新たなステージに入った世界のカーボンプライシングCBAM
世界をリードするEUのカーボン・プライシング(2)

2024年5月27日

本稿の前編では、EU排出量取引制度(EU ETS: EU Emissions Trading System)がEUの気候変動対策の柱であることを説明した。

しかし、EU域内だけに炭素価格を課すと、規制が緩やかな域外国が国際競争で有利になり、域内に域外からの輸入品が増えたり、域内の生産拠点が域外に流出したりする可能性が高まる。結果として、規制が緩やかな域外国での経済活動が拡大し、地球全体では排出量が増える恐れさえある。

EUでは、この「カーボンリーケージ」(炭素漏出)を防ぐため、EU域外から域内への輸入品に炭素価格を課す炭素国境調整メカニズム(CBAM: Carbon Border Adjustment Mechanism)の導入を決めた(注1)。2026年1月の本格適用開始に先立ち、2023年10月に移行期間が開始した。

後編では、1. CBAMの概要、2. 移行期間の報告義務に対応した在欧日系企業の反応、3. 今後、日系企業が留意すべき点、をまとめたい。

CBAMの概要

(1)EU ETSとCBAMの関係

EU ETSでは、これまで一部の域内企業に対し、カーボンリーケージ対策として排出枠を無償割当してきた。しかし、EU ETS改正指令で、無償割当を2026年から段階的に削減することが決定。代替のカーボンリーケージ対策として、域外から域内への輸入品に炭素価格を課すCBAMを段階的に導入することにした。CBAM対象部門の無償割当は、2034年に全廃されてCBAMに完全に移行する(図参照)。CBAMは、域外から域内への輸入品にもEU ETSの機能を反映(mirror)することで、EU ETSを補完するという位置づけだ。

図:EU ETS無償割当の段階的廃止に伴うCBAMの段階的導入
EU ETS無償割当の段階的廃止に伴う、CBAMの段階的導入を2つの折れ線グラフで示している。CBAMは2026年に2.5%、2027年に5%、2028年に10%、2029年に22.5%、2030年に48.5%、2031年に61%、2032年に73.5%、2033年に86%、2034年に100%導入される。EU ETSの無償割当の段階的廃止は、CBAMの段階的導入と対称的になっており、2026年以降削減される。EU ETSの無償割当は、2026年は2025年比の97.5%、2027年は95%、2028年は90%、2029年は77.5%、2030年は51.5%、2031年は39%、2032年は26.5%、2033年は14%、2034年は0%で完全に廃止される。

出所:欧州議会プレスリリースを基にジェトロ作成

(2)CBAMの対象製品

CBAMの対象製品は当初、カーボンリーケージのリスクが高い一部製品(セメント、電力、肥料、鉄鋼、アルミニウム、水素)に限定される(表参照)。他方、欧州委員会はCBAM移行期間に対象製品の拡大について検討し、本格適用前の2025年末までに報告書を提出する予定だ。優先的に検討する製品としては、有機化学品とポリマー(プラスチック)を挙げている。なお、2030年までには、EU ETSの対象部門の全てを段階的にCBAMの対象製品にする意向だ。

また、CBAMの対象製品には、鉄鋼のねじ・ボルト・ナットなど川下製品も一部含まれており、今後、川下製品がどれほど拡大されるかも注目される。

表:CBAMの対象製品
分類 CNコード 製品
セメント 2507 00 80 その他のカオリン系粘土
2523 10 00 セメントクリンカー
2523 21 00 白色ポートランドセメント(人工着色の有無を問わない)
2523 29 00 その他のポートランドセメント
2523 30 00 アルミナセメント
2523 90 00 その他の水硬性セメント
肥料 2808 00 00 硝酸および硫硝酸
2814 無水アンモニアおよびアンモニア水
2834 21 00 硝酸カリウム
3102 窒素肥料(鉱物性肥料および化学肥料)
3105 肥料成分(窒素、りん、カリウム)のうち2つ以上を含有する肥料(鉱物性肥料および化学肥料)、およびその他の肥料ならびにこの類の物品をタブレット状、その他これに類する形状にしているか、または容器ともの1個の重量が10キログラム以下に包装したもの(次の品目を除く)
3105 60 00:鉱物性肥料および化学肥料(りんおよびカリウムを含有するもの)
鉄鋼 72 鉄鋼(次の品目を除く)
7202 2:フェロシリコン
7202 30 00:フェロシリコマンガン
7202 50 00:フェロシリコクロム
7202 70 00:フェロモリブデン
7202 80 00:フェロタングステンおよびフェロシリコタングステン
7202 91 00:フェロチタンおよびフェロシリコチタン
7202 92 00:フェロバナジウム
7202 93 00:フェロニオブ
7202 99:その他のフェロアロイ(次の3品目)
7202 99 10:フェロホスホル
7202 99 30:フェロシリコマグネシウム
7202 99 80:その他
7204:鉄鋼のくずおよび鉄鋼の再溶解用のインゴット
2601 12 00 鉄鉱(精鉱および焼いた硫化鉄鉱を含む):凝結させたもの
7301 鋼矢板(穴をあけてあるかないか、または組み合わせてあるかないかを問わない)、および溶接形鋼
7302 鉄鋼製の建設資材で、鉄道または軌道の線路用のもの
レール、ガードレール、ラックレールおよびトングレール、轍差(てっさ)、転轍棒その他の分岐器の構成部分、ならびにまくら木、継目板、座鉄、座鉄くさび、ソールプレート(ベースプレート)、レールクリップ、床板、タイその他の資材で、レールの接続または取り付けにもっぱら使用するもの
7303 00 鋳鉄製の管および中空の形材
7304 鉄鋼製の管および中空の形材(継目なしのもので鋳鉄製のものを除く)
7305 鉄鋼製のその他の管(溶接、リベット接合、その他これらに類する接合をしたものなど)で、横断面が円形のもので、外径が406.4ミリメートルを超えるもの
7306 鉄鋼製のその他の管および中空の形材(オープンシームのものおよび溶接、リベット接合、その他これらに類する接合をしたものなど)
7307 鉄鋼製の管用継手(カップリング、エルボー、スリーブなど)
7308 構造物およびその部分品(鉄鋼製のものに限る。橋、橋げた、水門、塔、格子柱、屋根、屋根組み、戸、窓、戸枠、窓枠、戸敷居、シャッター、手すり、柱など。第94.06項のプレハブ建築物を除く)ならびに構造物用に加工した鉄鋼製の板、棒、形材、管、その他これらに類する物品
7309 00 鉄鋼製の貯蔵タンク、その他これに類する容器(内容積が300リットルを超えるもので、内張りしてあるかないか、または断熱してあるかないかを問わず、圧縮ガス用または液化ガス用のもの、および機械装置または加熱用もしくは冷却用の装置を有するものを除く)
7310 鉄鋼製のタンク、たる、ドラム、缶、箱、その他これらに類する容器(内容積が300リットル以下のもので、内張りしてあるかないか、または断熱してあるかないかを問わず、圧縮ガス用または液化ガス用のもの、および機械装置または加熱用もしくは冷却用の装置を有するものを除く)
7311 00 圧縮ガス用または液化ガス用の鉄鋼製の容器
7318 鉄鋼製のねじ、ボルト、ナット、コーチスクリュー、スクリューフック、リベット、コッター、コッターピン、座金(ばね座金を含む)、その他これらに類する製品
7326 その他の鉄鋼製品
アルミニウム 7601 アルミニウムの塊
7603 アルミニウムの粉およびフレーク
7604 アルミニウムの棒および形材
7605 アルミニウムの線
7606 アルミニウムの板、シートおよびストリップ(厚さが0.2ミリメートルを超えるもの)
7607 アルミニウムのはく(補強材を除く厚さが0.2ミリメートル以下のもので、印刷してあるかないか、または紙、板紙、プラスチックその他これらに類する補強材により裏張りしてあるかないかを問わない)
7608 アルミニウム製の管
7609 00 00 アルミニウム製の管用継手(カップリング、エルボー、スリーブなど)
7610 アルミニウム製の構造物およびその部分品(橋、橋げた、塔、格子柱、屋根、屋根組み、戸、窓、戸枠、窓枠、戸敷居、手すり、柱など。第94.06項のプレハブ建築物を除く)、ならびに構造物用に加工したアルミニウム製の板、棒、形材、管、その他これらに類する物品
7611 00 00 アルミニウム製の貯蔵タンク、その他これに類する容器(内容積が300リットルを超えるもので、内張りしてあるかないか、または断熱してあるかないかを問わず、圧縮ガス用または液化ガス用のもの、および機械装置または加熱用もしくは冷却用の装置を有するものを除く)
7612 アルミニウム製のたる、ドラム、缶、箱、その他これらに類する容器(折り畳み可能または硬いチューブ状のものを含み、内容積が300リットル以下のもので、内張りしてあるかないか、または断熱してあるかないかを問わず、圧縮ガス用または液化ガス用のもの、および機械装置または加熱用もしくは冷却用の装置を有するものを除く)
7613 00 00 圧縮ガス用または液化ガス用のアルミニウム製の容器
7614 アルミニウム製のより線、ケーブル、組ひも、その他これらに類する製品(電気絶縁をしたものを除く)
7616 その他のアルミニウム製品
化学 2804 10 00 水素
電力 2716 00 00 電気エネルギー

注:CNコードとはEUの域外共通関税を設定する合同関税品目分類表で、6桁まではHSコードと共通。
出所:CBAM規則付属書1を基に作成したジェトロ調査レポート「EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の解説(基礎編)」(2024年2月)の表を再掲

(3) EU域内の報告者(輸入側)に求められること

CBAMの報告者となるのは、CBAM対象製品をEU域外から域内に輸入する事業者(または通関代理人)だ。輸入者は対象製品の輸入量や、温室効果ガス(GHG)の排出量(注2)などを、欧州委のデータベース「CBAM登録簿」に年1回提出する(移行期間は四半期ごとに報告)。

排出量の算出について、移行期間の一部はデフォルト値(既定値)の利用が認められており、本格適用後は国や地域ごとに算出された精緻なデフォルト値が利用可能になる予定だ。排出量の把握は容易でないケースが多く、デフォルト値の利用は報告にかかる手間を省略できるメリットがある。一方、デフォルト値が自社の排出量より高く設定される場合、炭素価格の支払いが多くなるデメリットがある。

現在の移行期間は支払い義務も発生しないため、多くの企業がデフォルト値を利用しているとみられる。輸入者は今後のCBAM本格適用に向けて、実際の排出量を入手するように生産者に依頼するか、デフォルト値を使用するか、調達先をEU域内に変更するか、といった選択をする必要があるだろう。

(4)EU域外の生産者(輸出側)に求められること

まず、自社がEUに輸出する製品がCBAMの対象製品に該当するか確認する必要がある。ジェトロでは、「部品としてCBAM対象製品が含まれる場合はどうなるのか」という質問を受けることがあるが、EUに輸出する最終製品のCNコードが表のCBAM対象製品になければ、対象外である。なお本格適用以降、対象製品は拡大する可能性もあるので、動向は引き続き確認する必要がある。

また、CBAMに限らず、持続可能な社会に向けた取り組みなど、企業の非財務情報の開示要求は高まっている。排出量について適切なモニタリングを導入することを検討する必要があるだろう。なお、CBAMで求められる排出量の計算には、工場など施設単位ではなく、製品1トン当たりCO2換算排出量を算出する必要があるので注意が必要だ。脱炭素政策が進むEUを見据えて、排出量削減のため、サプライチェーンの見直しや、技術改善などにも取り組む必要もあるだろう。

在欧日系企業からは「負担大きい」との声

CBAMは2024年1月末、移行期間を開始してから初めての報告期限を迎えた。実際に対応した在欧日系企業からは、負担が大きすぎるとの声が多く上がっている。ジェトロが複数の在欧日系企業にヒアリングしたところ、「報告内容が多い上、内容の理解が難しい」「排出量データを取れない」「品番が多くて情報管理が煩雑」「輸入量が少ないのに報告にかかる労力が不釣り合いに大きい」「対応できる人材がおらず、コンサルタントに入ってもらって対応したが、金銭的負担が大きい」などの声が聞かれた。

オランダに拠点を持ち、大型プリンターなどの製造を手掛けるミマキエンジニアリング(長野県)の子会社ミマキヨーロッパも対応に追われた1社だ(注3)。ミマキは、看板、テキスタイルなど産業用の大判プリントを得意とし、プラスチック、ガラス、木材、皮革などの素材にも高画質に印刷できるインクジェットプリンターを主力商品とする企業だ。

担当者によると、ミマキでは当初、自社製品がCBAM対象製品に該当しないと安堵(あんど)していた。しかし、対象製品を細かく見ると、保守部品が該当する可能性が浮上した。報告期限が迫る中、コンサルタントを選定し、保守部品のCNコードが対象製品に該当しないか確認する作業に追われたという。結果的に、初回報告の対象期間だった2023年第4四半期には対象製品の輸入実績がなかった。しかし、今回の作業を通じてCBAM対応コストの大きさを実感したという。

今後、日系企業が注目すべき点

日本からのCBAM対象製品の輸出量は少なく、排出量に対する支払いの観点でみた直接的な影響は限定的とされている。しかし、前述のようにCBAMの対象製品は今後、化学品を中心に今後拡大する可能性があるので注意したい。

長期的視点では、日本で2023年度から第1フェーズが始まった排出量取引制度「GX ETS」との関係も注目したい。CBAMは、生産国でカーボン・プライシング制度が導入されている場合、対象製品について支払った炭素価格が控除される。GX ETSはEU ETSのように義務でなく、企業が自主参加して自ら削減目標を設定する。現状では控除対象となったとしても一部にとどまるとみられる上、そもそもEU ETSの控除対象となるか不明だ。ただ、EUはCBAMが世界のカーボン・プライシング制度を促進する効果を期待している。CBAMがどのように世界に波及していくのか、見定めたい。


注1:
詳細はジェトロ調査レポート「EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の解説(基礎編)」(2024年2月)を参照。
注2:
CBAMでは、「体化排出量(embedded emissions)」という概念を用いる。詳細は欧州委員会ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。
注3:
2024年3月にジェトロがヒアリングを実施。

世界をリードするEUのカーボン・プライシング

執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
江里口 理子(えりぐち さとこ)
2013年、新聞社入社。記者として広島支局、東京経済部などで勤務。その後、一橋大学国際・公共政策大学院修士課程を経て、2023年にジェトロ入構。