分断と協調-岐路に立つ国際ビジネス世界の直接投資パターンに変化

2024年10月21日

昨今の世界の直接投資に生じる構造的変化を捉える上で、国連貿易開発会議(UNCTAD)が2024年4月に発表したレポート「世界経済の分断と投資パターンのシフトPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.3MB)」が参考になる。同レポートでは、過去20年間における世界の直接投資フローの分析を通じて、2023年時点の直接投資におけるトレンドを浮き彫りにした。技術の進歩や各国・地域の政策展開、そしてサステナビリティへの取り組みが原動力となり、企業のグローバリゼーションの形が変容していく中、世界の直接投資は、3つの重要な「相違」―(1)世界のGDP・貿易の増加に対する、直接投資の成長ペースの差異、(2)製造業とサービス業におけるセクター間の投資の格差、(3)中国向けと世界のその他地域向けの投資パターンにおける乖離―を生みながら変化してきた、と分析する。

本稿では、直近の世界の直接投資フローに起きている構造的変化を、直接投資の長期的停滞、製造業からサービス業へのシフト、地政学リスクを受けた地域的リバランスというUNCTADの3つの指摘に基づき読み解く。また、全体としては停滞局面にあるにもかかわらず、直接投資が伸びている産業や国・地域およびその要因、そして近年の地政学リスクの高まりを受け、各国が進める対内直接投資規制の厳格化が多国籍企業の直接投資に及ぼす影響について考察する。

世界の直接投資トレンドに変化

UNCTADは、前述のレポートにおいて、世界の直接投資の特徴を「10のトレンド」(参考参照)に分けて個別に解説している。それぞれが意味するところは、次のとおりである。トレンドの(1)では、個別の取引などによる変動を除く指標の「世界のFDI(直接外国投資)トレンド」(注1)に注目すると、1990年代、2000年代の直接投資の年平均成長率がそれぞれ16%、8%と高く、世界のGDPや世界の貿易額と同等の成長スピード、もしくはそれを上回るペースで増加を続けてきた。ところが、2010年代に入ると直接投資の年平均成長率は0%に急減速し、2020年代(新型コロナ禍後)の平均も2%にとどまっている。拡大を続ける世界のGDPや貿易額の拡大のスピードから大きく遅れをとるかたちで、世界の海外直接投資の伸び率は10年以上もの間、0%近傍での長期的な停滞に陥っている。

表1:世界の直接投資、貿易、GDPの年平均成長率
項目 1990年代 2000年代 2010年代 2020年代
(注)
世界の直接投資 16% 8% 0% 2%
世界の貿易 6% 9% 3% 8%
世界のGDP 4% 7% 3% 5%

注:2020年代は新型コロナ禍後を指す。
出所:UNCTAD“Global economic fracturing and shifting investment patterns”

参考:世界の直接投資の10のトレンド

(1)
世界の直接投資の長期的停滞
(2)
サービス業の比重の増大
(3)
製造業の脱グローバル化、オフショア化
(4)
製造業の上流(開発・設計)と下流(流通・販売)の投資拡大
(5)
地域間の業種別パターンの差が縮小
(6)
中国の直接投資受け入れの減少
(7)
揺らぐ従来の投資元・投資先の関係
(8)
地政学的立場に沿った分断
(9)
サステナビリティが新たな海外直接投資の推進力に
(10)
海外直接投資は一部の国・地域に集中、取り残される新興・途上国

出所:UNCTAD“Global economic fracturing and shifting investment patterns”

トレンドの(2)以降は、新規に発表されたグリーンフィールド投資件数を基にUNCTADがトレンドを整理している。(2)では、停滞局面においても、業種別に見ると、サービス業に対する世界の直接投資は相対的に活発であり、FDIに占めるサービス業の割合が高まっている。一方、対照的に、(3)では、製造業に関連する直接投資は低調である。新型コロナ禍後の2020~2022年の3年間で、年平均成長率は12%減と大幅に減少した。世界の製造業の活動は依然として堅調である一方、国境をまたぐ(クロスボーダー)要素が縮小し、リショアリング(国内回帰)が進みつつある。加えて、海外生産においては必ずしも投資を伴わない、生産委託などの形態が選択されている可能性もある。

さらに、(4)では、バリューチェーンをいわゆるスマイルカーブで示した場合、「中流」にあたる製造よりも、「上流」の企画・開発・設計と「下流」の流通・販売・付随サービスへの投資が増加しているとする。とりわけ上流のソフトウエア・ITサービスやビジネスサービス、および下流のマーケティング・サービスへ投資の軸足を移している。(5)では、歴史的にグリーンフィールド投資先は、先進国ではサービス業へ、新興・途上国では製造業へ、主に重点が置かれてきたが、こうした両地域間の投資先業種における差は縮小している(注2)。世界的に、サービス業を中心としたアセットの小さい直接投資への移行が顕著となっているという。

また、(6)では、世界の海外直接投資の地域的リバランスは、中国における直接投資の受け入れ減少によるところが大きい。多国籍企業の対中新規投資への関心は低下している。(7)では、昨今は、地政学的緊張がこれまでの投資先とは異なる国・地域へ投資を向かわせている。(8)では、地政学的な立場を異にする国(注3)同士の投資は、2013年の23%から2022年には13%に減少したと指摘している。(9)では、グリーンは、サービス業以外の主要な成長分野として突出している。特に、風力・太陽光発電、水素、バイオ燃料などへの海外直接投資が急増した。(10)では、先進国や主要な新興国に世界の直接投資が集まる一方、新興・途上国は排除されていく傾向にある。

世界の直接投資は2年連続減少

UNCTADが2024年6月に発表した報告書を見ても、2023年の世界の対内直接投資(国際収支ベース、ネット、フロー)は前年比1.8%減(1兆3,318億ドル)と減速傾向が続いている(図1参照)。地政学リスクの増大や世界経済の不確実性の高まり、金融引き締めに伴う金利の上昇などを受けて2022年以降、2年連続で低迷した。

大半の国・地域で軒並み前年を下回ったが、なかでもオランダ、英国、ルクセンブルクといった欧州各国で大幅な引き揚げ超過となった。同3カ国をはじめ、先進国・地域向けの投資が急減した1つの要因としては、2024年の多国籍企業のグローバル・ミニマム課税 の導入を見据えた企業財務の再編および投資の引き揚げ、さらには世界的な資金調達環境の悪化によるクロスボーダーM&Aの減少などが指摘されている(注4)。一方、新興・途上国・地域は6.7%減と減少幅は相対的に小さい。シンガポールが13.1%増、アラブ首長国連邦(UAE)が35.0%増と好調に推移した。

図1:世界の対内直接投資の推移(ネット、フロー)
世界の対内直接投資の前年比伸び率は、2019年に25.7%増、2020年に43.1%減、2021年に64.7%増から、2022年は16.4%減、2023年は1.8%減となった。

注:先進国・地域、新興・途上国・地域の定義はUNCTADの区分に基づく。
出所:UNCTADから作成

投資形態別にみると、世界のクロスボーダーM&A(注5)は、2023年の実行額が前年比42.5%減の7,931億ドルとなり、2013年以来10年ぶりの低水準を記録した。高金利や地政学リスクの高まりなどを背景に、資金調達環境が悪化したことが背景にある。M&A減少の一因には、米国や欧州各国が安全保障の観点から近年、海外企業の域内企業に対するM&Aへのスクリーニング制度を強化していることから抑制された面もあったとみられる。

世界のクロスボーダーM&A総額のうち5割は、米国、英国、ドイツ、オーストラリア、中国の上位5カ国に集中した。なお、インドは金額ベースでは11位だが、件数ベースでは、2021年以降、3年連続で500件を上回り、6位(513件)に位置している。米国、シンガポール、英国などの資本が、インド企業に対するM&Aを活発させている。

サービス業が過半だが、製造業の投資も各国政府インセンティブが下支え

一方、2023年に新たに発表された世界のグリーンフィールド投資案件を見ると、前年比0.9%増の1万6,810件となり、前年のほぼ横ばいを維持している(注6)。業種別件数を見ると、ソフトウエア・ITサービスやビジネスサービスをはじめとするサービス業が引き続き全体の6割近くを占めた(図2参照)。前年まで低迷が続いてきた製造業のグリーンフィールド投資も、件数ベースで22%増に回復した。これは、各国の産業誘致策によるところが大きい。電子部品(17%増)、自動車(34%増)、金属(39%増)で、いずれも前年比プラスとなった。特に、EV(電気自動車)やEVバッテリー関連の案件が目立った。大型プロジェクトとしては、中国のリチウム・イオン電池製造大手の国軒高科(Gotion High-Tech)によるモロッコでの電池工場建設 や、中国の大手素材メーカーの浙江華友集団と韓国のLG化学の合弁によるモロッコへのEV用バッテリー材料工場の建設など、バッテリーに関連する大型プロジェクトが発表された。

フィナンシャルタイムズのレポートによれば、対内直接投資に対する補助金、税額控除などインセンティブの金額は、2023年に600億ドルを上回り、過去最高を記録した(注7)。世界各国の政府が、戦略的産業を誘致するためインセンティブを拡充してきた。とりわけ、自動車(169億ドル)と半導体(141億ドル)の2大業種に支援が集中している。ただし、自動車に関しては、各国のEV購入補助金政策(注8)の打ち切り・見直しなどを背景に、2024年に入るとEV販売が振るわず、世界でEVバッテリー関連工場の建設計画を中止・縮小する動きも出始めている(注9)。半導体については、米国、欧州などの半導体に対する助成支援が既に実行フェーズに移行している。

多額のインセンティブが拠出される個別案件を見ると、北米では、カナダ・オンタリオ州のフォルクスワーゲン(VW)と傘下企業パワーコが建設するEVバッテリー工場に、生産規模に応じて80億~132億カナダ・ドル(約8,800億~1兆4,520億円、Cドル、1Cドル=約110円)の助成が決定した(2023年4月24日付ビジネス短信参照)。EVバッテリー製造のノースボルトがカナダ・ケベック州で進めるバッテリー工場建設に、カナダ政府とケベック州政府から計27億Cドルが最大で拠出される。欧州では、ドイツドレスデン東部ザクセン州で建設が行われている台湾積体電路製造(TSMC)の半導体工場に対して、ドイツ政府による50億ユーロの補助金が承認された(2024年8月29日付ビジネス短信参照)。スイス半導体メーカーのSTマイクロエレクトロニクスがフランス・グルノーブル市近郊のクロール市に新設する、300ミリウエハーの製造工場建設には、29億ユーロの助成が決定している(2023年6月13日付ビジネス短信参照)。政府が旗振りする強力な産業政策の下、企業が政策に基づく手厚いインセンティブを前提として、大型プロジェクトへの投資を決定する案件が直接投資全体として存在感を増している。

図2:世界のグリーンフィールド投資件数(業種別)
2023年の世界のグリーンフィールド投資件数を業種別にみるとソフトウェア・ITサービスが2,840件、 ビジネスサービスは2,504件、 運輸・倉庫は1,304件、産業機器は1,149件、金融サービスは978件、不動産は933件、再生可能エネルギー858件、電子部品は690件。このうちソフトウェア・ITサービスとビジネスサービスは2003年以降、2022年まで増加基調にあったが、2023年は減少に転じた。

出所:fDi Markets(Financial Times)から作成

新規投資は中国離れが鮮明、インド・UAE向けの投資が大きく増加

2021~2023年のグリーンフィールド投資を、件数ベースで主要国・地域別にマトリクス化し、新型コロナ禍前の2017~2019年と比べた伸び率を確認すると、主要国・地域間の投資件数に明らかな変化がみられた(表2参照)。

世界全体で見ると、2021~2023年に発表されたグリーンフィールド投資件数は2017~2019年と比べ2.2%減となった。主要投資先から見ると、投資が好調であったのは中東(84.4%増)、インド(15.6%増)、EU(4.4%増)であった。とりわけ中東は、ほぼ全世界から、2017~2019年をはるかに上回るグリーンフィールド投資を引き付けた。インド向け投資では、サービス業・製造業ともに案件数が伸び、特に米国・英国企業によるプロジェクトが著しく増加した。さらにEU向け投資では、EU加盟国による域内投資が拡大した。投資元はドイツ、フランス、投資受け入れ先ではドイツ、スペインに案件が集中している。

表2:世界のグリーンフィールド投資マトリクス(件数ベース、2021~2023年合計、2017~2019年比伸び率)(△はマイナス値、―は値なし)
投資元 投資先
米国 EU 英国 オーストラリア 日本 中国 ASEAN インド 中南米 中東 アフリカ 世界
米国 △ 2.4 △ 27.7 △ 13.1 △ 35.0 △ 62.5 △ 10.8 46 △ 3.8 58 △ 14.9 △ 5.6
EU △ 5.9 12.8 △ 6.1 8.9 △ 25.0 △ 36.1 △ 12.3 △ 4.1 △ 25.4 43.9 △ 24.5 △ 1.9
英国 15.1 4.9 6.8 6 △ 51.0 △ 4.7 54.2 24.8 116.3 2.9 12.1
オーストラリア △ 21.6 △ 30.1 △ 7.7 122.2 ** 34.5 387.5 △ 54.5 56.8 83.3 3.8
日本 △ 27.5 △ 32.5 △ 45.0 △ 36.6 △ 63.1 △ 57.3 △ 22.5 △ 36.9 △ 3.8 △ 38.2 △ 38.4
中国 △ 36.0 △ 17.2 △ 59.5 △ 71.1 △ 50.0 11.6 △ 88.0 △ 4.7 78.0 △ 51.2 △ 29.9
ASEAN 16 25.5 △ 7.9 22.4 △ 5.5 △ 60.3 △ 20.0 △ 5.8 106.1 122.2 △ 22.2 1
インド 16.9 △ 13.3 4.8 10.7 ** ** 57.1 31.1 282.2 39.6 49.2
中南米 25.7 43.8 △ 44.6 ** ** △ 26.3 109.1 ** 1.9 177.8 ** 17.8
中東 18.1 7.2 △ 21.4 8.3 ** △ 35.6 4.5 106.3 16.7 113.5 0.5 21.9
アフリカ 26.1 △ 23.4 △ 31.7 ** ** ** ** ** ** 181.6 △ 7.1 3.5
世界 1.1 4.4 △ 19.6 △ 3.9 △ 21.8 △ 49.9 △ 15.9 15.6 △ 11.9 84.4 △ 15.7 △ 2.2

注1:対象案件は、2021~2023年の投資先・投資元上位100カ国・地域の案件(4万6,555件)。同期間の総投資件数(4万7,391件)に占める比率は98.2%。
注2:投資件数が20件を下回る場合は**表示。
出所:fDi Markets(Financial Times)から作成

一方、中国、日本、英国、ASEAN、アフリカ、中南米向けのグリーンフィールド投資の発表件数は、新型コロナ禍前と比べ、いずれも2桁の大幅減となった。中でも、マイナス幅が最大となったのは中国である。米国、EU、英国からの中国向けグリーンフィールド投資が急減し、投資受け入れ件数全体で半減となった。

中国の対外投資に目を向けると、全体としては3割減となり、なかでも米国・EU・英国に対する投資が大きく減少している。一方、米中対立下で分断リスクが高まる中、中国企業が投資先として中東(146件、78.0%増)、ASEAN(279件、11.6%増)を選択するケースが増えている。また、中国の中南米(143件)向け投資案件数は4.7%減と減少したものの、案件数では中東向けとほぼ同等の規模を維持している。米国のニアショアリング(注10)先として重視されるメキシコでは、自動車、家具、電気機器分野で中国系企業による投資計画の発表が相次いだ。中国系企業の積極的な対墨進出の背景には、米国の1974年通商法301条があり、同法に基づく中国製品に対する米国の追加関税を回避する目的が指摘されている(2024年9月9日付地域・分析レポート参照)。

2023年単年で見ると、グリーンフィールド投資件数は受け入れ地域別に、中東(前年比26.2%増)やアジア大洋州(16.1%増)、アフリカ(7.8%増)の件数が全体を押し上げた。中でも件数全体の伸びに対するプラスの寄与度がもっとも高いのは、UAE(前年比36.9%増、1,284件)であった。UAEでは近年、化石燃料依存からの脱却や、先端技術とクリーンエネルギー中心の経済発展を目標に掲げ、2021年の会社法の改正をはじめとする大々的な規制改革を通じ、外資企業に対する規制緩和や優遇税制の導入を進めている。その結果、英国、インド、米国によるソフトウエア・ITサービス、ビジネスサービス、金融サービスへの投資件数が急増した。半導体や再生可能エネルギーといった大型プロジェクトの投資計画も発表された。

このほか、サウジアラビア(前年比64.7%増、359件)やベトナム(65.9%増、297件)の増加も世界全体の件数を押し上げた。なお、2023年の中国向けグリーンフィールド投資は、米国やドイツからのプロジェクト件数が伸び、24.8%増(423件)と上向いた。2022年の中国向け投資は、中国のゼロコロナ政策などの影響を受け、データ取得可能な2003年以降で最小の件数を記録していたところから、一部持ち直す動きがある。

安全保障対策で、投資スクリーニング制度導入が拡大

直接投資に関する主要国の制度は、かつては外国企業の直接投資の自由化、円滑化に軸足が置かれてきたが、近年は、各国が安全保障への懸念から、外国企業の投資を一部規制する制度の導入が目立っている。先進国を中心に、機微な技術や製品に関連して、外国投資に対する事前審査(投資スクリーニング)制度の導入・利用が広まっている。同制度の存在が、多国籍企業の投資先の決定を左右し、世界の直接投資における分断・再編成に拍車をかける可能性がある。

UNCTADによれば、投資スクリーニングを導入する国・地域は2010年までは10件未満であったが、2019年以降に急増し、2023年時点で米国や日本を含む、少なくとも41カ国・地域で導入されている(注11)(図3参照)。地域別では、欧州が26カ国・地域を占めて最多となった。2024年には、ベルギー、エストニア、ルクセンブルク、スウェーデンの4カ国・地域が新たに制度を導入した。

投資スクリーニング制度に基づく各国の審査件数は、UNCTADの集計によると、2022年に英国で776件、米国で440件、フランスで325件、ドイツで306件となり、増加傾向にある。審査の結果、完全に却下された案件はごくわずかだが、計画の修正が必要となる条件付き承認を含めると、全体の数%から約10%に上る。

図3:投資スクリーニングを導入している国・地域
世界の投資スクリーニング制度の導入国・地域数は、2007年に5、2010年に9、2015年に19、2020年に30、2023年に41となった。

出所:UNCTAD “World Investment Report2024”から作成

欧州では各加盟国の動きに加え、EUレベルでも欧州委員会が2024年1月24日、地政学的緊張の高まりを背景に、経済安全保障戦略の一環として、対内直接投資審査規則の改正案を発表した(2024年1月29日付ビジネス短信参照)。同改正案の中で、加盟国に対する投資スクリーニング制度の導入義務化や審査対象となる外国投資の定義の拡大などが盛り込まれ、今後、審議が行われる。

さらに、域内投資のみならず、自国企業の対外投資に規制をかける動きが米国を筆頭に、進展を見せる。米国では対外投資に関する大統領令を2023年8月に発表し、中国などを念頭に懸念国に対し、半導体・マイクロエレクトロニクス、量子情報技術、人工知能(AI)の3分野の機微技術を移転する投資を審査するとした。2024年6月21日には、米国財務省が対外投資規制プログラムの規則案を発表している(2024年6月24日付ビジネス短信参照)。また、EUにおいても、2023年6月に対外投資規制の導入の可能性が示されている。域内企業による域外国への投資規制の在り方を今後、段階的に検討するため、2025年半ばまでに域外投資に関するリスク・アセスメントを実施するとしている。

日本のグリーンフィールド投資に底打ちの兆し

日本の対外直接投資についても概観しておきたい。2023年の日本の対外直接投資は1,821億ドル(国際収支ベース、ネット、フロー)、前年より4.0%増加した。主要地域別では、北米向けが3.4%増の687億ドル、うち米国は650億ドル(1.2%増)。欧州向けは474億ドルと前年比12.8%増加した。主要国別では、英国が130億ドルと前年の約3倍規模となった。米国向けの主な案件では、武田薬品工業が皮膚病など免疫疾患に効果が期待される新薬を開発するニンバス・セラピューティクスの関連会社を取得。英国向けでは、住友化学の子会社、住友ファーマの連結子会社が、がん治療薬などを展開するマイオバント・サイエンシズを完全子会社化するなど、ヘルスケア関連のスタートアップ企業を傘下に収めるケースが米英で相次いだ。

一方、アジア向けは332億ドルと前年比10.3%減少した。落ち込みが最も大きかったのは中国で、38億ドルと31.9%減少した。対中投資は2021年に125億ドルと過去最高額を記録した後、2022年は56億ドルと前年比6割減、2023年はさらに減少し、2021年比で約3分の1の水準となった。ASEAN向けは226億ドル(2.9%減)と小幅な縮小になった。前年比で増加したのはシンガポール(79億ドル、15.6%増)、ベトナム(41億ドル、28.1%増)などで、特に対ベトナム投資額は過去最高を記録、ASEANの中ではシンガポールに次ぐ規模となり、初めて対中投資額を上回った。ベトナム向けでは、金融・保険分野で大きな動きがみられた。

日本企業の対外グリーンフィールド投資の発表件数については、新型コロナ禍の2020年以降減少が続いたが、2023年は4年ぶりに増加となった。地域別では、ASEANおよび南西アジアでの案件数が牽引し、とりわけインドにおける新規投資案件の発表が増加した。業種別では、電気機器や一般機械を含む産業機器が全体を押し上げた。

2024年の世界の直接投資は緩やかに増加へ

2023年第3四半期から2024年第2四半期にかけて、世界のクロスボーダーM&A件数は前年同期比でほぼ横ばい、グリーンフィールド投資件数はやや減少となっている(注12)(図4参照)。

2024年通年の見通しについて、UNCTADは前年比で緩やかなプラス成長を予測している(注13)。多国籍企業の収益水準は2023年までの高水準を維持しており、対内直接投資を構成する再投資収益への反映が続くと予想されるためである。また、2024年6月の欧州中央銀行(ECB)に続き、同年9月には米国連邦準備制度理事会(FRB)が政策金利の引き下げに踏み切るなど、これまでの金融引き締めから金融緩和へとかじが切られている。さらに、2023年に発表された豊富なグリーンフィールド投資が、実行段階で2024年以降の直接投資にも順次反映されていくと見込まれる。

図4:世界のクロスボーダーM&A、グリーンフィールド投資の件数
世界のクロスボーダーM&A件数は、2015年第3四半期から概ね3,000件前後を推移しており、2020年第2~3四半期のみ2,000件台となった。その後は3,000件台へと回復したが、2024年第1~2四半期に2,912件、2,906件へと再び減少した。一方、世界のグリーンフィールド投資件数は、2018年から2020年第1四半期まで概ね4,000件以上であったところ、2020年第2~4四半期には3,000件を下回った。その後は3,000件台へと回復。さらに2022年第1~3四半期および2023年は4,000件台にまで増加したが、2024年第1~2四半期は3,605件、3,665件となった。

出所:ワークスペース(LSEG)(2024年10月2日時点)、fDi Markets(Financial Times)から作成

これまでをまとめると、世界の直接投資は、長期的な停滞局面にある中、サービス業と比べ、製造業への投資が伸び悩んでいることが確認された。この背景・要因には、テクノロジーの進歩に伴いサービス業がバリューチェーンにおいて重要性を増していることに加え、地政学リスクや供給途絶リスクなどを踏まえ、多国籍企業がグローバル化を反転させていく流れや、直接投資を回避するビジネス形態へのシフトも挙げられる。その半面、2023年には、製造業において、EVや半導体分野などで各国政府の強力な産業政策が主導する大型プロジェクトの発表が局所的に相次いだことが特徴的であった。

新型コロナ禍以降、世界の中国向け投資が減少する一方、中東やインドが投資の受け入れ国・地域として注目が集まるなど、地域的なリバランスが進んでいる。さらに、経済安全保障対策として、欧州などで対内投資規制が厳格化される動きが加速。米国などで対外投資規制の導入も視野に入る中、多国籍企業の直接投資をとりまく環境は、今後、中長期的にますます複雑化するものと予想される。


注1:
単発的取引や資金フローによる変動を除いた、海外直接投資の長期的なダイナミクスを捉えたUNCTADの指標。
注2:
UNCTADによれば、グリーンフィールド投資に占めるサービス業の割合は、2003年時点では先進国が62%、新興・途上国が48%であったが、2023年にはそれぞれ80%、78%。
注3:
国連総会の決議における各国の投票パターンを指標化し、地政学的立場の差異を示している。
注4:
OECD“FDI IN FIGURES”(2024年4月)
注5:
金融情報を扱う調査会社LSEGのデータによる。完了ベース。
注6:
グリーンフィールド投資の数字は、fDi Markets(フィナンシャルタイムズ)に基づくが、製造業のグリーンフィールド投資件数についてはUNCTADに基づく。
注7:
fDi intelligence(フィナンシャルタイムズ)“Global Incentives Report 2024”および“Incentives-backed FDI reaches record high in 2023”
注8:
例えば、2023年12月にはドイツがEV購入補助金を1年前倒しで打ち切った。
注9:
スウェーデンのバッテリーメーカーのノースボルトは、2024年9月、スウェーデン・ボーレンゲ市に予定していた工場建設の中止を発表した。フォルクスワーゲン(VW)は自動車工場の閉鎖を検討している。
注10:
生産・調達拠点を最終消費地の近くに移転させる動き。
注11:
UNCTAD “World Investment Report2024”
注12:
これらのデータはいわゆる速報値であり、例年、新たに確認された投資案件が後から計上され、上方修正されることが多い。
注13:
注11に同じ。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
森 詩織(もり しおり)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ広島、ジェトロ・大連事務所、海外調査部中国北アジア課などを経て現職。