変貌する世界の半導体エコシステム大型投資がカギ握るエコシステム形成
復活目指す日本の半導体(後編)

2025年2月19日

新型コロナウイルスの流行を契機に急速に進んだデジタル化や人工知能(AI)、第5世代移動通信システム(5G)をはじめとする技術革新の加速、各国・地域での経済安全保障への取り組み強化などから、世界的に半導体の重要性は高まっている。自国での生産・開発を目的とした産業政策の相次ぐ導入など、サプライチェーン上の優位性の確保を目指す動きが活発だ。日本も、最先端半導体の量産化を目指すラピダスに対する公的支援のほか、半導体の生産拠点の国内立地を促進して安定的な供給の確保を目的とする「特定半導体生産施設設備等計画」などの支援策を拡充する。活況を迎えつつある日本の半導体産業について、前後編にまとめた。本レポートはその後編で、半導体関連の最近の対日投資案件、今後の半導体産業の展望などを概観する。

対日投資上位案件、半導体分野が占める

前編でも取り上げたように、ここ数年の世界の半導体関連の日本向け投資は増加の傾向が確認できる。個々の対日投資案件でも、半導体分野での大型投資の存在感が際立つ。2018年から2024年までの5年間に発表された対日グリーンフィールド投資の合計額を業種別に見ると、「半導体、その他電気製品」が373億400万ドルで最大となった(表1参照)。

表1:対日グリーンフィールド投資(業種別、金額上位10業種、2018年~2024年)
業種 金額 プロジェクト数 雇用創出数 企業数
半導体、その他電気製品 37,304 38 24,701 27
データ処理、ホスティングおよび関連業 19,602 63 9,288 37
商業および施設ビルの建設 8,421 15 23,465 12
宿泊業 6,122 34 9,125 16
太陽光発電 6,113 35 1,287 16
産業施設の建設 5,506 18 20,011 10
居住用施設の建設 4,303 13 15,192 5
ソフトウエア出版業(ビデオゲーム除く) 2,951 297 9,947 280
その他発電(再生可能エネルギー) 2,604 9 6,202 7
風力発電 2,426 20 776 15
総計 117,992 1,470 183,452 1,239

注1:発表ベース。
注2:金額単位は100万ドル。
注3:業種分類は「Industry Sub Sector」を参照。
注4:推計値を含む。
出所:「fDi Markets」(Financial Times)を基にジェトロ作成

同期間の金額上位10件中7件を半導体が占めた。台湾積体電路製造(TSMC)が過半数を出資するジャパン・アドバンスド・セミコンダクター・マニュファクチャリング(JASM)や米マイクロンなど、日本政府の補助金を受けたグローバル企業の大型の投資案件が並ぶ(表2参照)。

表2:対日グリーンフィールド投資(金額上位10案件、2018年~2024年)
年月 企業名 投資元
(国・地域名)
投資先 業種 金額
2023年7月 JASM 台湾 熊本県 半導体 10,000
2021年7月 台湾積体電路製造(TSMC) 台湾 熊本県 半導体 10,000
2021年10月 マイクロンテクノロジーズ 米国 広島県 半導体 7,047
2024年5月 ADAインフラストラクチャ シンガポール 東京都 通信 5,900
2024年5月 ADAインフラストラクチャ シンガポール 東京都 通信 3,800
2023年5月 マイクロンテクノロジーズ 米国 広島県 半導体 3,700
2022年2月 GLP シンガポール 東京都 不動産 3,000
2024年10月 グローバルウェーハズ 台湾 不明 半導体 2,450
2024年2月 ウェスタンデジタル 米国 三重県 半導体 1,487
2024年2月 ウェスタンデジタル 米国 岩手県 半導体 1,487

注1:発表ベース。
注2:金額単位は100万ドル。
注3:業種分類は「Industry Sector」を参照。
注4:推計値を含む。
出所:表1同じ

大手半導体製造企業を中心に広がる日本各地のエコシステム

日本政府による政策面での後押しを受け、国内での半導体製造・生産基盤の整備に関連する投資が半導体集積のある地域を中心に、各地で活発化している(「復活目指す日本の半導体(前編)安定供給のため、公的支援で後押し」参照)。日本の半導体関連製造業の集積を従業員数から見てみると、2022年は全国で約18万5,400人だった。地域別では、九州が全体の2割強を占める約4万500人、次いで東北が約2万5,500人、東海が約2万2,900人と続く。都道府県別では、TSMCの投資で注目を集める熊本県が1万6,706人で最多となっている(注1、図参照)。

図:日本の半導体関連製造業の従業員数(地域別、2022年)
2022年の日本の半導体関連製造業の従業員数を地域別にみると、九州が4万500人で最大。全国の21.9%を占める。次いで、東北が2万5,500人、東海が2万2,900人、南関東が2万2,400人、甲信越が1万8,700人、近畿が1万5,700人、北関東が1万1,800人、中国が1万1,200人、北陸が1万200人、四国が3,700人、北海道が2,500人、沖縄が200人。

注1:半導体関連製造業は産業細分類で、「半導体製造装置製造業(産業細分類コード:2671)」「半導体素子製造業(光電変換素子を除く)(2813)」「集積回路製造業(2814)」「半導体メモリメディア製造業(2831)」の合計。この分類は、日本銀行福岡支店による分類を参照。
注2:地域分類は、内閣府による地域区分を参照。
出所:経済産業省「2023年経済構造実態調査(産業横断調査)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」「九州における半導体関連産業の動向(2023年3月20日)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.75MB)」、内閣府「地域の経済2023-地域における人手不不足問題の現状と課題-外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

各地の半導体のエコシステム形成については、特に表2に示したような大手半導体企業の製造拠点設立に伴い、その周辺に装置や材料の企業が集積する動きが見られる。

熊本県では、TSMCが2022年に投資を決定した後、86社が熊本県への進出または設備拡張を公表した(2024年11月現在、注1)。熊本県には従来、半導体産業が集積していたが、TSMC進出を受けて加速しており、その経済波及効果は2022年から10年間で約11兆2,000億円と試算される(注2)。この動きは熊本県だけではなく、「シリコンアイランド」と呼ばれる九州全体へも広がっており、同地域の製造業の設備投資の増減率は2023年度に過去最大の前年比80.3%となり、2024年度にも同じ水準の投資が継続される見込みだ(注1)。

広島県では、米マイクロンが日本国内で唯一のDRAM工場を構えるほか、三菱電機がパワー半導体工場、シャープがロジック半導体工場を有し、幅広いエコシステムが形成されている。中国経済産業局によると、同県内には39社が拠点を持ち、DRAM拠点機能強化に向けて、今後も素材や装置サプライヤーの集積が進むとみられる(注3)。

ラピダスが拠点を構える北海道には、半導体関連で60の事業所(注4)があるが、今後、2027年の量産開始に伴い、関連企業の集積がさらに進み、新たな半導体エコシステムの構築が見込まれる。同社の取り組みは政府の描く「日米連携による次世代半導体技術の習得・国内での確立」を体現するもので、米IBMなどとの連携を通じた先端技術の確立を目指す。また、北海道大学はベルギーの半導体研究機関アイメック(imec)との連携を図っている。

このほか、キオクシアと米ウェスタンデジタルによる合弁企業の1つがある三重県には、大手半導体企業の台湾の聯華電子(UMC)、製造装置の世界的大手の米アプライドマテリアルズや米ラムリサーチ、露光工程に欠かせない感光剤(フォトレジスト)で世界シェア首位のJSRなど、主要企業が多く拠点を構えている。

また、「シリコンロード」とも呼ばれる東北では、半導体関連分野(電子部品やデバイス、電子回路製造業、半導体製造装置製造業)の製造品出荷額などの割合が約17.2%と高く、国内の重要な生産拠点だ(注5)。CMOSイメージセンサーのシェア世界1位のソニーセミコンダクタマニュファクチャリングが山形と宮城に、アナログ半導体シェア世界1位の米テキサスインスツルメンツの日本法人や、シリコンウエハーのシェア世界1位の信越半導体が福島に、検査器具(プローブカード)のシェア世界1位の日本マイクロニクスが青森に、半導体素材の高純度ガリウムの世界トップシェアを占めるDOWAセミコンダクタが秋田に、それぞれ拠点を構えるなど、世界的シェアや強みを持つ企業が各地にみられる。

半導体産業復活のカギ握るラピダス、海外から期待の声

日本の半導体産業の復活はラピダスの成功がカギを握る。2024年12月11日から13日にかけて東京都で開催された半導体関連展示会「セミコン・ジャパン 2024外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」のオープニングセッションに登壇したラピダスの小池淳義社長は「今後の世界の半導体需要は、自動車向けやデータセンター向けなどを中心に、専用多品種化が進む」と述べた。このニーズに応えるためには「いかに早く設計し、デザインし、製造するか」が重要とし、今後の半導体業界ではスピードがさらに重視されると指摘した。ラピダスは、自社で全ての工程を行う垂直統合型(IDM)ではなく、それぞれの工程で世界をリードするさまざまな関係先と協業し、設計と製造を一体化させるモデル(RAMSモデル)を採用するのが特徴だ。スピードアップとコストダウンの両方を目指す。北海道千歳市に建設中のラピダスの半導体開発製造拠点の1棟目「IIM-1」は、2025年4月にパイロットラインの稼働を予定しており、それに先立って2024年12月には、オランダのASML社製のEUV露光装置が搬入された。最先端半導体の量産に対応したEUV露光装置の導入は日本で初めてとなる(注6)。九州や東北と比べると、半導体産業の集積地は限定的だった北海道だが、ラピダスの稼働を契機に、エコシステムを拡充できるかが焦点となる。また、ドイツの半導体関連業界団体の担当者は「安定した半導体エコシステムの形成には、半導体市況の変化に対応できるよう、核となるメインプレーヤーが複数いることが重要」と指摘する。北海道にとっては、ラピダスを核に世界的な半導体プレーヤーを呼び込めるどうかも、エコシステム強化にとってのカギとなるだろう。

半導体関連展示会「セミコン・ジャパン2024」には、海外の出展者を含む1,182者が出展し、前年より約2割多い延べ10万3,165人が来場した。海外の出展者によると、「日本だけでなく、中国や韓国からの来場者も多く、東アジア地域での販路開拓に、セミコン・ジャパンの重要性は高い」(半導体製造装置)、「今回が初出展だが、ラピダスの担当者と話ができたのが大きな収穫だった。設計と製造のシームレス化を目指すラピダスの稼働は日本での商機と捉えている」(半導体設計)など、日本市場への参入や日本企業との協業に期待する声が聞かれた。

世界で加熱する半導体産業、人材など課題も

他方で、課題も山積する。日本を含む世界の半導体エコシステムの発展に向けた目下最大の課題は、深刻化する人材不足への対応だろう。電子情報技術産業協会(JEITA)によると、JEITA半導体部会の政策提言タスクフォースに所属する主要9社のみで、今後10年間で4万3,000人の半導体人材が追加で必要と推計している(注7)。日本では、半導体人材育成に関し、産業界や教育機関、行政などが個別に取り組みを行うほか、産官学が連携した地域コンソーシアムが6地域で進んでいる(注8)。これらオールジャパンの連携促進では、技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)が旗振り役となる。

半導体関連人材の育成や誘致には、各国・地域や主要な大手半導体メーカーが既にさまざまな方策を講じている。例えば、台湾はTSMCを中心に、ドイツ・ザクセン州のドレスデン工科大学からインターンを受け入れるプログラムを実施していたり、欧州から台湾の半導体分野に強い主要大学への留学の支援に注力していたりと、自国の人材育成のみならず、海外の人材の取り込みにも積極的だ(ジェトロの地域・分析レポート「半導体人材不足に立ち向かうEU、人材育成・誘致の取り組みは」参照)。

JEITA半導体部会による提言(JEITA半導体部会資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.4MB))でも、経済安全保障上の重要性が高い半導体の機微技術に携わる人材流出防止や、海外への人材流出防止のための特別報酬制度などの公的ガイドラインの整備、優秀な半導体人材を日本の半導体各社で雇用するための仕組みづくり、待遇改善制度の構築に対する政府の側面支援を求めている。日本の半導体エコシステム構築・強化には、オールジャパンで人材育成に取り組むほか、育った人材が域外へ流出しにくい仕組みづくりの重要性も高まっている。


注1:
経済産業省「半導体・デジタル産業戦略の現状と今後(2024年12月23日)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(15.1MB)」。
注2:
九州フィナンシャルグループ「会社説明会(2024年12月)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.8MB)
注3:
中国経済産業局「中国地方の半導体関連企業 集積マップPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.4MB)(中国地域半導体関連産業振興協議会 会員企業 )(2024年7月)」
注4:
北海道半導体人材育成等推進協議会「北海道半導体・電子デバイス企業サプライチェーンマップ(2024年7月版)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.6MB)
注5:
東北半導体・エレクトロニクスデザイン研究会事務局「東北半導体・エレクトロニクスデザイン研究会とりまとめ(案)(2024年3月5日)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.7MB)
注6:
ラピダス・プレスリリース(2024年12月18日)
注7:
JEITA半導体部会「国際競争力強化を実現するための半導体戦略2024年版PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.4MB)」(2024年5月13日)
注8:
経済産業省「半導体・デジタル産業戦略(2024年5月31日)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(14.9MB)」。6つの地域コンソーシアムは、九州半導体人材育成等コンソーシアム、東北半導体・エレクトロニクスデザインコンソーシアム、中国地域半導体関連産業振興協議会、中部地域半導体人材育成等連絡協議会、北海道半導体人材育成等推進協議会、関東半導体人材育成等連絡会議。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)、海外調査部アジア大洋州課、ジェトロ・クアラルンプール事務所を経て、2021年10月から現職。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部戦略企画課 戦略調査チーム プロジェクトマネジャー
谷口 嘉那子(たにぐち かなこ)
2010年、ジェトロ入構。海外調査部 欧州ロシアCIS課/総務部 秘書室/ビジネス展開支援部 途上国ビジネス開発課 BOP班/日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)海外プロモーション事業課を経て、2024年8月から現職。