ポスト・シリコンバレーを探る-米国・エコシステム現地取材行政主導で進化するイノベーション(ニュージャージー編)
地の利を生かし、大胆な助成支援策を展開

2024年3月28日

巨大都市ニューヨークに隣接するニュージャージー州。ニューヨークへのアクセスの良さというこの上ない利点を持つ同州がいま、スタートアップの育成に州を挙げて取り組んでいる。州知事主導による大胆な助成のほか、投資家に対する支援も充実している。スタートアップ・エコシステムとして、日本企業にとってなじみが薄いであろうニュージャージー州の取り組みや地元機関の動向を考察する。

スタートアップが活動する施設環境が充実、州政府がバックアップ

ニュージャージー州はニューヨーク市の西側に所在する人口約900万人、GDPでは全米10位の経済規模を誇る州だ(注1)。地理的にボストンや首都ワシントンDCなど主要都市の中間に位置し、港湾や空港などのインフラも充実していることから、製造業や飲食業にとって物流面の要地として機能してきた。また、プリンストン大学など全米トップクラスの大学も抱えることから、製薬分野の開発拠点などライフサイエンス分野の企業集積も大きい。

これらの地元経済を支える分野に加え、いま州政府や地元の関係機関が注力する取り組みが、スタートアップの育成だ。既存の伝統産業を生かしたイノベーションとして、特に先端製造が挙げられる。シリコンバレー発ベンチャーキャピタルSOSVが手掛けるハードテックアクセラレーターのHAX外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを同州ニューアークに誘致するに当たり、ニュージャージー州政府は2,500万ドル規模の支援を行った(注2)。空路のハブのニューアーク・リバティー国際空港にほど近く、ニューヨーク市マンハッタンからも鉄道で30分もかからないエリアに所在するHAXには、多くのハードテック系スタートアップが入居し、研究開発に取り組んでいる。今も入居スペースを拡張している(2024年1月時点)。

深セン(中国)や東京(日本)、プネ(インド)に続く米国初の拠点として、ニュージャージーを選んだ理由として、HAXのパートナー兼最高技術責任者(CTO)のジ・ク氏は、東海岸マーケットへのアクセスの良さを挙げる。何よりもニューヨーク市と900万人の人口を抱えるニュージャージー州という巨大なマーケットが魅力だという。また、「製造業が盛んだったニュージャージーには、スタートアップの持つ技術をすぐに試してくれる良質な提携先企業の集積度も高い」と指摘する(取材日:2024年2月1日)。スタートアップや提携先企業の集積を可能にする州内大学(プリンストン大学やニュージャージー工科大学など)やニューヨーク市内の大学からの人材供給も重要な要素だとク氏は語る(2月1日、筆者インタビューに基づく)。


インタビューに答えるHAXのジ・ク氏(後方、ジェトロ撮影)

先端製造以外でも、HAXのあるニューアークから南に位置するニューブランズウィックで、ヘルス・アンド・ライフサイエンス・エクスチェンジ(HELIX)・ニュージャージー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますというインキュベーション施設が設置される。州政府はそれに約2億7,100万ドルの税額控除を提供する(注3)。2025年にオープンするHELIXは、150万平方フィートに3つのビルが並び、ライフサイエンス分野の最先端の研究設備を有する予定だ(注4)。

起業家・投資家向けインセンティブも充実

ニュージャージー経済開発局(NJEDA)の担当者によると、このような施設面の充実に加え、フィル・マーフィー州知事主導の下、スタートアップが州内で成長するための支援メニューを拡充させている(2月1日、筆者インタビューに基づく)。例えば、「イノベーション・フェロー」制度外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでは、起業家は州から所得代替となる助成金を州から最長2年間受け取り、新規ビジネス立ち上げにより集中することができる。また、エンジェル投資に対しては最大20%の税額控除を提供し(NJEDAウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、特にアーリーステージのスタートアップの資金需要を支えている。有望なスタートアップに対しては、州の税額控除の競売で調達した資金を原資とする「イノベーション・エバーグリーン基金」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを通じて、ベンチャーキャピタル(VC)などともに、州政府として出資する。このように、ニュージャージー州内でスタートアップが生まれ、成長するための施策を次々と打ち出してきた。

ただ、スタートアップが成長を続けるには、強固なエコシステム内での関係構築の機会提供も重要だ。出資元となる投資家とのコネクションはもちろんのこと、ビジネスに関する重要な示唆を与えてくれるメンターとのつながりも不可欠となる。このような課題に対応する取り組みの一例がTechUnited NJ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますだ。

1990年代半ばに非営利機関として設立されたNew Jersey Tech Councilを源流とするこの組織は、分野別のアクセラレーションプログラムを主宰するほか、プロペリファイ(Propelify)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますというイベントを州内で主催して、ネットワーキング機会の創出に取り組んでいる。東海岸版の「サウス・バイ・サウス・ウェスト(SXSW)」(注5)をイメージしているという同イベントは、毎年5,000人ほどの来場者を獲得し、地元スタートアップと投資家などを一堂に集めている。マンハッタンからほど近い同州ホーボーケンを会場とし、マンハッタンにいる投資家もアクセスしやすい。2024年6月に開催予定のプロペリファイは過去最大の規模の開催を目指すとし、TechUnited NJの最高経営責任者(CEO)のアーロン・プライス氏は、このような取り組みや州政府への提言を通じて、起業家の支援を強化していきたいと語る(2月1日、筆者インタビューに基づく)。


TechUnited NJのアーロン・プライス氏(右)と
ジャスミン・ワード氏(ジェトロ撮影)

プロペリファイ開催の様子(TechUnited NJ提供)

ニュージャージー州政府が従来産業の枠を超えて、人工知能(AI)分野などにも力を入れようとしている。マーフィー知事は2024年1月の州議会演説で、AI関連の経済発展機会を創出するための「AIムーンショット」計画を発表し(マーフィー知事ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、今後、プリンストン大学と連携してAIイノベーション・ハブを新設して、同分野での共同研究開発を一層推進する姿勢を示した。先端製造やライフサイエンス分野と同様に、州政府によるバックアップが期待される。

ニューヨークという一大エコシステムに近接する利便性というこの上ないメリットを生かしながら、先端製造、ライフサイエンス、AIなど幅広い分野のスタートアップの集積地エリアとして、ニュージャージー州の存在感が今後増していく。


注1:
米国経済分析局(BEA)ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〔名目GDP、2023年第3四半期(7~9月)、年率換算〕
注2:
SOSVプレスリリース(2022年12月19日)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注3:
ニュージャージー経済開発局(NJEDA)プレスリリース(2023年2月9日)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注4:
ヘルス・アンド・ライフサイエンス・エクスチェンジ(HELIX)ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注5:
テキサス州オースティンで毎年3月に開催され、世界中から起業家や投資家、芸術家などが集う。ベンチャー企業の登竜門としても有名で、次世代技術・産業を見通す上で欠かせないイベントになっている。

変更履歴
文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2024年4月2日)
第8段落
(誤)毎年500人ほどの来場者を獲得し、
(正)毎年5,000人ほどの来場者を獲得し、
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所ビジネスディベロップメント担当ディレクター
平本 諒太(ひらもと りょうた)
2012年、ジェトロ入構。企画部、ジェトロ静岡を経て、日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)にて日本産水産物の海外消費者向けプロモーション戦略の策定等に従事した後、2021年2月から現職。北米広域での国際企業連携事業(J-BRIDGE)や対日投資促進事業を担当。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。海外調査部調査企画課、欧州ロシアCIS課、米州課を経て、2017~2019年に経済産業省通商政策局経済連携課に出向。日本のEPA/FTA交渉に従事。その後、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員を務め、2022年1月から現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。