欧州最新政治情勢:欧州の行方を見定める注目論点動き始める次期EU政治体制、新たな極右政党の動きも注視
2024年9月2日
欧州議会は7月16日、5年に一度の欧州議会選挙を経て、新たに組成された2会派を含む計8会派と無所属の議員で始動した。EUに懐疑的な右派は、既存の極右会派の吸収と分離で3会派となり、4分の1を占める議席数を獲得したものの、中道派が過半数を維持した。
議長には、8割の議員の支持を得て、現職のロベルタ・メツォラ欧州議会議長が再選された。7月18日には、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長の再任も決定。中道派に加え、右傾化による欧州の分断、弱体化を避けるべく支持したとされる緑の党の信任も得たとみられている。
フォン・デア・ライエン委員長が発表した政治指針「欧州の選択」は、各派への配慮がみられる中、産業競争力、防衛の強化、市民・農家支援に優先順位が置かれた。本稿では、欧州議会選挙結果と7本の柱からなる「欧州の選択」や、「単一市場の深化」の実行段階において注視されるポイントを分析する。
欧州議会選挙の確定結果
欧州議会選挙(6月6~9日)の確定結果をみると、無所属・新規無所属議員(2024年7月10日付地域・分析レポート参照)の多くを、新たに組成した極右政党が組み込んだかたちとなった(図・表1、表2参照)。
まず、ハンガリーのオルバーン・ビクトル首相率いる「ハンガリー市民同盟(フィデス)」が「欧州の愛国者(Patriots for Europe)」の新会派を主導。フランスのマリーヌ・ルペン氏らが率いる「国民連合(RN)」を中心とする極右政党のアイデンティティと民主主義(ID)グループを実質的に吸収した。IDは暫定結果では第5会派だったが、欧州の愛国者として第3会派となった(2024年7月10日付ビジネス短信参照)。この他、欧州議会選挙直前にIDを除斥されたドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が中心となり「主権国家の欧州(ESN)」を組成(2024年7月12日付ビジネス短信参照)。最小会派だが、右派・極右政党グループで議席数の4分の1を占めるに至った。
政党名 | 党派 |
改選前 議席数 |
6月6日時点 直前予測(注4) |
6月21日時点 暫定結果議席数 |
7月16日確定結果 | ||
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議席数 | 割合 | 改選前からの増減 | |||||
欧州人民党(EPP)グループ | 中道右派・親EU | 176 | 173 | 189 | 188 | 26.1% | 12 |
社会・民主主義進歩連盟(S&D)グループ | 中道左派・親EU | 139 | 143 | 136 | 136 | 18.9% | △ 3 |
欧州の愛国者(Patriots for Europe)グループ(注2) | 極右・右派 | 49 | 67 | 58 | 84 | 11.7% | 35 |
欧州保守改革(ECR)グループ | 右派 | 69 | 76 | 83 | 78 | 10.8% | 9 |
欧州刷新(Renew)グループ | 中道派・親EU | 102 | 75 | 74 | 77 | 10.7% | △ 25 |
欧州緑の党・欧州自由同盟(Greens/EFA)グループ | 環境政党・左派 | 71 | 41 | 51 | 53 | 7.4% | △ 18 |
欧州統一左派・北欧緑左派連盟(The Left)グループ | 左派・急進左派 | 37 | 32 | 39 | 46 | 6.4% | 9 |
主権国家の欧州(Europe of Sovereign Nations, ESN)グループ(注3) | 極右・右派 | — | — | — | 25 | 3.5% | — |
無所属(NI) | — | 62 | 58 | 45 | 33 | 4.6% | △ 29 |
新規無所属(New unaffiliated) | — | — | 55 | 45 | — | — | — |
議席数合計(注1) | 705 | 720 | 720 | 720 | 100% | 15 |
注1:2024年欧州議会選挙では、総議席数が705議席から720議席に増加した。
注2:Patriots for Europeは7月8日発足。発足前データは、旧アイデンティティと民主主義(ID)の議席数。
注3:ESNは7月10日発足。
注4:POLITICO予測。さらに過去の予測は2024年5月2日付ビジネス短信参照。
出所:欧州議会、POLITICO
欧州議会は、メツォラ議長の再任とともに、14人の副議長を選任した。所属政党グループ別にみると、欧州人民党(EPP)3人、社会・民主主義進歩連盟(S&D)5人、欧州刷新(Renew)2人、欧州緑の党・欧州自由同盟(Greens/EFA)1人のほか、欧州保守改革(ECR)が2人、欧州統一左派・北欧緑左派連盟(The Left)が1人となった。極右政党の欧州の愛国者、ESNも候補者を擁立したが、必要信任票数を得ることができなかった。
7月23日には、欧州議会の20の常任委員会の委員長、副委員長(副委員長は最大4人)が選任された。一部副委員長ポストに空席もあるが、ここでも欧州の愛国者、ESNの議員は選出されず、新たに組成された極右政党は、欧州議会内の要職に就任しないかたちで始動した。
フランスの下院議会選挙がEUに及ぼす影響
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、今回の欧州議会選挙での大敗を受け、国民議会(下院)を解散した(2024年8月13日付地域・分析レポート参照)。欧州議会選挙は、EU政策に対する評価というより、国政への評価が反映されると言われるが、今回は欧州議会選挙が主要国の国政に与える影響が顕著に表れた。
欧州議会におけるフランスの議員のプレゼンスは、歴代中道派では高くない。第2会派で中道左派のS&Dには、13議員所属しているが、イタリア、スペイン、ドイツに次ぐ4番手である。中道派Renewは、フランスが最大勢力で13議員所属しているが、欧州議会では第5会派に転落した。
一方、極右政党は大きく台頭し、第3会派となった欧州の愛国者にはフランスから最大の30議員が所属。フォン・デア・ライエン委員長の再任を決める信任投票前の演説で、欧州の愛国者は、同委員長の不支持を明言した(2024年7月23日付ビジネス短信参照)。旧IDは前政権でもまとまりが強かったわけではないとされているが、今後、ECRなどと組み、グリーン・ディール関連政策の推進などにおいて、個別規制を一部止める動きに出るか注視される。他方、信任投票では、右傾化によるEUの分断を懸念し、フォン・デア・ライエン委員長の支持に向けてGreens/EFAなどが親EUとしての結束を高める動きもみられた。
なお、フランスの下院議会選挙の結果が欧州理事会(EU首脳会議)、EU理事会(閣僚理事会)に及ぼす影響は限定的とされる。フランスでは、欧州理事会の代表は大統領、EU理事会の代表は首相以下の閣僚が務めている。極右政党の台頭により、EU理事会に各規制への反対派となる首相の就任が懸念されたが、選挙の結果、この懸念はなくなった。
ただし、極左、極右は、一部における両極の話ではなく、フランス、ドイツなどの主要国で台頭しており、人々の不満は解決されてない。フランス、ドイツの主要国が自国で親EUに対する強い支持を得られないと、EUレベルでの影響力が弱くなる。今後、ドイツで予定されている州議会選挙の結果がフランスとドイツの関係に及ぼす影響なども注視される。
就任100日後の公約
フォン・デア・ライエン委員長は、中道会派および緑の党などの支持も得て、過半数の支持を経て再任が決定した(2024年7月19日付ビジネス短信参照)。「欧州の選択」と題した政治方針は各会派に配慮した内容であるが、最優先事項としては、産業の競争力強化が掲げられた(表3参照)。
単一市場を深化し、産業競争力を高めるには、規制対応にかかる企業負担を軽減する必要がある。規制の簡素化、重複の解消に取り組み、施行と実施に関する年次報告を委員に求めるとした。同時に、これまでの規制をさらに推し進めるために「産業界脱炭素化促進法案」「循環型経済法案」「化学産業政策パッケージ」など新たな提案も行った。新たな法案が、手続きの簡素化につながるのか、今後の具現化が注目される。
公約実現のためには、必要な資金を調達する必要がある。公共投資を最大化し、民間の資本のリスクを最小限に務めるとした。域内の資本市場を統合する「資本市場同盟」の深化で、年間4,700億ユーロの投資を呼び込むことができるとした。また、新たに「欧州競争力基金の設置」を提案したが、現政権で域内のネットゼロ産業などを促進するために注目された大規模財政支援策「欧州主権基金」構想は実現しなかった。代替案となった「欧州戦略技術プラットフォーム(STEP)」の追加予算は、欧州防衛基金向けの15億ユーロにとどまり、ネットゼロ産業技術促進の追加財源は成立しなかった。次期政権での新たな基金の設置が実現するか注目される。
項目 | 内容 |
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現状の課題に対する必要な取り組み |
欧州の繁栄のための新計画
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就任100日での実現公約 |
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担当委員新設、役割追加、その他の主な公約 |
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出所:欧州委員会
第1の柱に続く、6つの柱を掲げた政治方針には、新たに住環境(2024年6月6日付ビジネス短信参照)に対応する政策や担当委員の設置もある(表4参照)。EU市民の声や中道左派、左派政党への配慮とみられている。農業政策に関しては、戦略的資産としての重要性が言及され、食料安全保障の観点からも生産者が公平な収入を得られる支援策が新たに柱に入った。就任100日後の実行公約には、2024年1月に立ち上がった「EU農業の将来に関する戦略的対話」(2024年1月31日付ビジネス短信参照)を踏まえた「農業と食料ビジョン」を策定するとした。今後、実行に移していく段階で、引き続き各派の賛同を得ていく必要があり、公約の実行が注目される。
項目 | 現状の課題に対する必要な取り組み | 就任100日での実現公約 | 担当委員新設、役割追加、その他の主な公約 |
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防衛と安全保障 |
ウクライナ支援 真の欧州防衛同盟の確立 |
欧州防衛白書の策定 |
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市民社会の支援・強化 |
欧州生活様式保全 近年の危機に伴う生活費の高騰、賃金格差、社会の分断、不平等な社会の是正 |
若者との政策対話の実施 |
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持続可能な生活の質の向上:食料安全・水・自然保護 |
戦略的資産の確保 食料安全保障の観点からも、公平な収入、気候変動対策ならびに費用の確保、バリューチェーン全体での競争力強化のための投資と技術革新の実現 |
農業・食料ビジョン策定 |
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民主主義、欧州の価値・生活様式保全 |
分断傾向との闘い 欧州域内外の民主主義、EUの価値への脅威・攻撃、情報操作・干渉への対策。EU市民の参加の促進 |
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グローバルな欧州:リーダーシップの発揮とパートナー連携の強化 |
地政学を踏まえた関係構築
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実行と欧州の将来への移行 |
実行への移行
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EU拡大に関するレビューの実施(改革アジェンダ、条約改定の必要性議論など含む) |
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出所:欧州委員会
EU政策を専門とするベルギーのシンクタンクである欧州政策センター(EPC)は、7月19日に開催したセミナー(録画)で、中道派の中でも考えは異なり、例えば、次期多年度財政枠組み(MFF)案などを話し合う際には、異なる意見が出てくるだろうと指摘。今回の政策で具体的な言及はなかったものの、打ち出された優先策を実施する予算規模はなく、市場からの資金調達によるEUとしての共同借り入れは必然的に議論に出てくるとした。ただし、加盟国からの提案がない限りは議論にはならないのではないか、とコメントした。
ブリュッセルのシンクタンクのブリューゲルは、限られた資源の有効活用や、欧州懐疑派を助長し、成長を妨げる可能性がある、ビジネス、加盟国、政党への過干渉を避けることを目的に提言を出した(ブリューゲルウェブサイト参照)。特に、新たな枠組みや規制による企業負担を軽減するためには、同目的で2016年に策定されたREFITプログラムや、実施法令や委任法令を含めた規制全体の、体系立てた影響評価の実施の必要性などを述べた。規制の質を改善するためには、根本的な見直しが必要であり、ECA(欧州会計検査院)のように、外部機関による事後評価の実施も必要であるとした。
EU単一市場の深化に向けた今後の動向
イタリアのエンリコ・レッタ元首相は4月、欧州理事会からの要請を踏まえて、EU単一市場の今後や長期的な競争力強化に関する提言をまとめた報告書を公表した(2024年4月25日付ビジネス短信参照)。
報告書は、EUの経済回復と競争力強化のためには単一市場の戦略的な強化が不可欠とし、特に金融、エネルギー、電子通信の分野でのさらなる統合の重要性を強調。各分野の今後のロードマップを示しながら、次期立法サイクル(2024~2029年)において統合を加速すべきとした。加えて、EU産業界が脱炭素化やデジタル化への対応を迅速に進めるためには、官民の大規模な資金を動員し、欧州の生産システムを変革する必要がある。そこで、報告書では、域内の資本市場の統合を目指す「資本市場同盟」(2024年4月23日付ビジネス短信参照)を発展させ、新たに「貯蓄・投資同盟」を創設して広範な金融サービスを統合することで、域内外からの資金を幅広く呼び込むことを提案。具体的には、EUの機関、各加盟国、市場アクターらによるエコシステムを構築することなどが盛り込まれている。
フォン・デア・ライエン委員長は、「欧州の選択」の中で、この報告書に言及しながら「貯蓄・投資同盟」の創設を支持(表3参照)。域内外からの投資を最大限活用して、クリーンエネルギーやデジタルの推進、イノベーションの創出を促したい考えだ。今後、新たなEU体制の下で、この報告書を基にして、MFFなどの議論が進むと見込まれる。
超政府的機関として機能するEUに
EPCは7月、現在の長期にわたる危機状態「パーマクライシス」下において、EUは結束し、より超政府的(supra-governmental)な機能を果たさなければならないとする提言を発表した(EPCウェブサイト参照 )。加盟国間での個別の連携強化ではなく、欧州機関として、意思のある加盟国がイニシアチブを取り、政府間(intergovernmental)ではなく超政府的な主体、いわば「ミニEU」として推進していくことも必要。特に防衛分野においては、従来のドイツとフランスという基軸に限らず、新たにポーランドが担う役割を示唆した。ポーランドにはEU理事会の次期(2025年上半期)議長国としてのみならず、東欧諸国からのイニシアチブという観点でも期待がかかる。EUとして機能し、成長を続けるには、欧州議会選挙前には向き合えなかった(2024年6月12日付ビジネス短信参照)根本的な課題を明らかにした上で、建設的に対応する多数派を構築する以外にないとした。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ブリュッセル事務所 インターン
古谷 仁美(ふるや ひとみ) - 2016年、経済産業省入省、中南米室、地球環境対策室などを経て、2024年7月から研修の一環でインターンに参加。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ブリュッセル事務所 次長
薮中 愛子(やぶなか あいこ) - 2001年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ・カイロ事務所、BOP班、国際博覧会課長(ドバイ万博日本館)などを経て、2023年3月から現職。