アジア大洋州地域の人材確保・賃金高騰の現状と対応人件費高騰と人手不足の課題、自動化関心高く(オーストラリア)

2024年4月9日

オーストラリアでは、新型コロナウイルス禍で労働市場を支えていた移民が急減したことで、失業率が低下、深刻な人手不足の状態が続いている。2023年の賃金上昇率は26年ぶりの高水準となった。こうした労働市場の中で、在オーストラリア日系企業はどのような課題を抱え、解決に向けてどのような対策を講じているのか、ジェトロが実施したアンケート調査の結果などに基づいて報告する。

業績好調も、人件費上昇と人材確保に懸念

ジェトロが2023年8~9月に実施した2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、日系企業調査、注1)によると、2023年度の営業利益で黒字を見込む企業の割合は72.2%だった。調査対象のアジア・オセアニア20カ国・地域の中では、韓国(84.0%)、台湾(75.5%)に次いで、3番目に高い水準だった(前年度調査の81.7%には届かなかった)。今後1~2年の事業展開の方向性についても、在オーストラリア日系企業の半数近く(46.2%)が「拡大」と回答し、その理由として「現地市場ニーズの拡大」を挙げた企業が64.8%に上った。回答企業からは、「新型コロナ禍からの回復で旅行需要が増加」「国内需要の拡大」「ブランド力の向上」「(製品)単価の上昇」「住宅不足の継続」「脱炭素事業の拡大」などの声が寄せられている。拡大を考えている機能としては、「販売」が74.0%と最多で、「新規事業開発」(46.3%)が続いた。オーストラリア市場の安定性や成長性への期待が回答結果に表れたといえよう。

一方で、在オーストラリア日系企業が挙げた投資環境面でのリスクをみると(複数回答)、上位5項目のうち、4項目が雇用に関する項目だった。その中で最多は「人件費の高騰」で、回答した企業は9割(91.2%)を超えた。また、「労働力の不足・人材採用難」をリスクとして挙げた企業も多く、「一般ワーカー、一般スタッフ・事務員等」が39.5%(3位)、「専門職・技術職、中間管理職等」が36.8%(4位)と、幅広い職種で人材不足や採用難が生じていることが読み取れる。「従業員の離職率の高さ」を挙げた企業も36.8%に上った(4位)。

約6割の日系企業が人材不足の課題に直面、製造業では8割超え

次に、雇用環境に関する在オーストラリア日系企業の見方についてみていく。日系企業調査で、「人材不足の課題に直面している」と回答した企業は57.4%に上った。日系企業調査のアジア・オセアニア20カ国・地域平均の47.9%を上回った。業種別では、製造業で9割近くの企業が人材不足と回答しており(図1参照)、企業規模にかかわらず人材不足を実感する企業が大半を占めた(大企業94.4%、中小企業71.4%)。製造業のうち鉄・非鉄・金属や、精密・医療機器では全ての回答企業が人材不足に直面していると回答(100%)、食料品(85.7%)では8割を超えた。一方、非製造業では、約半数(48.8%)の企業が人材不足の課題に直面している。旅行・娯楽業(100%)、建設業(80.0%)、情報通信業(75.0%)で、特にその割合が高かった。

また、人材不足の課題に直面しているとした企業に対して、人材不足の深刻度合いを職種別に尋ねた。「工場作業員」「専門職(法務、経理、エンジニアなど専門技能を必要とする職種)」「IT人材」では、「とても深刻」「やや深刻」と回答した企業が合わせて7割を超え、人材の確保がより深刻と認識されている実態が明らかとなった(図2参照)。特に「工場作業員」の不足が「とても深刻」とした企業は、アジア・オセアニア20カ国・地域の中で最も高い割合(44.8%)だった。

図1:人材不足の課題に直面しているか(オーストラリア進出日系企業)
製造業は88.0%の企業が、はいと回答、12.0%の企業が、いいえと回答した。非製造業については、48.8%の企業、はいと回答、51.1%の企業がいいえと回答した。

出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

図2:オーストラリア進出日系企業の人材不足の深刻度合い(職種別)
工場作業員について44.8%がとても深刻、37.9%がやや深刻、10.3%があまり深刻ではない、6.9%が深刻ではないとなった。専門職について、33.9%がとても深刻、44.6%がやや深刻、14.3%があまり深刻ではない、7.1%が深刻ではないとなった。IT人材について、21.6%がとても深刻、48.6%がやや深刻、18.9%があまり深刻ではない、10.8%が深刻ではないとなった。一般管理職について、16.4%がとても深刻、50.8%がやや深刻、23.0%があまり深刻ではない、深刻ではないが9.8%となった。一般事務職について、12.9%がとても深刻、43.5%がやや深刻、24.2%があまり深刻ではない、19.4%が深刻ではないとなった。上級幹部職では、3.8%がとても深刻、30.2%がやや深刻、39.6%があまり深刻ではない、26.4%が深刻ではないとなった。

注:現在必要な人材採用の困難に直面していると回答した企業65社(不明・未回答除く)。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

2023年のオーストラリア賃金上昇率は26年ぶりの高水準

オーストラリア進出日系企業にとって、「人件費の上昇」は新型コロナ禍前の2019年以降の本調査で毎回、最大の経営上の問題点として位置づけられている(注2)。OECDが2023年10月に発表した世界32カ国(OECD加盟国のうち28カ国と非加盟国4カ国)の最低賃金(2022年)によると、オーストラリアはフランスに次いで高く、日本(8.5米ドル)の約1.6倍だ(表参照)。オーストラリアの最低賃金(時給)は2023年7月からさらに23.23オーストラリア・ドル(約2,300円、豪ドル、1豪ドル=約99円)に引き上げられた(2023年6月30日付ビジネス短信参照)。また、オーストラリア統計局(ABS)が発表する賃金指数(WPS)の上昇率をみると、2023年第3四半期(7~9月)に前年同期比4.0%と、26年ぶりの高水準を記録した。続く第4四半期(10~12月)も4.2%上昇した。

表:主要国の最低賃金(時給単価、2022年)(単位:米ドル)
順位 国名 時給単価
1位 フランス 13.8
2位 オーストラリア 13.6
2位 ルクセンブルグ 13.6
2位 ドイツ 13.6
5位 ニュージーランド 13.2
6位 ベルギー 12.7
7位 オランダ 12.0
8位 英国 11.8
9位 スペイン 11.4
10位 カナダ 11.1

注:物価変動による影響を除き、購買力平価で米ドルに換算。
出所:OECD(2023年10月)

人手不足については、新型コロナ感染拡大の影響で国境が閉鎖され、移民が激減したことが原因となり、2021年以降は労働市場が逼迫した(2022年12月21日付地域・分析レポート参照)。失業率は、新型コロナ禍前の5年間(2014~2018年)平均で5.7%だった。

しかし、新型コロナ感染が落ち着きをみせた2022年6月ごろから、各企業も移民の採用を活発化している。外国人留学生の入国も回復したことで、2024年1月の失業率は4.1%まで低下し、徐々に労働市場の逼迫は緩和しつつある。

一方、ABSの移民に関する統計(2023年12月)によると、2022/2023年度(2022年7月~2023年6月)の移民流入数から流出数を差し引いた純移民数が統計開始以来、過去最高の51万8,000人を記録した。一方で、こうした移民の急増は賃貸住宅市場を逼迫し、家賃の高騰や空室率の低下などの住宅不足問題を招いた(2023年8月9日付ビジネス短信参照)。こうした問題に対応するため、オーストラリア連邦政府内務省は2023年12月11日に「移民戦略外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(Migration Strategy)を発表。移民の数を新型コロナ以前の水準に戻す方針を示した。同戦略は8つの主要計画で構成し、より高度な人材の確保に向けて、留学生ビザ要件を厳格化することや、先端技術分野やグリーンエネルギー産業で活躍できる高度な技術を持った移民を呼び込むことも想定している。

給与引き上げや勤務態勢柔軟化など待遇改善で人材定着に対応

こうしたオーストラリアの人材不足の状況に対して、どのような人材採用・定着に関する取り組みを行っているかについて日系企業に尋ねたところ、優秀な人材の離職を防ぐために給与やボーナスを引き上げたとする回答が複数見受けられた(参考参照)。その中で最も多かったのは、在宅勤務の導入など勤務態勢の柔軟化だった。オーストラリアでは、在宅勤務が日本よりも定着している。従業員にしてみると、就業する上でのインセンティブとなっているとみられる。

参考:人材の採用・定着に関する具体策

採用

  • 人材募集時に給与水準を引き上げ
  • 新聞などの求人欄に頻繁に求人広告を掲載
  • ワーキングホリデー来豪者を採用し求人難を改善

定着

  1. 給与引き上げ
    • 基本給・賞与引き上げ
    • 現地賃金相場に応じた新規・既存従業員の給与見直しと引き上げ
  2. インセンティブ提供
    • 業績に合わせたインセンティブの支給
    • カジュアル雇用からフルタイム雇用への昇格
  3. 勤務態勢の柔軟化
    • 仕事と生活の両立支援
    • フレックス制の導入
    • 在宅勤務、ハイブリッド勤務の導入、在宅勤務の定常化
    • 休日取得など柔軟な勤務スタイル対応
  4. 福利厚生の充実
    • 朝食、昼食の提供による給与面以外での生活サポート
    • スポーツジム利用料金の会社負担
    • 自社製品の無料配布
  5. 人事施策
    • インターンシップ制度、新卒者採用選考プログラム(Graduate Program) の導入
    • 組織活性化、士気向上の包括的な人事施策の実施
    • 年間評価などの評価制度の見直し
  6. 教育機会の提供
    • 社会貢献活動の実施
    • 職員技能開発研修
    • ダイバーシティー・エクイティー&インクルージョン(DE&I)の啓発活動実施
    • 各個人のスキルアップにつながる仕事の提供
  7. 職場環境の改善
    • 社内交流会(食事会、エンターテインメントなど)による職場環境の改善
    • フェアでオープンな職場環境の構築
    • コミュニケーション円滑のための部門横断的な取り組み
    • チャレンジを重視する企業文化の浸透で定着率向上

注:自由記述回答は、回答意図を明確にするため、原文の趣旨を損なわない範囲で追記修正。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

生産ライン自動化実施企業(製造業)は3割、8割以上が関心

オーストラリアでは、人件費高騰や人材不足といった課題を解決するため、一定程度の日系企業(製造業)の生産ラインの自動化を導入しているとみられる。日系企業調査で生産ライン自動化を「実施している」と回答した企業は約3割(33.3%)にとどまったが、一方で、生産ライン自動化に「関心がある」という企業は85.7%(非常に関心がある:38.1%、まあ関心がある:47.6%)にまで増加し、アジア・オセアニア地域の中では最も高かった。自動化に取り組んでいる」と回答した企業にその背景・理由を尋ねたところ、「人件費の上昇」(93.3%)、「ワーカー不足」(86.7%)が最も多い。次いで「生産ラインや生産技術の高度化」(33.3%)、「生産品の高付加価値化」(26.7%)になった。このように、人件費の上昇や人材不足が自動化への関心を高めていると推測される。

生産ライン自動化以外にも、雇用面の課題解決策としてデジタル技術の活用が挙げられる。例えば、「マーケティングや販売においてAI(人工知能)を導入」との回答もあった。オーストラリアでは、新しい技術を「試してみる」「受け入れてみる」というマインドがあり、デジタル技術への受容性が高い。また、国際的にも教育水準や人材の質が高い。こうした環境もあり、オーストラリア経済開発委員会(CEDA)デジタル国際競争力(2022)ランキングで、オーストラリアは63カ国・地域中14位に位置する(日本は29位)。ソフトウエアのアトラシアン(2020年5月26日付地域・分析レポート参照)など、世界的にも成功しているオーストラリア発のテック企業も生まれており、ユニコーン企業(評価額が10億ドル以上の未上場企業)は21社(2022年8月時点)ある。実績のある分野はビジネス・ソフトウエア、バイオテック、医療デバイス、メディアデザイン、フィンテックに加え、今後はエネルギーテック、エドテック、フィンテック、フードテックなども有望分野だ。上記図2で示したように、工場作業員などを中心に人手不足が深刻だ。例えば、物流の自動化技術で実績のあるスタートアップと手を組んで、自社工場の倉庫や物流施設の自動化など、人手不足の課題解決を図っていくことなども考えられよう。日系企業が抱える課題を現地テック企業の力を借りて解決し、新たなビジネス連携の機会につながることが期待される。


注1:
オーストラリアでは、現地に所在する日系企業298社に依頼、121社からの回答があった(有効回答率40.6%)
注2:
2019~2022年度調査では「経営上の問題点」の設問に対して、「従業員の賃金上昇」が最多の回答だった。
一方、2023年度調査では設問を「投資環境上のリスク」に変更し、「人件費の高騰」が最多の回答だった。
2019~2022年度調査結果と、2023年度調査結果との間に時系列的な連続性はない。
執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
青島 春枝(あおしま はるえ)
2022年6月からジェトロ・シドニー事務所勤務(経済産業省より出向) 。