アジア大洋州地域の人材確保・賃金高騰の現状と対応高度人材が流出、経済安定と労働者の国内残留がカギに(ミャンマー)

2024年3月21日

ジェトロが2023年8~9月に実施した「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、日系企業調査)によると、ミャンマー進出日系企業のうち、「人材不足の課題に直面している」と回答した企業の割合は39.2%と、アジア・オセアニアの調査対象国・地域(20カ国・地域、以下、調査国・地域)の中では、スリランカ、パキスタン、インドネシアに次いで4番目に低い値となっている。一方、雇用状況の変化については、前年同期と比べて「悪化」と回答した企業の割合が28.4%と、調査国・地域の中で3番目に高く、反対に「改善」と回答した企業の割合は最も低い5.9%だった。人材不足に直面している企業の割合は低いが、雇用状況は前年と比べて悪化しているという一見矛盾しているような結果には、ミャンマーの現状が大きく関わっている。本稿では、ジェトロの調査結果および現地情勢も踏まえつつ、日系企業が抱える雇用の課題について報告する。

専門職で高い人材不足感

日系企業調査によれば、在ミャンマー日系企業における職種別の人材不足の深刻度合いは次の通りである。まず、一般事務職については、「深刻ではない」「あまり深刻ではない」と回答した企業の割合の合計が61.8%で、ASEAN平均の63.0%とほぼ同水準の結果であった。同様に、工場作業員についても、両回答の合計は52.9%で、ASEAN平均の52.8%と差はみられない(図1参照)。

図1:職種別・人材不足の深刻度合い

一般事務職
在ミャンマー日系企業における職種別の人材不足の深刻度合いを示したもの。一般事務職については、「深刻ではない」、「あまり深刻ではない」と回答した企業の割合の合計が61.8%でASEAN平均の63.0%とほぼ同水準の結果であった。
工場作業員
在ミャンマー日系企業における職種別の人材不足の深刻度合いを示したもの。工場作業員については、「深刻ではない」、「あまり深刻ではない」と回答した企業の割合の合計は52.9%で、ASEAN平均の52.8%と差はみられない。

注:有効回答数10社以上の国・地域。
出所:2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

一方、プログラマーなどのIT人材、専門職種(法務、経理、エンジニアなど専門技能を必要とする職種)、上級管理職、一般管理職などの高度人材と考えられる職種群についての調査結果は、一般事務職、工場作業員と明確な違いがある。人材不足の状態が「とても深刻」「やや深刻」と回答した企業の割合の合計を「深刻度合い」と定義して、職種ごとにみると、IT人材の深刻度合いは65.2%で、ASEAN平均(60.5%)を4.7ポイント上回った。同様に、専門職種の深刻度合いは82.4%に上り、ASEAN平均(72.7%)を9.7ポイント上回った(図2参照)。上級管理職では65.4%、一般管理職は75.1%と、ASEAN平均をそれぞれ13.7ポイント、3.6ポイント上回った。「とても深刻」と回答した企業の割合だけを取り出して、ASEANの中で比較すると、ミャンマーは、IT人材で3位、専門職種で4位、上級管理職と一般管理職では1位(一般管理職はラオスと同率)となっている(図3参照)。

図2:職種別・人材不足の深刻度合い

プログラマーなどの
IT人材
在ミャンマー日系企業における職種別の人材不足の深刻度合いを示したもの。人材不足の状態が「とても深刻」、「やや深刻」と回答した企業の割合の合計を「深刻度合い」と定義して、職種ごとにみると、IT人材の深刻度合いは65.2%で、ASEAN平均(60.5%)を4.7ポイント上回った。「とても深刻」と回答した企業の割合だけを取り出して、ASEANの中で比較すると、ミャンマーは、IT人材で3位となっている。
専門職種(法務、経理、エンジニアなど専門技能を必要とする職種)
在ミャンマー日系企業における職種別の人材不足の深刻度合いを示したもの。人材不足の状態が「とても深刻」、「やや深刻」と回答した企業の割合の合計を「深刻度合い」と定義して、職種ごとにみると、専門職種の深刻度合いは82.4%に上り、ASEAN平均(72.7%)を9.7ポイント上回った。「とても深刻」と回答した企業の割合だけを取り出して、ASEANの中で比較すると、ミャンマーは、専門職種で4位となっている。

注:有効回答数10社以上の国・地域。
出所:2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

図3:職種別・人材不足の深刻度合い

上級管理職(ディレクターなど)
在ミャンマー日系企業における職種別の人材不足の深刻度合いを示したもの。人材不足の状態が「とても深刻」、「やや深刻」と回答した企業の割合の合計を「深刻度合い」と定義して、職種ごとにみると、上級管理職で65.4%で、ASEAN平均を13.7ポイント上回った。「とても深刻」と回答した企業の割合だけを取り出して、ASEANの中で比較すると、ミャンマーは、上級管理職では1位となっている。
一般管理職(マネージャーなど)
在ミャンマー日系企業における職種別の人材不足の深刻度合いを示したもの。人材不足の状態が「とても深刻」、「やや深刻」と回答した企業の割合の合計を「深刻度合い」と定義して、職種ごとにみると、一般管理職で75.1%で、ASEAN平均を3.6ポイント上回った。「とても深刻」と回答した企業の割合だけを取り出して、ASEANの中で比較すると、ミャンマーは、一般管理職では1位(ラオスと同率)となっている。

注:有効回答数10社以上の国・地域。
出所:2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

増加する海外就労希望者

ミャンマーでは、2021年2月の国軍による政権掌握以降、欧米による経済制裁の発動、日本を含む海外からの対外援助の縮小や新規案件の停止、外国企業による投資の減少、外貨不足など、経済的に厳しい状況が続いている。同時に、国軍に対する民主派と地域少数民族による武装闘争が継続しており、国内情勢の見通しが立たない状況から、将来を悲観する国民も少なくない。政変以降の現地通貨安によって、海外との賃金格差がより鮮明になり、海外での就労を希望する人々が増加している。こうした状況から、前述のとおり高度人材と考えられる職種では、海外での就労希望者の増加による人材の流出が進んでいる。

ジェトロによる進出日系企業への個別聞き取り調査(2024年2月時点)によれば、コロナ禍以前の従業員の退職は国内他社への転職が主な理由であった。2021年の政変後は、2022年に商業フライトの運航再開に合わせて多数の退職者が出たが、その7~8割が海外就労を理由にした退職であった。20~30歳代前半の若い世代は国内にとどまる理由が少ないとされ、海外就労が退職の主な理由という。退職者の欠員の補充に関しても、海外就労の増加により、有望な人材が減少する中での採用活動となるため、退職者と同レベルの人材を採用することが難しくなっている。たとえ優秀な人材を採用できても、より良い機会が海外にあると転職してしまう状況である。

聞き取り調査に応じた進出日系企業の中には、優秀な人材の流出を防止するために、他のASEAN域内にある事業拠点や日本本社などに転勤させて、グループ全体で当該人材を活用する対策などを取っている企業もあった。しかし、現時点ではこうした取り組みを行ってもなお、退職による流出人数の方が多く、また、転勤させた従業員をミャンマーに戻す時期のめどが立たないこと、グループ内でのミャンマー人従業員の受け入れ人数にも限りがあることなどから、多くの社員に適用しにくいことが判明している。

また、一般事務職や工場作業員の職種については、自国民の雇用確保の観点で外国人の就労を制限する国が多い。就労ビザの取得が容易ではないことから、ミャンマー国内で就労を続ける者が多い。ただし、こうした職種でも、国内情勢を背景に、海外就労を希望する者も多く、近隣国であるタイなどで不法就労する労働者が問題となっている。

さらに、日本での就労にも関心が高まっている。就労条件の1つとして日本語能力試験(JLPT)合格が求められる場合が多い。同試験の応募者数は年々増えており、2023年7月に実施された試験では、ミャンマー国内の応募者数が10万人を超えた。過去に1カ国における日本語能力試験の応募者数が10万人を超えたのは中国以外になく、ミャンマーが史上2番目となった(2023年7月18日付ビジネス短信参照)。現在も円安が進行してはいるものの、現地通貨(チャット)安が日本円より進むミャンマーにとっては、日本は引き続き魅力的な就労先と考えられている。

加えて、在ミャンマー日系企業の人材流動性に対する将来の大きな変動要因として、徴兵制の導入がある。2010年に制定されたものの、実施に至っていなかった「人民兵役法」に基づく徴兵制を2024年2月に実施することが決定された。国民のうち、男性は18~35歳、女性は18~27歳までが対象になる。一般的な兵役期間は2年以内だが、非常事態宣言下では最長5年以内に延長できるとされている。また、エンジニアなどの専門職は上限年齢が男性45歳、女性35歳まで引き上げられ、勤務期間は3年以内、非常事態宣言下での延長は一般国民と同様に5年以内にとされている。兵役免除の対象は聖職者、既婚女性などと定められており、兵役逃れへの罰則は懲役(3年以下または5年以下)、罰金またはその両方となっている。若い世代にとって、国外での就労はより現実的な選択肢となる可能性は高い。

今回の日系企業調査で、ミャンマーにおいて「人材不足に直面している」と回答した企業の割合が低く出た結果の背景には、経済的に厳しい状況と、一般事務職や工場作業員が海外就労することの難しさがあると考えられる。しかし、全体としては人材不足にはなっていない場合でも、雇用が流動的で常に採用活動を余儀なくされている企業は多い。高度人材を中心とした雇用状況が悪化しているとの結果は、国内情勢や為替レートなどから、海外での就労を希望する人々が増加していることが背景にある。こうした状況下にあることから、人材を国内に残留させるインセンティブが簡単に見つからないことが示唆される。

執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課