アジア大洋州地域の人材確保・賃金高騰の現状と対応人材不足が大きな課題、未活用労働者の掘り起こしが必要(ラオス)

2024年3月21日

在ラオスの日系企業の間で、人材不足が加速している。ジェトロが2023年8~9月に実施した「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、2023年度日系企業調査)で明らかになった。背景として、急激なインフレの中、実質賃金がマイナスとなることで生活水準を維持できなくなった労働者が、より良い賃金を求めて外国へと移住する動きが加速していることが挙げられている。本稿では、人材不足が日系企業に与える影響や、海外へ出稼ぎに向かう要因を分析するとともに、日系企業の雇用確保のために取り組むべき方策を考察する。

人材不足が顕著な課題に

2023年度日系企業調査(注1)によると、「人材不足の課題に直面している」と回答した企業の割合はラオスで58.6%とASEANではマレーシア(63.5%)に次いで高く(図1参照)、製造業だけでみると60.0%に達した。1年前(2022年8~9月)と比較した「雇用状況の変化」では、「変化なし」が48.3%、「悪化」が31.0%、「改善」が20.7%となり、「悪化」と回答した企業の割合がASEANで最も高くなった(図2参照)。ただし、「改善」と回答した比率も最も高い。ともあれ、とりわけ製造業における「悪化」割合は46.7%に達し、非製造業の「悪化」割合(14.3%)に比べて顕著に大きかった。この分析は後述するが、労働集約的な低賃金労働者が主にタイなどの他国への出稼ぎに移行しているためとみられる。その他にも、サービス業や農業などの他の産業へと移行するケースもあるとみられる。

図1:人材不足の課題に直面している割合(国別)
マレーシア63.5%、ラオス58.6%、シンガポール55.6%、フィリピン52.2%、ベトナム42.7%、タイ40.4%、カンボジア40.2%、ミャンマー39.2%、インドネシア38.5%。

出所:2023年度日系企業調査

図2:各国の雇用状況の変化(2022年比)
悪化・改善割合の順に、それぞれインドネシア8.8%、10.5 %、 カンボジア9.4 %、 17.9 %、 ベトナム11.2 %、 17.7 %、 タイ13.0 %、9.6 %、 マレーシア18.8 %、 20.7 %、 シンガポール22.3 %、 10.8 %、 フィリピン23.8 %、 15.6 %、ミャンマー28.4 %、 5.9 %、 ラオス31.0 %、 20.7 %。

出所:図1に同じ

人材不足の課題に直面していると回答した企業に対して、職種・職能別の「人材不足の深刻度合い」を尋ねたところ、その他(運転手や建設関係、宅配関連など)を除く職種で、「とても深刻」または「やや深刻」と回答した割合はいずれも高かった。中でも、専門職種とマネージャーなどの一般管理職では「とても深刻」の回答がそれぞれ47.1%、41.2%と高くなった(図3参照)。このように人材不足は、多くの職種で生じていることがわかる。

図3:人材不足の深刻度合い(職種・職能別)
人材不足がとても深刻と回答した企業の割合を職種別にみると、一般管理職(マネージャーなど)42.1% 、専門職種(法務、経理、エンジニアなど専門技能を必要とする職種)47.1%、 工場作業員29.4%、 上級管理職(ディレクターなど) 23.5%、一般事務職 5.9%、プログラマーなどのIT人材 29.4%、その他(委託も含む/運転手、建設関係、宅配関連など5.9%。人材不足がやや深刻と回答した企業の割合を職種別にみると、一般管理職(マネージャーなど)35.3% 、専門職種(法務、経理、エンジニアなど専門技能を必要とする職種)17.6%、 工場作業員35.3%、 上級管理職(ディレクターなど) 35.3%、一般事務職 47.1%、プログラマーなどのIT人材 5.9%、その他(委託も含む/運転手、建設関係、宅配関連など11.8%。

出所:図1に同じ

国内インフレ加速でタイなどへの出稼ぎ労働が増加

それでは、なぜ人材不足が深刻化しているのか。ここでは特に製造業の作業員や非製造業スタッフについて深掘りしたい。ラオスの日系製造業によると、2022年11月ごろから勤務期間の短い非熟練労働者のタイへの出稼ぎを理由とする離職が目立ち始めたという。2023年半ばまでにはいったんは落ち着いたものの、新規募集に苦慮しており、賃金見直しが必要となっている段階にあるという。これは、コロナ禍に多くの出稼ぎ労働者がラオスに帰国していたが(2021年10月6日付地域・分析レポート参照)、タイとラオス間の国境が2022年5月に再開し、ラオスからタイへの労働者の出稼ぎも再開したことが1つの要因である。

以前から、ラオス人の移住先としてタイが最も多く、圧倒的に季節労働者や一時的な労働のための移動が多い、と指摘されていた。コロナ前は少なくとも30万人がタイに出稼ぎに行っていたと推定されている[国際移住機関(IOM)資料、2016年]。世界銀行が2023年11月に発表したラオ・エコノミックモニター(2023年12月12日付ビジネス短信参照)では、2023年10月までにタイに合法的に出稼ぎに行くラオス人労働者は22万人を超え、非正規を合わせると30万~40万人に達したと推定している。IOM(2022)は、ラオスからタイなどの海外への移住のプッシュ(押し出し)要因として、(1)国内の貧困、(2)雇用機会や選択肢の欠如、(3)農村部での現金収入機会の欠如、(4)ラオス国内の低い賃金を挙げた。また、タイ側のプル(誘引)要因としては、(1)タイ国内の労働者不足(特にサービス業や農業、製造業の非熟練労働者)、(2)ラオス国内の3倍程度の高い賃金水準を挙げている。なお、タイでは2024年1月から最低賃金が引き上げられている。また、地理的な近さによる移住の容易さや文化や言語の類似性、さらに近年ではスマートフォンやソーシャルメディアなどの普及が大きな役割を担っていることを指摘する。

これに加え、2022年6月ごろから急激に進行した高インフレは、海外への出稼ぎを後押ししている。この背景にあるのが、ガソリン価格を代表とする世界的な物価上昇と、現地通貨キープ安の進行だ。ラオスのインフレ率は2022年平均で23%、2023年平均で31%に達し、2019年8月から2023年8月にかけて物価は1.8倍に高騰した。一方、キープの価値は2019年8月から2023年8月までにドルに対して55.4%、バーツに対して50.9%下落した。これに関連して、日系企業の平均月給は2019年8月調査から2023年8月調査にかけて製造業作業員で139万キープから235万キープへ68.6%上昇し、非製造業スタッフでは470万キープから726万キープへと54.4%上昇した(表参照)。しかしながら、賃金の伸び率は物価の上昇率を大きく下回っており、給与は実質的にマイナスとなっている。また、日系企業の平均月給は、米ドルベースで比較した場合でも下落している。この状態は、企業運営においては営業利益改善へ貢献した(2023年3月20日付地域・分析レポート参照)。その半面、労働者は生活水準を維持することができなくなり、タイなどの海外への出稼ぎに向かう一因となったと見られる。

またラオスでは、タイへの出稼ぎ以外にも、韓国への労働者派遣制度(2022年6月6日付ビジネス短信参照)や日本への技能実習や特定技能制度(2022年8月9日付ビジネス短信参照)を利用した渡航への注目が日々増している。

表:法定最低賃金と日系企業の平均月給(△はマイナス値)
内容 通貨 2019年 2023年 変化率(%)
最低賃金 キープ 1,100,000 1,600,000 45.5
米ドル 126 88 △ 30.2
月額基本給平均(日系企業製造業・作業員) キープ 1,392,000 2,346,533 68.6
米ドル 160 129 △ 19.4
月額基本給平均(日系企業製造業・マネージャー) キープ 8,465,100 17,721,326 109.3
米ドル 973 974 0.1
月額基本給平均(日系企業非製造業・スタッフ) キープ 4,698,000 7,255,715 54.4
米ドル 540 399 △ 26.1
月額基本給平均(日系企業非製造業・マネージャー) キープ 13,163,100 19,866,684 50.9
米ドル 1,513 1,092 △ 27.8

注:最低賃金および月額基本給はいずれもキープ建てだが、日系企業調査実施時の平均為替レートから米ドルに換算した数字を併記している。
出所:2019年度および2023年度日系企業調査、ラオス政府告示を基に作成

実質マイナス賃金の是正が必要

2023年日系企業調査では、「実施している人材の採用・定着に対する具体策」について尋ねた。これに対して、(1)各種手当や給与水準の見直し、(2)採用活動の工夫、(3)社内運営の見直しといった取り組みを行っている回答が見られた。「各種手当や給与水準の見直し」では具体的に、食事手当、通勤手当などの引き上げなど福利厚生の充実や、賃金を米ドル建てで固定し毎月の為替レートを適用してキープ建で支払うという企業が見られた。キープの下落が進行する中、米ドル価に固定した給与支払いは従業員へ安心感をもたらすものとみられる。また、「採用方法の工夫」では、従業員を介した口コミの採用を強化したケースや地域コミュニティ出身の人材を積極的に採用することで、知人・友人の採用が増えたケースが見られた。「社内運営の見直し」としては、運営の一部を現地スタッフに任せることで自主性を引き出す取り組みをしたケースや、社員食堂の新設、給与の前借り制度の導入などを実施したケースがあった。また、部署横断で誕生日会やスポーツ大会などの社内イベントを定期的に企画し、定着率を向上させたというケースも見られた。

ラオス労働社会福祉省の「2022年第3回労働力抽出調査報告書」によると、総人口740万人中、15歳以上の就業者数(注2)は248万人であるが、そのうち31.2%が家業の手伝い(無給)である。また、完全失業者数は8万人(注3)、非労働力人口(注4)は就労者数を超える285万人である。詳細なデータはないものの、未活用労働者(注5)の掘り起こしの余地は十分に残されていると考えられる。離職を抑え雇用を確保するためには、企業は上述した様々な効果的な取り組みをさらに進めると同時に、物価上昇を考慮し給与額を引き上げる必要があるだろう。


注1:
在ラオスの日系企業85社に対して2023年8~9月にアンケートを実施し、30社(うち製造業16社、非製造業14社)が回答。
注2:
本調査は国際労働機関(ILO)基準に準じており、就業者は調査期間中において収入を伴う仕事を1時間以上している者。ただし、個人経営の商店や農家で家業を手伝っている家族は無給でも就業者と見なされる。
注3:
完全失業者は、労働力人口のうち就業していない者で、(1)調査週間中に仕事をしなかった、(2)仕事があればすぐに就くことができる、(3)過去1カ月間に求職活動をしていた、の3要件を満たす者。逆に、仕事を失っても、求職活動をしていなければ失業者とはならない。ただし、多くのラオス政府発表の失業率は必ずしもこの定義によっていないことに注意が必要。
注4:
非労働力人口とは、15 歳以上の人口のうち、就業者と完全失業者以外の者を指す。
注5:
未活用労働者とは、失業者や就業者の中で就業時間を追加したい者、非労働力人口の中で仕事に就くことを希望しているが,今は仕事を探していない者などを指す。
執筆者紹介
ジェトロ・ビエンチャン事務所
山田 健一郎(やまだ けんいちろう)
2015年より、ジェトロ・ビエンチャン事務所員