スタートアップを生んで育てる。最前線の取り組み(欧州編)アカデミアとビジネスの交差点、テクノキャンパス(スペイン)
2024年1月25日
バルセロナ、マドリードという2大エコシステムを中心に、目覚ましい成長を続けているスペインのスタートアップ・シーン。本特集記事「革新的な起業家国家へ、まい進」では、「スタートアップ法」の下でのスタートアップ支援策や、公的機関による資金調達支援スキームについて紹介した。こうしたサポートを活用しながら、事業を展開するスタートアップであるが、その前段階を支援するプレーヤーも存在する。本稿では、アイデアの芽が生まれ、事業化のためのビジネスモデルを策定し、市場へ羽ばたいていく、そんな一連のプロセスを支えるプレーヤーとして、大学に焦点を当てる。中でも、イノベーション創出に特化したプログラムや施設を提供するバルセロナ近郊の大学に注目したい。
イノベーション特化型の大学:テクノキャンパス
バルセロナを筆頭に、新興エコシステムとして世界的に注目されているスペインである(注1)が、大学によるイノベーションの推進力はいまだ限定的であるようだ。オープンイノベーションに関するコンサルティングを請け負うペニンスラのマネージング・パートナー、シモン・リー氏は「スペインでは大学におけるアントレプレナーシップ教育が依然根付いていない」と語る(注2)。その中で、先進的な取り組みを行っている大学の1つとして同氏が高く評価したのが、新技術の創出やイノベーションの促進に特化したプログラムや施設を提供するテクノキャンパスである。ジェトロが実際に訪問し、インタビューした内容に基づき、テクノキャンパスが展開するプログラムや施設を紹介する(訪問日:2023年10月26日)。
バルセロナから約20キロメートル(km)離れたマタロー市に所在する、テクノキャンパス。バルセロナにあるカタルーニャ州立ポンペウ・ファブラ大学に附属するサイエンスパークである。一般的な大学の機能も併せ持っており、同大学公式のプログラムを受講し学位を取得することも可能である。学部展開は、テクノロジー、カルチャー、ビジネス、ヘルスの4分野。さらに、こうした通常の学位・修士プログラムのほかに、学生向けのアントレプレナーシップ教育が充実している点も特長である。プレ・インキュベーション機能として、ワークスペースや個別サポート、ネットワーキング支援などを提供しているほか、ハッカソン(注3)の開催や提携する海外大学との交流などを積極的に実施している。
同時に、テクノキャンパスは、ローカルな起業家やスタートアップのイノベーション拠点としての側面も強い。マタロー市は伝統的に繊維や金属産業が盛んで、スペインの産業革命を牽引した地域の1つだ。19世紀半ばには、マタロー~バルセロナ間でイベリア半島初の鉄道路線が開通した。テクノキャンパスは、起業を通じた地場産業の発展を支援すべく、在学生に限らないプレーヤー向けのプログラムやファシリティも充実している。同学の運営母体にマタロー市役所が参加していることもあり、展開されているプログラムの中には、ベンチャー型事業承継も含め、地域産業の活性化・競争力強化を志向するものも多い。「大学発」のイノベーション促進という目線だけでなく、地域全体を巻き込んだイノベーションの促進がスコープにある。
アイデアの芽を市場へ
テクノキャンパスが展開するインキュベーション・アクセラレーションプログラムとして、例えば以下のようなものがある。
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Antena TrenLab Awards :鉄道セクターに関する持続可能なモビリティ技術・アイデアの発掘とオープンイノベーションの促進を目的とした、スペイン国鉄(Renfe:レンフェ)とのオープンイノベーション・パートナー発掘事業。
毎年11月に以下4つのテーマについてそれぞれ1つのプロジェクトが採択され、受賞スタートアップは賞金3万~4万ユーロと6カ月間のアクセラレーター・プログラムとラボ(Antena TrenLab)内のオフィススペースの利用権が与えられるほか、バルセロナ鉄道クラスターとのつながりも得られる。
- 全ての人の鉄道へのアクセシビリティ向上、鉄道や公共交通機関全般の利用促進
- 様々な用途や移動ニーズにも適応できるようにし、顧客満足度を向上
- 特にジェンダーの観点から、安全で親しみやすい環境・空間とする
- 新しいテクノロジー(メタバース、バーチャルリアリティ、ロボティクスなど)やトレンド(量子コンピューティング、ドローンなど)をベースに、鉄道分野ではまだ広く実装されていないソリューションを開発
プログラムの開始に先立ち、興味のある人向けにプログラムの説明や質問への回答を行う場として「Info Days」を設けている。スタートアップは、6カ月間のプログラムに参加する中で自社の持つソリューションの検証を行い、市場につながるチャンスを得る。レンフェやマタロー市役所は、オープンイノベーションを通して市民の声を吸い上げ、課題解決へつなげる1つのきっかけとしている。
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Reimagine Textile :カタルーニャ州最大の技術研究機関エウレカット(Eurecat) とのテキスタイル・ビジネスイノベーション・プログラムで、欧州地域開発基金(ERDF、注4)から50%の資金提供を受けている。カタルーニャ州の伝統産業である繊維産業を再興させ、新素材や新たな生産プロセス、販売チャネル、DX(デジタルトランスフォーメーション)などのテキスタイル革命に対応したキープレーヤーを目指す。
繊維産業でイノベーションやサステナビリティ、循環経済といったテーマに取り組んでいる起業家、スタートアップが対象。独自のインキュベーション施設を持ち、コワーキングスペースや会議室、撮影セットなどが充実している。生地や素材の加工、衣服製作に必要なスペースや機械が完備されており、繊維事業者はイノベーションの実証やプロジェクトの実現可能性の分析、プロトタイプの作成などに励むことができる。また、技術面・ビジネス面でのサポートが受けられるアクセラレーションプログラムも用意されている。
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ThinkIn 3D :3Dプリンティング技術に関するイノベーション促進事業。中小企業やスタートアップ、スピンオフ企業などで3Dプリンティング技術をビジネスに取り入れたい事業者が対象。欧州地域開発基金から資金提供を受けている。
会社設立段階での支援プログラムに加え、競争力強化やイノベーション水準の引き上げに資する支援プログラムも提供している。両プログラムにマッチしないが、3Dプリンティング技術を導入するにあたり、サポートを必要としている企業も支援。
3Dプリンターなどの設備、オフィススペース、イベントやミーティングに利用できるオープンスペースなど、ハード面も充実している。
また、学内外のプレーヤー向けの施設として、設立1年目の企業や設立準備中のグループを対象としたインキュベーション施設に加え、会社として既に設立されている場合が入居対象となる(注5)テクノロジー・パークがある。いずれも各社・グループのオフィススペースや会議室、共用スペースからなり、メンタリングやネットワーキング支援など、ソフト面での支援も充実している。テクノキャンパスとマタロー市役所が主催するビジネスコンテスト「Creatic Awards」で入賞したグループは、インキュベーション施設滞在費の補助を受けられる。
このように、テクノキャンパスには、ポテンシャルのあるアイデアを発掘し、テクノロジーだけでなくビジネススキルも成長させた上で、市場へ投下するまでを一気通貫でサポートする体制や環境が整っている。学生や研究グループのみならず、外部の起業家やスタートアップ、産業界など様々なプレーヤーが協働し、イノベーションを起こすハブとしての役割を担うテクノキャンパスの取り組みは、伝統的な大学とは一線を画す。イノベーション創出支援の先に、地域産業の活性化や市民社会の課題解決など、地域社会に与える好影響が見据えられているのも特徴的である。
- 注1:
- スタートアップ・エコシステム調査会社スタートアップ・ゲノムの「グローバルスタートアップ・エコシステムレポート2023」で、世界の新興エコシステムの4位にバルセロナ、13位にマドリードがランクインしている。
- 注2:
- 筆者による現地インタビュー結果に基づく(実施日:2023年10月26日)。
- 注3:
- プログラマーや設計者などIT技術者が集まり、特定のテーマに対して集中的に開発を行うイベントのこと。
- 注4:
- 欧州地域開発基金は、EU域内の地域間格差を是正し、経済・社会・地理的な結びつきを強化するために、成長や雇用、域内協力を促進することを目的とした活動に資金を提供している。
- 注5:
- インキュベーション施設は、法人設立前のプロジェクトグループであっても入居できるが、テクノロジー・パークは、すでに会社として設立されていることが要件。インキュベーション施設を出た企業が、テクノロジー・パークに移ってスケールアップを続ける例もある。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課
宮島 菫(みやじま すみれ) - 2022年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2023年6月から現職。