欧州最新政治情勢:欧州の行方を見定める注目論点選挙結果の概要
欧州議会選挙から占う今後のEU政策(1)

2024年7月10日

2024年はEUにとって変化の年である。EUは、5年ごとに実施される欧州議会選挙に沿ったかたちで規則や指令といったEU法令を審議する立法サイクルが設定されている。6月6~9日に全27加盟国で実施された欧州議会選挙は、新たな立法サイクルの幕開けとなる重大イベントである。欧州理事会(EU首脳会議)は欧州議会選挙後に、同理事会常任議長(任期は2年半だが、これまで常任議長はいずれも2期連続で務めている)や欧州委員会委員長(任期5年)といった主要ポストの任命に向けたプロセスを開始することになる。EUをめぐる地政学的な環境が変化する中で、欧州議会選挙の結果や主要ポストの人事は、今後のEU政策を占う重要な要素となる。

欧州議会選挙は、EU市民が欧州議会議員(定員720)を直接選出するものだ。EU市民を代表する欧州議会は、加盟国の利益を代表するEU理事会(閣僚理事会)とともにEUの立法機関であることから、その選挙結果は今後のEUの立法プロセスに大きく影響する。欧州議会では、議員は加盟国別でなく、加盟国の各政党が政治理念に基づき7カ国以上かつ23議員以上から構成する政党グループ(会派)別に行動する。ただし、一般に政党グループに対する関心は加盟国政党に比べ低く、欧州議会選挙はEU政策に対する市民の評価というより、むしろ加盟国の国政に対する審判であるともいわれている。従って、同選挙の結果を理解する上では、EU全体だけでなく、加盟国ごとの結果も考慮する必要がある。

本稿は、6月6~9日に全27加盟国で実施された欧州議会選挙について2回連載で報告する。第1回は、注目の加盟国政党の結果を踏まえつつ、欧州議会選挙の結果を解説する。第2回は、各政党グループが選挙前に発表したマニフェストを参考に、今回の選挙結果がグリーン・ディールや産業政策などのEU政策に与える影響を分析する。

EPPが勝利宣言、中道3会派で過半数を維持

今回の選挙では、従来通り、中道右派の欧州人民党(EPP)グループが最大会派の地位を確保し、現行の連立体制である親EU中道会派〔EPP、中道左派の社会・民主主義進歩連盟(S&D)グループ、中道の欧州刷新(Renew)グループ〕は合計で過半数を維持した。一方で、EUに懐疑的な右派・極右が躍進し全体の約4分の1を占めるなど、全体として右傾化した。

欧州議会が6月21日に発表した選挙結果の暫定値(図・表1参照)によると、EPPは事前の予測を覆し、選挙前議席数から13議席増やすことに成功。189議席(26.25%)を獲得し、勝利を宣言した。約半数の加盟国で最大会派となったほか、フランス、イタリア、チェコなど一部の加盟国では伸びなかったものの、EU全域で幅広く議席を獲得した。S&Dは3議席減にとどめ136議席(18.89%)を確保。第2勢力の地位を維持した。

図:欧州議会選挙暫定結果(2024年6月21日時点)
獲得議席数・獲得議席割合
欧州統一左派・北欧緑左派連盟(Left)グループは、獲得議席数が39、獲得議席割合が5.42%。社会・民主主義進歩連盟(S&D)グループは、獲得議席数が136、獲得議席割合が18.89%。欧州緑の党・欧州自由同盟(Greens/EFA)グループは、獲得議席数が51、獲得議席割合が7.08%。欧州刷新(Renew)グループは、獲得議席数が74、獲得議席割合が10.28%。欧州人民党(EPP)グループは、獲得議席数が189、獲得議席割合が26.25%。欧州保守改革(ECR)グループは、獲得議席数が83、獲得議席割合が11.53%。アイデンティティと民主主義(ID)グループは、獲得議席数が58、獲得議席割合が8.06%。無所属(NI)は、獲得議席数が45、獲得議席割合が6.25%。新規無所属(New unaffiliated)は、獲得議席数が45、獲得議席割合が6.25%。
表1:欧州議会選挙暫定結果(2024年6月21日時点)(△はマイナス値、-は値なし)
政党名 党派 選挙前
議席数
獲得
議席数
増減 獲得議席
割合
欧州人民党(EPP)グループ 中道右派・親EU 176 189 13 26.25%
社会・民主主義進歩連盟(S&D)グループ 中道左派・親EU 139 136 △ 3 18.89%
欧州保守改革(ECR)グループ 右派(一部極右) 69 83 14 11.53%
欧州刷新(Renew)グループ 中道派・親EU 102 74 △ 28 10.28%
アイデンティティと民主主義(ID)グループ 極右・右派 49 58 9 8.06%
欧州緑の党・欧州自由同盟(Greens/EFA)グループ 環境・左派・親EU 71 51 △ 20 7.08%
欧州統一左派・北欧緑左派連盟(Left)グループ 左派・急進左派 37 39 2 5.42%
無所属(NI) 62 45 △ 17 6.25%
新規無所属(New unaffiliated) 45 45 6.25%
議席数合計(注) 705 720

注1:2024年欧州議会選挙では総議席数は720議席に増加。
注2:無所属および今回初当選した新規無所属は、いずれの上記政党グループにも所属していない政党あるいは独立した議員。今後、いずれかのグループに加入する可能性もある。
出所:欧州議会の情報を基にジェトロが作成

Renewは28議席減の74議席(10.28%)、環境政党からなる欧州緑の党・欧州自由同盟(Greens/EFA)グループは20議席減の51議席(7.08%)と惨敗した。両会派が議席を大幅に減らしたのは、議席割当の多い加盟国での惨敗が主な要因となっている(表2参照)。フランスではエマニュエル・マクロン大統領率いるルネッサンス(旧・共和国前進)を含むRenewが8議席減の13議席、Greensが7議席減の5議席となったほか 、ドイツでは連立与党の一角である緑の党を含むGreensが9議席減の16議席と惨敗(2024年6月18日付ビジネス短信参照)。スペインでは市民党(C’s、Renew)が7議席減で全議席を喪失し、Renewとしても1議席の獲得にとどまった。ただし、Renewに関しては、オランダ、ベルギー(2024年6月14日付ビジネス短信参照)、デンマークなどで最大会派となったほか、無所属を除いた所属政党別ではスロバキアで第1党 (2024年6月12日付ビジネス短信参照)、アイルランドでは僅差で第2党となっており、一定の支持基盤は維持している。

表2: 加盟国・政党グループ別 獲得議席数
加盟国 Left S&D Greens Renew EPP ECR ID 無所属 新規
無所属
割当
議席数
ドイツ 4 14 16 8 30 0 0 17 7 96
フランス 9 13 5 13 6 4 30 0 1 81
イタリア 2 21 3 0 9 24 8 8 1 76
スペイン 4 20 4 1 22 6 0 1 3 61
ポーランド 0 3 0 1 23 20 0 0 6 53
ルーマニア 0 11 1 2 11 6 0 0 2 33
オランダ 1 4 4 7 6 1 6 0 2 31
ベルギー 2 4 2 5 3 3 3 0 0 22
ギリシャ 4 3 0 0 7 2 0 2 3 21
チェコ 1 0 1 0 5 3 1 0 10 21
スウェーデン 2 5 3 3 5 3 0 0 0 21
ポルトガル 2 8 0 2 7 0 2 0 0 21
ハンガリー 0 2 0 0 8 0 0 10 1 21
オーストリア 0 5 2 2 5 0 6 0 0 20
ブルガリア 0 2 0 5 6 1 0 0 3 17
デンマーク 1 3 3 4 2 1 1 0 0 15
フィンランド 3 2 2 3 4 1 0 0 0 15
スロバキア 0 0 0 6 1 0 0 7 1 15
アイルランド 3 1 0 4 4 0 0 0 2 14
クロアチア 0 4 1 0 6 1 0 0 0 12
リトアニア 0 2 1 2 3 2 0 0 1 11
スロベニア 0 1 1 2 5 0 0 0 0 9
ラトビア 0 1 1 1 2 3 0 0 1 9
エストニア 0 2 0 2 2 0 1 0 0 7
キプロス 1 1 0 0 2 1 0 0 1 6
ルクセンブルク 0 1 1 1 2 1 0 0 0 6
マルタ 0 3 0 0 3 0 0 0 0 6
合計 39 136 51 74 189 83 58 45 45 720

注:太字は、各加盟国で最も多く議席を獲得した政党グループ。同数の場合、それぞれを太字にした。
出所:欧州議会の情報を基にジェトロが作成

右派・極右会派はいずれも議席増、右派全体では過半数に

右派・極右の会派に関しては、欧州保守改革(ECR)グループは14議席増の83議席(11.53%)を獲得、アイデンティティと民主主義(ID)グループも9議席増の58議席(8.06%)と、いずれも議席数を伸ばした。両会派の議席拡大は、フランスのマリーヌ・ルペン氏率いる国民連合(RN、IDグループ所属)が12議席増の30議席獲得、イタリアのジョルジャ・メローニ首相率いるイタリアの同胞(FDI、ECRグループ所属)が14議席増の24議席獲得と大勝し(2024年6月17日付ビジネス短信参照)、両国でそれぞれ第1党となったことが大きく影響している。

注意が必要なのは、無所属・新規無所属である。無所属とは、いずれの政党グループにも所属していない政党あるいは独立した議員のことだ。無所属・新規無所属は90議員(12.5%)となったが、その多くが右派あるいは極右であるとみられる。無所属の主な政党には、選挙直前にIDを除斥された「ドイツのための選択肢(AfD)」(15議席)や2021年にEPPを脱退したハンガリー市民同盟(フィデス)/キリスト教民主国民党(KDNP)連合(11議席)(2024年6月12日付ビジネス短信参照)などがある。他にも、ポーランドの「同盟」(6議席)(2024年6月14日付ビジネス短信参照)、スペインのSALF(3議席)(2024年7月1日付ビジネス短信参照)、ブルガリアの再生党(3議席)など多くの右派・極右政党が議席を獲得した。

無所属政党は、今後いずれかの政党グループに加入することで、右派・極右の政党グループがさらに拡大する可能性がある。実際に、フィデスから離党したマジャール・ペーテル氏率いる保守新党「TISZA:尊重と自由(ティサ)」(7議席)が選挙直後にEPPに加入したほか、ルーマニア統一同盟(AUR)(5議席)(2024年6月18日付ビジネス短信参照)がECRに加入するなど、右派を中心に会派拡大の動きが選挙後に続いている。また、チェコの最大野党のANO 2011(7議席)(2024年6月12日付ビジネス短信参照)は、選挙後にRenewからの離脱を決定し、フィデスやオーストリアで第1党となった極右の自由党(6議席)と新たな政党グループの設立を目指すことを発表した。これにより、選挙直後の暫定値と比べ、Renewは議席を減らす一方で、EPPとECRは議席をさらに上乗せ。ECRはRenewを抜き、第三勢力に躍り出た。このほか、AfDも新たな政党グループの設立を視野に他の政党と協議中であるとの報道がされている。7月16~19日に予定される選挙後最初の本会議までは、政党による会派の離脱・加入は続くとみられる。

右傾化進むも、EPPを中心とした中道会派による連立継続か

このように、中道右派から極右までを含めた右派は、合計で半数以上の議席を獲得しており、欧州議会の右傾化は顕著なものとなった。ただし、ECRやIDの議席増は、議席割当が多い加盟国の結果が大きく影響しており、特に極右勢力に関してはEU全域で躍進したわけではない。

多党制を基本とする欧州政治においては、今後もEPPを中心とした連立体制が続くと予想される。最大会派のEPPは、議席増に成功したといっても獲得議席は全体の4分の1程度であり、今後の議会運営においては他の政党グループとの連立が不可欠である。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、次期体制に向け、まずは現行の連立相手であるS&DおよびRenewと交渉を開始すると表明している(2024年6月12日付ビジネス短信参照)。ただし、EPP、S&D、Renewの親EU中道3会派は、合計で過半数を上回る399議席(55.42%)を獲得したものの、選挙前の合計417議席(59.15%)から議席を減らしている。欧州議会では、法案ごとに、加盟国の国内事情により所属する政党グループの投票方針に従わない政党あるいは議員がいることから、この数字は安定的な支持基盤とは言い難い。連立合意に向けて、EPPによる交渉の行方が注目される。

なお、主要加盟国の選挙結果の詳細はビジネス短信特集「2024年欧州政治動向」を参照のこと。

欧州議会選挙から占う今後のEU政策

執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
吉沼 啓介(よしぬま けいすけ)
2020年、ジェトロ入構。