勢い増すアジアのスタートアップ・エコシステム最前線課題解決型エコシステム、産業の幅も広がる(インドネシア)

2024年3月22日

人口2億人超のメガマーケット、日本の5倍を誇る広大な国土、多様な文化、地域間で異なる経済・社会構造、発展の中で生じる社会課題。インドネシアにはスタートアップの起業意欲をかき立てる要素が無数にある。現地特有のニーズに沿ったソリューションを提供するスタートアップが登場し、ユニコーンとして羽ばたいている。本稿は前編として、現地エコシステムの魅力や可能性について、考察する。

エコシステムの幅を広げるインドネシア

ベンチャーキャピタル会社Cento Ventures(セント・ベンチャーズ)によると、2023年上半期(1~6月)の東南アジア6カ国のスタートアップ投資は513件に上り、金額ベースでは31億ドルに達した。国別にみると、インドネシアは48%を占め、全体の半分近い約15億ドルに相当する(図1参照)。東南アジア6カ国向けの投資額は、最高額を記録した2021年下半期(97億ドル)の後、世界的な投資の鈍化を受け、減少傾向にある。その中で、インドネシアはシンガポールと2カ国合計で、全体の7~8割前後を占める状態を維持している。グーグルなどが2022年10月に発表した、東南アジア地域のデジタル経済の実態に関する調査(注)によると、ベンチャーキャピタルなど投資家へのアンケートで、中期的(2025~2030年)に投資が活発になる国として、デジタル経済の伸びがめざましいベトナム(回答率83%、複数回答可)(本特集「デジタル経済で飛躍、政府も米国と連携しつつ支援着手(ベトナム)」参照)に続き、インドネシア(73%)がフィリピンと同率2位で選ばれている。

図1:東南アジアにおけるスタートアップ投資の主要国別シェア
(2020年~2023年上半期、半期ベース)
インドネシアにおけるスタートアップ投資額については、2020年上半期が60億ドル、下半期が27億ドル、2021年上半期が48億ドル、下半期が97億ドル、2022年上半期が68億ドル、下半期が38億ドル、2023年上半期が31億ドルとなっている。国別シェアとして、インドネシアは39~75%、シンガポールは10~33%を占めており、2カ国でおよそ7~8割を占める。

出所:Cento Venture「Southeast Asia Tech Investment: 2023 H1」

インドネシアのスタートアップ投資件数(2019~2023年)を分野別にみると、eコマースとフィンテックが全体を牽引している(図2参照)。加えて、物流・輸送などのロジスティクスや、エドテック(教育)、専門サービス、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)のほか、クリーンテックやフードテック、ヘルステックなど幅広い産業での投資がみられる。なお、投資金額ベースでは、ロジスティクスが最大の37%(87億ドル超)を占め、eコマース(23%、54億ドル)やフィンテック(22%、53億ドル)を上回る。この間の投資分野の推移を見ると、eコマースやロジスティクス、フィンテック一辺倒だった傾向が徐々に投資分野を多様化しており、エコシステムの成熟がうかがえる。

図2:インドネシアにおけるスタートアップ投資件数
(2019~2023年累計、分野別)
Eコマースが25%で最大、フィンテックは23%、物流・輸送、エドテック、専門サービスは5%と続く。

出所:Tech in Asia「Startup Indonesia」から作成

社会課題解決から生まれるイノベーション

資金調達に成功するスタートアップから、インドネシアには9社のユニコーンが誕生しており、この社数はASEANではシンガポールの15社に次ぐ規模だ(2023年10月時点、CBインサイツ)。フィンテックとしては、eウォレットを提供するDANAにはインドネシア財閥のSinarmas(シナルマス)やシンガポール系eコマース大手Lazada(ラザダ)が出資。また、普及率の低いクレジットカードを代替する決済手段として、アプリを使った後払い決済(Buy Now Pay Later:BNPL)を提供するAkulaku(アクラク)とKredivo(クレディボ)に対して日系メガバンク2行が相次いで出資した。インドネシア発ユニコーンには、消費者向け(B2C)、特にeコマースおよびその周辺企業が多いという特徴がある。例えば、企業向け(B2B)では、企業間ペイメントゲートウェイのXendit(センディット)や、中小・零細の養殖業向けサービスを手掛けるアクアテックのeFishery(eフィッシャリー)が登場した(表1参照)。また、これまでGoTo〔2022年5月に配車アプリ大手Gojek(ゴジェック)とeコマース大手Tokopedia(トコペディア)が合併〕を含めたユニコーン3社がインドネシア証券取引所(IDX)での新規株式公開(IPO)に成功している。

表1:インドネシア発ユニコーンの例
分野 企業名 評価額
(億ドル)
概要
企業向け(B2B) J&T Express 200 主にeコマース向けにend to endの物流を提供
企業向け(B2B) eFishery 13 魚やエビの養殖向け自動給餌器のシステムを提供
消費者向け(B2C) Traveloka 30 航空券、ホテル、交通などの旅行アプリ。Expediaが出資
消費者向け(B2C) Kopi Kenangan 10 デジタルを活用したコーヒーショップを全国で600店舗以上展開
フィンテック Akulaku 20 アプリを使った後払い決済(BNPL)を提供。三菱UFJ銀行が出資
フィンテック Kredivo Holdings 16.6 アプリを使った後払い決済(BNPL)を提供。みずほ銀行出資
フィンテック DANA 11.3 eウォレットを提供。Sinarmas財閥とLazadaが出資
フィンテック Xendit 10 企業間ペイメントゲートウェイを提供
フィンテック Ajaib 10 初心者向け株式取引アプリを提供。国内最速の創業2年でユニコーン入り

注:ユニコーンとされる企業は情報ソースで異なる場合がある。
出所:CBインサイツ(2023年10月19日時点)

この成功の裏には、スタートアップが参入すべき現地の社会課題が山積している点が挙げられる。たとえば、金融面では、インドネシア国民の半数以上が銀行口座を持たない(表2参照)。先進国では一般的な金融手段(分割払い、ローン決済など)を持たないため、順調な経済成長に支えられた消費意欲に比して消費活動が制限されることが多い。これを解決すべく、前出のフィンテックが台頭してきた。広大で島嶼(とうしょ)部の多い国土を背景に、物流インフラの発展も不十分だ。物流分野の米民間調査機関アームストロング&アソシエイツの調査によると、物流コストがGDPに占める割合は22%と、他の東南アジア諸国よりも高く、日本や欧州と比べると3倍近いコストがかかっている。加えて、インドネシアでは、医師不足や生活習慣病、不十分な医療アクセスなど、ヘルスケア分野の課題も多い。これらに対しても、スタートアップが独自のアイデアやテクノロジーを駆使し、解決策を提案することで、市場創出・開拓に成功しつつある。

レポート後編では、こうした取り組みに挑戦するスタートアップや、それを支援する投資家やアクセラレーターなど関係者に行った取材を基に報告する(本特集「現地スタートアップの実態、ESGを絡めた資金調達にも注目(インドネシア)」参照)。

表2:インドネシアの社会課題の例
分野 課題例
医療・ヘルスケア
  • 生活習慣病による死亡割合(国民30~70歳に占める比率)が26.4%
  • 1万人当たりの医者数6.27人(日本26.1人、タイ9.28人、インド7.27人)
  • ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ指数(注)57(タイ80、ベトナム75)
金融
  • 銀行口座(モバイルを含む)保有率:48.9%(マレーシア85.3%、タイ81.6%)
  • クレジットカード保有率(15歳以上):1.6%(シンガポール41.7%、タイ22.6%)
ロジスティクス
  • 物流費がGDP比の22%を占める
    (日本8.5%、欧州8.6%、マレーシア13%、タイ15%)

注:適切な医療サービスを支払い可能な費用で受けられる度合いを指数化したもの。
出所:ジェトロ「ASEANにおける社会課題動向調査(2022年5月)」、世界銀行、WHO(世界保健機関)、米アームストロング&アソシエイツ(A&A)「Global 3PL Market Size Estimates」などを基に作成


注:
グーグル、Temasek(テマセク)、Bain & Company(ベイン・アンド・カンパニー)「e-Conomy:SEA 2022」
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。海外調査部調査企画課、欧州ロシアCIS課、米州課を経て、2017~2019年に経済産業省通商政策局経済連携課に出向。日本のEPA/FTA交渉に従事。その後、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員を務め、2022年1月から現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。
執筆者紹介
東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA) スタートアップ・エコシステム担当マネージャー
町井 健太郎(まちい けんたろう)
2013年、ジェトロ入構。企画部、ジェトロ山形、経済産業省通商政策局経済連携課への出向の後、ジェトロ・ジャカルタ事務所でスタートアップを担当。2024年2月からジャカルタの東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)へ出向し、東南アジア全体のスタートアップへの貢献を目的として新設されたE-DISCの活動に従事。