勢い増すアジアのスタートアップ・エコシステム最前線政府ファンドや民間財団が下支え
韓国のエコシステムの強み(2)

2024年3月26日

創業が活発化する韓国のエコシステムの強みはどこにあるのか。充実した行政支援について取り上げた前編に続き、本稿では、韓国のエコシステムの中核を成すファクターとして、資金調達を支える政府系マザーファンド、民間財団によるインキュベーション、財閥などの大手企業との連携、学生や教員の起業をサポートする大学の支援体制についてひも解く。

また、ベンチャーキャピタル(VC)市場が「氷河期」といわれる現在、韓国政府はどのような投資活性化策を打ち出しているのか。公的資金が中心の市場から民間資金主導の市場への転換を目指す政府の取り組みについて報告する。

VC投資額の対GDP比率、OECD加盟国で3位

世界銀行が2023年9月に発表したレポートによれば、2021年の韓国のVC投資額は同国のGDPの0.26%に相当し、同比率は米国とカナダに次いでOECDの中で3番目に高い。また、同比率は、2010年時点(0.05%)から2021年(0.26%)にかけて急上昇しており、OECD加盟国の中で最も高い伸びを示した(注1)。こうした韓国のVC市場の急速な成長を支えてきたのが、政府によるマザーファンド、コリア・ファンド・オブ・ファンズ(KFoF)である。

韓国政府は、2005年に 、公的資本によりKVIC外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Korea Venture Investment Corp)を立ち上げ、ベンチャー企業・スタートアップへの資金供給の促進を進めた。ベンチャーエコシステムの活性化のため、韓国政府が資金を出資し、KVICはベンチャー投資に関する法律に基づき、ファンドを運営している。

2023年12月時点で、KVICが運用しているマザーファンドの規模は8兆ウォン(約8,800億円、1ウォン=約0.11円)を上回り、民間VCからの出資を含めると総額40兆ウォンのファンドを活用し、新興企業への投資を創出した。2023年12月時点で、韓国国内のベンチャーファンドの約5割(54%)がKVICからの出資を受けている。こうしたデータから、公的資金がVC市場に大きなインパクトを及ぼしていることがわかる(注2)。KFoFの出資者(LP)は、韓国政府部門の中小企業ベンチャー部をはじめとする10の省庁(特許庁、文化体育観光部、科学技術情報通信部、雇用労働部、保健福祉部、教育部、環境部、海洋水産部、国土交通部)である。

政府によるインセンティブ付与や、追加出資でVC投資活性化へ

昨今、韓国のベンチャーキャピタル投資は「氷河期」にあるといわれている。金利高と韓国国内の景気減速を受け、資金不足に陥る企業も多い。韓国ベンチャーキャピタル協会が発表する韓国のベンチャー投資額は、2021年(7兆6,802億ウォン)をピークに2年連続で減少した(図参照)。2023年は前年比2割減の5兆3,977億ウォンとなり、2021年の7割まで投資額は縮小している(注3)。


韓国ベンチャー投資(KVIC)の本社オフィス(ジェトロ撮影)
図:韓国のVC投資額の推移
韓国のベンチャーキャピタル投資額は、2014年に1兆6,390億ドルであったところから、2018年に3兆4,250億ドル、2021年に7兆6,800億ドルとなり、増加基調にあった。しかし、その後減少に転じ、2023年には5兆3,980億ドルと2年連続の減少となった。

出所:韓国ベンチャーキャピタル協会(KVCA)

大韓商工会議所が2023年9月、韓国国内のスタートアップ259社を対象に実施した調査において、スタートアップの成長におけるボトルネックを尋ねたところ、「資金調達問題」の回答割合が41.3%で首位になった。その他の懸案事項としては、「原価上昇に伴うコスト増加」(38.2%)「人材不足」(22.0%)などが挙げられた。一方で、スタートアップ・エコシステム発展に向けた最優先課題については、「投資の活性化」(44.0%)の回答が最も多く、次いで「大手・中堅企業とスタートアップ間の販路連携」(33.6%)、「新たな産業分野の規制緩和」(20.1%)などが続いた(注4)。韓国のスタートアップにおいて、成長における最大の障壁は資金調達難であり、投資の活性化や大手・中堅企業と連携した販路開拓、および規制緩和が求められている。

2022年後半以降、ベンチャー投資の縮小が顕在化したことを受け、韓国政府はVCの回復を目的に、投資活性化策を矢継ぎ早に打ち出している。中小ベンチャー企業部が2022年11月に発表した「ダイナミックベンチャー投資エコシステム造成法案外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(韓国語)には、ベンチャー投資促進に向けたインセンティブが盛り込まれた(注5)。同インセンティブの一環として、KVICは、ベンチャーファンド運用会社(GP)で、一定の投資目標比率を達成した会社に、管理報酬を追加支給するほか、成果報酬の優遇支給を行っている。2023年10月に「ベンチャー投資活性化法案外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(韓国語)を発表し、ベンチャー投資に対するさらなるインセンティブの強化や、マザーファンドの出資戦略に民間専門家の意見を反映するため、マザーファンド出資戦略委員会の開設といった施策を打ち出した(注6)。2024年1月には、ベンチャーファンドの管理報酬の減少を防ぐため、減損損失ガイドライン(韓国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを5年ぶりに全面改定し、管理報酬の算定基準を見直した(注7)。

2024年3月にも、中小ベンチャー企業部(韓国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますなど9つの省庁が、6,845億ウォンをマザーファンドへ出資し、民間資金の流入を促し、1兆4,000億ウォン規模のベンチャーファンドを造成すると発表した。このうち、2,000億ウォン規模のディープテック基金を新たに造成し、ディープテック(超格差・基盤技術)に指定された以下10大分野のベンチャー・スタートアップの育成を支援する(注8)。

ディープテック10大分野:バイオ・ヘルス、未来モビリティ、エコ・エネルギー、ロボット、サイバーセキュリティー・ネットワーク、システム半導体、ビッグデータ・AI(人工知能)、宇宙航空・海洋、次世代原子力、量子技術

政府主導から民間主導のVC市場へ

韓国政府は、政府系マザーファンドという公的資金に大きく依存してきたベンチャー投資市場について、今後は民間資本の流入を積極的に促し、民間資本を中心とする市場への転換を図ろうとしている。具体的には、民間マザーファンドの造成に動き出した。民間マザーファンドは、投資における高い専門性や運用能力が見込まれ、より収益性を重視したポートフォリオ構成や複数のベンチャーファンドに分散投資も可能となるという(注9)。

中小ベンチャー企業部は、2023年10月にベンチャー投資法を改正し、民間マザーファンドの組成が可能となる法整備を行った。2024年2月末には、第1号となる民間マザーファンドとして「ハナ超格差共生ファンド・オブ・ファンズ」が組成された。ディープテックに関連した計1,000億ウォン規模のファンドであり、ハナ・フィナンシャルグループが100%出資し、ハナベンチャーズが運用する(注10)。

中小ベンチャー企業部のオ・ヨンジュ長官は、民間マザーファンドの誕生について、「本格的な民間主導のベンチャー投資時代の幕開け」と位置付け、「業界のマイルストーンとなるよう中小ベンチャー企業部も支援を惜しまない」と述べた。本民間マザーファンドの結成に先駆けて、2023年11月には、KVICとハナベンチャーズの間でMOU(覚書)を締結した。18年間に及ぶマザーファンドの運用実績を有するKVICが出資事業評価、自己資金(ファンド)管理などのノウハウをハナベンチャーズに対し継続的に伝達し、民間マザーファンドがVC市場への定着をサポートする(注11)。

地方・民間、各セクターで創業支援に広がり

スタートアップの発掘・育成支援のプログラムでは、前編で取り上げたTIPSなど政府による支援のほか、ソウル特別市、釜山広域市など、各市の特性を踏まえた地方レベルの支援も積極的に展開されている。

韓国における創業企業は、その大半が首都圏に集中している。ベンチャー投資先の企業数は韓国全体の約8割、テック系スタートアップの同約6割を、ソウル特別市を中心とする首都圏が占めている(注12)。2023年6月、オ・セフン(呉世勲)ソウル市長が2030年までにソウルを「世界5位の創業都市」に飛躍させることを目標に「ソウル創業政策2030外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(韓国語)を打ち出し、総額1兆6,717億ウォンを投じてスタートアップ政策をてこ入れする。同政策は4つの主要課題として、(1)グローバル創業都市としてのブランド構築、(2)成長段階別スタートアップのスケールアップ、(3)4大未来産業(フィンテック、バイオ、AI、ロボット)のスタートアップ育成、(4)先端製造業におけるスタートアップ・エコシステムの活性化を柱に据える(注13)。2023年8月には、ソウル市の独自予算から3,500億ウォンを出資し、政府系マザーファンドと民間投資を呼び込み、4年間で総額5兆ウォンのベンチャーファンドを造成する「ソウルビジョン2030ファンド」を始動させた(注14)。


ソウル市のインキュベーション施設、ソウル・スタートアップ・ハブ(コンドク)と
M+(マゴク)(ジェトロ撮影)

釜山駅に併設するインキュベーション施設、B・スタートアップ・ステーションと
D.CAMPスタートアップ・ラウンジ(ジェトロ撮影)

韓国第2の都市、釜山広域市でも2014年から創業支援を開始し、2022年までの累計で同市関連機関がサポートした起業家は累計1,400社を超える(注15)。スタートアップ支援機関の釜山テクノパークによれば、2015年に同市で活動するVCは10社にも満たなかったが、2023年時点で20数社に上るなど、同市のエコシステムを構成するプレイヤーの拡充が進んでいる(注16)。2023年9月には、釜山広域市と産業銀行などが出資し、総額1,000億ウォンの「釜山未来成長ベンチャーファンド」という、非首都圏の市独自の取り組みとしては過去最大級となるファンドも設立した(注17)。

政府や地方による行政支援に加えて、韓国国内では民間レベルの創業支援のシステムも定着し、利用が広がっている。代表的な財団は、多数の金融機関が合同で手掛ける銀行圏青年創業財団(D.CAMP)、および現代グループが出資する牙山(アサン)ナヌム財団のMARU180である。

このうちD.CAMPは、銀行連合会に加盟する19の金融機関(設立当時は20機関)が「創業支援を通じた雇用創出への貢献」を目的として、2012年5月に設立したスタートアップ支援財団だ。スタートアップの発掘、研修プログラムの実施、入居スペースの提供、直接・間接投資まで幅広く手掛けている。企業の発掘に関しては、デモデー・プログラムのD.DAYを2013年6月に初めて開催。以降は毎月開催し、2023年末までに114回開催し、累計9,239社を支援してきた(注18)。

設立当初に出捐(寄付)した5,000億ウォンに加えて、2018年には3,450億ウォンを追加出捐。加えて、直接投資およびファンドによる間接投資を積極的に行っている。投資分野としては、ICT(情報通信技術)、バイオ・ヘルスケアの金額が多いが、最近では気候変動テック分野も拡大傾向にある。韓国のVC投資が投資を縮小させる中、D.CAMPは2023年の投資額を前年比63%増の53億ウォンに引き上げ、「氷河期」にあるベンチャー投資を民間サイドから下支えしようとする動きが進む(注19)。

さらに、「財閥」と呼ばれるサムスン、ヒュンダイ、SK、LG、ロッテをはじめとする大企業も、韓国のエコシステムにおいて、欠かすことのできない重要な役割を担っている。ソウル特別市のマゴク地区では、LGグループがLGサイエンスパークを設立し、スタートアップ育成や育成プログラム運営を自ら行っている。また、ロッテ・ベンチャーズのように大手グループ会社傘下のコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)として、ピッチ(L-CAMP)開催による企業の発掘、グループ会社との連携、出資まで手掛ける企業もある(注20)。加えて、スタートアップとオープンイノベーションも活発に実施している。2018年設立の無人店舗管理システムを手掛けるHigherX(韓国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(本社:ソウル特別市)がロッテスーパーとPoC(概念実証)を終えて、韓国国内220カ所に無人売り場管理システムを導入した事例のように、大企業との連携によって事業化された案件も増えてきている(注21)。

大学発スタートアップの海外展開

最後に、韓国のエコシステムの特徴として、大学発のスタートアップが一定数を占めている。韓国政府は、毎年、学生や青年の創業を支援する地域の創業ハブとしての役割を担う「創業中心大学」を認定し、認定された大学に対し予算を付けている。2022年度は6大学が認定されたところ、2023年度は9大学が認定された(注22)。このうち韓国でもっとも多くのベンチャー企業CEOを輩出しているのが、ソウル特別市にある理工系の漢陽(ハンヤン)大学である。

漢陽大学では、(1)技術事業化センターで大学教授の特許取得やスタートアップのグローバル展開を支援し、(2)グローバル起業家センターで学生向けの起業家教育、起業家のネットワーキング、事業化を支援している。また、同大学とは別の組織になるが、漢陽大学ホールディングスを通じて、スタートアップに対し投資を行うケースもある(注23)。

2009年に起業支援を始め、2014~2015年ごろから実際に起業が活発化した。教授が立ち上げたスタートアップは2023年までの累計で101社(過去5年間の年間平均約14社)、学生のスタートアップは累計534社(毎年約60社)に上る。漢陽大学の教授が創業したスタートアップの中には、CES2023、CES2024で2年連続ベスト・オブ・イノベーション賞を受賞したブロックチェーン・オンライン投票システム「zkVoting」を開発したジクリプト(Zkrypto)(韓国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますも含まれる。同社は同大学情報システム学科のオ・ヒョンオク教授が創業した。また、同大学学生が創業したスタートアップのルアラボ(RUAHLAB)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますも、ウェアラブル呼吸分析システム「RUAH」でCES 2024イノベーション賞を獲得した。そのほか、LGグループからの寄付を受け、ARレンズを開発するLETINARも漢陽大学出身である。

韓国政府は2023年8月に発表した「スタートアップ・コリア総合対策」において、スタートアップと大企業のオープンイノベーションの促進や大学内の創業活性化に向けた政策をさらに拡充すると発表した(本特集「韓国のエコシステムの強み(1)スタートアップへ手厚い行政支援」参照)。具体的施策には、オープンイノベーションプラットフォーム構築や関連の規制改革、そして起業する学生に対する休学・インターン制度や、スタートアップ企業の一員として教授や研究員が勤務するための休職・兼職制度の導入などが含まれる。韓国の産業界や大学において、スタートアップのアイデア・技術の事業化に向けた環境整備が一層進むことが予想される。


漢陽大学のグローバル起業家センター(ジェトロ撮影)

注1:
世界銀行、Innovative Korea: Leveraging Innovation and Technology for Development(2023年)に基づく。
注2:
KVICウェブサイトおよびKVICに対するヒアリング(2023年11月9日実施)に基づく。
注3:
韓国ベンチャーキャピタル協会「Summary Report(2023.4Q)」に基づく。
注4:
大韓商工会議所「2023年スタートアップの課題と政策課題調査」(2023年10月19日)による。
注5:
中小ベンチャー企業部「ダイナミックベンチャー投資エコシステム造成法案」(2022年11月4日)発表に基づく。
注6:
中小ベンチャー企業部「ベンチャーキャピタル業界の意見を大幅に反映したベンチャー投資活性化法案を発表」(2023年10月5日)発表に基づく。
注7:
中小ベンチャー企業部「マザーファンドの自己資金(ファンド)管理体系、市場フレンドリーに改編」(2024年1月15日)発表に基づく。
注8:
中小ベンチャー企業部「マザーファンド6,845億ウォン出資し、ベンチャーファンド1兆4,000億ウォン造成」(2024年3月7日)発表に基づく。
注9:
中小ベンチャー企業部「グローバル創業大国への跳躍のためのスタートアップ・コリア総合対策」(2023 年 8 月30日)に基づく。
注10:
中小ベンチャー企業部「民間中心のベンチャー生態系造成を本格化、第1号民間ベンチャー母基金(ファンド)結成」(2024年2月28日)発表に基づく。
注11:
注10に同じ。
注12:
注9に同じ。
注13:
ソウル特別市「ソウル市、2030年に世界最大の創業ハブ開館 グローバルユニコーン50社を育成へ」(2023年6月21日)に基づく。
注14:
ソウル特別市「5兆ウォンの「ソウルビジョンファンド」造成開始―ソウル市、23年1兆ウォン造成して未来ユニコーンを育てる」(2023年8月14日)に基づく。
注15:
釜山広域市庁創業ベンチャー担当課へのヒアリングに基づく(実施日:2023年11月7日)。
注16:
釜山テクノパークへのヒアリングに基づく(実施日:2023年11月7日)。
注17:
釜山市「釜山市、産業銀行などと1,000億ウォン規模のベンチャー投資マザーファンド造成を推進」(2023年9月26日)に基づく。
注18:
D.CAMPウェブサイトに基づく。
注19:
D.CAMPへのヒアリングに基づく(実施日:2023年11月7日)。
注20:
ロッテ・ベンチャーズへのヒアリングに基づく(実施日:2023年11月8日)。
注21:
釜山創造経済革新センターへのヒアリングに基づく(実施日:2023年11月7日)。
注22:
2023年3月28日付Money Todayに基づく。
注23:
漢陽大学へのヒアリングに基づく(実施日:2023年11月9日)。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
森 詩織(もり しおり)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ広島、ジェトロ・大連事務所、海外調査部中国北アジア課などを経て現職。