ポスト・シリコンバレーを探る-米国・エコシステム現地取材行政主導で進化するイノベーション(ニューヨーク編)
土地活用による支援が本格化

2024年3月28日

ニューヨークはシリコンバレーに次ぐ世界2位のエコシステムと評価されている(注1)。ベンチャーキャピタル(VC)投資額を見ても、ニューヨーク州に所在するスタートアップなどへのVC投資額は292億ドルに上る。シリコンバレーを擁するカリフォルニア州(1,040億ドル)に次ぐ全米第2位の位置を占める(注2)。過去1年間で設立されたアーリーステージのスタートアップ数では、ニューヨーク市がサンフランシスコ市を初めて超えたとの報道もある(2023年5月22日付「クレイン・ニューヨーク・ビジネス」誌外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。本稿は、関係者への取材を通じて、ニューヨーク市がどの分野でのイノベーションに注力しているのか、市の取り組みを中心に探る。

行政保有の土地を大胆にイノベーションに活用

世界2位のエコシステムとして評価されるニューヨークだが、スタートアップ支援を本格化したのは、実はこの15年ほどのことだ。

世界の金融ハブとして機能していたニューヨークは、2008年に起きた金融危機から立ち直るとともに、「テックシティー(Tech City)」への転換を目指し、行政が旗振り役となって、スタートアップ振興を復興のカギとして推進した。例えば、テック人材を供給すべく、コーネル大学とイスラエル工科大学との提携によるイノベーションセンター「コーネルテック」を誘致している(コーネルテックウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。従来の多様な伝統産業とテクノロジー企業のコラボレーションにより、ハイフンテック(hyphen-tech、注3)という言葉でも特徴づけられるスタートアップ・エコシステムとしてのニューヨークを作り上げていった。

旗振り役の中心は、ニューヨーク市経済開発公社(NYCEDC)だ。NYCEDCは市内に多くの土地・不動産を所有し、例えば、ブルックリン陸軍ターミナルやジョンFケネディ空港、ラガーディア空港、タイムズスクエアのオフィスビルをはじめ、6,600万平方フィート(約6.1平方キロ)を所有している。そのNYCEDCが所有している土地を新たにイノベーションハブへとつくり替えようとしている。日米に拠点をもつベンチャーキャピタル(VC)のMonozukuri Venturesの最高投資責任者で、ニューヨークのスタートアップ動向を10年以上見てきた関信浩氏は「ニューヨーク市のエコシステムは行政主導型で、土地活用に注力している」と指摘する。

NYCEDCの事業開発担当バイスプレジデント兼ディレクターのダニエル・クラーク氏は、エコシステムとしてのニューヨークの魅力について、「何よりも必要なプレーヤーの密集度合」と語る(ジェトロ取材1月31日)。マンハッタンの中にも多くのVCやアクセラレーターが集積し、ウォール街を中心に伝統的な金融機関や専門家などのサービスプロバイダーが所在。加えて、多くのエンジェル投資家も存在する。地下鉄やバスなどの公共交通機関が充実していることもあり、スタートアップにとっても、彼らとのミートアップやネットワーキングなどのイベントに参加しやすいという利点がある。こうした環境が奏功し、新たに設立されたアーリーステージのスタートアップ数がサンフランシスコを上回る状況を生んでいる。人材の観点でも、市内には、先述したコーネルテックのほか、コロンビア大学やニューヨーク大学、ニューヨーク市立大学などが集積している。


インタビューに答えるNYCEDCのダニエル・クラーク氏(ジェトロ撮影)

再生可能エネルギー分野で大規模プロジェクト進展

いまNYCEDCが注力するのが「ライフサイエンス」「テック」「クライメートテック」の3分野だ。特にクライメートテック、つまり気候変動分野でのイノベーション創出に市を挙げて取り組んでいる。

例えば、マンハッタンにほど近いブルックリン区北部のブルックリン・ネイビーヤードは持続可能性に関連するバイオテックハブとして期待されるエリアの1つだ(注4)。このエリアで注目を集める支援機関が、ハードテック向けインキュベーション施設のNewlabだ(Newlabウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

前出の関氏によると、Newlabも土地活用の一例で、もともとは海軍の造船施設だった土地・建物をリノベーションするかたちで2016年に開所された。Newlabの最高経営責任者(CEO)のキャメロン・ローレンス氏によると、今もなお世界中から毎月数多くの入居希望が寄せられる(ジェトロ取材1月31日)。現在は約250社のスタートアップを支援しているという。モビリティ、先端素材と並び、エネルギー分野でのスタートアップ支援に注力するNewlabの特長として挙げられるのは、施設内で試作品を開発する設備が充実していることにある。Newlabから成長したエネルギー分野スタートアップの代表格ともいえるアモジー(Amogy)は創業期からNewlabに入居。同社はアンモニアを使った発電機構を開発しており、いまやヒューストン近郊にも研究開発拠点を設けるほどまで拡大したが、今もNewlabを本拠地に置く。その理由として、同社最高経営責任者(CEO)のセオンフン・ウー氏は「Newlabが当社に戦略パートナーを紹介するなど、成長を可能にした」とし、優秀な人材へのアクセスしやすさも同社のイノベーションと成長を支えていると語る(ジェトロ取材3月19日)。


Newlabのキャメロン・ローレンス氏(右)とニーナ・サルバトル氏(ジェトロ撮影)

Newlabの施設外観と内観(Newlab提供)

ブルックリン区のサンセットパークには、洋上風力発電に関するアクセラレーションプログラムを運営するオフショア・ウインド・イノベーションハブがある(オフショア・ウインド・イノベーションハブウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。ノルウェーのエネルギー会社エクイノールと英国の同業BPがスポンサーとなり、ニューヨーク大学、同大学発の気候変動テック支援機関のアーバンフューチャーラボ、NYCEDCなどがサポートを行っている。2023年から洋上風力発電分野のスタートアップ育成を開始し、第1期(2023年5月~12月)は6社を支援。NYCEDCが所有するエリアでスタートアップ向けのコワーキングスペースを整備したほか、メンタリングや洋上風力業界関係者とのネットワーク機会を提供している。ニューヨーク市としては、洋上風力発電分野の振興を通じて、2035年までに同分野での雇用数を1万人まで増やすことを目指す。


コワーキングスペースの様子
(オフショア・ウインド・イノベーションハブ提供)

洋上風力設備の製造開発施設の完成イメージ
(オフショア・ウインド・イノベーションハブ提供)

さらに、NYCEDCとしては、今後400万平方メートルに上るブルックリン・ターミナルヤードを気候変動テックのハブにすることを検討している。試作から実証までの最先端の施設を備えたハブを開発し、スタートアップの商業化をサポートすることで、気候変動関連イノベーションを促進する計画だ。ニューヨーク市には気候変動テックハブの取り組みに最大1億ドルを拠出する計画がある(2024年2月28日付ニューヨーク市プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

ライフサイエンス分野にも市として投資する。「LifeSci NYC」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますという取り組みでは、ライフサイエンス関連企業への税優遇措置のほか、インキュベーター施設や企業誘致のためのインセンティブなど、10億ドルを投資してきた(注5)。市内の50を超える病院や100を超える研究機関の集積という優位性を生かし、特に研究開発関連での企業誘致を進めている。マンハッタン地区内の古い教育機関施設を新たなライフサイエンスのハブに生まれ変わらせる計画も進行中だ。NYCEDCの主導により、2031年までにライフサイエンス分野の研究施設や雇用・教育施設を含むサイエンス・パーク・アンド・リサーチ・キャンパス(SPARC)キップス・ベイ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを完成させる予定という。

市とNYCEDCという行政機関からの強力な後押しもあり、イノベーション・エコシステムとしてさらに進化を遂げようとしているニューヨーク。かつての金融ハブ、そして、ハイフンテックに代表されるテック分野のイメージが強いニューヨークが、気候変動やライフサイエンスのイノベーションハブとして、今後どのように有力な人材、技術、スタートアップを引き付けるのか、ますます目が離せない。


注1:
Startup Genome「The Global Startup Ecosystem Report2023外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注2:
全国ベンチャーキャピタル協会(NVCA)「NVCA Yearbook2023PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(11.5MB)
注3:
ハイフンテックは、既存産業に技術を掛け合わせた新事業。具体例として、「フィンテック(Fin-Tech)」「ファッションテック(Fashion-Tech)」「メディアテック(Media-Tech)」が挙げられる。
注4:
ニューヨーク市プレスリリース(2023年3月3日)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注5:
NYCEDCプレスリリース(2021年6月9日)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所ビジネスディベロップメント担当ディレクター
平本 諒太(ひらもと りょうた)
2012年、ジェトロ入構。企画部、ジェトロ静岡を経て、日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)にて日本産水産物の海外消費者向けプロモーション戦略の策定等に従事した後、2021年2月から現職。北米広域での国際企業連携事業(J-BRIDGE)や対日投資促進事業を担当。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。海外調査部調査企画課、欧州ロシアCIS課、米州課を経て、2017~2019年に経済産業省通商政策局経済連携課に出向。日本のEPA/FTA交渉に従事。その後、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員を務め、2022年1月から現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。