スタートアップを生んで育てる。最前線の取り組み(欧州編)公的資金が起業を後押し
ドイツのスタートアップシーン(1)
2023年12月18日
ベルリンやミュンヘン、デュッセルドルフなどを中心に、地場に根差した産業や人材を基盤とする特徴的なスタートアップエコシステムが広範囲に点在するドイツ。各地のエコシステムでは、連邦政府や州政府が資金調達の支援や起業インフラの構築、ネットワーク形成、コーチングなどの面で、中心的な機能を担う。
とりわけ、資金調達の面では、世界的な景気の減速や金利の高止まりにより、民間の投資家による投資姿勢の消極化や審査基準の厳格化が目立つ中、公的な資金リソースへの期待が一層高まる状況にある。ドイツ政府もこうした状況に対応し、成長段階のスタートアップへの支援策を質と量の両面で充実させるべく、公的資金の拠出を拡大している。
悪化するスタートアップの資金調達環境
2022年半ば以降、米国や欧州主要国の金利の高止まりや、紛争などを契機とする世界経済の不確実性の高まりを受け、世界のスタートアップ市場は2021年の活況から一転、厳しい逆風にさらされている(注1)。スタートアップを巡る経営環境の悪化、とりわけ、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達環境の悪化は、ドイツ国内でも例外ではない。
ドイツ連邦スタートアップ協会とPwCが共同で発表する年次調査レポート「ドイツ・スタートアップ・モニター(DSM:Deutscher Startup Monitor)(ドイツ語)」の2023年版(以下、DSM)によると、2023年にビジネス環境が改善したと回答したスタートアップ企業の割合は、2021年(52.2%)から2年連続で減少し、計14.1ポイント減の38.1%になった。また、VCやビジネス・エンジェルによるスタートアップへの投資姿勢に関しては、15.4%が投資に意欲的と評価する一方、45.9%の企業は意欲的ではないと評価。同レポートでは「現在のスタートアップ市場における投資ムードの消極性、VCによる投資意欲欠如が顕著」と報告している。
半面、今後のビジネスに関しては、56.8%のスタートアップが改善するとの見通しを示し、悪化する見込み(7.1%)を大きく上回っている。加えて、新たな資金調達の予定についても、3分の2以上(69.5%)の回答企業が今後1年以内に外部からの資金調達を予定している。調達予定金額では、50万ユーロ以下との回答が41.3%を占める一方、1,000万ユーロ超の調達を予定している企業も5.7%に上る。同調査結果を基に、DSMは「現状の困難な投資環境下でも、スタートアップの資金調達計画は、金額ベースで前年からほとんど変化していない。既存の成長目標は達成されつつあり、さらなる成長目標が追求される中で、今後1年間、必要な資本のどの程度が調達・利用できるかには疑問が残る」と報告している。
重要性増す政府の資金サポート
スタートアップにとって、VCやビジネス・エンジェルを経由した資金調達環境が悪化する状況の中、資金源としてますます重要性を高めているのが、政府による助成金や公的ファンドだ。前出のDSMでは、資金調達計画で優先する資金調達ソースとして「政府による資金助成」を挙げたスタートアップが50.0%と最も高く、ビジネス・エンジェルやVCを上回った(図参照)。前年の調査結果からの特徴的な変化として、VCからの資金調達を優先する企業が44.4%から34.8%へ大きく低下している。投資に対するVC側の慎重姿勢が強まり、スタートアップに対する融資要件が高くなったことを理由に、「起業家の間でVC投資などの魅力が低下した可能性がある」とされた。
実際に、連邦政府や州政府による充実したスタートアップ支援策の存在は、ドイツのスタートアップシーンの大きな特徴の1つだ。とりわけ、初期段階のスタートアップに対しては、その資金調達の面で、連邦政府が直轄するドイツ復興金融公庫(KfW)傘下の投資会社・KfWキャピタルなどが組成する官民連携型のベンチャー投資ファンドが重要な役割を果たしている。また、連邦政府に加え、州政府レベルでも、ファンドや助成金を通じたスタートアップ向けの資金調達支援プログラムが充実している。
政府系投資会社が技術系スタートアップ向けファンドを組成
ドイツ政府によるスタートアップの資金調達支援は、政府の管轄する欧州復興プログラム(ERP)からの拠出金などを活用し、主に民間VCファンドに参加するファンド・オブ・ファンズを通じた間接的な支援が中心だ(注2)。他方、スタートアップに直接投資を行う複数の公的ファンドの組成や管理も行っている。
そのうち、連邦レベルで、KfWキャピタルを中心に組成された技術系スタートアップ向け投資ファンドでは、(1)2005年に設立されたハイテク・グリュンダーフォンズ(HTGF)、(2)コパリオン(COPARION)などが知られる(表参照)。
項目 | ハイテク・グリュンダーフォンズ (HTGF) | コパリオン (COMPARION) |
---|---|---|
設立年 | 2005 | 2016 |
投資額の目安 |
主にシード段階の資金調達ラウンド 1回当たり100万ユーロ |
主にアーリー成長段階までの資金調達 ラウンド1回当たり50万~800万ユーロ |
1社当たり投資上限 | 複数ラウンドを通じ最大400万ユーロ | 複数ラウンドを通じ最大1,500万ユーロ |
ターゲット | シード段階 | 創業期と成長初期 |
ファンドの規模 | 14億ユーロ | 2億7,500万ユーロ |
出資者 | ドイツ連邦経済・気候保護省、KfWキャピタル、民間企業・団体(45社) | ERP特別基金、EIB、KfWキャピタル |
投資の種類 | 独立投資 | 共同投資(パリパス) |
HTGFは連邦経済・気候保護省とKfWキャピタルが主導するドイツ国内最大のシードステージ・ファンドで、民間からも、化学大手BASFや自動車部品大手ボッシュなど、45社の民間企業(と団体)からの出資で構成されている。技術主導のスタートアップ支援をターゲットに、シード段階では100万ユーロまで、1社当たりの投資可能額は最大400万ユーロに設定されている。2023年11月までに産業技術、デジタル技術、ライフサイエンス、化学分野などの700社以上のハイテクスタートアップに融資を行い、融資総額は約14億ユーロに達する。また、170社以上のIPO(新規株式公開)を含むエグジットを成功させた実績を有する(注3)。
HTGFはその支給要件として、(1)ドイツ国内に本社を有するか、もしくはドイツ市場で実質的なオペレーションを行う拠点を有すること、(2)商業登記から3年以内であること、(3)デジタル技術、産業技術、ライフサイエンス、化学および関連する事業分野のハイテクベンチャー企業であることなどを指定している。
一方、コパリオンは、ドイツの若手技術系企業を対象としたVCファンドで、KfWキャピタルに加え、ドイツ政府の管理するERP特別基金、欧州投資銀行(EIB)からも資本が拠出されている。創業段階からアーリー成長段階で、主に製品の市場投入や売り上げ計上に至るまでの支援にフォーカスする。
支給条件として、(1)ドイツに本社を有するスタートアップのみを対象とすること、(2)単独での投資は行わず、各資金調達ラウンドで少なくとも同額の投資をコミットする民間VCと同条件で共同投資を行うことなどを指定する。通常、1ラウンド当たり50万~800万ユーロの金額を複数のラウンドに分けて投資し、1社当たり最大1,500万ユーロまでの投資を上限とする。
ドイツ国内の主要エコシステムでは、州や都市レベルの自治体がさまざまな支援スキームを通じて州内の起業家を支援しているが、資金調達の面では、それぞれの自治体レベルの完成ベンチャーキャピタルと、連邦政府によるHTGFやコパリオンなどのスキームを組み合わせて活用するケースも多い。
例えば、バイエルン州では、バイエルン州開発銀行傘下の官製ベンチャーキャピタルのバイエルン・キャピタル(Bayern Kapital GmbH)を通じたファンディングスキームが多くのスタートアップに活用されている。一方、同州経済・開発・エネルギー省の担当ディレクターによると、「バイエルン・キャピタルの役割はあくまで共同投資で、過半を超える出資はできない。そのため、VCやビジネス・エンジェルに加え、HFGTをはじめとする連邦政府のスキームとの連携が不可欠」という(注4)。
また、バイエルン州のスタートアップ支援イニシアティブ「グリュンダーラント・バイエルン」の中核機関として、インキュベーションやネットワーキングなどの機能を担うバイエルン州・バイ・スタートアップ(BayStartUP)によると、資金を必要とする起業家と投資家とのネットワーキングで、バイエルン・キャピタルや州内のVCに加え、HTGFなど連邦レベルのファンドとの密な協力が肝だという。「HTGFを管轄する担当者とは毎週ミーティングを行い、毎回のミーティングで5~10のハイテクスタートアップを紹介している」と話す(注5)。
成長段階への支援体制強化する未来基金
ドイツ政府は2021年、スタートアップの初期段階の資金調達に加え、第2、第3の成長段階に必要となる資本を支援するため、「未来基金(Zukunftsfonds)」を設立。2030年までに100億ユーロの公的資金を拠出し、既存の融資スキームの量的な拡大と質的強化、新たなスキーム開発に充当する。未来基金を通じ、これまで主にERP特別基金に基づいて確立されてきた支援体制を大幅に拡大することを目指している。
具体的には、KfWキャピタルを窓口に、未来基金からVCをはじめとする民間ファンドへ資金を委託し、民間と合わせて300億ユーロ規模のファンドが市場全体で組成されるとの見通しを示す。連邦経済・気候保護省(BMWK)は同基金の設立に際し、「ドイツのVC市場は、充実した公的資金援助プログラムの存在により、特にベンチャー企業の初期段階の資金調達では、連邦レベル・州レベルのいずれも非常に有利な立場にある」との認識を示す一方、「ドイツのスタートアップシーンは国際的に認知されているにもかかわらず、特に成長段階で、国際比較の面でも、ドイツの経済力との関係でも、規模が小さく、より多くの資本を必要」との問題意識を提示。そのため、未来基金を通じ、「成長資金調達の拡大に重点を置き、これまで十分にカバーされていなかった市場セグメントを強化する」ことを目指すという。
KfWキャピタルによると、未来基金から既に国内8つのファンド(もしくはスキーム)に公的資金が拠出されている(注6)。2023年2月には、連邦経済・気候保護省と連邦財務省が共同で「ディープテック・気候基金(DTCF)」の設立を発表。DTCFはディープテックと気候テックの分野で資本集約的な成長段階にある企業や強固なビジネスモデルを有する企業を対象に、未来基金とERP特別基金を合わせ、今後数年間で最大10億ユーロを投資する計画だ(注7)。
- 注1:
- Dealroomの「The State of Global VC」(2019年Q3~2023年Q3の世界のVC投資の推移)などの情報に基づく(2023年11月27日時点)
- 注2:
- KfWキャピタルのウェブサイト情報(ドイツ語)に基づく(2023年11月27日時点)
- 注3:
- The High-Tech Gründerfondsウェブサイト情報に基づく(2023年11月27日時点)
- 注4:
- 筆者による現地インタビュー結果に基づく(実施日:2023年10月23日)
- 注5:
- 筆者による現地インタビュー結果に基づく(実施日:2023年10月23日)
- 注6:
- KfWキャピタルのウェブサイト情報に基づく(2023年11月27日時点)
- 注7:
- 2023年2月2日付、ドイツ連邦経済・気候保護省発表(ドイツ語)に基づく
ドイツのスタートアップシーン
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし) - 1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。