ポスト・シリコンバレーを探る-米国・エコシステム現地取材独自路線を行くオースティン
企業が活躍しやすい環境を徹底追求

2024年3月28日

テキサス州の中心に位置するオースティンは、企業が成長しやすいビジネス環境を用意することで、全米屈指のエコシステムを築く。カナダやブラジルに匹敵する経済規模、バランスのとれた産業構造、格段に低い生活・事業コスト、大学から輩出される優秀な人材。テキサス州が持つこうした事業環境上の優位性が新興企業や起業家を誘引する。本稿では、オースティンのスタートアップ・エコシステムで活動する現地関係者への取材などを基に、同地の特徴や強みを報告する。

イノベーションを吸い寄せるビジネス環境

全国ベンチャーキャピタル協会(NVCA)によると、テキサスは全米で6番目にスタートアップ投資が集中する州だ(表1)。過去5年間(2018~2022年)を平均すると、毎年113億ドルがスタートアップに投じられている計算となる。米国調査会社スタートアップ・ゲノムは、国民1人当たりのベンチャーキャピタル投資額で、オースティンは全米ナンバー3のエコシステムと報告している。これは、シリコンバレーとボストンに次ぐ。IPOなどでエグジットしたケースを除き、これまでに15社のユニコーンがオースティンから誕生している(CBインサイツ調べ、2023年10月19日時点)。

表1:スタートアップ投資(2018~2022年累計、上位10州)(単位:億ドル)
順位 投資金額 年平均
1 カリフォルニア 16,495 3,299
2 ニューヨーク 4,528 906
3 マサチューセッツ 3,589 718
4 イリノイ 819 164
5 ワシントン 681 136
6 テキサス 563 113
7 メリーランド 477 95
8 コネチカット 338 68
9 バージニア 327 65
10 コロンビア特別区(DC) 256 51

出所:全国ベンチャーキャピタル協会(NVCA)とピッチブック

なぜこれほど多くのスタートアップ投資がオースティンに集まるのか。その理由について、オースティン商工会議所の所属機関で、地域の経済開発や投資誘致に取り組むオポチュニティー・オースティン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますのローランド・ペニャ上級副会頭(グローバル技術イノベーション担当)は、(1)企業の集積、(2)イノベーションの源泉となる人材、(3)企業と人材を引きつけるコスト安などのビジネス環境の3点を強調する(ジェトロ取材、注1)。以下、1~3に分けて、オースティンの特徴を考察する。


ペニャ上級副会頭(右列の中央)への取材の様子(ジェトロ撮影)

1. 「投資家」と「顧客」、2つの顔持つ企業の集積

オースティンは、ヒューストンとダラス、サンアントニオと並ぶ州の4大都市の1つだ。各都市を線でつなぐと「テキサストライアングル」と呼ばれる三角形が形成され、1辺が車で3~5時間以内での往来が可能だ。テキサス州のGDPは約2兆6,000億ドル〔名目ベース、2023年第3四半期(7~9月)・年率換算)に上る。これは、ロシア(1兆9,000億ドル)やカナダ(2兆2,400億ドル)、ブラジル(2兆2,700億ドル)を上回る経済規模に当たる(注2)。

巨大市場に重要拠点を構える企業は数多い。フォーチュン・グローバル500(2023年)の米国企業136社のうち、テキサスに本社を置く企業は21社に上る。このうちオースティンに本社機能を有する企業には、IT大手のデル・テクノロジーズやオラクルのほか、小売り大手のホールフーズ・マーケットを含む。2021年には電気自動車(EV)メーカー大手のテスラも、本社をカリフォルニア州からテキサス州オースティンに移転している。さらに、アップルやメタ、グーグルも研究開発などの拠点を設けている(注3)。

スタートアップの視点でみると、企業集積の層の厚さは、民間資金の調達機会が多いことを意味する。前出のオポチュニティー・オースティンは、スタートアップの投資実績などを含む現地エコシステムの動向について、オランダの企業情報調査会社ディールルームの協力の下、データベースを構築している(オポチュニティー・オースティンウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。同データベースから2010~2023年のオースティンのスタートアップ投資の推移をみると、コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を含め、民間企業からの資本の調達比率が多くの年で2~3割を超えている(同期間の平均26.8%)。2023年については、VCや投資ファンドによる投資が大幅に落ち込む半面、民間企業による投資は堅調に推移し、投資額全体の半数に近い割合(48.4%)を民間からの投資が占めた(図1)。

図1:オースティンのスタートアップ投資額の推移(2010~2023年)

注:「企業」からの投資には、企業が設置するベンチャーキャピタル(CVC)を含む。「VCその他」には、ベンチャーキャピタルからの投資のほか、投資ファンドやアクセラレーター・インキュベーター、政府資本のファンドなどを含む。
出所:オポチュニティー・オースティン、ディールルーム

また、米国企業の本社を含む大手企業が集積していることは、スタートアップの出口戦略上も重要だ。2010~2023年にエグジットしたオースティン発のスタートアップ261社のうち176社(67%)については、企業またはCVCによる買収が発表されている。前出のペニャ氏は「産業集積が大きいほど、イノベーションの機会は増える。スタートアップには(大手企業に不足するイノベーションの)ギャップを埋めるチャンスが豊富にある」として、企業によるスタートアップ買収は日常的に起きていると明かす。

経済面からみたオースティンの別の特徴は、バランスのとれた幅広い産業クラスターを有することだ。オースティンが所在するトラヴィス郡を中心とした近隣5郡で構成する経済圏では、ITや金融、専門サービス、教育保険などのサービス部門に加えて、製造業や電力(エネルギー)といったハードテックに近い業種でも一定の雇用者数が確認できる(図2)。オースティン経済圏が形成する産業構造は、全米平均に近いバランスをとっている。

図2:産業別雇用数のシェア
(オースティン都市圏、全米平均)

注:オースティン都市圏は2024年1月時点。全米平均は2022年時点。
出所:テキサス労働委員会および米センサス局

産業の多様性を反映するように、スタートアップへの投資についても、特定の突出した分野ではなく、ヘルステックやフィンテック、物流、エネルギーなど、偏りの少ないかたちで資金調達を実現している(図3参照)。

図3:オースティンのスタートアップ投資額
(分野別、2010~2023年累計)

出所:図1に同じ

投資の広がりについて、現地エコシステムで2000年代から活動するベンチャーキャピタルCapital Factoryのマット・コーエン最高経営責任者(CEO)は「シリコンバレーとの違いは企業の多様さ」と語る(ジェトロ取材2024年1月29日)。情報通信技術(ICT)の発展に伴い、クラウドサービスが誕生して以降、大手企業とスタートアップの協業が活発となり、企業向け(B2B)ソフトウエアの開発が進展したという。コーエンCEOは、ソフトウエア技術が展開されることで、スタートアップの産業も拡大し、現在ではそれを支援するベンチャーキャピタルも特定分野を専業とする企業も出てきていると指摘。ディールルームによると、オースティンに拠点を置くベンチャーキャピタルは186社に上る(2024年3月12日時点)。


コーエンCEO(後方の列の右)への取材の様子(ジェトロ撮影)

2. テキサスの「人材州都」オースティン

イノベーションを支える人材も、オースティンの魅力だ。米センサス局によると、オースティンは過去10年間(2010~2020年)で、最も速いペースで人口を伸ばした都市圏だ(表2参照)。同じ州内のダラス・フォートワースやサンアントニオ、ヒューストンも、人口増加率の高い都市圏として名を連ねる。これら都市圏の多くが米国の他州からの移住者が多いことも特徴的だ。

表2:人口増加率の高い都市圏(上位10都市)
都市/州 人口(万人) 州内移住 変化率
(%)
2010年 2020年 2020年
オースティン/テキサス 173 230 4.9 33%
ローリー/ノースカロライナ 114 142 1.8 25%
オーランド・フロリダ 214 264 1.1 23%
ダラス・フォートワース/テキサス 639 769 5.8 20%
サンアントニオ/テキサス 215 259 2.6 20%
ヒューストン/テキサス 595 715 2.0 20%
シャーロット都市圏/ノースカロライナ・サウスカロライナ 225 268 3.0 19%
ナッシュビル/テネシー 165 196 1.8 19%
ジャクソンビル/フロリダ 135 159 2.1 18%
シアトル/ワシントン 345 402 0.9 17%

出所:米センサス局

また、有能な人材を生み出す教育機関も充実している。全米教育統計センター(NCES)によると、テキサスは米国で4年制の公立高等教育(注4)機関の数が50校と最も多い。2年制や私立を含めた全体の高等教育機関も225校あり、カリフォルニア(410校)やニューヨーク(288校)に次ぐ規模を誇る。これには、テキサス大学オースティン校や、ヒューストンのライス大学、カレッジステーションのテキサスA&M大学などが含まれる。これら2大学は、民間の教育関連シンクタンクのカーネギー教育振興財団による分類で、博士課程大学の中でも最も高い研究活動を行う「R1: Doctoral Universities – Very high research activity」に該当する(注5)。テキサス州全体では、R1に分類される教育機関は11校存在し、カリフォルニア、ニューヨークと並んで全米トップの数を誇る。

州内の大学からスピンアウト(独立起業)するスタートアップも多い。ディールルームによると、例えば、テキサス州立大学では200近い卒業生が起業家となっている。オースティンに所在する聖エドワーズ大学は起業家の数では87人と見劣りするが、オンライン医療プラットフォームを手掛けるユニコーンのwheelが誕生するなど、1,000万ドル以上の資金調達を達成している起業家を8人も輩出している。また、オースティン・コミュニティー・カレッジからもスタートアップ56社が誕生し、2年制大学でも起業が活発になされている。

3. 企業や人材を引きつけるビジネス環境

テキサス州が企業や移住者を引きつけるのは、生活コストが安価な点が大きい。民間調査が都市別に生活コストに応じた可処分所得を算出すると、シリコンバレーのあるサンフランシスコやニューヨークと比べて、2倍近い所得を残すことができるという試算もある(2023年8月22日付地域・分析レポート参照)。こうした生活コストの安さはビジネス環境のメリットにも直結する。ダラス連銀の報告(2023年8月29日)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、テキサスは州内出身者が他州に移住する割合が全米で最も低いとのデータを紹介し、同州を「最も粘着力の強い」(stickiest)州と呼んでいる。

加えて、企業サイドからみると、事業環境上のアドバンテージが大きい。他の州と比べて税・規制が少なく、全米平均と比べて1人当たりの税負担が少額で済む。個人所得税や法人税については、テキサス州として課税せず、連邦税のみが課される。固定資産税については、実効固定資産税率が1.74%と他州より高いと言われるが、州議会で2023年7月に同税減税を中心とする大型減税法案が可決(2023年7月18日付ビジネス短信参照)。翌8月にグレッグ・アボット州知事が署名し、有効となっている。州政府ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、2023課税年度で不動産所有者1人当たり平均1,200ドルの減税効果が見込まれている(表3)。

表3:テキサスの税負担の例(全米平均、テキサス州)
全米平均負担額/人 テキサス
負担額/人 概要
個人所得税 1,642 0 州政府として不課税。連邦税のみ賦課される。
法人税 297 0 州政府として不課税。ただし、法人フランチャイズ税として、収益247万ドル以上の企業を対象に、収益(一定の控除あり)に対して0.75%を課税。
(固定)資産税 1,898 2,218 オースティンでは約1.8%が賦課される。
輸出事業者や再生可能エネルギーを扱う場合などに対する免税措置あり。
売上税・使用税 2,078 2,305 多くの場合、8.25%(州6.25%、自治体2.0%)
その他 420 338 なし
州・地方税 計 6,334 4,861 なし

注:少数点以下の端数処理により各税金の合計値が「州・地方税計」と合致しない場合がある。
出所:オポチュニティー・オースティン

生活コストが低く、温暖な気候のオースティンは、起業家のほかにも、音楽家などのアーティストが移り住む芸術の街でもある。この街で毎年3月に開催される「サウス・バイ・サウス・ウェスト(SXSW)」には、世界中から芸術家や起業家、投資家など数十万人が集う(注6)。ベンチャー企業の登竜門としても有名で、次世代技術・産業を見通す上で欠かせないイベントになっている。オースティンの合言葉「風変わりなままでいよう(Keep Austin Weird)」を体現する独自かつ自由な発想のスタートアップの登場がこれからも期待される。


注1:
2024年1月29日の筆者によるインタビューに基づく。
注2:
IMF試算(2023年10月)に基づく。
注3:
オースティンに進出する企業例のほか、経済状況や主要産業などについては、ジェトロ「テキサス州ビジネスの魅力ガイド(オースティン編)」(2022年4月)を参照。
注4:
学位を授与することができる中等教育(高校)以降の教育機関。大学やコミュニティーカレッジを含む。
注5:
カーネギー高等教育機関分類外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に基づく主要州の教育機関の分布や分類の詳細については、本特集「研究開発基盤を強みに産学官が共創、リサーチ・トライアングル」参照。
注6:
SXSWの概要については、ジェトロウェブサイト参照。直近では「SXSW 2024」が2024年3月8~16日に開催されている(2024年3月15日付ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。海外調査部調査企画課、欧州ロシアCIS課、米州課を経て、2017~2019年に経済産業省通商政策局経済連携課に出向。日本のEPA/FTA交渉に従事。その後、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員を務め、2022年1月から現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。