欧州最新政治情勢:欧州の行方を見定める注目論点国内政治の新たな課題と継続するEUとの摩擦(ハンガリー)
板挟みのオルバーン政権
2024年11月5日
2024年6月9日に行われた欧州議会選挙では、ハンガリーで2010年から政権を握っているオルバーン・ビクトル首相率いる保守系右派のハンガリー市民同盟(フィデス)/キリスト教民主国民党(KDNP)連合が44.8%の得票率で最多の票を獲得し、21議席中11議席を獲得したものの、前回選挙の2019年に比べて2議席減らした(2024年6月12日付ビジネス短信参照、表1参照)。これは、マジャール・ペーテル氏率いる保守系の中道右派政党「尊重と自由(ティサ)」が21議席中7議席(得票率29.6%)を獲得するという予期せぬ出来事が起きたことが原因だった。
台頭した野党が欧州議会選挙で勢力拡大
ティサは与党フィデス/KDNPだけでなく、他の野党の票も奪うかたちとなり、中道左派の民主連合(DK)/ハンガリー社会党(MSZP)/対話(Párbeszéd)連合はわずか2議席(同8.0%)しか獲得できず、2019年の7議席から大幅に減少した。極右の「われわれの祖国(Mi Hazánk)」は初の議席を獲得(1議席、同6.7%)したものの、自由主義政党のモメンタムは完全に議席を失った。
ハンガリー国内政党名 | 項目 | 2004年~2009年 | 2009年~2014年 | 2014年~2019年 | 2019年~2024年 | 2024年~2029年 |
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ハンガリー市民同盟(フィデス)、 2009年~: ハンガリー市民同盟/キリスト教民主国民党(フィデス/KDNP)連合 | 議席数 | 12 | 14 | 12 | 13 | 11 |
政党グループ | 欧州人民党・欧州民主党(EPP-ED) | 欧州人民党(EPP) | 欧州人民党(EPP) | 欧州人民党(EPP) | 欧州の愛国者(PfE) | |
尊重と自由(ティサ) | 議席数 | — | — | — | — | 7 |
政党グループ | — | — | — | — | 欧州人民党(EPP) | |
民主連合(DK)、2024年~: 民主連合・ハンガリー社会党・対話(DK-MSZP-Párbeszéd)連合 | 議席数 | — | — | 2 | 4 | 2 |
政党グループ | — | — | 社会・民主主義進歩連盟(S&D) | 社会・民主主義進歩連盟(S&D) | 社会・民主主義進歩連盟(S&D) | |
われわれの祖国(Mi Hazánk) | 議席数 | — | — | — | — | 1 |
政党グループ | — | — | — | — | 主権国家の欧州(ESN) | |
モメンタム(Momentum) | 議席数 | — | — | — | 2 | — |
政党グループ | — | — | — | 欧州刷新(Renew) | — | |
ハンガリー社会党(MSZP)、2019年~: ハンガリー社会党+対話(MSZP + Párbeszéd )連合 | 議席数 | 9 | 4 | 2 | 1 | — |
政党グループ | 欧州社会主義グループ(PSE) | 社会・民主主義進歩連盟(S&D) | 社会・民主主義進歩連盟(S&D) | 社会・民主主義進歩連盟(S&D) | — | |
ヨッビク(JOBBIK) | 議席数 | — | 3 | 3 | 1 | — |
政党グループ | — | 無所属(NI) | 無所属(NI) | 無所属(NI) | — | |
ハンガリー緑の党(LMP) | 議席数 | — | — | 1 | — | — |
政党グループ | — | — |
欧州緑の党・欧州自由同盟(Greens/ EFA) |
— | — | |
ハンガリーのための対話(EGYÜTT-PM) | 議席数 | — | — | 1 | — | — |
政党グループ | — | — |
欧州緑の党・欧州自由同盟(Greens/ EFA) |
— | — | |
ハンガリー民主フォーラム(MDF) | 議席数 | 1 | 1 | — | — | — |
政党グループ | 欧州人民党・欧州民主党(EPP-ED) | 欧州保守改革(ECR) | — | — | — | |
自由民主同盟(SZDSZ) | 議席数 | 2 | — | — | — | — |
政党グループ | 欧州自由民主同盟(ALDE) | — | — | — | — | |
合計 | 議席数 | 24 | 22 | 21 | 21 | 21 |
出所: 欧州議会ウェブサイトからジェトロ作成
また、今回は5年ごとの統一地方議会選挙も同時に実施された。与党連合フィデス/KDNPは全20の地方議会を制したものの、野党は首都ブダペストを含む幾つかの大都市で、前回に続いて勝利を収めた。
ティサ現象
ノバーク・カタリン大統領が2024年2月、小児性愛者の犯罪を隠蔽(いんぺい)しようとした罪で有罪判決を受けた人物に恩赦を与える決定を下したことにより、ハンガリー政治の新たな章が幕を開けた。このスキャンダルによってノバーク大統領は辞任に追い込まれ、同じ日に恩赦に共同署名していたバルガ・ユディット前司法相も国会議員を辞任するとともに、欧州議会選挙でも与党フィデスの比例名簿第1位を辞退した(2024年2月13日付ビジネス短信参照)。この大統領辞任劇を契機に、マジャール・ペーテル氏が台頭することになった。同氏はバルガ前司法相の元夫だが、バルガ氏辞任の翌日にハンガリーの政治舞台に登場し、保守政党ティサを率いることとなった。オルバーン政権の腐敗やプロパガンダ機関の暴露に焦点を当てる一方で、成果のない野党にも批判的な立場を取っている。同氏はもともと、オルバーン政権で中枢を担ってはいなかったが、政権の内情を把握しているため、一般市民から信頼を勝ち得ている。現政権に不満を抱く、あるいは既存野党に失望した人々の票がティサに流れる結果となった。
新たな国内政治情勢、世論調査で差縮まる
6月の欧州議会選挙以降、ティサの人気は止まることなく上昇しており、主に野党の支持者を引き寄せている(図1参照)。最新の世論調査では、与党フィデスとの支持率の差がわずか4.0ポイントまで縮まったことが示されている。これまでどの野党や連合も達成できなかった成果で、政治アナリストのテュルック・ガーボル氏は自身のソーシャルメディアで次のように述べている。「政治の非対称的な権力バランスは変わっておらず、政府の権力機関を動かすのは依然として政界の最大かつ支配的なプレーヤーだが、新たな状況が生じていることは確かだ。新たなアクター(ティサ)が新しい世界をよりよく理解しているのかもしれない」。2年後の国政選挙までティサの勢いが持続するかどうかに注目が集まっている。
新たな欧州議会党派が設立
フィデスは2021年に欧州議会の政党グループの欧州人民党(EPP)を離脱して以来、欧州議会では無所属だったが、2024年6月末、フィデス党首のオルバーン首相は、チェコのANO 2011党やオーストリアの自由党とともに、欧州議会の新たな政党グループ「欧州の愛国者(Patriots for Europe)」の設立を発表した(2024年7月10日付ビジネス短信参照)。この会派はのちに極右会派グループ「アイデンティティーと民主主義(ID)」を吸収した。間もなくしてこの会派は欧州議会で3番目に大きな勢力となり、13の政党と12カ国から(全議席数720のうち)84人の議員が参加することとなった。6月30日に上記3つの政党が署名した宣言によると、彼らはEU懐疑派で、加盟国の主権を重視し、EUのさらなる統合に反対している。また、キリスト教など欧州のアイデンティティーや伝統の保護、不法移民に対する厳しい措置を主張し、全体的に強く保守的な立場を取っている。オルバーン首相は署名時、欧州グリーンディールにも批判的な立場を表明した。
EUとハンガリーの関係摩擦
ハンガリーは2024年7月1日にEU議長国に就任し、悪化するEUとハンガリーの関係の好転が期待されていた。しかし、オルバーン首相は就任直後、「平和ミッション」と称して、ウクライナ、ロシア、中国を訪問したことにより、加盟国の多くから、EUを代表して会談する資格はないとの反発を受けた。EU加盟国はブダペストで開催されるEU理事会の閣僚級会議(ハンガリーがEU議長国として主催するイベント)をボイコットするなど、抗議する姿勢を示している。
ハンガリーはEUの統合深化よりも、加盟国の権限強化を主張しており、EUの理念に反する立場をしばしば取っている。具体的には、移民政策、ウクライナ戦争に対するロシアへの制裁、ウクライナ支援、中国の電気自動車(EV)関連製品に対する輸入関税の導入などで、異を唱えている。
EUの諸政策や論点にかかるハンガリーの主要政党の立ち位置について、同国NGOのKモニターによるオンライン調査では、欧州議会選挙におけるハンガリーの主要政党や候補者の立場を以下のように示している。
カテゴリー | 論点 | フィデス/KDNP | ティサ | DK-MSZP- Párbeszéd | われわれの祖国 |
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EU資金 | ハンガリーへのEU資金凍結は公平ではない | 〇 | 〇 | ✕ | 〇 |
EU結束政策 | EU結束基金の一部の配分は地方自治体の裁量に委ねるべき | ✕ | 〇 | 〇 | ✕ |
経済 | 戦略的分野における第三国の所有権をもっと制限すべき | ✕ | 〇 | 〇 | 〇 |
経済 | グローバルミニマム税の導入 | ✕ | ✕ | 〇 | 〇 |
経済 | ユーロの導入 | ✕ | 〇 | 〇 | ✕ |
環境とエネルギー | 原子力エネルギーを持続可能なものとして認めるべき | 〇 | 〇 | ✕ | 〇 |
環境保護 | 電池工場の操業に関する環境・衛生規制をEUレベルで強化すべき | ✕ | 〇 | 〇 | 〇 |
EU加盟 | ハンガリーはEUから離脱すべき | ✕ | ✕ | ✕ | ✕ |
外交問題 | ウクライナへの武器供与 | ✕ | ✕ | 〇 | ✕ |
外交政策 | ウクライナのEU加盟 | ✕ | ー | 〇 | ✕ |
対外政策 | 対ロシア制裁の維持 | ✕ | 〇 | 〇 | ✕ |
域内市場、競争力 | 中国製品・技術に対する保護主義 | ✕ | 〇 | 〇 | 〇 |
域内市場、競争力 | ウクライナ製品に対する関税と量的制限の停止 | ✕ | ✕ | ✕ | ✕ |
移民問題 | 第三国からの訓練された労働力の移入の緩和 | ✕ | ✕ | ✕ | ✕ |
移民政策 | 亡命希望者はEUの対外国境で亡命を申請し、手続きの結果を待つべき | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
出所: ハンガリーNGO(K-モニター)によるオンライン調査結果 からジェトロ作成
凍結されたEU基金
欧州委員会は法の支配や透明性に関する懸念から、ハンガリー向けの数十億ユーロのEU基金を凍結しており、以下がその主な2つである。
1.復興レジリエンス・ファシリティー(RRF):
新型コロナウイルス禍による経済的損害から復興するために、EUが設立した基金。基金を受け取る条件として、法の支配に関する基準を満たす必要がある。EUは、ハンガリーは腐敗対策の改革を実施せず、また、司法の独立も確保しておらず、公共調達の透明性にも問題があるとし、同基金へのアクセスの制限を続けている。
2.結束基金および構造基金:
EU加盟国の経済格差を埋めるための基金。ハンガリーは毎年、EU結束政策に基づく結束基金から多額の資金を受け取る資格があるが、欧州委は2022年末に55%の結束基金を凍結すると発表した。その理由として、法の支配や腐敗、公共調達の透明性の欠如、さらに、EU資金の不正使用のリスクを挙げている。
ハンガリーは基金凍結の解除に向けて、幾つかの措置を講じたものの(2023年5月18日付ビジネス短信参照)、利用可能な全てのEU基金に完全にアクセスするには、依然として大幅な改革が求められている。
EU議長国としてEV推進
ハンガリーはEU議長国の立場を利用して、エレクトロモビリティーを推進する方針だ。ナジ・マールトン国家経済相は7月9日、EU競争力理事会の会合で、EUの統一戦略構築に向けたハンガリー政府の電気自動車(EV)補助金パッケージ案を発表した。報道によると、提案したパッケージには、次のようなものが含まれる:
- EV公共充電ネットワーク発展のためのEUレベルの支援プログラム
- 家庭用充電スタンドへの1基当たり900~1,500ユーロの補助金交付
- 充電ネットワークの許認可手続きの簡素化
- EVの購入に対するEU市民への4,500ユーロの補助金
- 中古EVの購入とリースに対する補助金
- 欧州の車両更新制度の導入
- 使用済みバッテリーのリサイクル義務化とバッテリー信頼性証明書の導入など
「経済的中立性」を重視するオルバーン政権
オルバーン首相は最近、「経済的中立性」という概念について発表した(2024年10月7日付ビジネス短信参照)。この戦略は、ハンガリーが西側あるいは東側の経済圏に一方的に依存するのではなく、両方とバランスの取れた実利的な関係を維持することを目指している。同首相は、現在のグローバル経済情勢で「経済的中立性」がハンガリーの長期的な成長に最適だと強調している。これにより、ハンガリーは国際的なパートナーシップから広く恩恵を受け、経済ブロックの対立によるリスクを回避できると考えている。
また、この「経済的中立性」がハンガリー経済政策の中心的な考え方であり、3~5%の経済成長を目指す上で不可欠な戦略とも述べている。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ブダペスト事務所
バラジ・ラウラ - 2000年よりジェトロ・ブダペスト事務所に勤務、ハンガリー国内の市場調査を担当。英語、数学の修士号のほか、日本語検定1級、経済貿易大学の学士を有する。