変貌する世界の半導体エコシステム後工程のグローバルハブへ躍進、足かせは深刻な人手不足(マレーシア)
2024年12月18日
世界の半導体サプライチェーンにおいて、パッケージやテストなどの後工程の13%を担うマレーシア。2024年5月に打ち出した「国家半導体戦略」の下、グローバル企業の誘致や新たな企業創出、人材育成などの取り組みが進む。地政学リスクの高まりに伴う世界的なサプライチェーン再編の流れも、グローバル半導体メーカーによるマレーシアへの分散投資を後押しする。喫緊の課題は、ASEAN主要国の中で最も深刻な人材不足への対応だ。
後工程を中心に厚みを増す産業集積
マレーシアでは近年、北部ペナンを中心に、半導体製造の後工程にあたるテストやパッケージング産業の集積が進展。グローバルサプライチェーンの中で、その存在感を着実に高めている。マレーシア投資開発庁(MIDA)によれば、2023年のマレーシアの製造業部門への投資認可総額は1,520億リンギ(約5兆1,680億円、1リンギ=約34円)、そのうち半導体産業を含む電気・電子産業への投資は854億リンギと56%を占めた。また、マレーシアは世界第6位の半導体輸出国であり、とりわけ後工程の領域では、世界の半導体のテスト・パッケージング工程の約13%がマレーシアで行われているという(注1)。
図1は、マレーシアの半導体関連輸出のうち、最も輸出構成比の大きい集積回路(HSコード:8542項)の輸出を2015年からの推移で示したものである。輸出額は2023年には748億ドルとなり、2015年(272億ドル)との比較で3倍近くに増加している。同品目の輸出はマレーシアの輸出総額の24%を占め、品目別(HSコード4桁レベル)の構成比では最大である。また、世界の集積回路輸出全体に占めるマレーシアの構成比も着実に増加しており、2023年には7.6%に達した。

出所:Global Trade Atlasから取得したデータに基づき作成
国家半導体戦略で17兆円規模の投資の誘引を目指す
マレーシア政府による施策も、国内への半導体産業の集積を後押しする。政府は2024年5月、クアラルンプールで開催された半導体産業の国際展示会「SEMICON 東南アジア」の中で、国内半導体産業の高度化を目指す国家半導体戦略(NSS)
(1.21MB)を発表。同戦略では、半導体分野における企業誘致や新たな企業創出、研究開発や人材育成強化のため少なくとも250億リンギの予算措置を行う。このうち、国内外企業に対する資本補助金(Capital Grants)として、2023年以降の最長16年間で100億リンギを支出する計画だ(表参照)。
NSSを通じ、6万人規模のマレーシア人エンジニアを育成し、5,000億リンギの半導体関連投資を誘引するという野心的な目標を掲げる(2024年6月13日付ビジネス短信参照)。
表:国家半導体戦略の下での財政支援の内容
イニシアチブ | 予算(10億リンギ) | 期間(年) | 管轄省庁/機関 |
---|---|---|---|
資本補助金 | 10 | 10-16(2023 - 2038年) | MOF/KE/MIDA |
イニシアチブ | 予算(10億リンギ) | 期間(年) | 管轄省庁/機関 |
---|---|---|---|
人材開発ファンド(HRDF) | 1.25 | 6(2025-2030年) | MOHR |
ハイインパクトファンド | 1 | 5(2026-2030年) | MIDA |
国内戦略投資ファンド (地場企業向け) |
1 | 6(2025-2030年) | MIDA |
イニシアチブ | 予算(10億リンギ) | 期間(年) | 管轄省庁/機関 |
---|---|---|---|
1人当たり2万リンギ支出 (既存ファンドの活用) |
1.2 | 6(2026-2030年) | MIDA |
イニシアチブ | 予算(10億リンギ) | 期間(年) | 管轄省庁/機関 |
---|---|---|---|
MyChipStart ICプログラム(IC設計産業・企業の育成) | 1 | 5(2025-2029年) | MITI/CREST/MIDA/MIMOS |
半導体産業パーク | 2 | 5(2025-2029年) | MOF/MITI/MIDA |
先端パッケージングセンター(既存施設を活用・拡大) | 0.5 | 2(2025-2026年) | MITI/CREST/MIDA/MIMOS/ SIRIM |
10年間のセンター運営費 (3,000万リンギ/年) |
0.3 | 10(2026-2035年) | MITI/CREST/MIDA/MIMOS/ SIRIM |
共同R&Dプロジェクト | 2.7 | 5(2026-2030年) | MITI/CREST/MOSTI |
半導体支援機関の強化 MIMOS、CREST |
0.3 (0.15×2機関) |
10(2025-2034年) | CREST/MIMOS |
国家エネルギー移行基金 (再生可能エネルギー導入支援) |
2 | ₋ | PETRA |
グリーン技術融資制度(GTFS)4.0₋グリーンビジネスの奨励 | 2 | 既存(~2025年) | NRES |
注:MOF:財務省、KE:経済省、MOHR:人的資源省、MITI:投資貿易産業省、MIMOS:国立応用研究開発センター、SIRIM:工業標準所、MOSTI: 科学技術イノベーション省、PETRA: エネルギー移行・水資源変革省、CREST: Collaborative Research in Engineering, Science and Technology、NRES:天然資源環境サステナビリティ省
出所:国家半導体戦略から作成
欧米メーカーが相次ぎ巨額の投資計画を発表
グローバル半導体メーカーによる近年の主なマレーシアへの投資プロジェクトでは、2021年に、米国インテルがペナンを中心に10年間で総額300億リンギの投資を行い、先端パッケージングの工場を建設すると発表した。同工場は3Dパッケージング技術を活用したインテル最大の先進パッケージング施設として、71万平方フィート(約6万6,000平方メートル)のクリーンルームを構える。同社は、ペナン近郊のクダ州クリムでも、国内5件目となる組み立て・試験・製造(ATM)工場を建設している段階にある。
なお同社では、経営不振に伴い、1万5,000人以上の人員削減や事業見直しなどを柱とする100億ドル規模のコスト削減計画が進行している(2024年8月6日付ビジネス短信参照)。しかし、マレーシアの工場建設プロジェクトに関しては、2024年9月時点で、「市場の状況や既存の生産能力の利用率の向上に合わせて稼働開始時期の調整はあるものの、工場建設は完了させる」との方針を発表している(注2)。
ドイツのインフィニオン・テクノロジーズは2024年8月、クリムに世界最大のシリコンカーバイド(SiC)パワー半導体工場(第1期)の開設を発表。第1期の投資額は20億ユーロに上り、900人規模の雇用を創出する。電気自動車(EV)や高速充電ステーション、再生可能エネルギーシステム、人工知能(AI)データセンターなどに使用されるSiCパワー半導体需要の増加に対応する。さらに第2段階では、最大50億ユーロを投資し、世界最大のSiCパワーファブを建設。新たに最大4,000件の雇用を創出する計画を示している。(注3)
米国マイクロンテクノロジーも2023年10月、ペナンのバトゥカワン工業団地に最先端の組み立て・テスト施設を開所。同施設の開所式とあわせ、創業45周年を祝賀する式典を行ったことを発表した。同開所式の際、同社は投資済みの10億ドルに加え、今後数年間で新施設建設や装置導入などのため、さらに10億ドルの追加投資を行い、工場面積を合計150万平方フィートに拡大する計画を示した。AIや自律走行車などの新な需要に対応する最先端のNANDやDRAM製品、SSDモジュールを供給する(注4)。
米国テキサス・インスツルメンツも2023年6月、クアラルンプールおよびマラッカにそれぞれ組み立て・試験工場を建設し、マレーシア国内の製造拠点を拡大する計画を発表している。投資額は96億リンギ、50億リンギに上り、いずれも早ければ2025年の生産開始を見込む(注5)。
そのほか、ドイツのボッシュ(注6)、オーストリアのams OSRAM(注7)、台湾のASE(注8)、米国アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)と中国の南通富士通微電子(NFME)の合弁会社であるTF-AMDマイクロエレクトロニクス(注9)なども、半導体の後工程や設計を中心とする新たな投資プロジェクトを発表している。
旺盛な設備投資により製造装置市場も拡大
グローバル半導体メーカーによる投資計画が相次ぐ中、新工場への設備導入需要を受けた半導体装置市場の拡大も期待される。インテルやインフィニオンの投資に伴う据え付け・サポートなどの需要対応のため、現地拠点を設立した日系半導体製造装置メーカーによれば、「欧米半導体メーカーによる既存のペナン周辺地域への投資計画だけでも、足し合わせれば2兆円規模にのぼる。こうした動きに合わせ、米国の製造装置メーカー各社も、ペナンやクリムを中心に投資を加速している」という(注10)。
近年の半導体製造装置(HS8486項)の輸入の急速な増加傾向も、マレーシアにおける設備投資関連需要の増加を顕著に示す。2023年の同輸入額は24億ドルと、2020年から2.5倍に拡大した。さらに2024年1~8月の輸入額は前年同期比94%増の26億ドルとなり、すでに2023年通年の実績を上回っている(図2参照)。輸入相手国別では、米国および日本の構成比が大きく、日本は2023年、2024年(1~8月)とも全体の22%を占める。

出所:Global Trade Atlasから作成
グローバル半導体製造装置メーカーのうち、マレーシアでの現地生産に先行する米国ラム・リサーチは、ペナンにおいて2021年8月、投資額約10億リンギ、延べ床面積約8万平方メートルの世界最大規模の製造工場の稼働を開始している(注11)。日本の製造装置メーカーでは、荏原製作所が2023年6月、ペナンに事務所兼工場を開設。現地での半導体関連の活発な新規・拡張投資に対応し、販売およびサポートサービスを展開する(注12)。また、半導体部材関連での主要投資案件では、オーストリアのプリント基板大手AT&Sが2024年1月、クリムのハイテクパーク内に、人工知能やデータセンターなどに使われる次世代チップ向けパッケージ基板の新工場を開所した。同工場への投資総額は85億リンギに上り、今後6,000人以上の高度エンジニアを創出することを見込んでいる(注13)。
喫緊の課題は人材採用難
ジェトロが2022年7月に発表した調査レポート「マレーシアの電気・電子産業‐半導体産業を中心に‐」は、マレーシアの半導体産業を中心とする電気電子産業向けに近年、投資が拡大していることの外的要因として、(1)一部の多国籍企業が、米中貿易摩擦に伴い、移転先や代替調達先をマレーシアに求めたこと、(2)世界的なサプライチェーンの混乱に伴い、一部の多国籍企業が、マレーシア現地サプライヤーの育成や海外サプライヤーのマレーシア進出を促したこと、などを挙げる。
新型コロナ禍以降、マレーシアに半導体製造装置の販売やアフターサービス、関連部品などの製造拠点を設立した日系メーカーの担当者は「世界全体で半導体生産工場の建設がラッシュを迎え、設備需要がますます増加することが見込まれる。事業拡大先の検討において中国の地政学リスクは無視できない。そのため、既存の中国拠点は、国内完結型の生産・販売に特化させ、マレーシアを起点とする新たなサプライチェーン構築に取り組むことを決断した」と話す(注14)。
他方、マレーシアが今後、アジアにおける半導体サプライチェーンのハブとして持続的に発展するための課題は、深刻化するワーカーおよびエンジニアの不足への対応である。同社によれば、「インテル、インフィニオンなどの大規模投資計画は、いずれも、建設工事に関わる労働力の不足により工期が遅れている。稼働後を見据えたワーカーやエンジニアの確保も難しい状況にあり、スケジュール通りの操業開始は見込めない」という。
現地サポート体制拡充のため、エンジニア確保に取り組む製造装置メーカーも、「インテルやマイクロン、インフィニオンなどの需要に応じ、近年、もともと絶対数の少ないマレーシア国内の半導体関連エンジニアの取り合いが激しさを増している。ヘッドハンティングなども日常的に発生する。その結果、賃金水準も急激に上昇している」と話す(注15)。
半導体産業にかかわらず、マレーシアの製造業での人材確保を取り巻く状況は近年、厳しさを増している。政府は、外国人労働者の新規受け入れ手続きを2024年12月現在も凍結している。さらに、外国人労働者の雇用比率に合わせて税率を調整する多層型人頭税の導入を2025年にも予定しており、企業にとっては、外国人労働者を確保しづらい状況が生じている。加えて、近年の配車サービスなどのギグエコノミーへの労働力のシフトも製造業の人材不足に拍車をかける状況だ(2024年3月21日付地域・分析レポート参照)。
ジェトロが2024年11月に発表した「2024年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」でも、マレーシアにおいて、「所在国における投資環境面のリスク」として、「労働力の不足・人材採用難 (専門職・技術職、中間管理職など)」、「労働力の不足・人材採用難 (一般ワーカー、一般スタッフ・事務員など)」を挙げた企業の割合は、それぞれ43.1%、32.9%と、いずれもASEAN主要6カ国(注16)の中で最も高い値となった。ASEAN主要国の中でもとりわけ深刻な人材不足の克服は、グローバルサプライチェーンの中でマレーシアが競争力を維持するうえでの最優先課題といえる。国家半導体戦略が掲げる「6万人規模の現地エンジニアの輩出」に向け、国を挙げた取り組みが求められる。
- 注1:
- MIDA、2024年5月29日付発表「SEMICON Southeast Asia 2024 to Drive Investment Opportunities for Malaysia」。
- 注2:
- インテル、2024年4月15日付発表「Updates: Intel’s 10 Largest Construction Projects」、2024年9月16日付発表「Pat Gelsinger on Foundry Momentum, Progress on Plan」。
- 注3:
- インフィニオン・テクノロジーズ、2024年8月8日付発表、「Infineon opens the world’s largest and most efficient SiC power semiconductor fab in Malaysia」。
- 注4:
- マイクロンテクノロジー、2023年10月13日付発表「Micron Commemorates 45 Years of Innovation with the Inauguration of its State-of-the-Art Assembly & Test Facility in Malaysia」。
- 注5:
- テキサス・インスツルメンツ、2023年6月13日付発表「Texas Instruments to expand manufacturing operations in Malaysia」。
- 注6:
- ボッシュ、2023年8月1日付発表「Bosch opens new semiconductor backend site for chips in Penang」。
- 注7:
- ams OSRAM、2023年9月11日付発表「マレーシア投資開発庁(MIDA)とams MIDAOSRAM、マレーシアにおける先進LED製造の相互支援を継続」。
- 注8:
- ASEマレーシア、2024年1月16日付発表「The Grand Opening of ASE Malaysia’s Plant 4 and Visitor Centre」。
- 注9:
- MIDA、2022年6月14日付発表「TF-AMD Expands its Presence in Malaysia with New Manufacturing Site」。
- 注10:
- 筆者によるペナンでのインタビューに基づく(2023年12月21日)。
- 注11:
- ラム・リサーチ、2021年8月3日付発表「Lam Research Launches Manufacturing Plant in Penang with RM1b Investment」。
- 注12:
- 荏原製作所、2023年6月15日付発表「精密・電子カンパニーのマレーシア現地法人が本格稼働」。
- 注13:
- AT&S、2024年1月22日付発表「AT&S opens first plant in Malaysia this week」。
- 注14:
- 筆者によるペナンでのインタビューに基づく(2023年12月21、22日)。
- 注15:
- 筆者によるペナンでのインタビューに基づく(2023年12月21、22日)。
- 注16:
- シンガポール、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピンおよびマレーシア。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし) - 1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。