スタートアップを生んで育てる。最前線の取り組み(欧州編)「空飛ぶクジラ」が拓く輸送の未来(フランス)

2024年1月17日

次世代の大型貨物飛行船を開発するフランスのスタートアップ、FLYING WHALES(フライング・ホエールズ)。その名の通り、クジラを連想させる巨大な船体は、燃料を燃焼させることなく垂直に浮上し、停止した状態で空中に浮遊することができる。その特性は、通常の輸送手段ではアクセスが難しい森林地帯や不整地、自然災害発生時の被災地などへのアクセスを実現し、最大60トンの貨物の積載・運搬を可能にする。

環境負荷が低く、社会・経済の発展を支えるユニバーサルな輸送ソリューションの開発には、ミッションに賛同する多くの研究開発パートナーや投資家が参画。複数国・地域の政府系ファンドの出資も受ける。同社が描く航空輸送の未来とは、チーフスタッフのオクターブ・ジョリモイ氏に聞いた。(取材日:2023年12月6日)


オクターブ・ジョリモイ氏(ジェトロ撮影)
質問:
Flying Whalesの掲げるミッションは?
答え:
我々のミッションは、飛行船で新しい物流のソリューションを開発・提供すること。そのソリューションにより、(1)内陸地や孤立する地域の経済・社会の開発に貢献すること、(2)輸送による環境への影響を最小限化すること、を目指している。
同ミッションのもと、当社が設立されたのは2012年。技術面や財務面での実現可能性調査、マーケティングなどの段階を経て、2017年には趣旨に賛同するパートナーとともに次世代飛行船「The LCA60T」開発に着手した。2025年中には、船体の製造プロセスを開始する予定だ。
質問:
開発する次世代飛行船とはどのようなものか?
答え:
当社が現在開発中の飛行船「The LCA60T」は、全長200メートル、幅50メートル。船体内に長さ96メートル(幅8メートル、高さ7メートル)に及ぶ広大な貨物室を有し、貨物積載量は最大60トンに達する(図1参照)。
船体内に貯蔵するヘリウムガスの浮力によって垂直浮上・着陸、および空中でのホバリングが可能である。また、飛行はハイブリッド電気推進装置システムで制御され時速100キロメートルの飛行速度を有する。将来的には、燃料を水素燃料電池に完全に移行し、温室効果ガス排出ゼロの電気飛行船にする計画だ。
図1:次世代飛行船「The LCA60T」完成イメージ

出所:Flying Whale提供資料(2023年12月6日付資料)

質問:
飛行船が起こす輸送革命とは?
答え:
一定の高度を保ちながら、空中でのホバリング状態で貨物の積み下ろしができることから、着陸が難しい山間地帯からの木材の運搬や、水害や地震などの災害時で道路などの供給網が寸断された地域への支援物資輸送やヒトの移送にも活用できる。また、最大100メートルに達する風力発電のブレード(回転する羽)や送配電用タワーなどに代表される巨大な貨物の輸送などにも容易に対応することが可能となる。
図2:The LCA60Tを活用した輸送(イメージ)
送配電タワーの輸送(左図)および被災地への救援物資の輸送(右図)

出所:Flying Whale提供資料(2023年12月6日付資料)

LCA60Tのオペレーションにより、ロジスティクスの可能性は無限に広がる。インフラに乏しい孤立地、自然災害の被災地など、現在の貨物輸送サービスでは対応が難しい地域や場面にこそ、我々の新たなサービスへの需要があると考えている。
LCA60Tの輸送能力と遠隔地へのアクセス能力を最大限に活用できるプロジェクトの1つがFlying Careソリューション、いわゆる「移動病院」である。エネルギー自給型の病院ユニットを遠隔地に「届ける」ことにより、孤立エリアの住民に都市部と同レベルの医療を提供する(図3参照)。それにより、大都市と医療インフラが不十分な地域との間に存在する不平等を解消することを可能にするプロジェクトだ。
図3:Flying Careソリューション(移動病院)(イメージ)

出所:Flying Whale提供資料(2023年12月6日付資料)

このFlying Careソリューションは、2022年3月に正式に始動した研究パートナーシップにより、専門医師や病院インフラの開発企業、コンサルティング会社、エンジニアリング会社など、各分野で専門知識を有する6者のパートナーが参画し、対象地域の公的機関や地域社会とも連携の上、運営されることになる。
質問:
開発にはどのような企業や機関が参画している?
答え:
Flying Whalesは過去に3回の資金調達ラウンドを経て、合計1億6,200万ユーロにのぼる公的・民間資金を調達している。主な出資者では、カナダ・ケベック州政府が資本金の25%を出資する。同資金を含め、国内外の公的資金から拠出される資金は、資本金の約4割にのぼる。フランス国内では、政府の国家投資計画「フランス2030(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に基づく拠出金のほか、ヌーベル・アキテーヌ地域圏、国立森林局(Office National des Forets)、国外ではモナコ政府のファンドから資金を調達している。
民間企業では、フランスに本店を構える欧州最大級の金融サービスグループであるソシエテ・ジェネラル、空港運営会社のADPグループ、産業用ガスの世界最大手エア・リキードなど、幅広い業界をリードするフランス企業から出資を受けている。
また、LCA60Tの設計、製造、および将来の運用には、約50のパートナーが関わっている。本プロジェクトは、デザインや外郭、内部構造など船体そのものの設計や開発、製造プロセスに加え、推進力・エネルギーシステムの開発、貨物のリフトや積荷にかかるシステム、運航の管理に至るまで、各部門で専門的な技術、製造インフラ、ノウハウを必要とする。そして、それぞれの部門に、業界をリードする多くの企業が参画している。プロジェクトのミッションに賛同し、実現に向けて協働する多国籍企業のコンソーシアムこそが、本プロジェクトの最大の強みだ。
質問:
フランス政府からのサポートは?
答え:
政府からは、先ほど述べた通り、中央政府および地方政府の双方からファンドを通じた出資を受けている。研究開発支出に対しては、税額控除の適用を受けている(注1)。また、BPIフランス(フランス政府公的投資銀行)からは、リスクの高いプロジェクト向け融資に対する保証を受けている。市場が保証を提供できない早期段階のプロジェクトを支援する心強いスキームだ。
様々な政府の支援策の中でも、とりわけ、政府主導の包括的なスタートアップエコシステム振興策である「フレンチテック外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」による恩恵は大きい。公的機関、投資家、業界団体、学術機関や研究開発機関などが一体となり、コミュニティ全体でスタートアップを支援する体制が整備されつつある。特に、当社のようなディープテックやグリーンテックに関わる企業に対する支援スキームは年々拡充されている。
2023年3月には、国内で最も有望なスタートアップの証しである「フレンチテックNext40」に選出された(注2)。フランスのテック・エコシステムで最も成功を収め、かつ将来性のある40社に対し、政府が、重点的な支援を提供する取り組みである。選出された企業は1年間、重点支援の対象となるコミュニティに参加し、政府関係機関とのネットワーキング、国内外の投資家やファンドとのミーティング、フレンチテックの専任チームを通じたノウハウ提供や、人材採用や資金調達、規制や手続き面での優遇策などが受けられる。また、ステイタスや知名度の面でも、Next40に選出されるメリットは大きい。
質問:
市場参入に向けた今後の見通しと課題は?
答え:
当社はいわば貨物航空会社であり、船体の開発製造、航空業、空港基地のオペレーションを、それぞれ管理・運営する必要がある。そのため、今後は、船体の開発と製造を行うFlying Whales Industry、船体のオペレーションサービスを担うFlying Whales Serviceに分社化し、それぞれの経営体制を構築する。
2025年までに第1号であるLCA60Tの開発プロセスを完了し、同年内に生産を開始する。その翌年下半期には初フライトを成功させたい。また、2027年以降は、フランス国内ヌーベル・アキテーヌ地域圏、カナダ・ケベック州、オーストラリア・ビクトリア州の世界3カ所の製造拠点で船体の本格生産を開始する。将来的には全世界に160カ所のオペレーション基地を整備し、物流事業に本格参入する計画だ。
全世界をカバーする物流サービスの構築には、各国・地域での航空機オペレーターとしての認可取得、フライトクルーの養成と認証取得、船体のメンテナンスや修理センターの整備など、乗り越えるべき多くの課題がある。またグリーン化に向けては、現行の液体燃料とタービン発電によるハイブリッド方式から、グリーン水素と燃料電池への移行が大きなチャレンジだ。当社の夢に賛同し協働してくれるパートナーとともに、これらの課題に取り組みたい。

注1:
基礎研究・応用研究、実験的開発業務の費用などに対して、1億ユーロまでの支出部分に対しては30%、1億ユーロを超える支出部分に対しては5%の税額控除が受けられる(ジェトロウェブサイト参照)。
注2:
2019年に開始されたフレンチテックNext40/120外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、最も成功したフランスの新興企業に対するラベル認定制度であり、選抜されたスタートアップは1年間、政府や公共パートナーが提供する特別支援を優先的に受けられる。全体で120社が選ばれ、そのうち40社が特別な格付けを受けた「Next40」に選定される。2024年以降の新たな要件では、2021年6月から2024年6月までの期間の資金調達累計額上位企業(20枠)、3年間の純売上高1億ユーロ以上で、かつ3年間で年率15%以上の伸びを達成した企業(20枠)が選出される。

変更履歴
文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2024年3月7日)
第5段落
(誤)2024年中には開発を完了させ、船体の製造プロセスを開始する予定だ。
(正)2025年中には、船体の製造プロセスを開始する予定だ。
第15段落
(誤)Flying Whalesは過去に3回の資金調達ラウンドを経て、合計4億5,000万ユーロにのぼる公的・民間資金を調達している。主な出資者では、カナダ・ケベック州政府が資本金の25%を出資するほか、残る75%分のうち約6割は、政府ファンドなど公的資金から拠出されている。
(正)Flying Whalesは過去に3回の資金調達ラウンドを経て、合計1億6,200万ユーロにのぼる公的・民間資金を調達している。主な出資者では、カナダ・ケベック州政府が資本金の25%を出資する。同資金を含め、国内外の公的資金から拠出される資金は、資本金の約4割にのぼる。
第24段落
(誤)2024年までに第1号であるLCA60Tの開発プロセスを完了し、生産を開始する。その翌年には初フライトを成功させたい。また、2026年以降は、フランス国内ヌーベル・アキテーヌ地域圏、カナダ・ケベック州、オーストラリア・ビクトリア州の世界3カ所の製造拠点で船体の本格生産を開始する。
(正)2025年までに第1号であるLCA60Tの開発プロセスを完了し、同年内に生産を開始する。その翌年下半期には初フライトを成功させたい。また、2027年以降は、フランス国内ヌーベル・アキテーヌ地域圏、カナダ・ケベック州、オーストラリア・ビクトリア州の世界3カ所の製造拠点で船体の本格生産を開始する。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。