スタートアップを生んで育てる。最前線の取り組み(欧州編)フレンチテックに540億ユーロ、政府の次なる戦略は?(フランス)

2024年1月17日

EU最大のフランスのスタートアップ・エコシステムは、過去10年間にわたる政府の包括的なスタートアップ振興政策であるフレンチテック(La French Tech)によって発展を遂げてきた。同政策によるスタートアップ支援プラットフォームの中核を担うのが、公的投資銀行・BPIフランスである。公的資金を活用した融資や補助金、ファンド形成などを通じスタートアップの資金調達を支える。

フレンチテックによる10年間の成果とは、また2030年を見据えた次の成長戦略と具体的な施策とは何か。BPIフランスをはじめとする政策実行機関へのインタビューなどを基に報告する。

EU最大、欧州2位の規模のエコシステム

フランス向けのベンチャーキャピタル(VC)投資動向を集計・発表するアーンスト・アンド・ヤング(Ernst & Young)の報告書によれば、2023年上半期(1~6月)のフランスにおけるスタートアップの資金調達は、件数ベースで395件、金額ベースで42億6,000万ユーロであった(注1)。過去最高額を記録した前年同期との比較では、件数ベースでは9%増加したものの、金額ベースでは49%の大幅減となった。資金調達額減少の背景には、米国や他の欧州主要国と同様、2022年夏以降の金利上昇とマクロ経済の不確実性の高まりによる投資意欲の減退がある。他方、同報告書によれば、フランスの資金調達額は2022年に続き、2023年上半期もEU最大、欧州では英国に次ぐ規模となった。また、欧州最大の英国では、2023年上半期の資金調達額が62%減(件数でも18%減)を記録しており、その結果、英国とフランスとの差が縮まっていることが報告された。セクター別では、クリーンテックの資金調達額が前年同期比26%増(件数ベースでは76%増)となり、ソフトウエア・ITサービスやウェブサービス、フィンテックなどのセクターを抜いて、初めて最大となった。

フランス政府は2021年10月、国家投資計画「フランス2030」を打ち出し、破壊的イノベーションへの大型投資を通じ、戦略部門における国内の生産能力強化と、環境・エネルギーのグリーン化を実現する方針を示した。政府の主導により、脱炭素化の加速と、産業および技術の自律性確保を実現する強い意思を示すものだ。総額540億ユーロにのぼる国家予算のうち50%を脱炭素化関連、残りの50%を環境に負荷をかけないイノベーションやスタートアップ企業に投資する野心的な計画である。計画の実現に向け、スタートアップ企業が持つ革新的な技術を活用すべく、技術系スタートアップ企業を集中的に支援する「フレンチテック2030」プログラムを立ち上げている(2023年12月7日付地域・分析レポート「国家投資計画「フランス2030」を通じ脱炭素化プロジェクトに補助金支給」参照)。前出のクリーンテック分野のスタートアップ向けVC投資の力強い伸びの背景には、政府による力強い支援策の存在がある。

政府のコミットメントがエコシステムの成長を牽引

VC投資額ベースでEU最大となったフランスのスタートアップ・エコシステムの発展は、2013年11月に始動した政府の包括的なスタートアップ振興政策「フレンチテック(La French Tech)」によって牽引されてきた。同政策の下、民間アクセラレーターの資本増強を目的とする2億ユーロの「アクセラレーション基金」の設立、「フレンチテック・キャピタル」の名の下での国内ハブ拠点の特定や「フレンチテック・コミュニティ」の名の下での地域分散型クラスターとネットワーク推進などの画期的な施策を通じ、国全体でスタートアップ振興の力強い機運が醸成された(2019年8月15日付地域・分析レポート「フランスのスタートアップ・エコシステム発展の理由」参照)。

フレンチテックの開始から10年を経て、フランスのテック・エコシステムはスタートアップの数で2万5,000社、直接・間接雇用者数で110万人、ユニコーン31社を抱える規模にまで発展した(注2)。

フレンチテックの政策実行を担う行政機関が「フレンチテック・ミッション」である。経済・財務・産業およびデジタル主権省内の企業総局に属し、フレンチテック政策にひもづく各施策の実施、スタートアップ支援に関わる中央省庁や政府系団体、民間支援機関の間の調整業務を担う。パリで約1,000社のスタートアップが入居し、年間600以上のイベントやワークショップが開催される世界最大のスタートアップ・キャンパス「Station F外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」内にオフィスを有し、スタートアップ向けのワンストップ支援窓口として機能する。


フレンチテック・ミッションが事務所を構えるStation F(ジェトロ撮影)

フレンチテック・ミッションで国際部門のヘッドを務めるウォダ・アリス氏によれば、「フレンチテックによって国内全土に広がる支援プラットフォームを通じ、コミュニティに参加する企業が経験を共有し、相互に助け合い、ビジネスチャンス創出する仕組みが形成されていることがフランスのエコシステムの最大の強みである」という(注3)。

フレンチテックは2023年までに、16のフレンチテック・キャピタル(指定都市)、フランス国内32、および海外の主要都市に広がる67のフレンチテック・コミュニティを形成。また、国内外60以上の公的パートナー機関とのネットワークを構築してきた。そして、同ネットワークを通じてサポートを受けるスタートアップは6,000社以上にのぼる。国内のスタートアップや起業家は、具体的に、(1)エコシステム内の主要イベントへの参加、(2)認証ラベル付与を通じた知名度向上、(3)資金調達や人材採用などに関するガイダンス提供、(4)機関投資家や投資ファンド、VCとのミーティング、(5)戦略的課題に関するワークショップなど、年間を通じてさまざまな機会が提供される。

なお、フレンチテック・ミッションが2023年9~10月、国内スタートアップ向けに実施したアンケート調査では、調査に回答したCEOの77%が「フランスは起業しやすい国である」と回答している。ウォダ氏は、「調査結果は、フレンチテックによって国内全土に広がる支援プラットフォームの充実度を裏付けるものだ」と自信を示す(注4)。

公的資金による助成金や融資額は2023年も増加

フレンチテックによるスタートアップ支援プラットフォームの中核を担うのが「BPIフランス」による公的資金の供給だ。BPIフランスは2012年末、中小企業支援のための金融公庫や投資ファンドなど、複数の金融機関を統合する形で設立された公的金融機関である(注5)。

BPIフランスの主な役割は、(1)公共銀行としての融資や保証、(2)政府系投資ファンド(投資業務、ファンド・オブ・ファンズ)、(3)輸出信用機関(輸出保険の適用)、そして、(4)国家イノベーション・エージェンシーとしてのベンチャーキャピタル業務、助成金の供与などが含まれる。

BPIフランスで、投資・スタートアップ部門の担当ディレクターを務めるラファエル・ディディエ氏によれば、「国内のスタートアップの資金調達プロセスでは、助成金、融資、保証、出資、ファンド管理に至る窓口がBPIフランスに一元化されている」と強調する(注6)。2022年には、国内50カ所の地域事務所を通じ、約10万社の企業向けに合計670億ユーロの資金供給を行っており、そのうち218億ユーロが融資を含む資金提供、320億ユーロが輸出信用、82億ユーロが政府保証(銀行向け)、48億5,000万ユーロが投資(株式資本)に充てられた。 また2023年については、フランス国内のVC投資額は前年比で大幅に落ち込んだものの、BPIフランスによるスタートアップを含むテック企業向けの資金提供は大きな伸びが見込まれている。とりわけ、融資や助成金など、投資先企業の株式取得を伴わない資金供給形態であるNon-Dilutiveファイナンスは、2022年の44億7,300万ユーロから、2023年には76億8,600万ユーロに拡大する見込みだ。その内訳には、複数のイノベーション助成金や無利子融資、フランス2030に基づく戦略セクター向けの特別助成金などのプログラム(Volet dirigé sectoriel)などが含まれる。(注7)

このうち、フレンチテック2030の下、特に支援枠を拡大しているディープテック分野の助成金としては、「Bourse French Tech Emergence(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」などが知られる。創業1年未満のスタートアップに対して、BPIフランスが対象経費の最大70%、金額ベースで最大9万ユーロの助成金を支給し、ディープテック・プロジェクトの創出を奨励するプログラムである。助成金は原則2回に分けて支給され、支出日から12カ月間、最長18カ月間が支援対象期間となる。

また、ディープテック分野における無利子融資プログラムの1つが「Aide au Développement DeepTech(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」だ。フランスで登記された従業員数が2,000人以下の企業に対して、BPIフランスが200万ユーロを上限に申請料、無利子で融資するスキームであり、対象プロジェクトの支出見込み額の最大45%をカバーする。同スキームの対象プロジェクトの期間(返済猶予期間)は、最長36カ月に設定されている。

スタートアップへの公的資金注入でディープテックを振興

オランダに本社を置く調査会社ディールルームが発表する、欧州向けVC投資動向に関する最新データ(2024年1月時点)によれば、BPIフランスは、投資家ランキングにおいて欧州全体の1位にランクする(注8)。ランキングは過去5年間の投資件数に基づいて集計され、BPIフランスは、ベルリンに本社を有するグローバル・ファウンダーズ・キャピタル(2位)、ロンドンに本社機能を有するインデックス・ベンチャーズ(3位)、EU予算を活用した欧州イノベーション会議(EIC)のEICファンド(4位など)を実績で上回り、欧州で最も活発な投資家と報告されている。

BPIフランスの資産運用残高は、2023年12月時点で440億ユーロにのぼる。国内53のリージョナルオフィスで、250人以上の投資専門家を有し、直接出資先である1,000件以上のポートフォリオを管理している。また、間接出資では、ファンド・オブ・ファンズの形式で、フランス国内外の550以上のパートナー・ファンドを通じて、年間10億ユーロを投資している(注9)。

下の図は、BPIフランスが直接出資する主なスタートアップ向けファンドの銘柄を、セクター別、成長ステージ別に列記したものである。ライフサイエンス、エコテック(環境・グリーン)、デジタル、文化・クリエイティブなどの主要セクターで、それぞれ複数のスタートアップ向けファンドが運用されている。セクターを問わない「French Tech Seed(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」ファンドは、創業から3年未満の革新的なフランスの中小企業(従業員50人未満)を対象に、BPIフランスが総額4億ユーロを拠出する。対象企業が民間VCなどから得た資金に対し、転換社債のかたちで同ファンドの公的資金が補完する。ディープテック分野で技術集約的イノベーションを推進していること、認定アドバイザーからの推薦を受けていること、公募・審査を通過したことなどが、同ファンドの出資を受ける条件となる。

前出のディディイエ氏によれば、「BPIフランスの投資は、他のVCや個人投資家との共同出資が原則であり、出資分はほとんどのケースで最大20%まで。ただし、直接出資の場合は、投資先のスタートアップのガバナンスにも積極的に関与することで、スタートアップの成長を支援する」という。 

図:BPIフランスが出資する主なスタートアップ向け投資ファンド
BPIフランスが出資する主なスタートアップ向け投資ファンドを、セクター別(縦軸)、スタートアップの成長ステージ別(横軸)で整理。ライフサイエンス分野では、シリーズA-Bにかかる3種類のファンド。エコテック分野では、シリーズA-Bにかかる2種類のファンド。デジタル分野では、シードからシリーズA-Bにかかる1種類のファンド。文化・クリエイティブ分野では、シリーズA-Bにかかる2種類のファンド。分野横断では、シード、シリーズA-B、グロースをそれぞれカバーする5種類位のファンド。その他として、シードからグロースまでをカバーする1種類のファンドを記載。

出所:BPIフランス提供資料(2023年12月6日)から作成

フランスは2013年以降、フレンチテックの旗印を掲げる政府の強力なイニシアチブにより、国内スタートアップ生んで育てるプラットフォーム構築を推進。そこに多額の公的資金を投じることで、エコシステムを発展させてきた。

今後、フランス政府はさらなる資源をディープテック分野、経済効果の大きい成熟段階のスタートアップに集中投下し、2030年までに、ディープテック分野での年間起業件数を2021年までの実績(250社)から500社へ倍増させること、またユニコーン企業数100社を達成することを目標に掲げる。そのための主な施策として、2023年6月には、国内の機関投資家が上場テック企業やレートステージ(成熟段階)のスタートアップ企業への投資をコミットする「Tibiイニシアチブ(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の第2期を開始すると発表した(注10)。同イニシアチブの下、機関投資家がユニコーン化を見据える有望なテック企業育成に向け、総額70億ユーロの投資をコミットしている。成長段階に焦点を当て、脱炭素化や先端技術開発など分野を優先して資金が提供される予定だ(2023年6月20日付ビジネス短信「マクロン大統領、70億ユーロのスタートアップ企業支援を発表」参照)。

政府は2023年1月、ディープテック分野での研究機関発型のスタートアップ支援に総額5億ユーロを追加投入することも発表している(注11)。具体的施策には、ディープテック分野における助成金や融資のスキーム拡充も含まれており、公的金融機関としてのBPIフランスの機能と役割は一層の強化が見込まれる。


注1:
アーンスト・アンド・ヤング(2023年9月)、「EY survey on venture capital in France 1st half of 2023」
注2:
フレンチテック・ミッション提供資料(2023年12月)、BPIフランス提供資料(2023年12月)に基づく。
注3:
フレンチテック・ミッション(パリ市)での筆者による直接インタビュー(2023年12月6日)に基づく。
注4:
調査は、2023年9月25日~10月9日にかけて、フレンチテック・ミッションが同機関のプログラムに参加するスタートアップを対象にオンラインで実施。206社のCEOから回答を得たもの。
注5:
公的投資銀行の設置に関する法律(2012 年12 月 31 日)によって設立され、公式には2013年創業(BPIフランスウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
注6:
BPIフランス(パリ市)での筆者による直接インタビュー(2023年12月6日)に基づく。
注7:
2022年の実績および2023年のNon-Dilutiveファイナンスの見通しは、インタビュー時(2023年12月6日)のBPIフランス提供資料記載内容に基づく。
注8:
ディールルームウエブサイトの欧州におけるVC投資動向外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますより「Top Investors in Europe」の内容に基づく。
注9:
BPIフランスウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます記載情報に基づく(2023年12月28日時点)。
注10:
2023年1月9日付、経済・財務・産業およびデジタル主権省プレスリリース「フランス政府、研究主導型ベンチャー企業の創出に5億ユーロを追加投資」(フランス語)。
注11:
同イニシアテチブの第1期(2020~2022年)には国内23の機関投資家が総額60億ユーロを拠出。レートステージにあるベンチャーキャピタルと、国内の上場テック企業に特化した投資ファンドなどに対し、主にファンド・オブ・ファンズ形式で出資された。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。