行う責任を2024年からISSBに委譲し、解散。
注4:
GHGプロトコルによる基準では、事業者自らによるGHGの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)をスコープ1、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出をスコープ2、スコープ1および2以外の間接排出(事業者の活動に関する他社の排出)をスコープ3と定めている。
注5:
「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保ち、1.5度に抑える努力」をするという世界の長期目標。
注6:
1992年5月に採択された「生物多様性条約」の第15回締約国会議(COP15)において、2020年までの世界目標「愛知目標」に代わる新たな目標として採択。生物多様性条約には、2024年8月9日現在で世界168カ国・地域が署名済み。
注7:
規則は、2024年12月30日から大企業に、2025年6月30日から中小企業に適用される。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)、海外調査部アジア大洋州課、ジェトロ・クアラルンプール事務所を経て、2021年10月から現職。