変貌する世界の半導体エコシステム世界の半導体市場の回復はまだら模様、設備投資の牽引役は中国

2024年5月13日

2023年前半に底打ちした世界の半導体市場は、その後、2024年前半にかけて緩やかな回復が続いている。生成AI(人工知能)の急速な普及に伴う、サーバー向け需要の増加が市場全体の伸びを牽引する。また、PC(パソコン)をはじめとする川下のエレクトロニクス製品市場が上向きつつあることも明るい材料だ。他方、底堅い需要で半導体市場を支えてきた産業機械向けや自動車向けは伸びが鈍化するなど、需要の回復は、川下産業の生産・在庫状況や市場見通しにより、まだら模様となっている。

一方、2023年後半から2024年前半にかけての世界の半導体製造装置の販売は、台湾や韓国などの主要市場が伸び悩む半面、中国市場が著しい伸びを見せる。米国や日本、オランダから、先端半導体製造装置の輸出管理規則の適用を受けている中での装置輸入増加の背景には、規制の適用外であるレガシープロセス技術の半導体製造能力をさらに高めようとする中国の狙いがあると考えられる。

世界の半導体集積回路(IC)や半導体製造装置の販売動向、輸出入の変化などを基に、2024年後半以降のグローバル半導体産業を展望する。

2024年第1四半期のファブ稼働率は70%

半導体の国際業界団体のSEMIは2024年2月、2023年第4四半期の世界の電子機器売上高が前年同期比1%増と2022年下半期以来のプラスに転じ、さらに2024年第1四半期には同3%増に達する見通しの下、「半導体の需要の回復と在庫の正常化が進み、世界半導体製造業界の回復が定着しつつある」と発表した(注1)。また、半導体のファブ稼働率については、2023年第4四半期の66%から2024年第1四半期には70%へ改善しているとし、「稼働率は依然として低いものの、2024年中に段階的な改善が見込まれる」と報告した。

米国半導体工業会(SIA)が毎月発表する世界の半導体売上高(主要国・地域別、3カ月後方移動平均)のデータによれば、半導体の売上高は2023年3月、10カ月ぶりに前月比プラスの伸びに転じて以降、同年12月まで10カ月にわたりプラスの伸びを維持した。2024年に入り、1月、2月は前月比マイナスに転じたものの、前年同月比ベースではそれぞれ15.2%、16.3%の増加となり、前年の半導体不況からの回復を示した。しかし、両月とも2022年同月の水準には届いておらず、半導体市場全体の回復力は力強さを欠いている(図1参照)。

図1:世界の主要国・地域別半導体売上高(月別)と前月比伸び率推移
世界の半導体売上高(月別)を2022年1月~2024年2月までの推移で、縦棒グラフで表示(主要国・地域別の積み上げ)。前月比の伸び率を折れ線グラフで表示。全世界の売上高の推移は次の通り(単位は10億ドル)50.74 50.04 50.58 50.93 51.82 50.82 49.00 47.35 47.00 46.86 45.58 43.61 41.34 39.70 39.83 40.04 40.74 42.23 43.22 44.04 44.89 46.62 47.98 48.66 47.63 46.17 。同伸び率-(前月比)推移は次の通り0.2% -1.4% 1.1% 0.7% 1.7% -1.9% -3.6% -3.4% -0.7% -0.3% -2.7% -4.3% -5.2% -4.0% 0.3% 0.5% 1.7% 3.7% 2.3% 1.9% 1.9% 3.9% 2.9% 1.4% -2.1% -3.1% 。

出所:米国半導体工業会(SIA)発表資料から作成

AI関連需要が回復を牽引

2024年のIC市場の見通しについて、前出のSEMIの発表(2024年2月時点)では、(1)市場全体では成長するものの、産業機械市場と自動車市場の減速がアナログ半導体の拡大を妨げる、(2)AI分野では技術がクラウドからエッジに移行するにつれ、最先端半導体の成長を大きく促進する、(3)地政学的要因により、後工程の成熟ノードでの過剰生産能力が生じる、として、今後の半導体需要の回復が用途や技術ノードによってまだら模様になるとの見解を示している。

2024年の半導体市場を用途別に見た場合、最も力強い伸びを示しているのが、生成AI向けの画像処理装置(GPU)内のプロセッサーや高帯域幅メモリー(HBM)である。HBMで世界市場をリードする韓国の半導体メモリー大手、SKハイニックスの2024年第1四半期(1~3月)の売上高(2024年4月25日発表)は、前年同期比2.4倍、前四半期比10%増となり、四半期別売上高の過去最高額を更新した。営業利益は、前年同期の赤字から黒字に転換、前四半期比8倍超に伸びている。収益の改善は、HBMを中心としたAI関連の売り上げの伸びによるところが大きく、中でもAIサーバー関連分野の営業利益は前四半期比で8倍以上の伸びを示した。同社は2024年の半導体メモリー市場について、「AI需要の拡大が続いていることを受け、メモリー市場は本格的な回復サイクルに入った。下期以降、従来型アプリケーションの需要改善も見込まれる」と報告した(注2)。

また、半導体受託製造(ファウンドリー)世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)の2024年第1四半期決算報告(4月18日発表)によれば、同期の売上高は前年同期比16.5%増を記録。売上高の46%を占める高性能コンピューティング(HPC)向けが全体の伸びを牽引した。その中でも、AIサーバー向けプロセッサーは、HPCプラットフォームの成長を最も強力に牽引し、さらに今後数年の同社の増収に最大の貢献を果たすと見込まれている。同社のC.C.Wei(魏哲家)最高経営責任者(CEO)によれば、「2024年のAIサーバー向けプロセッサーからの収益貢献は2倍以上に伸び、収益全体の10%台前半を占めるまでに成長すると見込まれる。さらに今後5年間は、年平均成長率(CAGR)50%で成長し、2028年には売上高の20%を超えると予測する」と説明した(注3)。

半導体製造装置の販売、中国市場が著しい伸び

半導体産業の今後の設備投資の指標となる製造装置市場の動向はどうか。SEMIは2024年4月10日、半導体製造装置(新品)の2023年世界総販売額が1,063億ドルと、過去最高額を記録した2022年の1,076億ドルから1.3%減少したと発表した。SEMIのアジット・マノチャCEOは「世界の装置販売額は若干の落ち込みを示したが、主要地域での戦略的投資の後押しにより力強さを示した。2023年の市場は半導体業界関係者の多くの予測を上回る結果となった」と話す。同氏の言葉のとおり、SEMIは2023年7月時点の世界半導体製造装置「2023年央市場予測」において、2023年の世界総販売額を前年比18.6%減の874億ドルと予測していた経緯がある。結果として、同年の売上高の実績が予測値を2割以上回った形である。

予想を大きく上回る製造装置販売額の伸びの要因は、2023年後半の中国市場の旺盛な需要にある。主要地域別の製造装置販売額では、中国市場での年間販売額が前年比29%増の366億ドルとなり、世界全体の販売額に占める中国市場の構成比は2022年の26%から、2023年には34%に拡大した。中国に次ぐ市場規模を誇る韓国は、メモリー半導体産業の投資抑制などにより前年比7%減、また2022年まで4年連続で拡大を続けていた台湾市場も同27%の減少となった。一方、米国市場は、2022年8月に施行された「CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)」による投資振興策などを受け、15%の伸びを記録した(表参照)。

表:半導体体製造装置の主要市場別販売額(10億ドル)(単位:10億ドル)(△はマイナス値)
国・地域名 2022年 2023年 伸び率
中国 28.27 36.6 29%
韓国 21.51 19.94 △7%
台湾 26.82 19.62 △27%
北米 10.48 12.05 15%
日本 8.35 7.93 △5%
欧州 6.28 6.46 3%
その他地域 5.95 3.65 △39%
合計 107.64 106.25 △1%

出所:SEMI(2024年4月10日発表)

中国は2023年半ば以降、半導体製造装置(HS8486類)の輸入も急速に増やしている。中国を含む世界の半導体製造装置の輸入上位5カ国・地域(中国、台湾、韓国、米国、EU)の2019~2023年の輸入額の推移(四半期別)を比較すると、2023年後半に中国による輸入が、他国・地域との比較で際立って伸びていることが分かる(図2参照)。中国の2023年第第3四半期(7~9月)および4四半期(10~12月)の輸入額は、2期連続で四半期ベースの過去最高額を更新している。

図2:主要国・地域の半導体製造装置(HS8486項)輸入の推移
世界の半導体製造装置の輸入額(四半期別)を、主要国・地域別(中国、EU、韓国、台湾、米国)に2019年Q1 から2023年Q4までの推移で表示。中国のみが他国・地域に比べて、2023年後半に大きく伸び、2023年Q2~Q4 まで3四半期連続で最大の輸入国となっている。中国の製造装置輸入額の推移は次のとおり(単位は100万ドル)6,996 8,546 8,980 6,249 5,865 6,502 6,580 7,487 6,736 7,608 9,081 8,220 9,564 10,960 9,790 10,686 9,638 9,092 9,297 6,693 6,635 7,707 12,101 13,181。

出所:Global Trade Atlasから作成

中国の半導体製造装置の輸入を、輸入相手国・地域別に見ると、日本とオランダの構成比が大きく、2024年第1四半期の実績では日本が全体の3割、オランダが2割を占める(図3参照)。なお、日本とオランダは、それぞれ2023年7月23日、同年9月1日から、中国向けの特定先端半導体製造装置の輸出管理規則を導入していることから、同管理規則の対象外となる半導体製造装置の輸入が増加しているものと見られる(注4)。

独自のサプライチェーン構築を目指す中国地場企業

2023年の中国の半導体製造装置市場の大幅な伸び、および同年後半の輸入の急増に見る中国の地場半導体産業による設備投資の増勢は、すでに中国が一定の競争力を有するレガシープロセス技術の半導体製造能力をさらに高める狙いがあると考えられる。また、近い将来、それが中国市場におけるグローバル企業と中国地場企業との間の競合激化につながると推察される。

SEMIが世界の半導体前工程製造施設における投資・操業計画や支出見通しを報告するWorld Fab Forecastレポート(2024年第1四半期版、2024年3月12日)によれば、2024に中国国内で新たに稼働する前工程の半導体工場は23件を数える。国・地域別の件数では中国が最大であり、同年に世界全体で新たに稼働する前工程工場(44件)の半数以上が中国国内に立地することとなる。また2025年についても、世界全体で稼働する25件の工場のうち10件が中国に立地する。なお、2024~2025年に新たに稼働する工場は、いずれも中国地場企業によるものであり、外資系企業による中国への直接投資(FDI)プロジェクトは報告されていない(注5)。

台湾の政府系シンクタンク、資訊工業策進会(MIC)産業情報研究所に属し、半導体のグローバルサプライチェーンに詳しいアナリストは、2023年後半以降の中国の製造装置輸入の増加について、「米中対立を踏まえた政府の指示もあり、実需を上回る装置が、調達されている可能性が高い。このような状況は、中国と非中国のマーケットが構築されていることを示唆するもの」とコメントしている(注6)。

また、香港に拠点を有する日系商社は「中国の地場メーカーが、レガシー分野の半導体の拠点増強のための製造装置の調達を積極化させている」と見る。また、その背景として、「米国の輸出管理規制により、現在は規制対象ではないレガシー半導体向けの装置も将来的に規制対象になる可能性があるとの憶測がある。規制強化への懸念から前倒し調達を急いでいる可能性がある」と推察する(注7)。

図3:中国による半導体製造装置(HS8486項)輸入(相手国・地域別)
中国の半導体製造装置輸入額(四半期別)を2019年Q1~2024年Q1 までの推移で、縦棒グラフで表示(主要相手国・地域別の積み上げ)。前月比の伸び率を折れ線グラフで表示。輸入額の推移(合計額)は次の通り(単位は100万ドル)。日本とオランダの構成比の高さが目立つ。6,996 8,546 8,980 6,249 5,865 6,502 6,580 7,487 6,736 7,608 9,081 8,220 9,564 10,960 9,790 10,686 9,638 9,092 9,297 6,693 6,635 7,707 12,101 13,181 11,155。

出所:Global Trade Atlasから作成

巨大半導体工場の建設ラッシュ、2025年に向けた世界の装置需要を牽引

日本から海外主要市場に輸出を行う半導体製造装置メーカーは2024年3月、今後の設備投資の見通しに関して、「半導体市況は、2024年度の下期以降、すなわち2024年10月以降の本格回復を見込む。市場の回復は主に中国以外の拠点のAIサーバー向け半導体需要が牽引する見通し。2023年半ば以降、輸出全体に占める中国市場向けの構成比が高まっているが、2024年度下期以降は中国以外の市場が回復し、元の構成比に戻るだろう」と見込む。また、新設半導体工場向けの設備導入について、「米国ではCHIPSプラス法を受けた主要顧客の設備投資の加速に対応する必要がある。また、日本国内でも、パワー半導体関連工場向けに需要に加え、ラピダス(北海道)やTSMC(熊本)などを中心とする新規投資向けの需要が拡大する見通し」と話す(注8)。

同コメントの示す通り、2024年後半以降の世界の半導体装置市場は、米国インテルや韓国サムスン電子、台湾TSMCをはじめとする世界の主要半導体メーカーによって相次いで発表されている巨額の投資計画の相次ぐ稼働に伴い、力強い成長が期待される。

とりわけ米国では、CHIPSプラス法を成立の可能性が浮上し始めた2020年5月以降、2024年4月までに、25州にまたがる合計80件以上、総額4,500億ドル規模の半導体関連民間投資プロジェクトが発表され、それらを通じ約5万6,000人の新規雇用創出が見込まれているという(注9)。2004年4月には、TSMCがアリゾナ州に、サムスン電子がテキサス州に、相次いで追加投資計画を発表。建設中のプロジェクトと合わせた投資総額は、それぞれ総額650億ドル、400億ドルに達し、米国史上最大のグリーンフィールド・プロジェク向けFDIとなることが報告された(注10)。米国商務省は、2023年12月にBAEシステムズESに対する助成金認定を皮切りに、マイクロチップ、グローバルファウンドリーズ、インテルなどの米国半導体メーカーへの助成金認定を発表。インテルに対しては、アリゾナ州やニューメキシコ州、オハイオ州、オレゴン州などにおける複数の半導体製造プロジェクト向けに、最大85億ドルを認定している。2024年4月には、米国企業に加え、TSMCやサムスン電子への助成金支給も相次ぎ認定している。

日本では、経済産業省が、熊本県内で2024年2月に開所したTSMCの第1工場に対する最大4,760億円(2023年6月17日付認定)、新たに建設される同第2工場に対する同7,320億円(2024年2月24日付認定)の助成を含め、2024年3月時点までに、日本国内での計6件の半導体工場建設計画への助成金を認定し、「認定特定半導体生産施設整備等計画外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」として同省ウエブサイトに公表している。


注1:
2024年2月14日付、SEMI発表。TechInsightsと共同して発行している最新のSemiconductor Manufacturing Monitorレポートの発表に際して行ったプレスリリースに基づく。
注2:
2024年4月25日付SKハイニックス発表、「SK hynix FY2024 Q1 Earnings Results」に基づく。
注3:
2024年4月18日付TSMC発表、「Financial Results -2024Q1」に基づく。
注4:
日本の輸出管理は、経済産業省(2023年5月23日公布、7月23日施行)、「輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令の一部を改正する省令」。オランダの輸出管理については、2023年6月30日付外務省官報(オランダ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに基づく(2023年7月10日付ビジネス短信参照)。
注5:
2024年に新たに稼働する23件の工場の中には、香港に本社を有する企業の案件(1件)を含む。
注6:
台北市内での筆者インタビューに基づく(実施日:2024年2月20日)。
注7:
香港市内での筆者インタビューに基づく(実施日:2024年2月23日)。
注8:
日本国内での筆者インタビューに基づく(実施日:2024年3月12日)。
注9:
SIA(2024年4月25日時点更新情報に基づく)「The CHIPS Act Has Already Sparked $450 Billion in Private Investments for U.S. Semiconductor Production」。
注10:
米国商務省、「Biden-Harris Administration Announces Preliminary Terms with TSMC, Expanded Investment from Company to Bring World’s Most Advanced Leading-Edge Technology to the U.S.」(2024年4月8日付発表)、「Biden-Harris Administration Announces Preliminary Terms with Samsung Electronics to Establish Leading-Edge Semiconductor Ecosystem in Central Texas(2024年4月15日付発表)。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。